日本のフィクサーME・続編メモ:(二)党派中立宣言と伊勢志摩サミット協賛の裏話―1

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日本のフィクサーME・続編メモ:(二)・党派中立宣言と伊勢志摩サミット協賛の裏話―1

《全箇所共通注意事項》

(1)著作は、原則として、十二回の見直しをして作成している。
(ブログは、通常、一回程度の見直ししかしていない。)
今回の原稿は、この十二回の見直し以前の単なるメモである。
そこで、作品時点では大きく様変わりするであろう。
それを頭に入れて読んでいただきたい。

(2)この文書は、故意に嘘(うそ)を10パーセント程度いれている。どこが嘘かは公開できない。善良な第三者に迷惑をかけないための措置である。
総論として、この文書はフィクションとして書いている。

(3)『日本のフィクサーME』登場人物のキャラクターなどは以下を参照願いたい。
安らぎ文庫>>6-1・『日本のフィクサーME・下』《『日本のフィクサーME』登場人物の紹介》
http://h-takamasa.com/book-01/custom57.html

◎風景描写→字数の関係で、メモではごく一部を除き風景描写は原則として大きく省略する。

※今回から、以下本文の青字はクリックすれば、ウィキペディア等にリンク。

(If you clicks a blue character,a blue character will link to Wikipedia etc.) 




二・党派中立宣言と伊勢志摩サミット協賛の裏話(1)


《◇―1催眠、リモートコントロール》


2016年5月伊勢志摩サミット。
テレビには白々しい雰囲気が写っていた。
オバマ大統領だけが手をこちらに向け振っていた。

他の首脳たちは安倍総理に遠慮して、冷ややかな面持(おもも)ちであった。
もっとも、翌日はメルケル首相もにこやかになっていた。
だが、しらけた雰囲気であった。
私は言った。

「アイウエオ、かきくけこ」、と。


今回の話はこのときの舞台裏の話である。

今回掲載予定箇所は長いため、分割しての掲載となる。

今回の続きは1~3日後を予定している。


この話をする前に、催眠について語らなければならない。
誰とて、催眠とか催眠術は知っているであろう。
ただし、私に対してそれが濫用(らんよう)されていると言えば、人は怪訝(けげん)な顔をする。
怪訝(けげん)な顔をされても、もはや65才となり、いつ死んでもおかしくない年となった以上、事実は事実でありのまま記さなければならない。
今回は面白(おもしろ)くないかもしれないが、これも情報公開と考え、ありのまま記すことにした。


 催眠なる語がある。
 私はこの語の如く、時々操(あやつ)り人形化される被害に遭遇(そうぐう)し続けている。
 簡単に言えば、催眠なる物か、リモートコントロール型で、私の意思及び主義を破棄させられ、自己意思に反する現象を強いられている。
 手段は不明であるが、次の四形態で自己意思に反する行動を取らされた。


 第一形態→全く、催眠にかかっているとは知らずに行動し、長期後に分かる場合。


 第二形態→明らかに自己意思とは違うと、即座か早い時期に分かっても、それに抵抗できない場合。


 第三形態→私が意図していないことを誘導、説得型で納得させられる場合。

 これには、後でそんな馬鹿なと頭にくる場合と、後で考えても、それで良かったと思う場合がある。


 第四形態→ある事項を行う場合に、私に打診があり、私がそれに同意する場合と拒否する場合がある。

 拒否の場合に、その拒否の意志が貫かれる場合と不可能な場合がある。


 催眠状態は長期続かないとも聞くが、私の場合には第一形態は相当長く続くことがある。


 今回、問題となるのは第三形態と第四形態である。
 この二例を実話を例にしながら解説する。


 最初の例は、村の川に鯉(こい)のぼりが数個飾られていたときの話である。それを見て、私に撮れという暗示があった。しかし、私の写真は趣味ではなく仕事道具の一つである。同時に白々しく撮っても意味がないと拒否した。しかし、何度拒否しても、自己の自由がきかず、撮影させられた。撮影中も撮影後も怒り心頭であった。

