「日本のフィクサーME・パート3」第2章世界連邦と起業を目指して ・第5節―2・オバマ広島訪問と私:正式公開

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「日本のフィクサーME・パート3」第2章世界連邦と起業を目指して

・第5節―2・オバマ広島訪問と私:正式公開

 

(1)著作は、原則として、十二回の見直しをして作成しているが、このBlog等は正式公開段階でも(著作・文献への)下書き・メモ段階に該当するため、数度しか見直しはしていない
(2)この文書は、故意に嘘(うそ)を5~10パーセント程度いれている。

(3)『日本のフィクサーME』登場人物のキャラクターなどは以下を参照願いたい。

※日本のフィクサーMEシリーズの注意点全文の雛形は下記参照。
http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=36999

 


2023/05/14 22:46 記載 23:00 リンククリックを可能とした。

2023/05/15 2:37 2:55バイデン大統領等広島平和記念資料館も訪問という記事を初めてよみComment追加。10:27 イチロー君に関する記述部分が消えており今思い出しながら追記。

10:32 微修正。2023/05/16 3:58 広島訪問妨害の謎部分を追記。2023/05/18 構成変更

2023/05/20 17:09 少し追記:G7首脳広島平和記念資料館訪問関連 19:10微修正。2023/05/20 19:42微修正

2023/05/24 18時頃から順次清書作業中。2023/05/24 23:57 (誤字脱字以外は)一応終了。明日誤字脱字修正予定。

2023/05/25 17:54正式公開:公開前何故か催眠で水島朝補氏のHPで平和公園とUkraineも問題を見さされ、以降催眠状態でブツブツ独り言を言いながらの清書のため、更に誤字脱字が残っていたならばご容赦を。若しくは催眠かけた人間に非難を🙏。


表紙の写真

2014年9月2日撮影:📸14-032-154

 

1・本来の原稿:オバマ大統領広島訪問と🤡。(5月16日記述):2023/05/25公開

2・催眠強制原稿―2016年オバマ広島訪問と安倍晋三真珠湾訪問(Part-4該当箇所)

3・催眠強制原稿―いつもの手口―ケネディ元アメリカ大意への安倍晋三氏の対応(Part-4~Part5該当箇所)

4・G7メンバーが広島平和記念館訪問の仰天Newsについて(Part-6該当箇所)

 


(2023/05/16 3:58 記載)

1・オバマ大統領広島訪問と🤡私。

《◇―1・この件で、Mr.オバマと私との関連では以下の流れがあった。》

2013年10月6日:🤡広島平和記念資料館で記帳(Mr.Obamaに広島訪問を是非にと。)

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  Mr. U.S. President Obama….
  I hope that you do come to Hiroshima or Nagasaki, in order to see and know the miserable devastation of an atomic bomb by all means, leaving the issue of right and wrong of the atomic bombing 〈on Hiroshima or Nagasaki〉 on the peaceful table.
  We Japanese pray you might be the messenger for the 〈a great peace〉 of mind.
  May the world be peace!
  From Takamasa Hamada   
  October 6, 2013.

 
 「合衆国大統領オバマ様へ。
 〈広島・長崎への〉原爆投下の是非は平和のテーブルの上に棚上げし、原爆投下の悲惨さを、是非、その目で見て、知っていただきたいのです。そのためには大統領が広島か長崎に是が非でもおいでいただくことを、私は希望しております。
 我々、日本人はあなたが(世界の人々の)大いなる心の安らぎへの伝令者となることを願っております。
 世界が平和になりますように!
浜田隆政から。  
 二〇一三年十月六日」

http://takahama-chan.sakura.ne.jp/politics/custom38.html

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2014年4月外務省に告ぐで、Mr.Obamaに長崎平和祈念像と宮島をすすめる。

http://takahama-chan.sakura.ne.jp/politics/custom13.html

《◇―2・8月6日広島行きを目指しての攻防・2014年と15年》

①2014年8月6日⚔広島平和公園を目指すも電車が三原でストップで行けず。

②2014年9月2日⚔漸(ようや)く、広島平和公園につく。だが、ここでレンズが謎の落下をして壊れる。誰かが鞄のチャックを開けたか、若しくは催眠類で私がレンズをいれたまま、通常ではそれをできない鞄で、鞄を開けたまま移動したようである。。

③2014年9月3日⚔今度は(原爆ドームとの兼ねあわせで)ミスター・オバマに勧めていた宮島を目指すが、電車の中でスポーツドリンクを飲むや、中に睡眠薬か何かがはいっていたか、バタンと眠り、宮島口駅でおきられず、尾道に行く羽目に。

④2015年8月6日⚔広島平和公園に。今度こそ行けたが、今度は翌日に電車が不可思議な走行で、家に戻られず、津山で8月7日~8日かけて徹夜で夜を過ごす羽目となる。

→この話は、第4章で記述予定でいる。同時に、この事件の前後から、我が家住所番地二軒問題から人間違いを本格的に疑い出す。そして、その件を記載しかけるやもの凄い記述妨害が始まった謎なども記述予定でいる。

《◇―3・2016年Mr.オバマ広島訪問と私のニアミス、さらに各種妨害》

①2016年4月 ケリー国務長官と🤡行動の相似形(日本のフィクサーME・Part 4に記載済み )

②2016年5月 obama大統領広島訪問。

以上が、被爆地広島関連であるが、引き続き被爆地・長崎に絡めて不可解な事件が続発したため、一部を念のために④に掲載する。

《◇―4・広島妨害から長崎行きの示唆まで。私の方は、原爆投下の広島行きに妨害が多いため、催眠暗示で2015年の翌2016年に長崎行きを指示される》

2016年2月17日に長崎市長に手紙。まさに、その日、丸山和也氏オバマ大統領への不愉快演説がある。

これは私の岡映(おか あきら、分裂前の部落解放同盟副委員長)関連原稿をもじり、全く違う形で表現したものと(NHK等で)におわされる。同時に、丸山和也氏=龍野高校卒=駿台講師室係🚺YKの示唆と知る。

