(🚧準備中)風俗論【第三部】・悲愴編から喜劇編への移行・(上)

(🚧準備中)風俗論第三部・悲愴編から喜劇編への移行

Ojyou-2:いろいろと変化するという意味で表紙の写真はこちらとするかもしれない。「奥様は魔女」

Ojyo-1ANoSeal3:当初は🎎(お嬢Kamata)そっくりの写真広告で行かされたが、会うと違う顔をしていた。こちらとほぼ同様であった。絵風作製。だが、昔からの知人という雰囲気と会話のリズムであった。みかけと異なり根底には貫禄もあった。

【更新履歴】(2025/12/23 10:02から貼り付け開始)

2025/12/24 19:02 ◇―2の(下書き)貼り付け

2025/12/25 ◇―3の(かなり長い下書き)貼り付け

2025/12/26 ◇―4の(かなり長い下書き)貼り付け

→昨日(2025/12/25)交通安全のパトカーか何かが走るや催眠状態で、96年駿台復職願い手紙に絡めてのオウム真理教型被害疑惑と島崎藤村に絡める謀略疑惑を追記させられた。長くなりすぎたため、(上)と(下)二分割する。

(下)は駿台と部落問題・児童・人間違いを「島崎藤村」を軸に絡めされようとした疑惑部分である。2018年の不可思議な出来事(謎の死者連続)なども加えて、007型世界となるかもしれない。

今回の(上)の清書公開は明日(12/27)か明後日(12/28)を予定している。


【構成予定】(順番も内容も必要に応じて変更)

《◇―1【性風俗と性科学論】性に関する学術研究の必要性について》
《◇―2【永久の世の映画論】あの世の映画・テレビ説か》
《◇―3・短大闘争と風俗の件》1999年文書編[3/27記述]
《◇―4・人生唯一の彼女ともいえる🎃オジョウ開始》:2000年日程一覧文章編:7月15日以降
《◇―5・駿台に絡む犯罪被害疑惑と永久の世の映画説》

《◇―6・長姉夫妻の島崎藤村に絡める謀略と人物連動説と長姉の(恐怖の)悪戯》


《◇―1【性風俗と性科学論】性に関する学術研究の必要性について》

読者・🎬視聴者が知っているのはおそらく風俗論喜劇編だけであろう。ただし、それも裏の物語抜きでの話である。
時期は1999年頃か2000年頃から徐々に開始した(正確な起点は不明から)、今日までの間である。

1999年頃から様相が徐々に変化して行く。悲愴編の流れを残しながら、悪魔で徐々にである。

この大きな変化の要因は二点あった。
一点目は🎃オジョウ群(🎃オジョウではなく、オジョウ群若しくは🧜🎎お嬢群)の登場である。


二点目は大吐血の恐怖から徐々に解放されたことである。
岡山短大をやめて急速に健康が回復しつつあった。特に胸焼けとか吐き気は急速になくなって行く。胸焼けや吐き気は当時は吐血の前ぶれを意味していた。またピロリ菌ヘリコバクターの除菌も2002年に成功した。

要するに、神風特攻型ではなくなっていく。

第一の点で言えば、人間性なるものが登場し、かなり後には🎃オジョウ類の関係で{正確には、オジョウ類の本質(🧜→🎎→🐬→🛵→🌞→🎃)が分かりかけたので}楽しみも出てくる。

ただし、何年(場合によれば10年)もたった後で考えれば楽しみである。当時は😲ビックリ、😖…の連続であった。

悲愴編(95年前後~99年+α)の状況は既に記した。夢遊病(確実に催眠か・病気か・その混合か)で抵抗しながら性風俗に行かされていた時期に、本の少し人間味を感じる女性も登場しだしてくる。

リッチドール 梅田 Part 2の久美嬢などである(記録では、1997年9月9日に初出会いである。この日の私の体重は55kgとの記録がある)。ちなみに、久美というのは🧜お嬢(Miki)の出身地が久美浜であり、後に何かの因果を感じさせられる。

 本来は、この女性のみとなるはずであったが、当時は催眠か・病気かで、私の意思を超え、体調の悪い日・行きたくない日・大便での性風俗行き、更に催眠類のみではなく、各種工作類で、場所も女性も私に選択権はなかったことは既に述べた。

ところが、1999年に、「東京スポーツ(=大阪スポーツ) 」に同店の広告に登場していた女性が🎎お嬢(Kamata)そっくりであった。これを見ると、この女性にいつかは一度会わざるを得ないと思わされていた。

 もし、会わなければ「ふてくされる」「不義理といわれる」「後が怖い」などと今はそう解釈しているが、当時は「会う必要がある」とか「会いたい」と思ったかもしれないし、そうではなかったかもしれない。

ともかく、行かざるを得ないということは日々感じていた。

だが、二つの問題があった。一つは久美とこの女性は同一店の女性である。鉢合わせをすると怖い。もう一つは、先に述べたように、行く日も・場所も私自身が選択をすることは不可能であった。

ともかく、偶然が重なりこの女性に会いに行ったのが1999年12月16日である。これが🎃オジョウである。出会うと「東京スポーツ(大阪スポーツ) 」のCM写真とは異なった顔をしていた。当時は美形であった。今回掲載している絵写真と同様(ほぼ同一)の容姿であった。なお、🎎が美形でないとは書いていない。

それ以上にあったときからむかし馴染みの感じがした。だが、先に述べたように、この時期は病的な形で行く店は私がまだ選べない時期である。後も同様であるが本質や形態がやや変化してくるように思われる。

🎃オジョウと🎎お嬢(Kamata)は顔も身長も違っていた。前者は165㎝と言っていたがときに169㎝と思えるときもあった。後者は160㎝くらいである。ところが、一度だけ、🎃オジョウが顔も身長も🎎お嬢(Kamata)とそっくりとなった謎がある。

※2015年に安倍昭恵・布袋寅泰キス時間が起こるが、彼の奥さんは山下久美子(結婚 1985年、離婚 1997年)と今井美樹(結婚 1999年)である。97年は久美さん登場の年であり、99年は🎃オジョウ登場の年である。🧜お嬢(Miki)の生まれが久美浜、名はMikiである。安倍昭恵・布袋事件は喜劇編の後半で再度記そう。



年月が経つにつれて、🎃オジョウに会いに行く前には嫁さんに定期的に会う如く、面倒なときでも行かねばならないという義務感が強い時もあるが、後に考えると楽しい思い出となっていることもあるという形である。
もっとも、最初(1999年末~2011年頃?)の十数年は悲愴編の延長(自分の意思を外れて、都合の悪いとき・結果としてどこに行き・どうなるかも不明・行くのに抵抗)の時期でもあった。
ともかく、悲愴編から20年以上の歳月をかけて、「喜劇編」は後に考えれば楽しいときも…という「喜劇編」に変化しており、グラデーションでの移行である。
だが🎃オジョウと最初に出会ったのは、催眠か何かでの強制風俗行きに対して、吐血危険や経済危機で行くのに抵抗しまくっていた時期から完全に脱却していない時期であった

再度言えば、悲愴編から喜劇編までの移行はグラデーションであり、1999年以降も大変な時期の方が多かった。

第二に、ピロリ菌ヘリコバクターの除菌に成功し、さらに吐血の恐怖から解放された。

それまでは風俗店に行くときには常に吐血の恐怖が待ち受けていた。というよりも逆であり、吐血の危険がある時に限り風俗行きが起こるか、経済的危機でお先真っ暗なときに限って風俗行きがおこっていたからである。

先に述べたように体調の悪い日に限定して風俗店に行かされていたからである。健康で気分爽快な日に風俗店に行かされた記憶はほとんどない。

こうして、悲愴編で無理矢理行かされ・出会った🎃オジョウと、ポリテクカレッジ岡山を辞職して健康が急速に回復しつつあったのと併行して、徐々に喜劇編の世界に突入してくる。

何故、幸福編ではなく喜劇編か、それは後に記すが「しっちゃかめっちゃか」😲なのである。そうでないと🎬映画説の視聴率はとれないであろう。

同時に再度言えば、相当長期、行く日の選択権やときには場所の選択権はなかった。ただし、悲愴編とは異なり、可能な限り🎃オジョウ中心にできる面があった。シナリオ上での催眠誘導変化か、病気問題の多少の改善かは不明である。