 該当箇所を拙著『閉じた窓にも日は昇る』から引用する。

ただし、これは相当穏健に記述しているため、先に当日の日記類を掲載する。

☆☆☆

☆☆☆
《私の古里での川の鯉のぼりについて:2002年4月3日》
写真価値は無い。
レタッチ時コメント→催眠強制撮影〈させられる〉。

当時、不愉快極まり無く、金銭損失で怒り狂う。

尚、この頃なら、Y家(散髪屋さん)の孫と祖父を、Y家の鯉幟とセットで撮った方がまし。
幾ら鯉幟が小さく、川のより貧相でも写真価値を高める事はあってもその逆はない。
本質が重要。


川の鯉幟は誰かが遊びで並べた遊びの鯉幟、Y家のは祖父などが孫に対して奮発し購入した鯉幟。
価値が全く違う。
写真価値も同様。
尚、Y家が望んでいないようなのでまともに(本格的には)Y家のは撮影せず


☆☆☆「2002年4月3日・写真DB」☆☆☆
今回(2017年8月18日)追記。Y家の鯉のぼりも立派でしたが、物事の例えで、上記の記述をしただけです。立派な鯉のぼりでした。
☆☆☆

☆☆☆

☆☆☆

 次に該当箇所を拙著『閉じた窓にも日は昇る』から引用する。

☆☆☆
☆☆☆『閉じた窓にも日は昇る・下巻』から引用。 
……
 ⑥撮影問題。
 私は授業屋・プレゼンテーション屋である。だが、「機構」か、映画説か、誰の仕業(しわざ)・陰謀(いんぼう)・挑発かは不明であるが、撮りたくないものを何度撮らされたか。

二〇〇二年四月頃、村の河原に十以上の鯉幟(こいのぼり)が突如出現。何度、撮影を拒否しても抵抗も空(むな)しく撮らされた。当然、怒り狂った。


 当時、我が家界隈(かいわい)の散髪屋(さんぱつや)にも小さな鯉幟(こいのぼり)があった。どうせ撮らならば、こちらが良い。近隣の鯉幟は豪華(ごうか)とはいえないかもしれない。

だが、孫が大きくなればなるほど写真はその意味を語る。祖父が死した後は更にその意味を語る。あるいは百年後、千年後でも写真は何かを語り続ける。

川の鯉幟は十以上、川もある、花も探せばあるかもしれない。だが、そこに何があるのか。何もない。

一〇年もすると村人(むらびと)は言うであろう。「見たことのあるような川だけれど、この川の鯉幟は〝何〟。じゃ、古里(ふるさと)の川じゃないわ。では一体この川はどこの川」と。

懐(なつ)かしさも何も沸(わ)き起(お)こらないであろう。

まして、川の鯉幟(こいのぼり)は十よりは百、百よりは千、千よりは万が良いし、立派な物がよい。しかし、孫の祝い用の鯉幟は立派なのも結構、立派でないものも結構、自分で造ったものでも結構、いずれも結構である。どのような形態であれ、そこには人の想(おも)い(愛と情)がある。

こうしたことが他にも多々あった。


 第一、金はどうなるのか。私の老後を誰か見てくれるのか、となる。まず過去の膨大な作品群の補強写真を。これを崩(くず)されると餓死する。

蟻地獄(ありじごく)から抜けてから、飽(あ)きるほど故郷(ふるさと)は撮り、無料でみんなに配ればよい。その逆では、蟻地獄、底なし沼の道でしかない
☆☆☆ 
『閉じた窓にも日は昇る・下巻』第二六章・自宅監禁(刺客―10){KOBO、KINDLEより発売中、百円}参照。
※本の紹介ページは下記。
http://h-takamasa.com/book-01/custom38.html
☆☆☆
☆☆☆


 次に第四形態を紹介する。

  あるとき、地域の写真サークルを通じて「倉敷チボリ公園撮影」の誘いがあった。
  倉敷チボリ公園は、かつて岡山県倉敷市寿町(JR倉敷駅北口前)に所在した公園で、都市型テーマパークを売り物としていた。
 条件はこうである。
 「入場料及び我が家からチボリ公園までの送迎をタクシー並に行う。(我が家からチボリ公園までは往復160キロ程度であろうか。)さらに、帰りに有名な本格的屋台でラーメンも出す。それで料金は合計千円である」と。