 私の原稿と丸山和也氏の発言とを対比する。

最初が私の原稿である。

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(一)私の学生時代
私は、既に、何度か書いたように、格闘技に狂い、高校も柔道部に入部した格闘技派の人間であった。もし、徒然(つれづれ)なるままに№1で記したように、柔道部をやめていなかったならば、後には体育系型の人間となっていたであろう。
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ただし、それでも正義感は強かった。それと、私の中学校時代(1965年~68年)は差別が世界で荒れ狂っていた時代であった。
小中学校の頃、友達と「もし、アメリカに行ったならば、日本人はホワイト・オンリーと書かれたトイレに行くのか、それともそのトイレには行ったらいけないのか」などの会話をしていた。
アメリカや南アフリカ共和国どころか、オーストラリアですら人種差別がまかり通っていた。ただし、オーストラリアでは日本人は名誉白人としてもらえたそうである。(オーストラリアでは1975年に「人種差別禁止法」が制定される)。
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……《中略》……
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(二)民主主義教育との出会い
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よって格闘技派の人間ですら、こうした差別の問題に関心を持たざるを得なかった。こうして高校に入る。徒然なるままにシリーズ№1で記したU先生がいた高校である。この高校では民主主義教育の大変盛んな学校であった。そして、私も知らぬ間にその運動に参加していた。
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岡山県各地の高校に出向き、民主主義運動の支援に行ったり、全国集会に泊まりがけで参加したり、と高校時代は多忙な日々となっていた。全国各地で、在日コリアンの高校生、黒人と日本人とのハーフの高校生……多くの仲間と夜を徹して話をした。こうした多くの仲間とともに、民主主義促進活動をしていた。
私がコリアン(Korean)に好意的感情を持つのも、アメリカでアフリカン・アメリカンを含むマイナリティに好意的な感情を持つのも、沖縄県民を支援したいと常に考えているのも、高校時代のこうした友、仲間との語らいの関係である
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この頃はジムクロウズ・ロウによる差別ばかりではなく、キング牧師の例をだすまでもなく、暗殺も頻繁に行われていた。KKKも存在していた。しかしながら、いつの日か、民主主義はより成熟するとは思っていた。なお、ジョンソン大統領が公民権確立関係法案のときに「We shall overcome」と言ったとき、キング牧師の目から涙がこぼれていた。
遠い将来、アメリカでも、アフリカン・アメリカン系の大統領が登場するかもしれないはあり得ても現実問題としては当時は考えられなかった。
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余談ではあるが、今回の原稿(=「岡映氏との出会い」)の構想段階で、私も今、六三才となった。もう、いつ死亡してもおかしくない年代に入った。過去、特に一九六〇年代を振り返ったとき、私が生きている内にアフリカン・アメリカン系の大統領が登場するとは、一九六〇年、七〇年当時は思ってもいなかった。感無量である。もっともまだアメリカには黒人差別が残っている。ボボ・ブラジルというプロレスラーは黒人差別のないブラジルに憧れて、ボボ・ブラジルとしたように」と独り言を言ったすると、不可思議な状態に巻き込まれた可能性が高い。
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それが政経の世界№2~政経の世界№5で丸山和也氏問題を書かされた理由である。この件に関する詳細は次回の政経の世界№5で記す。また、ここで簡単に橋下徹氏の「従軍慰安婦」発言で私が抗議した理由も書けるならば書きたい。
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本題に戻す。
この頃、岡山県部落解放運動でカリスマ的人物なる人として、岡映なる人がいた。こうした集会のときによく講演をされていた。何度も聞いた。大変、腰の低い人であった。体は大きいが、にっこり笑い、誰にでも丁寧(ていねい)にお辞儀をされるような人であった。
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しかし、これは知り合いでも出会いでもない。たとえば、加山雄三氏のコンサートに行き、加山雄三氏を見ても、それは知り合いとなったとは言わない。これと同様の関係にあった。私の高校時代の恩師U先生は岡映氏と知り合いのようであったが、私は紹介してもらったことはない。岡映氏と知り合いになったのは、党派中立の道を歩み始めた頃からである。そのときの出会いと岡映氏との思い出を記す前に岡映氏の紹介をする。
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http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=5666

徒然なるままに№2・全解連初代委員長・岡映氏との出会い(1)

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今度は丸山和也氏の発言内容である。

彼の発言の第三段落のみを掲載している。第一段落と第二段落は私の「政経の世界№2―政経の世界№2―丸山和也・〝奴隷〟発言から議会制民主主義まで・1」を読んでいただきたい。

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バカみたいな話をすると、こう思われるかもしれませんが、例えば、いまアメリカは黒人が大統領になっているんですよ。黒人の血を引くね。これは奴隷ですよ、はっきり言って。リンカーンが奴隷解放をやったと。でも、公民権もない、何もない。ルーサーキングが出て、公民権運動の中で公民権が与えられた。でもですね、まさかアメリカの建国、あるいは当初の時代にですね、黒人、奴隷がですね、米国の大統領になるなんてことは考えもしない。これだけのですね、ダイナミックな変革をしていく国なんですよね。

            

そういう観点からですね、例えば、日本がですね、そういうことについて憲法上の問題があるのかないのか、どういうことかということについてお聞きしたい。
★☆丸山氏の発言・引用終了★☆

http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=5364

政経の世界№2―丸山和也・〝奴隷〟発言から議会制民主主義まで・1

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続いて、この件に関する私の当時のコメントを紹介する。

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【問題点】
①赤字の「これは」は何を指すのか。大統領を指すのか、黒人という語を指すのか。前者ならば一国の元首に対して、国会の場で「これは」は失礼となる。黒人をさしてこれはを使用しても不適切である。人種名に対して物呼ばわりするものではない。
逆を考えれば分かる。安倍総理をさして、「これは」などと言うものでは更にない。文脈、語調から言って喧嘩(けんか)言葉となっている。心理学的に相手を怒らせる形で使用されている。

英語のThisと日本語の「これは」は若干フィーリングが異なるためなお更である。英語ではThis is ~calling.やWho is it?などの表現がある。よって、英語の訳仕方一つで、アメリカからの非難をかわせるという小細工をした可能性がある。「This is」と「これは~です」は本来同一ではない。アメリカ人が使うLoveも日本語の「愛」とは多少違う。勿論、日本語の「すみません」は英語には直せないときがある。この発言からは、官僚か何かが入れ知恵をした疑惑も感じる。

②第一段落、第二段落を本気で実施するための法改正や憲法改正、更には日本とアメリカの合併のための外交交渉を具体的にするというので、第一段落、第二段落をだしたならばともかく、そうでないのならば、高校生の作文でしかない。すなわち、国会の審議(膨大な金を費やしているもの)を浪費したとなる。私の大学院時代の恩師の言葉を借りれば「民主主義にはコストがかかるし、かけている」。そのコストをどぶ捨てにしていると結果としてなっている。

 ▽     

③第三段落の文体を読めば、大変計算されつくした文体となっている。即(すなわ)ち、差別と差別でないかを巧妙な形で玉虫色とし、差別言動か否かの綱渡り文書としか読めない。だが、必ず相手を怒らせるように「これは」などの喧嘩(けんか)言葉が入っている。文のリズムも同様である。恐らくオバマ大統領を怒らせるか不機嫌にさせた上で、あとは玉虫色として逃げるという戦略が読み取れる。

そこで、私の判定は④の如(ごと)く、「人をからかった言動」としている。だが、より大きな判定「税金泥棒」・「職務怠慢」となっていることを再度指摘しておく。

 ▽ 

④結論第三段落のごとく、人をからかう内容となっている。それはオバマ大統領か、アフリカンアメリカン系全体をか、アメリカ人をか、日本の国会をか……。だから、私の判定は「人を揶揄(やゆ)する」と表現したが、「揶揄(やゆ)」よりも、単純に「人をからかった内容」が適切と思われる。そして、それは計算をして行(おこな)われたとなる。
すると、以下の問題が生じてくる。

職務怠慢、と。後に解説するが如(ごと)く「税金泥棒」となっている。同時に議会、議員の品位を損なっており、鏡となるべき国会及び議員として、児童・生徒・学生への責任放棄ともなっている。児童ならば言うであろう。「卑怯(ひきょう)だ」、と。

 ▽ 

この小さな見解を基にしてより大きな問題を記す。

※参考用文献。
※1)朝日新聞Digital2016年2月17日→丸山発言の全文収録
※2)読売Online2016年2月21日→この件に関する「読売新聞社説」収録

(2)丸山発言の問題点―2・より大きな問題点

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以上。

なお、この丸山和也発言は聞いていなかったので、私とは無縁と思っていた。所が、NHKの番組で何人かが、あれは私の原稿(岡映全解連委員長に関する原稿)の下書きをもじったという印象操作をした。(NHKの番組名は確か「これでわかった!世界のいま」で、坂下 千里子氏などの対応だと思う。一部人名が違っていたらお許しを。)

とはいえ、余りに内容とかニュアンスが違うため、でたらめなこじつけと一定期間無視していた。NHKのこじつけも限度があるとNHK等に😡怒っていた。
他にも同様の仕草が見られた。極めつけはケリー国務長官が私の顔をのぞき込んだ。
そこで、丸山氏の原稿を丁寧に読み、分析することになった次第である。