1987年から93年12月末頃まで風俗に行ってなかったが、再開させられたときには性風俗は激変していた。

些細(ささい)な話ではあるが、今度は男性の側から女性に触ることも可能となっていた。

1987年まででもおさわりできる場所はあったかもしれないが、それらは原則としてアルコールに関係する店屋でアルサロとかピンサロというところであったような記憶がある。逆にこうした店では女性の裸等は見ることは出来ない。その前に、周りに男女の人だらけである。人で混んだバスの座席に座っているようなものである。

ともかく、1987年までの悲劇編では通常の風俗店は女性のプライドから、あくまで商売としてやっているという意識があり、恋愛型雰囲気は🆖NGとか、男性の側から触るということはお断りという店が多かった記憶がある。

すなわち「性サービスだけ売っている」のであり「自分という人間を売っている」のではないというプライドか意識があったように思われた。

第一部(風俗論悲劇編)での、風俗女性の人権について後日追記するが風俗等々は女性を売っているのではない。性サービスを売っているのである。だから業種とすればサービス業となる。

人間を売っているのは男女を問わずの強制連行類である。もしくは戦前の昭和恐慌で見られた女性の身売りである。

英語で書けば明白である。前者は「Sex worker」(労働者)であり、後者は「Sex slave」(奴隷)である。

まともな風俗店は会社組織となっており、人を売っているのではなくてサービスを売っているだけである。
ところが、各種規制が強化されるにつれて、(各種規制に対抗するため)客集め対策で、性風俗類にエセ「愛情」とかエセ「人間らしさ」が導入されてき始めた。

何度も書いたように大衆的な性風俗店で身を滅ぼす人はいない。だが、エセ「愛情」が強化されると、危険極まりなく、身を滅ぼす人はでてくるであろう。

要するに、性サービスに各種規制が強化されるにつれて、「恋人雰囲気」などの「情」を性サービス業にいれてきたため、危険な状況となるかもしれない。
エセ「愛情」・エセ「恋人雰囲気」は「性」よりは遙かに危険である。もっとも、後者は私の世界だけかもしれないし、また私以外の世界ではどうしても限界があろう。


性産業で人間の持つ「性的な願望」が満たせない面がある以上、性風俗が如何に完全解禁されても、性犯罪はなくならない可能性がある。何故ならば、残念ながら、性風俗は行ったことがない人が思っているのと異なり、「極楽天国」ではないからである。如何に、絶世の美人をそろえても、人間が求めているものは満たせないからである。

私は各種イドラ(偏見の塊)を斬るシリーズを記している。性風俗は良いに決まっていると思うのは一種のイドラである。風俗論悲劇編参照。


もし、それほど良ければ、性犯罪は壊滅する。真偽不明であるが、(大阪地方検察庁の元検事正)北川健太郎事件も、伊藤詩織事件も一切起こることはない。北川でも(伊藤詩織事件の)山口敬之でも、大衆的な風俗店に行く金は十分持っている。彼らの給料では一日二~三箇所に毎日行ける賃金を得ている。
しかも、風俗店にはときには絶世の美人がいることもある。悲劇編で紹介したイブ(静岡から東京まで毎回新幹線通勤・主要大学に後援会・ファンクラブが続出、歌を歌えば聴衆が数千人となった…)とか、更にイブを上回る女性がいた話は既に悲劇編で紹介した。

それでは何故、性犯罪がこの世に存在しているのであろうか。喜劇編で紹介するが、安い店は当時は6千円程度でも存在し、その上、ときには駿台やテレビなどでもみたことのない美人がいることもある。勿論、その逆もある。だが、性犯罪はなくらならない。
落合選手が言った本質は残っている可能性がまだあると思われる。
例外は🎃オジョウと🤡(ボン)、曾根崎心中のお初と徳兵衛程度である。


それでは🎃オジョウ登場前に、特に1996年8月~9月頃に信じられない回数行かされたのは何故か。

それは明白に催眠か病気であった。当初は後者と解釈した。後には両方がダブったと解釈している。現在はオウム真理教強型の幾多の犯罪が絡んでいた疑惑も感じつつある。また、その時期に駿台が臭わされていた謎もある。

苦痛よりも恐怖の時代であった。「性」がつけば全て楽しいのではない従軍慰安婦の人にきいてみるがよい。女性だけが悲劇で、男性はそうではないというのは嘘である。そうでなければホストクラブ類や女性からしかけた浮気類は存在しない。

女性によるレイプや性犯罪は、男女の体の相違と、男性が被害に遭うことはないという偏見から世で十分知られていないだけである。男女同権となれば、50%となるであろう。
男女のホルモン…は先に書いた○○(調査中)の箇所を参照で、それだけでは事実は分からない(人間の性行動には、生理構造の上に、他人の言動やテレビ映画の影響を含む各種マインドコントロールとか極論すれば催眠類がある)。

 これらは本来、性科学という学術分野を設けて、その種の専門家(時には医学者、時には行動科学の専門家)が科学的分析を行う領域となろう。

「性」が世を賑わしているときに、大学などに、その種の研究を専門とする学部がないのは、私には理解できない。例えば「人間関係論学部」「性研究科」などは、よりよい社会が存続するためには必要不可欠の分野である。

 「性」と「愛情」の関係も科学的に分析しなければならない。更には「家族」と「性」、「性犯罪」の科学的分析、「性」に関する歴史的検証…「嫉妬」と「性」などの分野の科学的研究が全く古代から進化していない。

 脳と性、性に関する精神疾患を起こすメカニズムなどである。最後は医学の分野となる。人間の脳のどの部分(前頭葉、後頭葉…)が性に関係しているのか。自律神経、ホルモン分泌…と性の関係などである。
これらの異常がみられたとき、その治療はカウンセリングのみならず、投薬やときに外科手術で改善されるという分野でもある。

人間の行動は脳が決めるのであり、その脳の構造的異変が起こったときには、現代医学で対応すべき事項である。

科学とは、一種の法則の発見などである。性に関する法則研究を抜きにしての「性」を論ずることは余りにも非科学的としか思えない。

コウノトリ時代は終わった。科学として「性」と「性に絡めての人間関係」を研究する時代に入っていることを強調しておく。その科学に基づいて、性に関する「哲学」と「人間関係論」は進化しなければならない。

(資料)当時の日程表からそのまま抜粋:「日程一覧2000/7/16」

今回修正箇所→<>は今回挿入、XXは今回個人情報上伏せ字部分。AUは源氏名を変えているが現在に繋がるためAUに変更。これが🎃オジョウである。2005年に🎃は源氏名を変えたが、自他共に同一人物と言っており、私もそう思っている。)


風俗突如一次型催眠:①ファッション倶楽部梨花嬢+②リッチドールPartⅡAU<今の🎃オジョウの昔の源氏名>:☆この日AU=顔、雰囲気XX<🎎お嬢(Kamata)>終始そっくり=XX<Kamata>黒幕説強まる。XX<親友>の妻=XX<お嬢(Kamata)と同一のFirst name漢字>・顔XX<関学時代に登場した🌷お花さん>、貴花田=妻河野ケイコ、この日リッチドール=はるかコースも気になる。「なら全て放っておけ」と後日記述



《◇―2【永久の世の映画論】あの世の映画・テレビ説か》

(永久の世)の世界への序曲。
この頃の御嬢類について。
🛵おじょう(タナカ)さんが「おじょうの復讐」という戯言でふざけ回っていた。
今回、きっちりと彼女に仕立てたシナリオの嘘とそれに協力した人間に抗議をしておく。
私の単純な心境、「🛵おじょうよ、ふざけるな」である。

私と🛵おじょうの間に亀裂が生じたのは駿台真相編に記した如く、1985年2月下旬頃の大阪での出来事である。
その後、🛵おじょうを含む🎬映画説グループにより、無茶苦茶なシナリオに付き合わされる。多数の催眠と工作による所業であった。
漸く(ようやく)、催眠が解除された1986年度に🛵おじょう宛てに復縁の申込みの手紙を送付した。ところが返事がなかった。