 しかし、私は公共団体がこうした娯楽施設を運営することには反対であった。当時、こうした施設で黒字を出すのは千のテーマパークに対して三箇所程度ともきいた。

税金の無駄遣いとなる。

さらに、こうしたパークが大もうけすれば民間業者の経営を圧迫する。すると民間業者は税金を支払って自分のライバルを育てるという矛盾を抱える。

そこで、いくら安くても行くのはノーと言った。

 その後で、(誘ってくれた人ではなく、裏からの手口を使われ)催眠型で何度も行くよう説得されたが、その都度独り言でノーと言い続けた。

最終的にこのときは行かずにすんだ。

チボリ公園と言えば、私が勤務していた大学校と同じ倉敷市にある。

だがしつような催眠攻勢で断る理由を独り言で言い続けさせられ、疲れ切ったし、相当な時間もロスした。

 今回話す、今月の歌・日本特集はこの第三形態と第四形態の結合型であった。


 以上を前置きした上で、舞台は、2017年3月20日から21日の居酒屋・徒然草(つれづれぐさ)での会話に戻る。


《◇―2・今月の歌・日本「さくらさくら」と「荒城の月」作成の経緯》


布袋(ほてい):ボン、ところで、昨年(2016年)のサミットでは、今月の歌で安倍晋三氏などと組んだのだって。

明神(みょうじん):え、それは初耳だ。
いつからボンちゃんサー、安倍晋三陣営についたのだい。

ボン:いい加減にしてくれよ。
僕ははっきりとHPにも書いているだろ。
党派中立・宗派中立と。
その上、救済依頼文書を主要政党全部に送付したから、更に党派中立・宗派中立を貫かなければならない。
そして実際に貫いている。

明神:ではサー、党派中立宣言してサー、どうして安倍晋三のときに協同作業をしたのだい。それではサー、党派中立ではないよ。

ボン:それが僕にもよく分からないんだ。
ある日、寝ていたら、催眠みたいなもので、今月の歌で「日本特集をやれ」と連日強要されたんだ。
最初は安室奈美恵の歌・ネバーエンディングが突如頭に入り込み、それを払拭(ふっしょく)するのに弱ったよ。

明神:安室奈美恵のネバーエンディングと言えば、沖縄サミットのときのかい。

ボン:そうだよ。
それで何日も説得された。
明神:ところでサー、安倍氏はテレビなどには登場しなかったの。

ボン:安倍氏と僕は2014~2015年の間は、お互いの領域には入らないという感じだった。
だけれど、昨年の五月にはテレビに登場し、『オバマ大統領にはあれだけ仲良くし…日本の総理にはこれ…』かという形で、事実上やってほしいと言ったとしか思えなかった。
しかし、良い歌が思いつかなかった。
日本を強調するためには安室奈美恵の「ネバーエンディング」は今回はノーだ。
それに一度サミットで使用されているしね。
だから、最初は『ノー』と言った。

その内、ある日、寝ていると、「安倍晋三のためではなく、世界の首脳を日本国民に紹介し、親しみを持たすのは、世界平和にとっても良い」ときた。
サミットに合わせて日本特集をやるかどうか検討だけすることにした。
徹夜で調べたけれど、適切なのがない。
ただ一つだけやりたいのはあった。
これが僕の構想通りにいけば世界が驚くやつだ。

布袋:何なのだい。
もったいぶらずに言いなよ。

ボン:笠木(かさぎ)シズ子の「ジャングルブギ」だ。
ただし、レコード版では駄目だ。
黒澤映画「酔いどれ天使」で歌っていた場面のだ。
これなら、歌詞・曲、笠木しずこの歌唱力、それに黒澤明の映像美と構成。
だから、映画酔いどれ天使で歌っている場面に限定しての話だ。
これが入手できればやるとした。