この問題を契機に、私は原則全原稿を下書きやメモ段階から公開するようになった。なお、Mr.オバマにはこの件で、私への誤解が解けたではなく、暫く怒っていてもらいたいと要請した。理由は本質を追究するためである。

その後、幾つもの謎が登場する。
丸山和也氏と私はテレビを通じては対立ではなく、友好関係にあった。それでは何故…。
丸山和也氏の学歴を調べると、龍野高校卒、早大卒とある。後者は私の母校の一つである。
前者は、駿台時代に(恐らく駿台理事長かその側近に工作を依頼された)講師室係🚺YKの出身高校である。

更に、🚺YKに関する幾つもの謎もある。
すると、駿台事件・🚺YK=丸山和也氏=岡映=部落問題という図式が登場する。
更に、2016年長崎に行ったときには、橋と目がねに絡めて🤡利用CM、生卵=駿台(駿台卵事件)が強調された。同時に長崎では寝ているときに誰かが忍び込み目がねに小細工をしていた。更に、長崎では催眠独り言を含む妨害だらけであったが、長崎をでるやそれらは一気にやんだ。水俣では妨害が突如やんだ謎もある。

そして、長崎に行く前に田上長崎市長に手紙を送付したが、正に、その送付日に丸山和也氏の言動が国会であった。これらは偶然ではあるまい。
なお、この丸山和也氏を擁護するので目立ったのがダウンタウンの松本人志氏であった。後の2018年から、松本が強調され続ける謎もある。なお、松本氏と相棒の浜田 雅功(はまだ まさとし)氏は共に尼崎出身である。

後に尼崎が強調される謎もある。
ちなみに、尼崎と言えば、我が家の住所番地を68年使用し続けているZ家の息子Z3氏が実家に戻る前の居住地であった。参考までに書けばZ3氏と駿台🚺GTが同一大学卒である。
Z3氏の実家は我が家の前ともいえるし、横の家である。GTの名字と符号をする。
駿台…経営陣が…それで採用…かもしれない。
こうして、この問題は住所二軒・人間違い・偽者→駿台事件→(能開大被害)→広島・長崎訪問…と関連してくる。

なお、2018年にパトカーが我が家へ二度来て「松本」「通報」「Z家の小母」を強調した。そして2018年7月21日にZ家小母の三回忌に私は欠席をして、星野仙一記念館(倉敷市)に行った日に松本龍氏(部落解放同盟副委員長、元環境大臣)が死亡する。
ちなみに、松本龍氏は環境大臣のため、水俣には感心があったようである。
また、2018年7月には松本市、松本サリン事件、麻原 彰晃こと、松本 智津夫(まつもと ちづお)氏が処刑されてもいる。

こうしてミステリーは続いていく。結論から言えば、丸山和也氏の演説は誰かに頼まれ…そして、住所二軒問題・人間違い=駿台事件…という一連の動きを示唆させるために行われた疑いが高い。

《◇―5・私の広島・長崎訪問に関する続きを掲載する》

①2016年8月9日長崎行き中止。

②2016年11月22日長崎へ(眼鏡橋強調と、生卵=駿台、眼鏡の悪戯が起こる)

③2017年長崎が世界遺産へ

《◇―3》と《◇―4》関連の原稿は以下である。

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上記に関する『日本のフィクサーME・パート4』関連の該当箇所。

以下、5章
2017/9/30 五―1 オバマ大統領の思い出と秘話:1・岩国訪問の時期 http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=15922
2017/10/5 五―2 オバマ大統領の思い出と秘話:2・岩国訪問延期のはずが2016年4月6日~7日にの謎。 http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=16082
2017/10/13 五―3 オバマ大統領の思い出と秘話:3・岩国訪問の意味→(仮説)私を政界へ・功績を総理外に・冗談・未遂に終わった大統領再訪計画。 http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=16292
2017/10/18 五―4 オバマ大統領の思い出と秘話:4・オバマ大統領の思い出と秘密の暗号11・22。 http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=16376
2017/10/20 五―5 オバマ大統領の思い出と秘話:5・長崎市長に手紙を送付日から長崎訪問妨害開始 http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=16432
2017/10/27 五―6 オバマ大統領の思い出と秘話:6・長崎訪問 http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=16550
2017/11/2 五―7 オバマ大統領の思い出と秘話:7・水俣訪問(2017/11/02 14:17:修正・追加終了) http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=16633

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《◇―6・Mr.オバマと私の広島訪問に関する結論》

結論から先に記す。

Mr. Obamaの広島行きが私と関係あるか・どうかは本当はどうでもよい。

ただ、ミステリアスというか、面白いので因果関係を書いているにすぎない。

同時に、あの頃はこうしたロマンがあってよかった。

今は、広島平和記念資料館に記帳したことなど書ける訳がない。

理由は二点ある。

一つは、アメリカ大統領が日本の一私人というか民間の友人との関係で何らかの行動をしたという噂がたてば困るため、彼らの考えが私と一致していても別行動を余儀なくされる危険があり、逆効果となる。

二つ目は、私自身も彼らと仲良くなりすぎて、彼らの立場を考えると、もはや2013年広島平和記念資料館で記帳したようなことを書くことは不可能となってしまった。

こうなると、ロマンの逆で気疲れすると同時に自分の言いたいことも言えなくなり、面白くなくなった。

逆に言えば、あの頃は、私の願いをアメリカ大統領が聞きいれる可能性が大変低いと思ったのでできたことである。

なお、私の行動とMr.Obamaの行動との因果関係は、今となればどうでもよい。

単に、拙著『日本のフィクサーME』という文献が面白くなるので記載しているに過ぎない。ただし、大半が事実である。しかし、因果関係の部分は不明としておこう。

読者は書いた内容を見て本当と思うかもしれないが、次の一言でやはり違うかとも思うであろう。

次の一言とは、「Mr.Obamaはジョーク好きである」。

だが、Mr.安倍様はそうではないかもしれない。

そこで、安倍様とXグループに焦点をあてて記載しよう。今回は2014年にとどめる。2015年は第4章で記す。

《◇―7・2014年8月6日広島妨害の具体的な経緯―現時点では不明も将来大きな意味を持つかもしれないので注意》

2014年8月6日原爆投下の日に広島行きを考える。だが、🎃オジョウにながらく会っていないため、次の予定を考えた。

8月5日オジョウと出会う。この頃大阪のホテルは高いので神戸に泊まることにした。そして翌8月6日に神戸から広島平和公園を目指すであった。

8月5日6時起床、出発準備をして10時50分我が家を自転車で出発。JR林野駅につくが、汽車が出た後のため、自転車を駅において、歩いて高速バス乗り場を目指す。途中でパトカーに出会う。何故、こんなにパトカーに終始出会うのであろうか。理由は当時はさっぱり分からなかった。