彼女も人気があるタイプであり、新しい彼氏が登場していたならば迷惑となると思い、彼女のアパートを訪ねることは遠慮した。もし、彼女が復縁の意思があれば、私が彼女宛に手紙をだしていたため返事がきていたはずである。

1988年度以降は女性も含めて、この世でいうまともな人間対応は全てに近く皆無となって今日に至る。そこで、🛵おじょうとの復縁の意思は1999年まであった。私の方はそれを希望していた。1999年とは🎃オジョウが登場したときである。要するに、🛵おじょうとの復縁とか結婚は1999年頃までは私の方が望んでいたことである。

(駿台講師室係)西山美千代なる女性と全くの同一のコジツケである。

西山についていえば、私が(催眠熱とはいえ)丁寧な文書で「結婚前提で交際していただけるかどうか、一度お会いしていただけないでしょうか」という✉手紙を手渡した。即、速達で「私には好きな人がいますので、先生の厚意にはお応えできません」と返答がきた。

そこで、私は西山さんが職場に来づらくならないように、彼女と廊下で出会ったときに「お騒がせしてもうしわけありません」といって、深々と礼をした。すると彼女がむかっとした顔をして、後に、Nazoなる女性と同様の形で私を見るや、人がいようといまいと構わずに逃げ回ったという事件である。故意に私への攻撃でやった。この頃は🛵おじょうとは見合い前であり、横家やゴトウなどとも口をきいていなかった頃である。要するに、私の周りには女性がゼロの頃である。

🛵おじょうも同様である。彼女とのトラブルは1985年2月であり、最後にあったのが1985年4月である。そして、催眠が解けたあと、彼女に手紙で復縁の申し込みをした。だが、返事はなかった。要するに、私の方が断られたのである。

しかも実質的な別れも、彼女が横家・ゴトウが登場できるように仕組んだ猿芝居が原因であった(下記Blog参照)。断られた私に何故復讐か。ふざけすぎている。

しかも、🛵おじょうと最後にあってから、復縁の手紙を出すまでだれともつきあっていない。「いい加減にしろ」と出鱈目なシナリオにいつも怒っている。

(参考)🛵おじょうとの実質的な別れ

駿台真相編8-2・催眠活用と駿台事件、そして🛵おじょう(西山、🛵、🎬)

https://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=50939

上記Blogの中の《◇―5》🛵おじょうの涙と行動の謎とその後の世界(2025/06/04急遽追加項目:6/8と6/9一部修正)

(参考)西山に手紙を手渡した話

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(🆕版)駿台真相編―具体的展開解説05-3・駿台登場と京都校一号館女性㊦(A後半)https://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=45741

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ところが、🛵おじょうの復讐などと題して、🛵おじょう連想の人物が各地で暗躍をしてくる。まず、ベネッセでは田中由紀子なる担当者が1996年頃に登場してきて、軽い労基法違犯を何度も行いだす。手口はポリテクカレッジ岡山の世取山清課長などと同一であった。この労基法違犯は徐々に激しくなり、2002年にはベネッセとの縁切りとなる。

1995年にタイに行ったときには、かなり🛵おじょうを懐かしみ、添乗員につれられて行った飲み屋で「北上夜曲」を歌ったことがある。これを見て、奇妙なことを言った人がいた。「今頃の俳優は歌も歌えるのね」と。


この頃もかなりの🛵おじょうとの復縁願望があった。だが、もう彼氏がいるどころか結婚しているであろうと、私の方から具体的に動くことは不可能であった。更に、手紙をだして返事がなかった以上、彼女の意思を尊重することが重要とも考えていた。

万一、復讐などと戯言をいうのならば、登場してくれば即座に復縁・結婚となっていた。更に、🛵おじょうに恨まれる心辺りは駿台真相編に書いた如く全くない。誰がみても全くありえない。そこで、まず一言。「🛵おじょうよ、ふざけるな」である。


この🛵おじょう熱があるとややこしいと感じた如く、今度は、🌻西田ひかる熱が催眠か病気か不明も猛烈に起こり、🛵おじょう熱を破壊しようとしてくる。
ちなみに、🌻西田ひかるは駿台を辞職した瞬間に登場してくる。確か1988年2月頃である。そして、私と大学時代に同じ渾名(ボン)と言われていた🌙関学先輩の高島忠夫の息子とテレビで共演をしている。「デパート物語」である。デパートとは駿台講師時代に山城・備中松山城で出会った女性(ユアサ)の勤務先が阪神デパートであった。(なお、この阪神デパートの社長に後に関学同期生がなったころがある。)

更に、🌻西田ひかるは神奈川県出身である。関学時代に最初に登場した🧜お嬢(Miki)は神奈川県に嫁いで私と同じ姓となったという噂を聞いたこともある。なお、西田ひかるはその後結婚して、西宮市美作町の近くに住まいを構えている。美作町とは私の生まれた町が、岡山県英田郡美作町である。

そして、🌻西田ひかるが暴れ回り、去る前に強調したのが「眼鏡のたなか」であった。だが、当時はテレビに登場する人と対面とか対談は疑わしくてもあり得ないと信じていた。そこで、この頃でも🛵おじょうが登場すれば、🛵おじょうと可能ならば結婚願望はあった。
復讐などと戯言を言うまえに、ここでも🛵おじょう(タナカ)が現実に登場していれば、🛵おじょうと結婚となっていた。そこで、再度記す。「ふざけるな」である。
復讐などと戯言をいうならば、私の方も言いたい。「スリッパで頭をたたいてやろうか」と。だが、私は女性や子供には暴力は振るわない主義者であることがネックとなっている。

1999年頃の手記にこの不自然さに次のメモをしている。

1996年日程表:後期―3
後期Ⅲ期(11/23~1/31):-1
……

田中…<🛵おじょう>さんにつ<て>は理解不可能。他のまともにつきあった女性で(XX<🎎カマタ>、XX<🌷お花さん>、XX<高校時代の部落問題研究部後輩の女性>、XX<同じ>・・・・)で誰が私に害を与える時(大分等)自分の名やイメージを使わせるであろうか。また、用があれば全員きっちり会いに来るであろう。XX<別人と入れ替わった教え子で>でさえ本物ならそうであろう。

最もXX<先の教え子>は用がなければ当然来ないというだけのことである。詳細覚書参照。

西田ひかるや西山はじめ駿台の女性と同じではあるまい。他のつきあった女性参照のこと。

但し、1997/8まで一切自らの責任において本人及び自分の名や類似人物の悪用は登場は決してさせぬこと。実際害受けた形跡あり。尚、以前の分析は本人が自分で私とのことややこしくせねばと最大限の努力を払っていたと現時点で分析可能(駿台の女性に関しても田中<🛵おじょう>さんが逆にややこしくするよう使命を帯びていたのでは)。

1997年文書
★15:田中<=🛵>さん等の件:[12/27項目該当]
 →①私に用あれば直接本人が堂々とでてくればすむこと。昨年末の覚書より、97年8月以降に用あれば直接本人でてくればすむことと何度も記した。

97年8月はすでに過ぎている。

尚、②田中さん、真備の件、西田ひかる等は干渉者が自分でしたせっかくのお膳だてを台無しにしたくないため、彼らのエゴのため、無理矢理引っ張られているとしか思えず。田中さんに関しては用あれば直接本人が堂々と正面から出てくれば良いという簡単なこと。他の女性……はすべてそうするはず。……。真備の件は過去の塾の件同様でしかないも、脚本重視のエゴ丸出しの話。



この🛵おじょうとか🌞西田ひかる熱を完璧に壊したのが、風俗論喜劇編に登場する🎃オジョウである。なお、🎃オジョウ熱が起こる前に、🎃オジョウがある日、🎎お嬢(Kamata)とそっくりな顔となった日があった。どこから見てもお嬢そのものとなった謎である。それも🎃オジョウの公式発表では身長は165㎝であるが、この時だけは🎎お嬢と同一の160㎝前後であった謎もある。