明神:その歌サー、誰が作曲したの。

ボン:
服部良一さん。
だけれど作詞も凄(すご)い。
黒澤明氏自身の作詞だ。
しかし大胆な歌で、笠木シズ子さんが、『先生、ワテ、こんな歌(歌詞)、歌えまへん』と言ったらしい。
そこで、少し手加減した歌詞になったとも聞いたよ。
しかも、『酔いどれ天使』(よいどれてんし)という映画は1948年に制作された。
黒澤明が『羅生門』(1950年)で世界に認められる前だ。
だから黒澤明氏のハングリー精神も激しい。
青年とも言える38才の黒澤明がエネルギー溢(あ)れる中で撮った映画だ。
三船敏郎も、事実上の、デビュー作とも言える映画で、ギラギラしていた。
志村喬も見事。
そうした現場で雰囲気も盛り上がった中での、笠木シズコの歌だ。
レコード版以上に凄(すご)い

明神:ぼんちゃんサー、レコードが最高に決まっているじゃない。
何度も撮り直しをし、一番良いのがレコードだよ。


ボン:違うよ。
百点満点で言えば、レコードは80点だ。
コンサートなどでは通常は60点だ。
しかしコンサートや生は、何かの弾みで、百回に一度は80点を上回り90点とか95点をはじくときがある。
時には百点もある。

レコードと異なり、舞台や客に引っ張られたり、共演者に引っ張られたり、偶然とか何かで。勿論、圧倒的にレコード以下の方が多いけれどね。
歌も歌手も生き物だ。
同じ歌手が同じ歌で同じ点数をつけるというのは錯覚だ。

布袋:それはその通りだ。
ボン、よく知っているよ。
スポーツを考えればよい。
水泳の選手が毎回同じタイムで泳げる訳がない。
陸上でも同じだ。
当然歌でも同じだ。


ボン:僕はレコードが通常80点と思っている。
コンサート類は通常20~79点だ。
しかし、百回に一度は80点以上、千回か数千回に一度は、百点に近いときがある。
ない人もいるけれどね。
僕は演歌は余り好きではない。
しかし、大昔に、古賀政男氏が歌う「影を慕いて」を聴いたときに感動した。
過去、聞いた全歌手の「影を慕いて」の中で一番優れていた。
胸に響いた。

それを1997年頃に言うと、森進一氏が笑うか怪訝(けげん)な顔をしていた。
その後、古賀政男氏の歌うレコード版の「影を慕いて」を聞いてびっくりした。


布袋:どうだったの。

明神:下手だったのではない。

ボン:下手とは言わないけれど、こりゃ何だ、と思った。
僕が聞いたのと全く違うのだから。
感動も何あったものではない。
しかし、僕がテレビで聞いたときのが保存されていないと、永久にあの歌は聴けない。
多分、保存されていないと思う。
何かのパーティのときに突如余興で歌ったときのだから。

はかせ:では、ボンさんは宝くじに当たったのですな。

ボン:本当に宝くじと同じだ。
歌に年齢の壁があると言っても、若い頃のレコードがよくなく、晩年余興で歌ったときに凄(すご)いのがでてきた。
確かに、歌はスポーツと同じだ。
記録はそのときごとに異なる。
ただ、歌手の瞬間値は、スポーツと異なり、全盛期が良いとはならない。
何かの弾みで、奇跡の域にたどり着くときがある。
しかし、後はスポーツと同様で、一番ピークの数値をはじくと、それを超えることはもうできないかもしれない。

ところが、映画となると、相当、その極みまでもっていこうとする。
レコード以上に。
ましてや黒澤明氏の演出だ。
その極みに持って行く演出だ。
同時に、先に述べた舞台やレコードと異なり、映像美もついてくる。
この映画の中での「ジャングルブキ」があれば日本で行こうと思った。
しかし、なかった。
レコードはある。
映画のものをYouTube使用しているものはあったが、この場合には他人の歌と吹き替えだ。
黒澤プロダクションの関係かもしれない。
結局、なかった。
そこで、僕の構想も挫折し、日本は僕の意思に拘(かか)わらず、今回は無理とした。


明神:ではサー、ボンちゃんサー、それで終わったのではない。

ボン:ところが、催眠としか思えない形で、毎日寝ているときに「ヤレヤレ」とせかされ、寝ている途中で起こされ、半不眠状態でまたせがまれる。
もう、睡眠不足が続き、半徹夜でせがまれ、寝ていてもドラム缶を叩(たた)かれる如くせかされ、完璧な拷問だった。
そこで、判断力を奪われた中で、再度やるかやらないか迷い始めた。