11時53分のバスに乗り、大阪に向かう。オジョウと語り合い、その後で神戸の宿につく。

クオリティホテルである。すぐに、ポートタワー撮影を行う。

14-027-138:2014年8月5日

翌日は午前5:51分起床して、6:35分ホテルをでて、三宮へ向かう。

6:55=JR三宮駅、7時14分の新快速で姫路に向かう。かなり混んでおり、立ちっぱなしであった。

姫路から8時01分の岡山駅行きに乗る。かなり混んでいたが、かろうじて座れた。だが、座席は満杯であった。

岡山駅につき、9時30分発の三原行きに乗る。再度立ちっぱなしも倉敷駅から座れた。

順調に進んだかにおもえたが、三原駅で突如電車がとまった。

解説では三原駅~白市駅間が不通になったという。

当初の予定では13時13分広島駅着で、平和公園に向かい撮影をする。

帰路は広島駅16時43分発で、21時25分林野駅着の予定でいた。

そこで、三原駅から新幹線で広島にゆくことも考えたが新幹線切符売り場は長蛇の列であった。

呉線は動いていたが、これで時間がかかりすぎ、家には帰られない。

広島行きを断念して、三原から瀬戸田を船で往復して帰ることにした。

船頭さんが途中で「あれが宿禰島(すくねじま)だ」と私に言った。

その後で、新藤兼人氏の映画「裸の島」の話を聞いた。

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夢か―5。TVでの対話―4回・「お~い。あれが宿禰島だ」・新藤兼人

http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=1061

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14-028-071:2014年8月6日

14-028-079:2014年8月6日

瀬戸田についた後、平山郁夫美術館を訪問し、帰路につく。

だが、奇妙であった。

三原駅に戻ると、電車は一分の遅れもなく動いていた。

通常、あれだけ電車がとまれば、後のダイヤにも乱れがでるはずである。

なお、三原駅と白市間は大雨で電車が動けないと言っていたが、たいした雨は降っていなかった謎もある。

こうして、原爆投下日8月6日の広島行きは不可能となった。

《◇―8・2014年9月2日広島訪問と翌日の平和公園とペアで強調していた宮島訪問阻止の経緯―現時点では不明も将来大きな意味を持つかもしれないので注意》

だが、都合のよいことに、青春18を購入していたため、原爆投下日の8月6日は無理であるが、9月2日に広島に行き、同日夜に岩国のホテルで泊まり、9月3日に宮島に行くことにした。

同年4月の外務省に告ぐの中で、Mr.obama宛てに(広島原爆ドームとペアで世界遺産となった)宮島紹介をしていたからである。

広島平和公園には予定通りにつけた(林野駅発7時15分、広島駅着12時15分頃である)

14-032-050:2014年9月2日

14-032-090:2014年9月2日

14-032-135:2014年9月2日

瀬戸田についた後、平山郁夫美術館を訪問し、帰路につく。

だが、奇妙であった。

三原駅に戻ると、電車は一分の遅れもなく動いていた。

通常、あれだけ電車がとまれば、後のダイヤにも乱れがでるはずである。

なお、三原駅と白市間は大雨で電車が動けないと言っていたが、たいした雨は降っていなかった謎もある。

こうして、原爆投下日8月6日の広島行きは不可能となった。

《◇―9・2014年9月2日広島訪問と翌日の平和公園とペアで強調していた宮島訪問阻止の経緯―現時点では不明も将来大きな意味を持つかもしれないので注意》

だが、都合のよいことに、青春18を購入していたため、原爆投下日の8月6日は無理であるが、9月2日に広島に行き、同日夜に岩国のホテルで泊まり、9月3日に宮島に行くことにした。

同年4月の外務省に告ぐの中で、Mr.obama宛てに(広島原爆ドームとペアで世界遺産となった)宮島紹介をしていたからである。

広島平和公園には予定通りにつけた(林野駅発7時15分、広島駅着12時15分頃である)

14-034-118-2_:9月2日

問題は翌日であった。

翌日は先に述べたように、宮島に行く予定でいた。

所が、翌日7時に目覚めたが異常に眠たかった。

だが、前日は21時から23時の間にテレビのニュースを見ていると、いつの間にかバタンと寝ていたのである。

恰(あたか)も、食事か何かに睡眠薬でも入っていた如(ごと)しであった。

すると最低でも8時間以上寝ているのである。

それだけではなかった。

岩国から電車(多分9時58分頃の電車)に乗り、確かスポーツドリンクを飲むや、またもバタンと寝ていた。

宮島に行くためには宮島口でおりなければならないが通りすぎていた。

2014年9月3日(水曜日)の日程表には次の記述がある。

「うっすら目覚めたときにはもう宮島口をすぎていた。ほぼ目覚めたのは西条あたりであり、完全に目覚めたのは三原駅と尾道駅の間。こうして宮島には行き損なう。何故か尾道にいた。尾道に行く予定は出発時にはなく、地図も何も準備しておらず」とある。

何か強力な睡眠薬か何かの薬を飲み物にいれられていたようであった。

更に、次の記述もある。

「(尾道に)ついた時は少し歩くや曇り。雨を恐れ、ケーブルを利用(500円)。ほぼグロッキー。歩く気力なし。思考力もほとんどなし。蒸し暑さと、昨日から眠たくてしかたなし」と記載がある。記憶でも少し歩くやへばり混んでいた。年とはいえ2014年である。その前年の2013年には中国で歩き回って何ともなかった。翌年の2015年も、野麦峠などで歩き回っている。

今考えると、何度か薬をもられたとしか思えない。

誰が何のために。

尾道にて:14-036-073-1_DSC_9051

《◇―10・2015年8月6日広島妨害と引き続く妨害の本質に関する四つの仮説―現時点では不明も将来大きな意味を持つかもしれないので注意》

翌年(2015年)も、8月6日は第4章で記すように大きな妨害にあった。

翌年・2015年に考えた仮説は、JRに絡めてやられているとしか思えなかった。すると、JRに絡めた何かであろうか。だが、我が家にはJR絡みの人間はいない。いや、私の従兄弟が尼崎にいるが、その従兄弟のお父さんが国鉄に勤めていた。従兄弟の愛称は「まあちゃん」である。「まあちゃん」と言えば、隣のZ3氏の愛称も「まあちゃん」である。そういえば、Z3氏も尼崎に長く住んでいた。Z3氏といえば、我が家の住所番地を60年以上使い続けている家の、私より一才上の人物である。しかも、彼の父も国鉄勤めであった。

そこで、翌年もJR絡みで被害に遭(あ)ったときには、人間違いを疑った。一番目の仮説はJR絡みの人と私との人間違いである。

2017年には次のように考えた。広島行きを何度も妨害し、私に広島を頭にこさせるか、最低でも原爆投下日の広島行きを諦(あきら)めさせ、長崎に行くように仕向けたのではないか、と。

何故ならば、2016年に長崎に行くや、翌2017年長崎が世界遺産になったからである。要するに、二番目の仮説は長崎を世界遺産にするための決定打としての(2016年広島行きを頭にこさせて長崎に誘導するという)🤡(ボン)利用である。

本年・2023年には、三番目の仮説として、Mr.obamaの広島行き功績をMr.安倍のものとしたいため、私の原爆投下日の広島行きを妨害したのだ、と。

四番目の仮説は、2023年5月23日夜付け加えた、謎の集団X(パトカーは松本という名を強調)関連が、何か目的をもち、妨害をしたという仮説だ。この仮説については、僕はちんぷんかんぷんなのだ。だが、執拗にこの問題がいろいろな所で登場してきている。この話は今はまだ不明であり、僕の生存中に徐々に分かるかもしれないが、過去30年以上は思いもつかなかった仮説だ。同jに何らかの意味を日本政治においても持つ可能性もある。

《◇―11・広島妨害の三番目の仮説―安倍晋三説と学校論》

今回は三番目の仮説に限定して、次のCommentをしておく。

Mr.安倍は優越感と劣等感の両方を持っている人間である。

例の三人組との会話で語ろう。

はかせ:

安倍様は少しとろいですな。

安倍様は、日本の何物ですかな。

総理ですがな。

それも資本主義国家二番目の経済大国日本の総理ですがな。

総理様が、どこかの国に行けば、総理様・安倍様を自国に呼んだのは誰か、と名誉争いをされる立場ですがな。

その安倍様が、オバマ様の広島訪問の功績を自分のものにするため、他人を蹴落とすとはみみっちいですな。

中国にぬかれるまでは世界第二位の巨大国の総理様が、おおなげかわしや。

明神:

安倍ってサー、僕もさー、馬鹿(🐴🦌)じゃないかと思う時があるよ。

それに学歴コンプレックスが妙にある。

ボンちゃんサー、どう思う。

だけどサー、薬で人を眠らせるとは大犯罪だよ。

ボン:

安倍氏の学歴コンプレックスについていえば、僕は本当に安倍氏は🐴🦌だと思うよ。

あきれかえって物が言えないと言う前に情けない。

こいつ本当に🐴🦌かと思うよ。

安倍氏の最終学歴は成蹊大学だ。

僕の最終学歴は早大大学院だ。

安倍氏を見ていると、早大などにもコンプレックスを持っているのかと疑うときがある。

🐴🦌だね。

早大と言えば誰が作った大学だい。

大隈重信だよ。

大隈重信の総理在任年数は何年だい。

他方、安倍氏の総理在任年数は何年だ。

安倍氏の方が長いんだ。

そして大隈重信も安倍晋三もともに総理なんだ。

自分よりも在籍年数が短い総理のつくった大学にコンプレックスを抱くなんてまさに🐴🦌だ。

馬鹿(🐴🦌)だね~。

同時に早大の学生もよくおぼえておきな。

たかだか大隈重信が作った大学なんだ、と。

当初は政治学など教授がたりずに、同志社大学から借りてきていたくらいだ。

安倍氏は、客観的に考えて、場合によれば大隈重信よりも名が残るかもしれない。

そのレベルの人間が作った大学にコンプレックスを抱くとは🐴🦌だね。

僕が2017年に早大に行ったときに、英語がペラペラを見せびらかす学生がいた。

情けなかったね。

ちなみに、僕が駿台予備学校講師で、東大・京大出身者ばかりと競っているときに、早大へ行くとかしこまっていたのが、2017年にいくと、早大生はすごいぞ的な。

ああ、情けないと思ったよ。

早大生は凄いと自負の念を持ち、行動して、実際に確実に結果を残すことは重要だ。関学生も同様だ。

結果を伴わないときは早大・関学生失格だ。

しかし、英語がペラペラ自慢は情けなかった。(簡単に言えばペラペラは何の実績にもならない。。差別かもしれぬ表現でかけば、イギリス人は乞食でも英語を喋る…。

これも含めて理由は自分の頭で考えろ。)

ぼくの書いた小論「偏差値のイドラ」の一読を勧めるよ。特に言語帝国主義におもう箇所をね。

☆☆☆☆☆

教育問題を語る・第一回 「英語のできる人間は優秀であるという発想を打ち砕(くだ)きたい理由」(前編)
http://h-takamasa.com/Blog/?p=372
第三回 「英語のできる人間は優秀であるという発想を打ち砕(くだ)きたい理由」(後編)
http://h-takamasa.com/Blog/?p=435

他の項目も読んでいただきたい。
第一回 「英語のできる人間は優秀であるという発想を打ち砕(くだ)きたい理由」(前編)
第二回 このプリントを配付するにいたった経緯。
第三回 「英語のできる人間は優秀であるという発想を打ち砕(くだ)きたい理由」(後編)
第四回 李登輝元総統来日に際しての解説。

この後「偏差値のイドラ」シリーズが続く。
特に、「偏差値のイドラ」は好評であった。いつか、全面改訂版を書きたいと考えている。

☆☆☆☆☆

明神:

でもサー、ボンちゃんもサー、僕はサー、言っちゃ悪いけれども🐴🦌(馬鹿)だと思った時があるよ。

昔サー、こんなことを言っていたね。

「大学教授で英語ができる人は山ほどいる。当たり前だ。

しかし、英語のできない大学の英語教授は世界中で私だけだ」と自慢していたね。

あれはやめた方がよいよ。

自慢にならないよ。

ボン:

いや、その件はいつか記すが、あれはだまされて英語をもたされたんだ(安らぎ文庫HPの「求め続けて」第三部補章で近々公開予定)。

ポリテクカレッジ岡山に、法律学と経済学担当でと口があったんだ。

ただし、非常勤講師だ。

当時、僕は超多忙だ。即座に断ろうと思った。

だが、(京大で博士号取得で、湯川秀樹博士にもならったと言っていた)僕の相棒・嶋坂敬郎氏が「断るとしても、話だけ聞きにいってくれ」と。そうしないと、彼のメンツが潰れるという形で執拗にいってきたんだ。そこで断りにいった。

ところが、当時の(雇用促進事業団 岡山職業訓練短期大学校開設準備室・室長)森本茂樹氏が「非常勤講師ではありません。先生は専任でお願いしたいと思っています。そのためには先生が上記以外に英語(英書購読)も担当してもらいませんか」ときた。

いつから専任かときくと、次年度春(話のあった半年後くらい)と言うことで、専任条件で引き受けた。後に分かったが、専任詐欺だった可能性が高い…というややこしい話だ。

田舎の中学校で英語教師が病気になり、数ヶ月入院となった。そのときに代理教師を探すのは田舎のため難しい。また正式な教師を正規採用しても病気の先生がもどれば困る。そこで社会科の教師に数ヶ月とか一年だけ英語も頼むで頼まれたのと同様だ。その教師は通常貧乏くじを引いたと嘆いているよ。

僕も同様の憂き目にあったのだ。

詳細には拙著「求め続けて」第三部補章で経緯を語るよ。専任詐欺被害の延長だ。専任でなければ当時の状況ならば即座に断っていた。当時は専任を含めて引く手あまただった。

この嘘のため棒に振ったのは、岡山中学・高校の専任、駿台の助専任、明誠学院の専任…とかなりある。未だに頭にきている。

布袋:

ところで、ボン、早大の大隈重信は分かった。

慶応はどうなのだ。

私立でも慶応はすごいだろう。

ボン:

その話もいつかしよう。

ただ、いえることは、プロ野球の選手がどの高校・大学を出たかが問題となるだろうか。

若しくは、どの野球選手養成学校をでたかが問題となるだろうか。

ならないだろう。

毎年の打率・盗塁数・ホームラン数や勝利数だけだ。

それが当たり前なのだ。

現在がすべてなのだ。

同時に、その現在の自分をつくるために、出た学校が有益だったか・どうかだけが重要だ。

もう少し物事は実利的に考えた方がよい。

要するに、パソコン専門学校だったならば、パソコンの技法をより効率的に習得できる学校がよいのであって、学校の名や、ましてや創始者の名などは無関係なのだ。

学校などは飾り物やアクセサリーではない。

もっと実用的に考えないといけない。

慶応についてもいつか苦言を呈する予定でいる。

慶応義塾は元々大阪にあった学校なのだ。

福沢諭吉が、適々斎塾(略称「適塾」)で学んだ関係で大阪につくっていたのだ。

もし、そのまま大阪にいつづけていれば、恐らく、関学や同志社と同じ評価だったと思う。

それが東京に移転したので…だろう。

その前に創始者はどうでもよい。

苦言を呈すれば、創始者の名を出すならば、福沢諭吉の生誕地にいついっても人がいないのは何故だい。

更に、慶應義塾発祥の地なんて慶応義塾生も見向きもしない。

僕が代わりに慶應義塾の発祥の地の写真を撮ったので見るがよい。これだ。

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人生、あと、わずか。

大学名、馬鹿馬鹿しい。

大昔の、タカちゃんに戻ろう。

金だして、知識が一番習得しやすい所がよい。

そして、金も安いところが。

生産物が重要。

生産物は自分である。

カメラも同様。

きれいななカメラが良いのではない。

撮った写真・。作品が良いかどうかである。

結論は自分であり、自分を一番良いものに作れる場所・学校がよいのでしかない。

各人の個性を生かせる、自分に合った学校が。

あくまで商品は自分なのだ。

機会があれば、いつか学問論・学校論を記そう。

「偏差値のイドラ」か「毒饅頭の教育」は結構人気があったね。

いずれ、わかりやすく、改訂版をだそう。

肩書き、飾り社会にはうんざりしている。

あくびがでる。

話がそれるのでこの話はここまでにしよう。



ここ以降は、次回、修正したり、追記したりすることを検討する。ページは別ページとなる。

第5節―3・オバマ・安倍晋三広島と真珠湾訪問に思う:下書き段階

 

