日本のフィクサーME・パート6・2022年8月(その1)安倍晋三氏の謎の行動

日本のフィクサーME・パート6・2022年8月(その1)安倍晋三氏の謎の行動

 

 

(1)著作は、原則として、十二回の見直しをして作成している
(ブログは、通常、一回程度の見直ししかしていない。)
今回の原稿は、この十二回の見直し以前の単なるメモである。
そこで、作品時点では大きく様変わりするであろう。
それを頭に入れて読んでいただきたい。

(2)この文書は、故意に嘘(うそ)を10パーセント程度いれている。

どこが嘘かは公開できない。善良な第三者に迷惑をかけないための措置である。
総論として、この文書はフィクションとして書いている。

(3)『日本のフィクサーME』登場人物のキャラクターなどは以下を参照願いたい。
安らぎ文庫>>6-1・『日本のフィクサーME・下』《『日本のフィクサーME』登場人物の紹介》
http://h-takamasa.com/book-01/custom57.html

◎風景描写→字数の関係で、メモではごく一部を除き風景描写は原則として大きく省略する。


【更新履歴】

2022/01/09 21:48から構想開始。

2022/01/11 21:33 資料と大幅メモ追記。 22:11タイトル変更 2022/02/16 0:18追記もソートの関係で2/15で日付を登録。

2022/07/31 10:51 本日から急遽構成を変更して、謎の安倍晋三氏の行動から記載(志位和夫氏とのsetting、プーチン大統領との会談は安倍晋三氏であった)などから。まだ記述前。

11:21 記述枠のみ確保:第1節は《◇―1》まで掲載。18:11 《◇―1》~《◇―3》まで終了。。18:21微修正。19:46;誤字脱字修正し正式公開。20:19微修正

2022/08/01 8:18 Xグループが安倍氏の提灯(ちょうちん)持ち・ゴマすり集団になったか、官僚類がXグループに似せた各種犯罪を開始したのかのどちらかの行動が見られ出す。

2022/08/26 21:34 タイトル変更「日本のフィクサーME・パート6」2022年8月(その1)。当初の下書の処理について記載。

 


下記の予定を大きく変更して、(新)第1節に「謎の安倍晋三氏」か「2016年の安倍晋三氏の謎の行動」を追加。

変更理由は、本年7月安倍氏が死亡(🤡はその事実を疑っている。国民は選挙行動分析からは、嘘と知っていると分析される)から、安倍氏やZ3氏に絡(から)めた、謎の挑発や謀略類が多発しかけたからである。同時にこの頃から再度、「偽者注意」のシグナルが多発しているからである。

これから徐々に掲載予定も、昼過ぎか夕方から掲載開始予定。



《◇―1・安倍晋三氏の私に対する行動の変化の流れ》

簡単に書こう。
(Ⅰ)2000年頃~第一次安倍政権終了まで。
安倍晋三氏は私に対しては腫れ物に接するように丁寧であった。
余分な干渉類はなかったと記憶する。
おそらく、小泉純一郎氏と🤡(ME)が馬が合ったというか、小泉氏から諮問されたことに、🤡が無料で丁寧に回答していたからであろう。


(Ⅱ)第二次安倍政権前半(2013~2015年)
人がかわったように🤡を警戒しだす。
後に知ったが、🤡の実家・岡山県美作市にまで、安倍昭恵氏を派遣したり、布袋(^_^)ε^ )安倍昭恵キス事件が起こったり、…様々な策動開始の序曲が見られだす。布袋(ほてい)とは拙著日本のフィクサーMEに登場する人物名でもある。
最初の頃は、🤡が書く文書の検閲(けんえつ)までしているとの脅しがあった、これで民主主義とか自由・人権を語るならばへそが茶を沸かす
なお、この種の検閲は『日本のフィクサーME・パート5』該当時期では皇室に対しても行ったか・行おうとした疑惑がある。今の上皇が天皇の頃の話である。悪まで疑惑である。

(この変化に関する三つの仮説)
①私が民主党政権時代に菅直人氏や野田佳彦氏から相談をうけたり、相談に乗ったりしたことからきたのかもしれない。

②安倍氏が各種情報を我が家界隈(かいわい)の?家から得ており、そこで誤情報というよりもデマにだまされたせいかもしれない。

③むかし、小泉純一郎氏と🤡は馬が合ったように思えた時期があったが、その小泉氏と安倍氏が対立関係になっていた疑惑がある。実際に対立していたかどうかは不明であるが、雰囲気からは人が思う師弟関係とは異なり、両者の人間関係がうまくいかなくなっていた可能性がある。