今度は、竹田の子守歌でいけ、と。
安室奈美恵の次は竹田の子守歌をやれだ。
そこで、竹田の子守歌のチェックで二日徹夜をした。
竹田の子守歌もいい歌だ。


だけれど、2015年後半から2016年はその国のシンボルに該当する歌をやっていたのだ。
オーストラリアがウォルシングマチルダ、ドイツがきよしこの夜(Stille Nacht)、韓国ならアリラン、ブラジルはサンバ、イタリアならオペラ、中国が茉莉花(まつりか)、すると日本も同様に国のシンボルの歌でなければならない。


これらの理由で、今回は無理で、竹田の子守歌・島原の子守歌・五木の子守歌・中国地方の子守歌などは次回検討とした。
そして「さくらさくら」が浮かんできた。
だけれど「さくらさくら」も、これというコンテンツがないのだ。
だからやはり止(や)めと考えた。

もっとも、「さくらさくら」も僕の意思が、催眠型誘導か不明だけれどね。
僕の意思ははっきりしていた。
海外にない歌詞と作曲の代表曲・ジャングルブギ。
黒澤明作詞、服部良一作曲、全盛期の笠木シズコの歌唱力とリズム、撮影は黒澤組のカメラマン、そして演出は黒澤明、この条件を満たしたジャングルブギ、と。

レコードや他の舞台でのジャングルブキは駄目。

これが僕のはっきりしていた意思だ。
万一、催眠誘導でも、これはゴー(Go)だ。
第一、これは世界で類例がないコンテンツだ。
海外に衝撃を与えると思った。
「さくらさくら」も含めて後は不明だ。

はかせ:戦前の拷問と一緒ですな。
明神さんの好きな小林多喜二を思い出しますな。

明神:でもサー、小林多喜二は転向しなかったよ。
ボンちゃんサー、拷問に耐えられなかったの。

ボン:僕は宗派中立・党派中立だ。
それは後に確実に誰にも分かるようになるだろう。
だから転向も何もない。
しかし、僕は僕のHPなどで行うことや、作品類では自分の思った通りにしたいのだ。
第一、誰からも金をもらっていないしね。
もし、僕の自然発生的願望ではない何かを願うならば、具体的な金銭契約がない限り、妥協はしない。
作成費用、賃金、出張旅費、諸手当などを事前に明示し、労使対等での契約が不可欠だ。
その上でも、労力と金銭との天秤(てんびん)だ。
それでも、最低限の信念は貫く。

布袋:では、何故候補曲がないのにやることにしたのだい。

ボン:
連日、耳元でガタガタやられ、しかも数日徹夜で睡眠不足にさせられ、思考力を奪われたらおしまいだよ。
簡単に言えば拷問に屈したともいえる。
屈する前に思考力を奪われれば屈したかどうかも分からなくなるよ。
さらに、最後は懐柔(かいじゅう)型催眠があったかもしれない。


ともかく、寝ている間中、夢の中で説得され続け、最終的には「世界平和の視点」から来られたので、僕もそれを大義名分としてやることにした。

もう時間がないので、先に思いついたか、思いつかされた「さくらさくら」しかないだろう。
コンテンツの数から言って一曲では無理なので、もう一曲考えた。
そこで、僕がかなり世話になっているアンドレ・リューが日本では何をやったかを調べたら「荒城の月」をやっていた。
荒城の月をいろいろな角度から検討し、後一曲はこれで行くとした。

正確には時間切れで、これ以外選ぶ時間がなかった。
その間に百曲かつ数百か数千のコンテンツをみていたけれどね。
ぜんぜん乗れなかった。
日本にもいい歌、言いコンテンツはあるけれど、それと出会わねばどうしようもない。

