「日本のフィクサーME・パート3」第2章世界連邦と起業を目指して・第3節の3・小泉純一郎安倍晋三、そしてME(メモ)。

「日本のフィクサーME・パート3」第2章世界連邦と起業を目指して・第3節の3・小泉純一郎🆚安倍晋三、そしてME(メモ)。

 

 

(1)著作は、原則として、十二回の見直しをして作成している
(2)この文書は、故意に嘘(うそ)を5~10パーセント程度いれている。

(3)『日本のフィクサーME』登場人物のキャラクターなどは以下を参照願いたい。

※日本のフィクサーMEシリーズの注意点全文の雛形は下記参照。
http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=36999


 

 

 

 

【更新履歴】

2022/11/19 14:37からメモ掲載。

2022/11/20 1:03画像などを追記

2022/11/24 21:46追記記述。22:25微修正。

 


以上


この項目の表紙用写真(安倍氏が私に襲いかかってくるときの表情は下記である)

阪神尼崎駅前にある像

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《◇―3・安倍晋三🆚小泉純一郎:安倍晋三氏が私にちょっかいをかけた原因》

実は、私もさっぱり分からないのである。
何でしょうか。
満月をみたのでしょう。
2000年頃から第二次安倍政権が始まるまで安倍氏は私には丁寧な人であった。
所が、第二次安倍政権になるとごろっと変わった。
私には何故なのかまったく分かりません。

考えられる大きな原因は誰かの嘘にだまされたとしか考えられません。
知っている人がいれば教えてもらいたいのですが。

私と安倍氏の問題は徐々に検討するとして、今回は小泉純一郎さんと安倍晋三氏の関係について記録を残すだけとしたい。

安倍晋三氏と小泉純一郎氏

(2022/01/17 :13:23:2022/11/19修正)東京都知事選。
小泉・細川・菅直人🆚安倍晋三・舛添要一・自民党

私は2013年から2015年終わりまでは起業を目指してまっしぐらであった。
そこで、政治からは遠ざかっていた。少なくとも、国内の政治はもはや何のことか分からなかった。

第二次安倍政権では、安倍晋三氏から小泉政権、菅直人政権と違い、本格的な相談類もなかったこともある。例外は2016年の今月の歌の件だけである。この件は怒り心頭であった😡。(日本のフィクサーME・パート4参照。後日リンクを掲載)

そこで、記憶もほとんどない。
それでも、事項の断片を辿(さかのぼ)ると、2014年夏の東京都知事選挙では、細川護熙・小泉純一郎連合の登場が契機となっているように思われる。

細川さんと言えば、55年体制を壊した人らしい。人らしいとは、細川政権も、後の村山政権も、私への相談などはなかったのみか、私の方も次の事情でほとんど覚えていないのである。
1990年からの休眠期(うつ病を激しくした状態)中は、ソ連崩壊も、ドイツの壁崩壊もほとんどか全く知らない。その少し前もトラブル続きで、天安門事件もほとんどに近く知らない。

私の国際政治に関する時計は、アキノ女史政権樹立の頃までである。国政政治への登場は、主として菅直人政権のときの菅直人氏と温家首相の間にはいったときからであり、連続…としては2013年訪中からである。

国内政治の方は1981年頃から完全ストップに近い。国内政治で、無理矢理政治の世界に戻されたのが小渕恵三氏への書留手紙からであり、やや本格的には小泉政権からである。
そして、野田義彦政権崩壊後からは政治(少なくとも日本の政治)の世界から再度遠ざかっていた。というのも、2012年11月27日に、私の母が死去した。
そこで、老後破綻対策で起業を考え、まっしぐらだったからである。

こうして、もはや国内政治については何も分からない状態になっていた。
それでも2014年夏の東京都知事選は覚えている。とは言っても、何年かは忘れており、本日、調べて2014年と分かった。

このときの印象は、安倍晋三氏と小泉純一郎氏の間で何があったか…であった。
自民党は舛添要一氏を押していた。ところが小泉氏は細川氏を支援した。更に、細川氏を民主党が支援していた。図式化すれば桝添・安倍・自民・公明🆚細川護熙・小泉純一郎・民主党の図式…である。当時はマサカと思った。