なお、ササヤマに住む先輩は、「お嬢(Miki)と水俣で出会った🐬女性、それに🛵おじょう(タナカ)は同一人物である」と言い切ってもいた。なお、🎃オジョウと会いにいくときに、後に、近所で🛵おじょうとファーストネームが同じ人が「タカマサちゃんどこに行くの」と何度か声をかけた。
こうして喜劇編では(あの世の映画説)の世界に巻き込まれていく。そして、性風俗で出会う人物群のみがまともな人間にも見える逆転現象が起こり出す。


性風俗以外の人間は村の人間同様に、出鱈目と言いがかり(難癖)のオンパレードと逆に徐々になっていく。

もっとも、この逆転現象(性風俗で出会う女性の方がまともという現象)も期限つきであった。

2012年末に第二次安倍政権が誕生するや、2013年頃から、政治家や(多分、官僚類)が私を取り巻く性風俗類に介入してきて、各種工作(🎃オジョウ1号、2号、3号路線ではなく、本当の偽者を出すなどの工作を)をしだした気配が増大していく。これらは、風俗論第四部喜劇編で記そう。

🎃オジョウが姿を消す前に言った一言が全てかもしれない。「(今のような文書を)書いても無駄よ。小渕恵三さんに手紙を出してどうなった」。
私「小渕総理は死んだ」。
🎃オジョウ「同じことよ」であった。

《◇―3・短大闘争と風俗の件》1999年文書編[3/27記述]

※この箇所は引用が長いため、黒文字のままとする。今回修正した箇所は訂正線と< >で挿入がわかるようにしている。また今回付け加えた項目は青色で記している。

 なお、下記箇所解説のために他から抜粋した箇所は薄い桃色文字としている。

☆☆☆1999年文書編☆☆☆

◎風俗の件
①「風俗」関する基本的見解は1997年指針所収の「エッセイ・風俗論」参照。

 風俗は撲滅でなく死滅すべきであり、私自身についても 風俗はいくことの善し悪より行く必要性がなくなることが基本見解である。行かざるを得ぬ時でも基本原則は96年指針「家族」p6に記述あり。

【風俗三原則(96年指針から抜粋)】

 ともかく性の問題を含め絶対にしてはならないことは以下のことである。

 ①自分を好いてくれる女性に、好きでもない時は手をださぬこと。同様にそれを目的として近づき騙して関係を持たないこと……

 ②事実上奴隷状態にあり、強制的に売春などをさせられている所には絶対に足を運ばないこと。当時はそれほど明確ではないが、今は決して足をはこばない。万一行っても今は帰ろうと思うが、それほど意思が強くないので最初からその臭いのする所には行かないというより近づきもしないことにする。

……

 ③その他、恩を売った人にその弱みにつけこむことをしない等いくつかある。

 それ以外は善か悪かどうか知らないが勿論さほど良いものではなかろう。

②現在は買春でなく売春という形に構造上なっていること。[96指針家族p2]。

 又<、>大昔より、長期の独身生活等より動物的生理上<、>一定行かざるを得ぬ構造となっているのみか、この数年は長期完全監視(24時間他人が私を監視){もしくは精神関連の病気のためそう感じるのかもしれず}のため性処理上も一番羞恥心を感じずにすむ手段として風俗は止<や>むをえないものであることもある[96指針家族p2]。

以下、わかり易くするため、「96年指針」ではなく「97年指針」から抜粋する。

(1)奴隷状態下の売春行為
 これは、買春禁止法のみならず、強制労働の禁止にも本来なら該当する極めて悪質な行為であり、即禁止し厳罰に処すべき事項である。

今日の日本の買春禁止法に何らかの役割が期待できるとすればこの一点にしかない。この形態の買春のみ、先の例の妾さんを囲うよりはるかに大きな罪と一般にはなる。これは極悪犯罪でかってのアメリカの奴隷制同様 かそれ以上 の犯罪である。

尚、最近中国で騙して女性を遠方の男性の妻にするという事件も同様のケースである。あれも完全な強制売春である。私自身、昨年の97年指針に記した如く、こうした所は一切行かないよう注意を払わなければならない。

尚、こうした所では、女性が万一経営者より幾ばくの金を与えられていたとしても、一切その罪はない、否被害者でしかない。現行法でも、当然そうなるが、ややこしい場合もあるであろう。

 尚、私の昨年<1996年8月~9月を含む1996年等に>させられたのは、この売春行為でしかない。しかも、私の方が金を払っての。

 だが、昨年以外も、本年も万一行ったとしても、やはり、基本的には売春行為を私が金を逆に払いせざるを得ない構造であったことはもはや言うまでもない。また、干渉以前も催眠やまた基本的にそうせざるを得ない要素を故意につくられた以上過去のことも同様である

③上記の①の行く時の原則<①の風俗三原則の箇所>は悪に加担せぬための3原則であるが、これとは別に通常の知識人・常識人他大多数と共通する当然の天秤事項もある。即ち、仕事と生活に支障をきたさぬこと。否これは山谷始め大半の人に当然な事でもある。

④駿台時代については上記③については仕事上はプラスであったという必要条件を満たし、収入面でも必ず毎月かなりの金額入るため生活に支障きたさず十分条件も満たしていたこと(第一あの時ですら風俗よりスナック等の方が支出が大であったはず)。

 必要条件については駿台時代前半の超孤独感と野球選手が試合後のエネルギーを使い果たした虚脱感の後で一人ずまいのアパートへ直行できるかと同じ論理であり、後半は精神の安定を確保する手段としてであった。[96指針家族pp6-7参照]。(この文書の後で資料として当時の文書を抜粋紹介をしている。

実家にいる時等に衝動で風俗へわざわざ等は皆無であったり・・・より、またワープロで原稿書きの忙しい時は当然皆無というように、私自身での内心の軋轢はなく、精神上は正常であった。

 万一「永久の世」で外部催眠でいかされていても精神上病気の範疇には入らぬという事である。スナック通いが病気でないなら善悪でなく頻度・費用等は比較にならぬ軽い現象である。

⑤1996年以降の風俗通いは、これは完全に外部催眠による一種の半暴力か、そうでないなら完全に精神に異常をきたしている症状である。
1)我が家におり又カメラやその他で忙しく超孤独でないこと。また仕事上の虚脱感などなく頻度多くする必然性がないこと(ちなみにスナックは<駿台講師時以外は>10年で今西氏とのつきあい外では1回かゼロかである)。金銭面の十分条件からは相当制約されること。

2)また、頻度とかかる時間を考えればこれは異常。88年~93末12/22迄0回、93末1回、94年2回位・・・ところが96年8月が8回、96年9月が11回・・・・である(詳細は必要時に統計をとる)。

ちなみに駿台時代の東洋ホテルから歩いて10分の風俗に行くのと違い、実家から大阪か高松まで行くのである。

それが月に11回とは週に3回ということである。電車や店の待ち時間や当時の経済力から言えば、岡山市の人間が朝家をでて1週間の内に週1回は東京の風俗へ、週2回は福岡か熊本の風俗へこれを毎週行い2カ月も行っているのである。(その後もかなりこれに近い状態である)。

高松等、早朝でて、高松で何もせず風俗のみで帰宅は夜である。しかも、8月や9月は特定店や指名女性でなく、一見で・・・は理解不可能である。

3)しかも体調悪く一歩も歩けぬ時や帰りは無理で途中入院か・・・という一番都合の悪い日ほど風俗に行っていること[97指針女性&家族p2][日程一覧99年1月の下]、

4)さらに風俗前には必ず便意を催しトイレ(大便)をしていること。これは95年から99年まで例外なしか、例外が一例あるか程度であること。逆かもしれず。便意を催しトイレに行くや風俗へとなったかもしれず。上記8月に8回、や9月9回も確か全部そうであったと記憶している。

5)駿台時代と異なり自己の抵抗が強い事。生活不可能かつ仕事準備に支障きたすような形の風俗行きを避けるため[97指針女性&家族p6]の対策や母に金を預ける等の対策を懸命に講じる。