明神:だったらサー、焦る必要ないのでは。

布袋:サミットまで間がないだから、どなたか言い出しっぺが焦ったのじゃない。

ボン:ともかく、「荒城の月」と「さくらさくら」でいくと決めた。
ただし、条件をつけた。
必死で対応してくれ。
やるならば、手抜きは絶対にノーだ。
ともかく、その話やそのときの苦労話は、安らぎ文庫で何度か記す。
大変苦労した部分は実話だからね。
とにかく参った。
欲しいコンテンツがはいらないのだ。

明神:それはサー、おかしいね。
だってサー、ボンちゃんのサー、「今月の歌」シリーズはすごかったね。
他の人の「今月の歌」特集とは大きな違いがあるんだ。

布袋:ただ選ぶだけでしょ。同じじゃない。

明神:そこがサー、違うんだ。
ボンちゃんが気がついているかいないか知らないけれどサー、ボンちゃんの今月の歌は一部オーダーメードだからサー。
他の人のは選ぶだけ。
ボンちゃんのはサー、一部、ボンちゃんの構想に合わせて、歌手や一部の国が合わせてくるような気がする。

ボン:他の国、特に中国や韓国、ロシアならばボクの構想通りのもの、ときにはそれ以上のものを、提供してくる。

イギリスですらときにはそうくる。ドイツやイタリアなども。

アメリカは層が厚いから、提供しなくても、結構あるけれどね。アメリカはこうしたものに国家威信とか国家としての働きかけはしてこない。しかし、僕の「今月の歌」(本年か来年初頭には「世界の歌」に改編)のCM効果が高く、自社の商品が売れると分かれば目の色を変えるだろう。国家ではなく、歌手、音楽業界などが。金になると分かればね。

もし、今のまま続ければ、数年後からそうなると思う。

とにかく、日本のは、全然、ボクのイメージと合わないので、最後は具体的に注文をつけた。

布袋:どんな注文なのだい。

ボン:ボクの今月の歌から、本当に書いたままを引用するよ。
☆☆☆
☆☆☆今月の歌から引用☆☆☆

☆☆☆
☆☆☆今月の歌「」から引用☆☆☆
※(2016年3月7日追記)今後の予定。   
①ブラジルの歌も本年流す予定です。当初、3月の歌とも考えましたが、リオデジャネイロ・オリンピックに一番効果的な時期に特集を組むことを念頭に準備に入りつつあります。   

②日本でのサミットに合わせて、日本特集も検討しています。

私の願いは、「さくらさくら」を、黒澤明監督並みの演出力を持った人の画像を含む大演出と、音楽は小澤征爾氏の総合指揮で…芸者さんの踊り、日本の桜の画像オンパレード、数十人の琴、尺八、三味線、……日本の伝統芸術の総動員を!でした。

サミット晩餐(ばんさん)会では会場の天井から、保存していた桜の花びらを舞い降らす。

 その場合には、私が撮影した桜の写真大特集のためのHPも別に立ち上げることも検討していました。

歴史に残る演出をでしたが、どうも夢で終わりそうです。

しかし、世界の首脳をもてなす上で、何かをするかもしれません。

世界の首脳は、日本にきたときには、その国のシンボルです。彼・彼女らに日本になじんでいただくことは平和への道だからです。   

③アメリカ大統領選挙が終わったときにアメリカ特集をもう一度するかもしれません。

オバマ大統領がAmazedする(驚く)ようなSomething amazing(驚く何か)を準備できればとおもっています。

ここで、私も政治との関わり合いが終わればと願っています。  

④プーチン大統領の訪日の実現に備えて、ロシアも特集する準備にもはいりつつあります。

⑤その他は、本年は各国のナショナリティ、その国の代名詞となる歌特集予定です。
☆☆☆引用終了☆☆☆
現在の引用文アドレスは以下(1年余りはここに掲載予定。その後は再編集でアドレスが変わるかもしれません)

http://h-takamasa.com/worldsong/?p=492

上記及び「安らぎブログ」での解説・「2016年3月の歌・コリア民謡アリラン特集に当たって」に収録。

2016年3月の歌・コリア民謡アリラン特集に当たって。

☆☆☆抜粋終了☆☆☆
☆☆☆

布袋:②の部分かい。
それは無理というものだ。

ボン:ちょっと待ってほしい。

《次回へ続く》