(Ⅲ)第二次安倍政権中盤(2016年代)等。
Mr.オバマ(当時のアメリカ大統領)と🤡(私)がかなり懇意になっていく。すると、安倍氏は手の平を返したように、私に接近してきだしたのである。
それが、今月の歌・日本特集の依頼である。
同時に、私をつかってXグループ潰(つぶ)し、それどころかあわよくば民主党・民進党潰しをもくろんだようである。


こうしたときに志位和夫氏(日本共産党委員長)が登場するのである。志位氏は知っていたか・知らぬか不明であるが、志位氏がテレビ登場での発言を🤡の耳に入るようにsettingしたのは安倍晋三氏であった。この件は後でもう少し詳しく述べるが、おそらくXグループと志位氏のグループが対立していたと思われる。ちなみに、志位和夫氏は後に述べるように(名前以外は)知らない人だったのである。対談もなければ、彼の本を読んだこともなかった。


同時に、この年の終わりには、 Putin大統領と私のテレビセッティングを安倍晋三氏が行った。それまではPutin大統領と私との📺対面はなかった。
これは、Putin大統領が2016年末に訪日をした際に、Putin大統領の威厳を保つ儀式としての意味合いか、それとも、Mr. PutinとMr. Obamaの関係が余り良くなかったので、Mr. Obama対策のため、私を防波堤として利用したのかは不明である。これも後でもう少し詳しく知るそう。


(Ⅳ)Mr.トランプ大統領登場
この頃は、安倍晋三氏は躁鬱(そううつ)秒の躁(そう)状態ではないかと思えるほど、舞い上がっていた。同時に、私への本格的攻撃が開始されたように思えた。
これらは『日本のフィクサーME・パート5』で記そう。

理由は、彼が情報収集をした某家の?に騙(だま)された可能性が高い。
何故(なぜ)ならば、私を攻撃して何になるのであろうか。
私は政治家では一切ない。
特定の主義を広めている布教師、宗教団体員、政治団体員では一切ない。
私を攻撃して何になるのかさっぱり分からない。

万一、税金を一部でも使用していたならば国政調査権の発動は必須である。

若(も)しくは、Mr.トランプを喜ばせるために、余分なちょっかいをかけたのであろうか。
更には、Mr. Obamaなどへの腹いせから何かをしたのであろうか。
これらも税金使用ならば国政調査権発動事項である。
税使用でなくても同様である。



《◇―2・志位和夫氏(日本共産党委員長)と私の関係》


志位和夫(しい かずお)氏は、私よりも二歳下の1954年生まれである。
私が民主主義活動を積極的にしていた1968~76年、あるいは赤旗を購読していた1975~1980年か81年初頭の頃は、彼は14才から27才の間である。
当然、彼の名前など知る由(よし)もない。

勿論(もちろん)、彼が書いた本などはでていない。
その後、長期党派中立であることは何度も記した。よって、彼のことは私は何も知らないのである。後に奇妙な世界に巻き込まれ、テレビ対談などが可能となった。だが、彼とは対談はしていない。
対談する場は当時ならば、「TVタックル」か、「朝まで生テレビ」か、「報道ステーション」のゲストコーナーのため、彼とは一度も対談はしていない。
また超多忙のため、志位氏が書いた原稿も記事も読んだことはない。

一言で言えば知らない人なのである。
ところが、奇妙なことがあった。
2016年にNHKのテレビで何度か彼と対談かどうか不明も、彼が登場して彼の見解を言い出すことがあった。
後に、一読者が奇妙なことを言っていた。
「安倍晋三氏は志位和夫氏には頭があがらない」と。
どうも安倍晋三氏が、NHK等をつかって、志位氏と私が対面できるようにしたようである。

なお、志位和夫氏とは日本共産党委員長である。
ところで、生活相談で、おまえ(私)は新免昌和氏(元美作市議会議員:共産党員)にお世話になっただろう。


新免氏には、Z3氏が死亡し、彼が我が家の住所・番地で死亡届をだし、更に葬儀屋や霊柩(れいきゅう)車が我が家へきたときに、どうしようか・どうなるのかと相談した。新免氏は議員以外に、実家が商売をされていた。商売人のため、そうしたことは詳しかろうと、1976年に一緒にバレーボールなどをした新免氏個人に相談しただけである。