 これは、性と精神の関連より、文書書き抑制不可能や自己意思の分裂・葛藤[レポート実施や姉への手紙他]と同じ、多くの自己意思の分裂現象の一つでしかない。


昨年東京関連の3回連続の風俗も同様である。監視がいて収まる位なら母に金は預けぬ。

 逆に監視おらねば上記の②の一部がなくなるため、精神の病気か催眠さえなければ現在の金銭状態では風俗など正常でも行けるはずもない。山谷労働者などは金入っても風俗より先に酒(孤独感からの離脱)を取る位である。

 ⑥99年4月予定の風俗行きについて。これは現在の所上記⑤と異なり上記②の被害のためやむを得ずとる行為である。

 現在の所とは、やはりその前後の中で私の意図に反し一番都合の悪い日等に⑤の症状で当たれば⑤となるし、計画通り一番都合の良い日なら上記②となる。


これは詳細に週予定で検討。尚、その後は1999年12月を予定している(都合で11月末となるかもしれない)。この間隔については金銭より生理現象としての夢精[1988~1993年頃のデータから]により決定している。

……

 尚こうした生理現象に催眠やその他で介入されても原則として間隔は上記とする。一々対応していたらキリがない。干渉なければこの間なら大丈夫という少しゆとりをとっているライン。但し、経済状態がさらに厳しく<な>り、田畑も何もなくなったりすれば泥棒していけるはずもなく支障多数でも12月は延期か中止以外手段はない。


また監視<>なくなれば、当然②の一部解除されるため、現在の金銭状態では本年はあるいは数年は0回となるであろう。逆に収入増えれば全体として②の状況の中では③の原則となる。

仕事にとってプラスになりかつ金が十分あれば回数は原則として無関係となる。しかし、それでも駿台で金<>十分あった時でさえ1996年の如き1<か>月に11回や8回など一度も行ったことはないし、通常の人間はそんなに行かない。

 金抜きでも行けない。体力の問題でなく時間や他にしたいことや、風俗が近くでさえ一定の不便さがあること、まして遠方では尚更である。(1999年 4月行きは1998年9月末よりの決定事項)

※以上長々と記したは、言い訳のためでなく、訴訟時に万全を敷くために事実を記しただけである。

⑤の4)追記→1998年10月より風俗中断するや便秘がちとなる。(93~98年10月迄は便秘は滅多になく、が1998/10以降便秘頻繁になる[3/27追記])

◎[追記]4月のいつ風俗へ行くか。

1)4月下旬案:
次に行く時期をできる限り遅く[12月末等に]するため。また、精神の安定を図るため。さらに勉学を当面専念しすることを減らしておきたいため。

2)4月上旬案
早く買いたい文献あるため[逆に勉学のゆとりとるため文献購入は遅い方が良いとも言える]。余分な催眠か外聞干渉を避けるため早めにケリをつけるため早い方が良い。

 昨日迄4月下旬案中心が、本日から4月上旬、できれば4月1日の検討に入る。理由は、4月に風俗ということで、4月下旬予定とすると映画なら話題提供でガタガタさせられる期間が長くなるのを避けること。

 映画でなく病気なら、モヤモヤさせられたり変な挑発で、再度全く自制が効かなくなり風俗多発現象の被害を避けるため。病状上からは4月1日に決行し、次は12月か早くても11月末とし、一切再度風俗関連の事から遠ざかること。

 金銭管理は現在以上に徹底し、母に文章も渡し、お金の引出は7月迄は一切しなくて良いようにするなど万全の体制を念のため敷いておく。

3)病状から見たこの6カ月の性欲等について
尚、病気の回復の関係か、外部催眠の風俗催眠がなくなったせいか、あるいは逆の病気のせいか、昨年<1998年>の9月末から昨日まで、ほとんど性欲もなく、風俗願望も皆無に近くというより皆無といってよく、全くか月に1分ほどしか風俗や性の事は考えておらず(ただ変な夢は見さされたが催眠がどうかは不明)。

逆に言えば、年とはいえ長期独身で性生活に飽きるどころか実質上[本当の意味での性]経験ないに等しい男性が、しかも仕事で超忙しい訳でもなければ特に強い生き甲斐もあるわけでないのが、ここまで長期間全く性のことを考えぬのは逆の病気というのは誇張であろうか。


一応<、>念のため病状の診察必要時のため正直な記録として記載しておく。性欲があるのは恥でなく、他人に害を及ばさぬ限り健康な証拠でしかない。特に現在気にする必要はないと思うが性欲が全くないのは、特に理由がない限りこちらの方が通常は健康上問題があることが多い。

有意義な仕事に専念中とか、どんどん金入り金儲けでそれどころでないとか、本格恋愛し長年連れ添った妻がおり、特にそうしたことを改めで感じずとも精神的な安らぎを十二分与えられている[性関係はなくとも常に一緒に語らい時には同じ部屋で寝たり、同じベットで寝たり]・・・あるいは子供の事で満たされるかその逆か・・・なら分かるが。

 長期独身で、恋愛からの性関係[精神面伴う性関係]皆無で、金入る仕事バリバリ今行っておらず、精神の安定を与える伴侶も子供もなく、何かスポーツや娯楽に熱中している訳でもなく・・・でここまで性欲がないというのも、現在の状況ではありがたいが本来なら、(肉体面の)健康の異常か、年齢による精力でなく気力の衰え・・・等気にせねばならぬとも言える。


現在の状況ではこの方がありがたいが、健康上からは念のため記しておく。よってこの間懸命に自分の誓い(風俗へは4月まで行かない)を守るため、昇華や他の努力や我慢をして大変であったのでなく、全く行く気も性欲も事実上起こらなかったということもある。

勿論起こっても現在の金銭状態では禁欲する必要はあるし、上記②の監視がなければ、4月も行かねば12月も行かず数年は行かないし、行けないであろう。
少なくとも本年は金がなく、幸いに特に性欲も、また特に行きたいと昨日まで思っていなかった以上、本来は行く必要がないということ。しかし、②のため、生理上のため・・・より、決行するのが実状である。但し本日になって急にもの凄くではないが多少性欲は生じてきたが。

 最後に病状上気になるのは、風俗通い頻発が一定収まると同時に、例の電気製品買い衝動が起こったのは、勉学への投資意欲のみか、代替現象で起こったのであろうか。一時のカメラも同様のことあり。カメラ撮るのは健康にも精神にも良いが本日は絶対に写真にならないから撮りたくないとメモし、それでも撮った日、しかも大量に撮った日が結構あり、それらの記録も確実に記しているはずである。


金はない。忙しい。本日は天気などにより絶対に写真にならない。別の日に撮る機会は十分あり、本日撮る必要性はない・・・そして撮りたくないとメモし、あるいは撮った後で現像前に抗議をしたケースは風俗通いと一定同じ論理(症状)とも言える。


撮った後での抗議は、写真をやくまえ所か現像前に記しているはずである。後に分析するが写真などの結果が分かっているのにセーブがきかなくなる現象は風俗のみではないということである。考えすぎず過去の記録より冷静な科学的分析をし対策を立てねば風俗を遮断しても他の事項で被害を被ることもあるということである。

全て自分の意志通りになった時に、風俗関連も同様なら、外部催眠が無くなったか、病気なら精神関連の病気が回復に向かっていると判断できるのであるが。

◎風俗の問題は道徳としてでなく、病気との関連で治療上必要時に、それ以上に訴訟に備えてありのまま記した。
これらは実験でなく、過去の文章や記録から十二分その真実性は実証できるはずである。裁判官の心証のレベルでなく専門医も、通常の人間ですら十二分判定できるだけの過去の文章はあるはずである。それが以下下に記す内容につながっている。

(※1)【1996年指針】上記関連の資料・1996年指針がでてきたので添付する。1996年指針であるただし、これは風俗論・悲劇編に該当する内容である。訴訟が可能となれば、賠償交渉の役にたつかもしれないためと思わされ掲載しておく。引用であるが、長いため文字は通常の文字で行う。