2・催眠強制原稿―2016年オバマ広島訪問と安倍晋三真珠湾訪問(Part-4該当箇所)

 

 

(5月14日記述箇所か)

2014~15年の🤡広島訪問

私が、広島平和記念公園内の平和記念館にオバマ大統領宛へのメッセージを記してから、私の広島行きに激しい妨害が開始した。

原爆投下の日は特にそうであった。

2014年8月6日の広島訪問を試みると、行きがけに電車を止められ、いけなかった。

再度、行き直すと、今度は📷レンズが謎の落下で壊された。

更に2015年8月6日はいけたが、今度は8月7日に家に戻れなくなり、津山駅で一夜を過ごす羽目となった。

そして、2016年Mr.オバマの広島訪問である。

このときには、私が絶対に広島へ行けないような細工・工作がなされていた。

Mr.オバマの広島訪問の功績をだれにするか。

誰でも良い。

しかし、安倍氏の政治利用には私は反対である。

 

Mr.安倍とMr.オバマの広島・真珠湾訪問に思う

Mr.オバマが広島訪問し、その返礼という形でMr.安倍が真珠湾訪問と言いたいが、かなり違っていた。

記録を見ずに、記憶だけで記す。

2016年大統領選挙で、Mr.安倍はフライングをして、ヒラリー応戦に梶をきった。

具合的にはMr.クリントンが訪日した際に、私の母校・早稲田大学で講演となった。

その際に同伴したのは現役総理大臣・安倍晋三であった。

翌日、ヒラリーさんが立候補を表明する。

Mr.安倍はヒラリー当選と思い込み、ひろりーさんなどに恩を売るつもりでいたのであろう。

ところが、(彼の親しい友人・抱き合いたいほどの友人、正確には後の友人)Mr.トランプが当選する。

安倍氏はパニックとなった。

そこで、オバマ政権の真っ最中にMr.トランプに会いに行く。

Mr.オバマは、「まだ自分の任期中であり、何か決められると求心力やガバナンスで困る」と当惑した。

だが、Mr.安倍は男である。

アメリカの圧力などなんのその。

Mr.トランプに会にゆく。

現役日本総理の警備は、現大統領のオバマよ頼むぞ、と。

もっとも、オバマの忠告で、政治的話は避けたそうであるが不明である。

Mr.トランプは喜んだ。

だが、ひょっとして、Mr.オバマが怒ったかもしれないと考えたMr.安倍は今度は真珠湾同伴の件の実現を目指す。その考えは安倍氏の支持率向上になるため、相当前から練っていたであろう。

こうしてMr.オバマの機嫌もとうろう、と。

安倍晋三氏は、そのときに安倍晋三氏の分身・高市早苗と稲田朋美のうち、稲田を同伴させる。

そして、あろうことか、稲田氏が真珠湾訪問の翌日に靖国参拝という快挙を成し遂げる。

私はびっくりした。

万一、アメリカの退役軍人が怒ったならば、どうするのか、と。

更に、当時、オバマ大統領の支持率を毎日チェックしていたが、かなりのぼりかけていたオバマの支持率がここでストップをする。具体的数値をみせよう。

 

 

我が友オバマの辞任直前に支持率60%超過を夢見ていいた私は激怒した。

もし、この件がなければ、オバマの辞任時の支持率は60%を超えていたと今でも思っている。

オバマの支持率は59%であった。

【2016年12月】支持率
①安倍総理→50%(NHK: 12/12):後半=51.6%(報道ステーション:12/18)
②オバマ大統領→53-59%(12/9=59%: Gallup)、56-57%(Gallup=12月後半)
③朴大統領→5%(韓国Gallup: 12/9):12月後半韓国ギャラップ→次期大統領候補支持率掲載中心で不明
※オバマ大統領のデータはGallupのJob Approval
http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=17812

【2017年1月】支持率
①安倍総理→55%(NHK: 1/9):後半=55.3%(報道ステーション:1/29)
②オバマ大統領→59%(1/19最終支持率=59%: Gallup)
トランプ大統領45%(Gallup=1/22:最初の数値):43%(1/29:Gallup)
③朴大統領→現在不明
http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=23489

当時、毎日Gallupを見ていたが、オバマの支持率は最初が順調で、真珠湾訪問の頃から少し停滞し、2017年に私がいくつか関連のものを書いた頃に再度あがりだし、最終日で59%となった。12月前半の出だしから言って、本来は60%を確実に超えて幕であった。

統計のみからは、稲田の件はマイナスとしか思えなかった。

当時、怒った。

「稲田氏にアメリカ大統領の支持率を下げる権利はない。万一、真珠湾訪問の翌日に靖国に行くのならば、安倍氏同伴は遠慮せよ、と。もし、真珠湾訪問に同伴したならば、靖国にいくのは最低でも半年以上後にせよ、と。オバマ大統領の支持率のみか、退役軍人が騒いだならばどうするのか、と」

安倍氏の許可済みの行動としか思えなかった。

他方、安倍氏の方は真珠湾訪問して、安倍氏自身の支持率は安倍氏の狙い通り上がっていた。

Mr.オバマの支持率も上がったんではない。当初、下がっていて、私はこの件の相殺に動き、その関係ではなかろうが、記憶では2017年1月4日頃から巻き返しができたのである。

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「日本の安倍晋三首相は27日(日本時間28日朝)、米ハワイ・真珠湾の追悼施設「アリゾナ記念館」を訪れ、太平洋戦争開戦のきっかけとなった1941年の真珠湾攻撃の犠牲者に対して哀悼の意を表明した。」
https://www.bbc.com/japanese/38448068

当時の資料がでてきたので掲載しよう。

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(参考:GallupによるObama )
Obama Job approval
12月11日(日本時間12月12日)→59%
12月12日から12月26日=56%~57%で推移。
12月27(日本時間28日、真珠湾訪問)=56%
12月28日(日本時間29日稲田氏靖国参拝)=55%
12月29=56%
12月30日=55%
2017年1月2日=54%
1月3日=53%
1月4日=54%
(この前後、テレビなどに向かい無駄でも稲田問題を指摘し始めた頃。だが、それ以外の要因もあり、ようやく支持率が回復に向かう。一つ間違えると40%台になっていた危険があった。支持率がすべてではないが、稲田氏にオバマ大統領の支持率を下げる権限はない。)
1月8日=56%


さらに、支持率問題以上に、もし、米国の、真珠湾被害にあった退役軍人が怒ったならば、彼女はどう責任をとっていたのだろうか。

☆☆☆☆☆http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=10723

政経を語る№12:稲田防衛大臣真珠湾訪問の翌日、靖国参拝に仰天―信義たるものを問う

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(関連)

政経を語る№13・公式HPの稲田防衛大臣による真珠湾訪問直後靖国参拝問題の掲載妨害について

http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=10752

政経を語る№13・公式HPの稲田防衛大臣による真珠湾訪問直後靖国参拝問題の掲載妨害について

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安倍晋三氏は、在職中にアメリカ大統領広島訪問を実現し、更に、真珠湾に同伴した総理…として、私とオバマを出汁にして、私とオバマにおんぶしてから一年間に亘り、NHKですら支持率50~59%で推移した。私に乗っかったとは、2016年5月から6月に拷問で、今月の歌日本を強いられたからである。