脱原発問題での対立からだそうである。
しかし、小泉政権時代を考えると、あの小泉氏とあの安倍氏が対立を…。何度か首をひねった。

小泉純一郎氏がしりぞくときに、「次の総理は誰がよいか」と私に尋ねた。「安倍晋三は
どうか」、と。
私は「福田康夫氏が先がよい。どうしても安倍氏がと言う気持ちは分かるが、速球派が二人続くと、安倍氏はどうしても見劣りをしてしまう。そこで、変化球の福田康夫氏がよい。どうしても安倍氏と言うならば、福田氏の後で安倍氏を検討した方がよい」と返答した。
ところが、小泉氏は「総理はなろうと思っていつでもなれるものではない」と言い、安倍氏に後を託した。

あの安倍氏と小泉氏が対立とは…当初は信じられなかった。
この原稿の流れで言えば、安倍氏は満月を見てオオカミに豹変(ひょうへん)したのであろう。

それでも原発についてのみの限定対立と当時は解釈をした。
第一次安倍政権では、小泉氏は安倍氏を温かく見守っており、安倍氏も小泉氏に一目をおいているように見えた。
ところがところが、第二次安倍政権になると…その話は後で書こう。
勿論、この問題は、私は自分の起業で手一杯で関与しなかった。ただし、選挙後に一言だけ言った。

小泉氏が「街頭にでると有権者の反応がすごい。これで勝てると思った」と言ったときにである。
私は言った。
「それは分析ミスである。街頭で反応が良かったのは事実である。だが、それは小泉氏が登場したときではないのか。即ち、小泉人気であり、科学的には細川人気でなかったのだ。小泉氏自身が立候補していれば勝てたかもしれないが、そうではなかったのだ」、と。

かといって小泉氏が立候補することは、彼の性格からはできない。
自民党が下野したときに、小泉再出馬を押す声は大きかった。
そのときに私は言い切っていた。
「小泉純一郎氏は絶対に再出馬はしない。総理に再度なれるかもしれないと思ってもでない」、と。
それは小泉氏の性格である。
特に、そのときに、小泉氏が中曽根康弘氏に引退を迫ったシーンを思い出した。

自民党の顔、正当派・保守本流の中曽根氏が苦汁(にがり)をかみつぶす顔をしていた。
あの紳士の中曽根氏が、…である。

小泉氏はあのとき苦渋の選択というか、かなりの決意のもとでいったはずである。
その手前、彼は絶対に立候補しないと私は思っていた。

同時に、この種の問題は約束事である。自分が中曽根氏や宮沢喜一氏に年齢問題などから引導を渡して、自分のだけはオメオメとでることは彼の性格ではできないと思っていた。
もし、彼が安倍晋三氏と同じ道(三選禁止廃止路線)を打ち出せば、間違い無く、小泉純一郎氏が歴代総理最年長記録を樹立していたであろう。10年はかたかった。

彼は良い悪いは別にして、まっしぐらな、昔の青年将校に近い性格をしている所がある。
靖国参拝も、自民党員向けへの、選挙時の公約というか約束遵守という側面もあったであろう。

勿論、小泉氏と総理の靖国参拝で論争したときの勢いからは、根底には自分の心の問題だ、その思いがどうして実現したら駄目なのだ、という感情もあった。
このときの小泉純一郎氏とボンとの論争{🤡日本の総理は日本の顔であり、総理の間は靖国参拝自粛を🆚心の問題だ論争}は『日本のフィクサーME』(Kindle、KOBO上下・各百円、$1)参照。
ともかく、私の目からは、小泉純一郎氏と安倍晋三氏の決別が開始したと感じたときであった。


この年には更に三つの出来事があった。
安保法制
特定秘密保護法案
朝日新聞従軍慰安婦事件。

前二者は、私は老後破綻対策で起業にかけていたため、関与する時間がなかった。その前に、もう日本政治にはかかわりたくない思いもあった。そこで未だに(2022/01/17 13:18)全二者の内容はほとんどか全く知らない。だが、整理上、後で関連日時だけは収録しておこう。ただし、内容についてはノーコメント予定でいる。