☆☆☆(1996年指針)☆☆☆

96年
《6:駿台時代の遊びについて》
 ……結論から書く。私は結婚するか、あるいはその展望を早くもちそして同時にこうした所とは縁を切りたい。


……東京時代を中心とした長期に渡る女性と話す機会すらないという生活の中でポツリポツリとそうした所に行き始める。

 やがて、駿台に移ってからは回数が増え始める。駿台のトラブル以前は、主として仕事に全力投球するために足を運ぶ。(余り良くないが)。

金も入り、悪という重石も消え、結婚も全くできない状態におかれ、結構孤独な生活をし、そして駿台の授業後舞台で演じた後のように虚無感というか真空状態になる。

……

そうした時、その虚脱感から頭を切り替えるため性風俗に行きさっと処理しさっと仕事か何かをする。という発想が主体であった。

(同時に性風俗に行かないとき、虚無状態の数時間後に生じる性的<性的というよりも、虚無感からの人との会話を含める人間との接触>欲望もでて、スナックかどこか<飲み屋→誤解のないように言うがスナックや飲み屋類での女性との性的関係はない>を歩き回るよりは頭を切り替えるのにこの方が早いという打算的な発想からである)。

……

ともかく、駿台ですごいエネルギーを消費し、その後で生じる頭の隙間を埋めるためである。ホテルかアパートでは誰もおらず、こうした時一人ではいられないのである。これは、今考えると性的な欲望ではなく、家族を持たなかったための精神の空白だったのかもしれない。

良くわからないが野球の選手が試合でエネルギーを使った後<で>誰も待つ人にいないアパートに帰り一人でじっとしておれるであろうか。まして試合で大活躍か何かをし興奮している時などに。こうした心理状態から足を運んだ。

だから、夏期休み(約2カ月)や冬休み、春休み(2カ月)の間はそうした欲望を感じず行っていない。ましてやそうした休みに実家にいる時に欲望を感じたことすらない。

(といっても、男である限り結婚していなければ当然そうした欲望を持つように作られているので全く性的欲望抜きで性風俗に行っていた訳ではない。ただ、それでも授業がなくて実家にいる時はそうした欲望を感じた覚えはない)。


 駿台後半時代(西山とのトラブル以降)は完全に頭が乱れ落ち着きがなくなり、性的はけ口より、行かないと気が狂いそうになっていたことが主因である。(ひょとすると催眠にかかっていたのかもしれない)。

ともかく情緒面で正常でなかったのである。訳の分からぬトラブルを仕掛け<ら>れたことが主因である。実際トラブルのない夏休みなどは、泳ぎに行く以外は1日中ワープロに向かい仕事をしている。


そして、駿台を辞める前のそうした場所に最後に行った時の言葉が、「今までこうした場所に来て一度も楽しいと思ったことがない」と店の中で失礼なことを言って<し>まった。これが、当時の性風俗の店での最後の言葉である。

今、考えると決してそう嫌な訳でもないし、それなりに楽しんだのかもしれないが、やはり機械的な処理をする場であり、恋人などとは比べようもないであろう。

 まとめて二つだけ書く。

一つは、もう一度書くが野球の選手が全エネルギーを消費した後、そして翌日からしばらく休みという時、だれもいないアパートに直行できるであろうか。

もう一つは私の友人の何人かが、こうした性風俗に花やケーキを持って一人の女性に通い続けたことがあるが、その心境は長期の独身男性なら理解できるであろう。

《6:新しい家庭へ》
現在、干渉下で不自然な生活をしている。しかも、男であるため動物は一定の欲望を感じざるを得ないのである。構造がそのようにできているのである。しかし、①’完全に自由状態になり、結婚を含め将来への展望が出てくればもはや風俗関係の場所に出入りすることはない。

 (その理由は後に記す)、②’また、結婚の展望がなくても奴隷状態でなく完全に自由な状態になれば教材作成費用等金銭的関係で当面行けないのが現状であるし、その他の関係[一気に教材を作り上げる箇所等]との関連で一定期間行くことはないであろう。

 ③’だが、今は干渉下で欲望を感じたり、おまけに催眠でそれを強められれば、終始監視下におかれている以上、先の三基準に基づいて一番羞恥心を感じないこうした場所へ一定間隔で行かざるをえないかもしれない。

もっとも、現在家におり精神的な空白感がないこと、また授業でエネルギーを出し切っておらず授業後の虚無感がないこと、これらを考えるとそれほどそうした場所へ行きたいとは思わないはずであるのに<、>しばしそうした欲望を感じることがある。これは恐らく、いや間違いなく干渉者の催眠によりそうした欲望を持たされているのであろう。過去の休み中の例を考えるとそれほど欲望は出てこないはずであるが。


 次に明確に以下のことを付け加える。

結婚したり、あるいはその可能性が出てくれば性風俗には決して100%行かない。何故行かないのか。二点ある。一つは私は妻に浮気をしてほしくない。それなら私も浮気をしないし、当然性風俗にも行かないということである。また、そうしたことを望む女性と結婚することになる可能性が強いため尚更である。

 さらに、子供ができて父親がそうした所に行くのを知りショックを受けさせたくないからである。


 もう一つは、男の本能として性的欲望が生じても妻がいればもはや行く必要がないからである。性的本能は動物にそなわったものであり、夫婦間でも一切交渉がなければ離婚原因になるものである。

 それが、現在のように長期に渡り結婚できなければ、本能的にも、精神面の空白を満たすためにも過去足を運んだのも必然的なものであった。

 しかし、結婚すればその必要性はなくなる。特に欲望を満たせるのは性的な面ばかりでなく精神面が大きい。駿台時代、こうした場所に行ったかなりの部分が前者より後者の空白であったような気がする。


 勿論、上記の如くにするためには、一定私が魅力を感じる女性と結婚せねばならない。適当な女性と結婚した場合でも、もはやこうした性風俗に行くことはないと思うが結婚してみないと分からない。

 ただ、適当な女性と安易に結婚することは結婚自体が売春そのものかもしれない。そのために展望が出てくればかなりの時間と労力をかけ本格的に伴侶を捜さねばならない。伴侶が長期不在で生活できるように、一般の人間はできておらず、特に私はそうである。


 長々と書いたが、私自身伴侶を持ち新たな家庭を持つことは、精神的にも必要である。

 かってのように本格的なエネルギーを使った授業の後で誰もいないアパートには帰れるだろうか。それ抜きにしても性の面も含め、人間が人間らしくいきるためには家庭は必要なのである。

 そして、今まで巧みに絶対結婚できないようにされ続けてきた。当然法則として、その結果先のような生活となる。

 だが、本当に幸いに人を騙したり・傷つけたりせずに済んだことは不幸中の幸いであった。ただし、私の方は一番の犯罪である、人の心をもて遊ぶという超悪質な女性の詐欺的行為により、傷つくというより生活を滅茶苦茶にされ続けてきたが。重ねていうが、あれは超犯罪である。売春などくらべものにならない犯罪である。同じことを私がすることを考えてみるがよい。


《5:生活の乱れについて》
このようにして、<1998年現在で>43年の長い期間に渡り、結婚を絶対できない状態におかれ、新しい家庭も持てぬという不自然な状態に置かれてきたのである。

 健康な男性にとっては異常であり、性的な問題も含め人間はそうした環境下では当たり前の生活を送ることができるようにはできていないのである。

一部の宗教者等を除き法則といってもよかろう。そして注意してもらいたいのは、性的な問題よりも新たな家庭という場をを持たなかったため乱れた面の方が大きかったということである。

西山の件以前にスナック等に行き始めたのは完全に孤独からである。特に仕事が終わり、エネルギーを発散させた後での虚無感と孤独感にたえられなかったのである。スナックは、申し訳ないが余り好きでないのである。行きたくないのである。今も当時もそうである。場違いで話題がないし、相手も気を遣うし、こちらも気を遣うし、本当は嫌いなのである。だが、それでも行かざるを得ない心理状態にあったのである。西山以後は頭がおかしくなり、行かないと狂いそうであったからである。


 そして、以上のような精神面ほどでないが、性的な問題でも当然の如く、こうした状況下では必然的法則的に行くようになる。

……

……だが、それでもそれ以前も以後も現在もしてはならない基準を持っていた。それは相手を騙すことである。私のことを好きになってくれた女性に対して、私の方が好きでないなら絶対に手をださぬことである。