彼は英雄であった。

更に、彼は2016年12月15日と16日、ミスタープーチンと日本で会談し、この世の春を謳歌する。

この件もあったので、Mr.オバマへのご機嫌とりもあったであろうが、ただではおきぬ。

真珠湾と靖国はセットであった。

そして、オバマの支持率は低迷し、正直にいって幾つかの🤡企画…でようやく、翌2017年1月3日底を打ち、1月4日から微増、1月8日から2016年12月の状態に戻り、最終的に59%で終わった。だが、本来ならば軽く60%超過して有終の美のはずであった。

更に、人が言うのとは異なり、賢明な安倍晋三様は、即座にMr.トランプと蜜月を築く。

それは結構なことであるが、「バラク・しんぞう」の関係は突如豹変する。

日本人が不信をもっていることは、全てに近く、Mr.オバマからの圧力と間接的に匂わすことを開始した。

それも自分の手を汚さずに、ニュースキャスター類を通じてである。この話はどこかでいつかしよう。

だが、公平さを自認するMr.安倍、我がヒーロー安倍は公平であったか。

Mr.オバマ政権下で、Mr.トランプが大統領選挙に当選したときに、Mr.オバマが自分の政権下では会談は遠慮してくれといっても無視し、トランプ大統領と会談した。

それではトランプ政権下になっても、Mr.オバマと堂々とあうか。

答えはノーであった。

ここでも私は怒った。

2018年3月にMr.オバマが来日するという。
そして、安倍氏との対談を望んでいた。
安倍氏とMr.オバマは会談するか否か不明状態となっていた。
そして、オバマ・安倍会談は二転三転し、結局会談はしないと正式声明がだされた。
https://twitter.com/Takamasa_Hamada/status/976804958082183168?ref_src=twsrc%5Etfw%7Ctwcamp%5Etweetembed%7Ctwterm%5E976804958082183168%7Ctwgr%5Ee5f8d24018aceea6022bde7863ab0036fd71daaf%7Ctwcon%5Es1_c10&ref_url=http%3A%2F%2Fhamatakachan.uh-oh.jp%2F%3Fp%3D19270

要するに、3月18日に会談はしないと政府発表があった。

Mr.オバマ政権下ではMr.トランプと会談、Mr.トランプ政権ではMr.オバマとの会談はしない、である。

「バラク、しんぞう」というファーストネーム呼び合う関係は何なのか、更に、公平さはどこに言ったのか。

それらを含めて、家で怒りまくった。

同時に、差し障りのない範囲で、婉曲的に問題をかきまくった。特に3月20日などである。

すると、突如、3月21日には一転して、Mr.オバマとMr.安倍会談となった。

ルールとして、日本の総理は現職大統領と違う政党の首脳とは会わないと確立していれば問題ないかもしれないが、上記のようにご都合主義では🤡は怒りまくった。

詳細は下記参照。

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私のSNSから見たオバマ・アメリカ前大統領(2018年1月~4月)

http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=19270
関連
日本のフィクサー〝ME〟Part5:4章1節・ミスター・オバマ来日
http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=19617

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結論。

Mr.オバマの広島訪問への決定打は、Mr.ケリーか、妹のマヤストロさんか、それともケネディ大使か、誰でもよい。

だが、Mr.安倍だけは決定打とは無関係ということを明確に記しておく。

事実でもあるし、安倍氏の身勝手さには耐えがたいため、はっきりと記してもおく。

利用できるものは全て利用し、自分は一切損をしないように…と。

更に、私の勘が当たっていれば、かなりの期間、アメリカ大統領が広島・長崎の平和記念館を訪問したくても、できないようなミスを安倍政権下の政府がしたことも記しておく。

毎一《万一》、バイデン大統領が、Mr.浜田(ME=🤡)との差異をみせつけようとしても、恐らく、訪問はできないであろう。

もし、私の分析がはずれ、バイデン大統領が広島平和記念館を訪問すれば、私は👏をするができないだろう。

外務省の不手際が当時あった。

私は本年の広島サミットは見ない。ただし、時事更新の関係で、サミットが終了して、外国首脳が全て日本を去ってからビデオで一部見るかもしれない。

当然、本年はサミットにあわせて広島行きなどは絶対にしない。

最後に、私は正直に記す。

安倍晋三は生きている。

同時に、私が安倍氏が死亡と信じて、追悼文か回想録を検討したときに、安倍氏の銃撃は猿芝居と判定できる映像を🤡の💻に送付してきたのは安倍氏自身に思えて仕方がない。去らんい、君(ME=🤡)には僕(安倍晋三)に怒ってもらわねば困るんだと安倍氏自身の声がどこかから聞こえた気がした。

 

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第5節―4・ケネディ大使と安倍晋三:下書き段階

3・催眠強制原稿―いつもの手口―ケネディ元アメリカ大意への安倍晋三氏の対応・常套手段(Part-4~Part5該当箇所)

 

 

(2023/05/14 21:21)本日、昼頃、近所の人の声から催眠状態で記述。

安倍晋三氏の手口

事例―1・安倍晋三氏が国会で国民民主党の玉木議員に無関係なヤジ。

見かねて、私が、それをHPで公開。

それを見た世界の首脳の一部(多分、イギリスのメイ首相か誰か)が目を丸くして驚く。

すると、安倍氏がそれをなかったことにするため、玉木君をスカウトしようとした。

万一、彼が自民党にでもはいれば、上記の失態は帳消しとなると言わんばかりに。

 

 

事例―2

私がイチロー君にComment。すると、即

イチロー君デットボール事件

ある日、私があれはMr.トランプは関係ない。むしろ、日本の政治家…と球団関係者W…と。

その後、安倍氏がイチロー君と食事か何かで、友好ムード演出を図る。

■■■

(ここのみ2023/05/15 10:26記述)本日寝る前に下記を追加したが、10:20見ると消えており、2023/05/15 10:20 思い出しながら記述。

下記記事が事実か否か不明も、これを見てイチロー君は男だと思った。

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https://smart-flash.jp/sociopolitics/87560/1/1/

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否、男女平等の視点から記載するば立派だと思った。

今後、彼が国民栄誉賞を受け取ろうとも、その逆でも、私の評価は変わらない。

また、今後、何かの形で生き返った安倍晋三と仲良くしても、私の評価は変わらないであろう。

🤡がCommentするや起こった奇怪な事件…さかな君のノイローゼ事件、山中伸弥氏関連不祥事発覚報道、イチロー君⚾、加山雄三さんよっと炎上事件、関学日大アメフト事件…、(厚労省…)この間に歯の件が絡む…は拙著「日本のフィクサーME・Part 5」で記述予定でいる。

事例―3・2013年ケネディ大使が安倍氏の靖国参拝に失望と表明。

すると、陰の安倍軍団がケネディ大使バッシング開始。

これは関係ないと思うが、ケネディ大使に脅迫までする人間がでてくる始末。

そこで、私がオバマファミリーの一員と思いケネディ大使擁護に入った。

《2023/05/20 19:35追記→事実関係を間違えたり、逆にしないように。日本の皇室も一部知っていると思う。私がケネディ大使の擁護に入ったのであり、👺のデマで逆の認識をしないように》

当時は、まだ安倍氏と私は友好関係と錯覚し、口頭のみとした。

2017年春からのボン攻撃で、2017年6月には私も切れ、反論を記載しだした。

その一環で下記でまとめて公開した。

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日本のフィクサー〝ME〟続編メモ(五)・オバマ大統領の思い出と秘話:5・長崎市長に手紙を送付日から長崎訪問妨害開始
http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=16432