最後の、朝日新聞従軍慰安婦事件では、このままでは朝日新聞が潰(つぶ)れる、それ以上に、強制徴用や慰安婦問題での被害者が窮地に陥る、更には日韓関係がガタガタになるということで、朝日新聞擁護に走った覚えがある。
橋下徹君事件では、出自問題…は憲法13条幸福追求権違反や差別の温床になると、朝日新聞系列批判を真っ先にしたのであるが。従軍慰安婦報道は本質が違っていた。

安倍晋三🆚小泉純一郎ならば、安倍晋三🆚🤡(ME)が起こってもおかしくないかもしれない。だが、私は小泉氏と異なり、安倍氏に何も注文もしていない。彼がMr.オバマが退いた後で、🤡攻撃を開始したので、降りかかった火の粉を払っただけである。
何故、🤡攻撃が開始したのかは、長期、安倍晋三氏が誰かのデマに騙されたと想像していた。
現時点(2022/11/19 14:26)でも謎である。
満月を見たとしか言いようがない。しかし、私の場合には、満月がでているという嘘に騙され、彼がオオカミに豹変したとしか思えいないのであるが。

安倍晋三は変わった。

安倍晋三は変わった。

ヤジは一切せず「年金100念プランどうなった」のプラカードをかかげようとした女性も警察官をつかい排除。この女性の顔を御覧いただきたい。危険だろうか。単にプラカードのみ。
アメリカで言えば、やじらずただ単に「How about Obama care?」のプラカードを掲げると警察官に捕まるのだろうか。
それが自由社会・民主主義社会なのだろうか

なみに、私がこれと類似の画像を掲載すると、後に奈良での演説中に安倍氏が狙撃(私はスマホでの全動画画像を見たが、猿芝居としか思えなかった。安倍総理は倒れていなかったという動画画像。実際には暗殺はなかったという画像)…という辻褄(つじつま)あわせ型形式主義がみられた。
おそらく、北海道のこの件を合理化するための猿芝居としか思えなかった。
安倍晋三氏特有の行動と完了の辻褄あわせ型形式主義が合併したものである。

これが日本の民主主義・自由の本体である。
ちなみに、ヤジについては前ページの如く、自分はやじっても他人のヤジは許さないとなっている。更に、その件も隠蔽(いんぺい)するため、他人が安倍氏にヤジを飛ばしている画像が後に多くみられた。おそらく、辻褄あわせ型形式主義を誰かに依頼し演出したのであろう。

これでは教育などを論じる資格はない。
小泉純一郎さん、「これを見て、安倍晋三は変わったんだよ…」

ミスター・トランプがこの画像を見たときに、テレビから一言言った。この画像の件かどうかは不明であるが…。
「Chinaか」と。
中国が怒るかもしれない。
「年金がどうなったかと聞いただけでは、中国は警察をつかい排除しない」というかもしれないし、そうではないかもしれない。

こんな偽善の世に生きる意味はない。
これが自由主義陣営、民主主義国家と言われている日本の姿であった

ヤジは一切せず「年金100念プランどうなった」のプラカードをかかげようとした女性も警察官をつかい排除。

(2022/11/24 21:38 追記)追記事項を過剰書き。

安倍晋三氏を批判したとき、一番喜んだのでは野党ではなく、自民党議員であった。彼らの一部は私に彼らの願いを託したのかもしれない。「これで風穴があく」とか、「風穴をあけてくれ」と。安倍氏と私の対立は正確には対立ではなく、私は降りかかった火の粉を払っただけであった。なお、目に見えて火の粉が降りかかったのは2017年春以降であった。

2022年安倍晋三氏銃撃事件?があった。当初は、彼の回復を祈った。彼が死亡したと聞いたときには追悼文か回想録か迷った。だが、彼が死亡したのは嘘だとう幾つもの証拠をみせられた。決定的なのは全貌が写っている動画である。これらの証拠類を送ってきたのは安倍晋三氏自身の差し金ではないかと後に思っている。同時に、安倍晋三氏銃撃事件後もしきりに私を挑発しているように思えてならない。

安倍晋三氏の声が聞こえてくるようである。「君(私=🤡をさす)、君にはまだ僕(安倍晋三)に怒ってもらわなければ困るんだ」と。

権謀術数遊びにのめり込んだ安倍氏は何かを考えているのであろう。

 

 

 

2022年11月19日 | カテゴリー : 政治経済 | 投稿者 : TAKAMASA HAMADA