ましてや、私が本当につきあいたいと思っていない女性に性的関係を求めて近づいたり、そうした偽善的なことをしないということである。

最も<尤も>遊びと割り切り私と性的関係を持ちたいという女性に出会えば別であるが、残念ながらそうした女性は私を一般に敬遠するのである。残念なことであるが。

 また私もそうした女性と何を話して良いか話題<の>検討がつかないこともある。だから、絶対に好きでない女性に近づき詐欺的行為により、自分のことを好きにさせたり、関係を持つこと、これは絶対にしない。……

 これは一番最低のことで、売春などとは比較にならない犯罪である。西山が私にしたのはこれである。美人でなくてもこれはできるのである。……再度言うがこれは法には触れない場合が多いが極悪犯罪であり、性的関係を抜いても絶対にしてはならないのである。

……

ともかく性の問題を含め絶対にしてはならないことは以下のことである。

①自分を好いてくれる女性に、好きでもない時は手をださぬこと。同様にそれを目的として近づき騙して関係を持たないこと(相手が性的に遊びたいだけといえば別であるが、そうした女性がどこにいるか未だしらない)。
これは、主として法に触れない場合が多いが一番の大犯罪である。例え肉体関係を持たなくても同様である。私は絶対にこれをしたことはないが、肉体関係はないものの私は常にこれをされつづけてきた。
私がされたから言うのでないが、これほどの犯罪はない。下手をすると相手の一生を狂わすのだから。実際私は何度も狂わされた。極悪犯罪である。売春どころではない。

②事実上奴隷状態にあり、強制的に売春などをさせられている所には絶対に足を運ばないこと。

 当時はそれほど明確ではないが、今は決して足をはこばない。万一行っても今は帰ろうと思うが、それほど意思が強くないので最初からその臭いのする所には行かないというより近づきもしないことにする。

③その他、恩を売った人にその弱みにつけこむことをしない等いくつかある。

それ以外は善か悪かどうか知らないが勿論さほど良いものではなかろう。…


④例えれば、性的なことを望んでいる女性が、自分の意思で同様の男性と関係を持ち、その後でその女性がついでにその男性に金銭に類似するものをせがみ、男性がそれをプレゼントしたとしても、それを他人が軽蔑することは自由だが、あからさまに干渉する必要はない。
同様にこれに近い形態の性風俗に出入りすることは人によれば軽蔑される対象ではあるかも知れないが、あからさまに干渉されることではない。

……

要は形式でなく内容である。

例えれば金目当てで結婚すれば、法には触れないが④の形態の売春以上の罪悪である。永久売春といっても良い。地位や財産や肩書きだけを目当てに結婚したり、あるいはそうした人から何かをえるため関係を持つのも同様であろう。
96年指針p-5

《◇―4・人生唯一の彼女ともいえる🎃オジョウ開始》:2000年日程一覧文章編:7月15日以降

★11:XX<既に述べた理由で源氏名と異なりAUと記述したが、🎃オジョウのことであり、後は全て注抜きで🎃オジョウに置き換え表記>に<2000年>7/16明言[8月5日まとめ]。


「🎃(オジョウ)について

①私が誰かと結婚するか、

②🎃オジョウが辞めるかしたらそれまでとする。

しかし左記以外でも③情が移るため2年迄とする。またここがソープなら他は一切行かずこの店かつ🎃(オジョウ)1本とするが、そうでないため中途半端さよりソープも時には止むをえず」。

🎃オジョウの返答「この店では私以外を指名しない事」。

そこでこの約束に同意した。尚、私が③の時に「二年もいるはずはなかろうが」の前置きの時に🎃オジョウが含み笑いをした事及び流れより、ひょっとして🎃オジョウがこの日で店を辞めるのではとの予感もした。後日の覚書に記載。

さらにこの日の🎃オジョウは店に入って最初に見た時から顔も態度も若き🎎(お嬢=カマタ)さんそっくりであった(多少🎃オジョウの方が美人か?)。はるかコースで指名。

尚、何故🎃オジョウが店を辞めたのではと直感したのか。それは
①🎃オジョウがこれからは週2回でしかも17時位にしか来ないといきなり言った事としかも出勤曜日は不明と返答した事、

②上記の如く、私が「2年もいないであろうが・・・」と言った時に含み笑いをした事、

③何よりも当日の🎃オジョウの雰囲気(特に🎎お嬢黒幕説が当たっておれば以心伝心というよりも彼女の手口に関するデータが一定ありそうなる)、

④完全な🎎お嬢(Kamata)似で登場しかつコースははるかコース、即ち拙著の『旅に心を求めて』第16章で没にしている「遙かなる心の旅路」の”はるか”をもじっていた事、

⑤さらにこのまま🎃オジョウが辞めなかったらどうなるかという問題から、久美同様にここがthe endと干渉者が考えたともとれる。

⑤に関しての私見は🎃オジョウ辞めたら辞めたで残念であるが、もしまだいたらいたで今後どう展開するかへの不安もある。ここで終われば、少なくとも良い思い出となる。辞めなかったら第二の西田ひかる等の形で「綺麗な良い思い出」が一転する危険や昔のXX<🎎お嬢(kamata)>的形での今考えると一種の被害を受ける事もありうる。

 尚、🎃オジョウとの約束上、🎃オジョウを指名して🎃オジョウ休みとの返事ある時は、🎃オジョウが辞めていたとしても🎃オジョウが辞めたと言わぬ限りリッチドールpartⅡには行かない。

🎃オジョウが辞めたと店が明言か、事実上確実にそう取れる言動の場合は一定の念のための保留期間をおいて再度この店に行くかもしれない。

また、一応筋上、🎃オジョウが万一店に入るのを見ても店が休みといえばPartⅡには行かない。

例外は本人が店が休みと言っても私来ているのでPartⅡに来て欲しいという明言が会ったときのみ。

彼女は現在私の伴侶や恋人ではないため相手の自由と意思を踏みにじれないためである。私に彼女を束縛する権利は伴侶や恋人としての事実上の契約がない限りないからである。

★12:7/31超膨大な覚書→以下概要
……

 2)風俗女性の件→・・・駿台女性は西田ひかると同様に蜃気楼にすぎず<、>危害のみ与えられる。客観的に思い出とすべきは、この間は何人かの風俗女性の方が上となる。

全体としての会話量、出会った回数、女の子の性格、楽しさ、性的付き合いの深さ度、相手への思いやり(心配り)、相手への献身度、あるいは容姿・・・当面の一言は「久々に楽しかった思い出=🎃オジョウ。大変お世話になった=久美」等である。

つまり”良い思い出”としてはここ数年出会った風俗女性の方が職場のおかしな女性等よりは客観的に上になるという事である。


即ち、<私の>大卒(否<、>高卒)以降の流れをみると、実態は最近の風俗女性の方が良いのでは。

特に、駿台女性は西田ひかると同様に蜃気楼にすぎず危害のみ与えられる。逆にこの間<悲愴編から喜劇編への移行期>の風俗女性は時に性格もよく、女性によれば会話量も西山どころか駿台女性の大半よりも多く、しかも裸で体当たりであり蜃気楼ではない。


但し風俗催眠で都合の悪く多大な支障を来す時にいかされた事と時にひどいのもいた事に問題あり。


そこで筋上も現実問題からも、駿台女性や岡山の進研予備校の女性よりは🎃オジョウや久美などを思い出の上位におき、写真類も駿台や岡山の女性のは捨て🎃オジョウなどの写真を結婚までは上に置くこととした。現在の心境。

「久々に楽しかった思い出=🎃オジョウ。大変お世話になった=久美」である。

また、partⅡのこずえは性格がよくファッション倶楽部の咲も素朴さを感じ、秀美も体当たりで応じ・・・これらの女性の方が思い出として当然駿台女性よりも上位のはずである。

特に🎃オジョウと店外で旅行等していれば裸での付き合い、会話量、楽しさ・・・を総合すると思い出とすれば田中<🛵おじょう>さんよりも上になったかもしれない。


少なくとも西山等とは会話量、実際の付き合い、裸での付き合い・・・と完全に🎃オジョウなどの方が上となり、思い出としても上におくべきとなる。蜃気楼女性はまっぴらである。