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だが、弁解やごまかしでは天才的な安倍氏は例により先手を打っていた。

事例1~3と同様の手口である。

ケネディ大使の息子さんの誕生日に、誕生会にサプライズで参加したようである。

これで喜ばぬ親はいない。

日本のフィクサー〝ME〟続編メモ(五)・オバマ大統領の思い出と秘話:5・長崎市長に手紙を送付日から長崎訪問妨害開始
http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=16432

ここまで来ると、怒りを超えて、まさにごまかしの天才と賞賛したくなる。

これをやれば、親はイチコロ。

同時に、日本国民も安倍氏とケネディ大使はうまくいっており、安倍軍団がケネディ大使の「安倍総理の靖国参拝に失望」への報復からの嫌がらせとは誰もが考えなくなる。

見事というほかはない。

そこまでは良いのであるが、今度はそのときかどこかで、天皇問題でケネディ大使をかばった私に攻撃が向かった可能性がある。

今度は、同大使に、私に関するデマか何かを言った疑惑がある。

ただし、疑惑であり、詳細は知らない。

鳩山氏のTwitterの一部をRetweetしたときに、私が何らかの罠にかかると同時に、私の件で誰かが嘘を言った疑惑を感じた。

上記への腹いせではあるまいが。

安倍氏の父(安倍晋太郎)が言ったように、いいわけをさせれれば安倍晋三は天才だは事実であろう。

デマに関しても…は今は😷。

後は事例から判断されたい。

だが、再度言えば、事例1~事例3で安倍氏の手口をよくみておいてほしい。

しかし、もう政経から手を今度こそ引く私はこうした次元には関わりたくない。ケネディ大使も、もう、安倍氏の関与は不明も安倍軍団からの嫌がらせ被害に遭うこともなかろう。

私自身の行動や思考が、もう、我が友に及ぶ気配がなくなった以上、私は左でも右でも、リベラルでも保守でも、良いコンテンツは♫でも、ニュースでも紹介していくことに方針変更を表明する予定でいる。私は中立宣言をしてからは党派中立を実行しているが、その言明抜きでも、私の今後のHP活動を見れば、誰でも理解できよう。なお、私の過去の経歴はいずれprofileに具体的な組織との関わりの年月日や、関連団体名もすべて明記を検討しつつある。それをしなかったのは、プライバシー権、人権問題から、公人ではない私がプライバシー公開は、プライドにかけて屈辱だったからである。同時に、この種の手口が既成事実化され、戦前の治安維持法・治安警察法・新聞紙法の世が、法整備抜きで実現化されるのを防ぐためでもあった。

赤だろうとも・青だろうとも・黄色だろうとも、今後は良い物は遠慮せずに掲載予定でいる。それを見れば、誰も全てが分かろう。

再度言えば、誰でも自分の子どもに現役首相が来て喜ばぬ人はいないであろう。

同時に、私の持っている安倍晋三像は、良い人なのです。若しくは良い人かもしれません。ただし、満月を見ると彼は豹変するのです。満月さえみなければ彼は良い人なのかもしれません

満月とは何か、既に記述済みです。同時に身勝手さと、他人利用の悪癖がなければ…

更に権力は腐敗するで、長期政権の間に人が変わったのかもしれません。

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ケネディ元大統領の孫ジャック・シュロスバーグが安倍元首相を追悼、「思い出の写真」で偲ぶ
2022-07-12
https://front-row.jp/_ct/17555197
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同時に、安倍晋三氏の真珠湾訪問と、オバマ大統領の広島訪問への貢献でアメリカ🤝日本の絆構築については同意はできません。
特に後者の方が問題です。
安倍晋三氏は真珠湾訪問に稲田朋美氏を同行させ、その翌日に安倍氏の分身という形で稲田氏が靖国参拝をしているからです。私が当時苦言を呈した理由は下記参照。

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政経を語る№12:稲田防衛大臣真珠湾訪問の翌日、靖国参拝に仰天―信義たるものを問う
http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=10723

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日本のフィクサーME・続編メモ:(二)・党派中立宣言と伊勢志摩サミット協賛の裏話―3(忖度)
http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=15148
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第5節―5・バイデン大統領・G7広島平和記念資料館へ:下書き段階

4・G7メンバーが広島平和記念館訪問のNewsについて(Part-6該当箇所):2023/05/20 19:41文字色の変更と追記を日付をつけて記載。それ以外は手をつけず

 

2023/05/15 2:22追記。

バイデン大統領が広島平和記念館訪問をすると、2023/05/15 2:22新聞で読んだ。私は本年に入り超多忙で、テレビや新聞をみていないためしらなかった。

現状でMr.バイデンにとっては不明も…総論として大変よいことと記述しておこう。

私が上記で記した、外務省などの不手際で、現職アメリカ大統領の平和記念館訪問は難しいと思ったのは杞憂だったのだろうか。

日本の侵略に苦しんだ国の人達が、原爆資料館のみを強調すると、日本が加害者から被害者になるという論調が昔よくあった。それに由来する行動…。更には排外手記的な行動…を力ではなく説得による対応を政府がしていなかったため、あるいは…(今は記述できない)…2016年は…と思ったのは気のせいだったのだろうか。

本日、2:26知り立てのたて、これ以上のCommentは不可能である。

見た記事は以下である。

中国新聞2023年1月24日

https://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=127612

願わくは、招待する日本の落ち度で、アメリカ大統領及び各国首脳が困らぬように責任を持って対応してもらいたい

特に来年はアメリカ大統領選挙の年であり、対応の仕方一つで、同じ事をするとしても日本政府・外務省の本来すべき事前行動のあるなしにより、主要国の首脳支持率は違ってくることは時事実である。設備以上に、日本及び世界への啓発…の方が重要である

そうでなければ、広島原爆被災地にアメリカ大統領などを招聘に成功したと、日本の総理の支持率があがるだけである。

世界は日本の首脳の支持率向上のために利用かと思うであろう。

原爆是非問題は、日本の一般の人が考えているような、簡単な問題ではない。

結論から言えば、外国首脳の平和記念館訪問は、総論賛成であるが…。

これ以上のCommentは足を引っ張る恐れがあるため、今は書くまい。

追加資料

広島市で開かれる主要7カ国首脳会議(G7サミット)の開幕が19日に迫った。首相襲撃事件の直後となり、警察は厳戒態勢を取る。国内では30年ぶりの大都市での開催となる一方で、サイバー攻撃の懸念もあり、緊張が高まっている。

……

「不審物がある」。各国首脳らが訪れる平和記念公園で10日夕、ベンチに箱が四つ置かれているのを警察官が見つけ、通報した。園内は立ち入り禁止に。その後の調べで、いずれも中身は菓子と判明した。

 サミットは今月19~21日に開かれる。G7と欧州連合(EU)の首脳が出席するほか、韓国やインドなど招待国の首脳や国際機関の幹部らが参加する見通しだ。

……

朝日新聞デジタル

(浜田隆政 2:54追加)

(2023/05/20 16:55 追記)

G7の首脳が広島平和記念資料館を訪れたようである。

私のCommentは最初に記した通りである。

即ち、総論👏、各論は😷、否、🤐。各論部分はいずれ公開するが、当面は🤐。

同時に、この件で岸田総理の足を引っ張る予定は一切ない。

2023年5月20日・当日のCommentは以上。

 


次の項目で

《世界連邦構想》

 


 

2023年5月14日 | カテゴリー : 政治経済 | 投稿者 : TAKAMASA HAMADA