田中<🛵おじょう>さんがかなり長期思い出となったのも蜃気楼でなく久々の女性とのデートであった事と多少なりともキス程度した事と会話量、そして何よりも超長期女性との新たな出会いを遮断されたためである。
そして、昔の女性を超長期思うはこれは倫理的にも良くない。新しい女性に失礼であり、かつ昔の女性も新たな家庭やパートナー問題で迷惑でしかない。何よりも精神衛生上も良くない。

尚、XXさん<🎎お嬢>の評価は将来するが彼女も多少汚い。常に私の知人である人間を彼氏としてそしてそれを明言して私に接近してきた事(私の性格では知人の彼女となると葛藤する)。

田中さん<🛵おじょう>が一時ウェートが大きかったのは蜃気楼でなく知人の彼女としてでなくデートした事。しかし、風俗女性の性格の良いのと店外デートすればこれを思い出とすれば上回る。今考えると田中<🛵おじょう>さんのも彼女の訳の分からぬ多くの言動からして、前に進めぬ状態にあり。

尚、駿台女性に関するXX<🎎お嬢>さんのアドバイスには従わなかったが、田中<🛵>さんに関しての自然消滅が良いはXX<🎎お嬢>さんのアドバイスであった。

それは正しかったが後に数年後に田中<🛵>さんに手紙を出したのは間違いであった。あれは道義上からもしてはならない。するならば仲人に徹底して調べて貰い新しい伴侶や新恋人の有無を確認したり・・・してするが筋。

しかし期間の問題から言っても好ましくない。昔の私ならば当然新恋愛に入っている時期であり、逆に言えば田中<🛵>さんの方もそうである。実質的な付き合いは彼女とは3カ月程度でしかない。

ちなみに風俗嬢久美とは丸2年である。顔を見た回数も久美の方が多い。

……

★13:[8/4記載]西田ひかる策動と🎃オジョウの今後予想

……

尚、🎃オジョウについては原則として店は辞めたと解釈すべきであるが、例外があるとすればリッチドールグループの他店への移動等である。

また昔の店にいたとしても、流れや7月16日の雰囲気より、又過去のデータ分析より🎃オジョウの再登場は早くて9月~11月、場合によれば半年か1年開ける事すらありうる。
こずえの場合には約9カ月おいての再登場となった。XX<🎎お嬢>さんの場合には私が熱を上げると必ず約1年ほど間を置いて再度接近すると言う事を二度もしている。

🎃オジョウは辞めたと考えるのが正道も万一再登場するとしても過去のデータ上の平均より約半年、長くて1年以上先、超早くて9月となるが、9月もまだ早すぎるように思われる。

尚、🎃オジョウが再登場した場合には、①これまでは風俗嬢🎃オジョウは実際には風俗嬢でないというニュアンスで登場したが、再登場は実は風俗嬢でないと思わせた🎃オジョウは本当は風俗嬢であったで登場するかもしれず、さらにXX<🎎お嬢>さん似が相当薄れての再登場となるかもしれず、

②逆に今まで通りのイメージで再登場となると今度は第二の西田ひかるとなり振り回される危険もある。但し、それでも蜃気楼ではなく相手は裸での体当たりであるし、過去もそうであった。

③相当高い確率のXX<🎎お嬢>黒幕説ならば、万一私が伴侶として彼女とひっつくならば<、>ではXX<🎎お嬢(カマタ)>さんが誰として登場してそうなるかである。

現在は🎃オジョウ、西田ひかるという順である。万一の番狂わせがあったならば、(常識を逸脱するまでに徹底して田中XX<🛵おじょう>に嫌悪感を最近抱かされているため)田中XXとなる。


あるいは新しい女性かもしれないが、西田ひかるはもう約13年であり、アプローチ始めおかしな事をし始めてから6年であり、🎃オジョウはまだ9カ月目といっても蜃気楼の西田ひかる型でなく実際に肌を接しているため、干渉者のこれらの工作を全てゼロにして新女性という形での登場の確率は低い。

④干渉者が完全に手を引いた場合には、私が一定レベル以上の仕事につけ、妨害がない限り一定の女性を内外を問わず自分で獲得する。そのためのアイデアと実践形態は干渉が消え失せる可能性が出た時点で検討する。

⑤過去の事が全部嘘でないならば、高校時代などに一定同性の友人が多かった以上、又大学でも一定同性含め結構広い意味で人気があった以上、さらに年寄りに結構かわいがってもらった以上(関学時は保健所の掃除の小母さんにXX<下宿屋>さんのお婆さんにも一定気に入られる、本格的には東京のXX<孔雀の小母>さんやしのぶの小母さん、岡山ではかなり若くなるが笹鮨等・・・で)。

よって通常の同年代の人よりは可能性が高い。容姿を売り物にしていれば年を取ると若い人には男女共に対抗は全くできないが、私は容姿を売り物にしていないため、一定の強みがあるという事になる。


女性でも容姿売り物では48歳になればどうしても20代の容姿を売り物にしている人には対抗できない。男性も基本は同じである。私の場合には容姿を売り物にしていない。だから同性に一定人気があったり、知人が通常の人よりも多かったという事となる。


尤も全て干渉で仕組まれていた可能性は極めて高いが、もしそうならば逆に年という観念は無関係となり、私の年の問題は無視して良いともなる。

※何故こうも西田ひかるについて長く干渉者が引っ張るのか分析不可能である。過去の前例ない長さである。外部催眠他での引っ張りによる。ちなみに干渉無ければ、こうしたケースは新恋人の出現か相手が消え失せればデートや肉体関係他の実態がない以上蜃気楼はすぐ消え失せる。


西山の時は大阪校に移動し1日目で完全に消え失せた。移動するやわずか1日目である。しかし、それ迄に危害を受けている以上全て干渉終了後に賠償も検討する。

ただ本人が出てこずとも良い。双方の弁護士通してで十分である。尚、西田ひかるにもこの原則が適用されるし、それに関するコメントはこの期間の覚書に記している。

ただ、西山と違い恋愛詐欺よりも健康危害への加担やプライバシー権を犯す等の重大問題が存在している。よって即座に引退表明と実際の引退がいかなるケースにおいても彼女の義務である。それまでは私が西田ひかるの検索などをしようともそれらは催眠か彼女の一貫した策動の結果の被害でしかない。


それよりも判別が難しいためそうした事は一切考えず記録のみ現在は残しておいて将来判断するである。自分で西田ひかる探しをしようとも何も考えずに記録は全てできる限り残しておくこと。

自らの検索であってもそれを明記して記録は残しておく事が現況ではtheoryである。しかし、異常に長すぎる。XX<🎎お嬢(カマタ)>黒幕説ならば全て一定シナリオは分析可能となるが。ただし、行われた事に合意はしていない。

……(中略)……

C)横家の名も顔も忘れたい理由⇒正確には横家だけでなく、西山も後藤もカミも武内も近藤・・・すべてガタガタした女性の名も顔も記憶から消滅したい事。煩わしいのみでなく不愉快である。

当然後藤と横家の写真は一定の時期に全て燃やすネガも燃やす。将来の訴訟云々など万一の事を考え当面は残す。

同時にこうした記録も残せば名を忘れかけても思い出すためこうした記録も残したく無し。特に西山と横家はとりわけであるが、平等の原則より後藤も同列とし同待遇を行う。

但し、西山は一列でなく少し悪質であり別格となる。ガタガタしたり、余分な策動をしたり・・・する人間には嫌悪感を感ずる。よって駿台女性の大半と男性職員の女の腐った型岩佐ほかは思い出すだす事は不愉快であり記憶より消却したい。


尚、主観を除き数学的思考すれば、西山が問題なれば横家、後藤もワンセットで同一の問題ありと定義され、さらに田中XX<🛵おじょう>も同一集団で同一グループで彼女らと協議し役割分担をしていたと推定され同一の集合に入るため<、>評価と思い出をいずれ再検討する必要がある可能性が高い。

主観抜きで俗語で言えば同じ穴のむじなとなる。但しその中でも役割分担上からの悪質さに多少強弱(上下)はあるがややこしいため全消却が一番あっさりしてよいとも言える。


2025年12月23日 | カテゴリー : 政治経済 | 投稿者 : TAKAMASA HAMADA