しかも、新免氏に相談する前には美作市役所の担当員に相談している。市役所でまともに対応してもらえなかったように思えたので、少なくとも問題が解決しなかったので、やむをえず、多忙な新免氏に相談しただけである。

もし、これを近所のM氏(元美作市議会議員:公明党)に相談しても、公明党山口那津男氏とは無関係である。

実際に、近所には我が家関係の親戚のボスがいた。彼は自民党員と思う。だが、彼に何か相談しても、自民党総裁は無関係である。


これは政党による世話ではなく、新免氏個人によるものである。感謝は新免氏にしかしていない。こうした相談に乗り解決してくれるならば、誰でも良いが、そうした役を新免氏が嫌がらずにしてくれたというだけのことである。


更に言えば、自民党議員の馳浩君(当時文部大臣)に葉書をだしたが、他の自民党議員や自民党の総理が「いやきみは同士だ」と喜ぶ訳でもない。河野太郎氏や小泉進次郎君、あるいは与謝野馨氏と和気藹々(わきあいあい)とやっても同様である。
個人と組織は違うということである。

今のままでいけば、いずれ生活保護を申請しなければならないが、そのときなどには役場との交渉で現職市会議員か元市議会議員などに同伴してもらえば物事はうまくいく確率が高い。だが、トラブルがなくなれば、人権を回復すれば、老後破綻を逃れればお世話になることはないというだけの話である。しかも、後に記すように、新免氏どころか、主要政党全部に何度も救済依頼をしているのである。


ただ、それだけのことであり、結論として、志位和夫氏については安倍氏が2016年にテレビセッティングするまでは何も知らない人であった。同時に、2017年以降も同様である。


なお、ポリテクカレッジでの労基法違犯被害の救済文を志位和夫氏に出しているであろう。
自民党・公明党・民主党(現・立憲民主党)・共産党・社民党の党首や幹事長には全て同一文書を送付している。だが、志位和夫氏をふくめて全員なしのつぶてである。
ここで返事でもあれば別であるが一切無視されている。
小渕恵三氏、小泉純一郎氏、菅直人氏、谷垣禎一氏…と延べ百人に千円の書留送付したが全員無視という結果となっている。


それでは何故、安倍晋三氏が私と志位和夫氏をセッティングしたのであろうか。相当の確率でXグループ潰(つぶ)しのためであろう。というのも、民進党潰しのためか蓮舫潰しのためか不明も翌年は同様な形で与謝野馨氏(自民党議員)との対談をセッティング(2017年)されたからである。

想像では、Xグループと志位和夫氏が対立をしていたのであろう。Xグループの完全特定はできていない。しかし、2016年頃に急に催眠で八鹿高校事件や松本龍氏の件を独り言で延々と言わされた謎がある。内容は兎(と)も角として、あれは催眠であった。何故(なぜ)ならば、急に理由もなく言い出したからである。それもオウム返しの如く数十回も。他の仕事があるので独り言を中断したくても、とまらなくなったからである。

言った内容のまとめは、翌年(2017年の)公式ブログに収録している。そして、この原稿の下書きを順次清書して公開していった。すると、この原稿がいつ頃清書され、公開されるかをハッカー類で知ったと思われる安倍氏は、この原稿が公開される頃にあわせて、2017年総選挙をうった。
2017年の民進党が選挙の最中に分裂したあの選挙である。それも、少し前には東京都議選で自民党が敗北していたため、通常はその2か月後に総選挙はしない。
そのときの原稿が以下である。


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2017/9/20公開
日本のフィクサーME・パート4:第2章第5節3
謀略の深化、そして、八鹿高校とマスコミ報道の義務
http://hamatakachan.uhoh.jp/?p=15655

2017/9/21公開
日本のフィクサーME・パート4:第2章第5節4
謀略の深化、反社会的勢力と国家機密問題、そして民進党との対立疑惑誘導
http://hamatakachan.uhoh.jp/?p=15668

2017/9/26公開
日本のフィクサーME・パート4:第2章第5節5
政経関連:自己意思に反する言動と行為、特にME続編メモ・反社会的勢力と国家機密問題:記述内容を突如変更された経緯。
http://hamatakachan.uhoh.jp/?p=15853
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もっとも、志位和夫氏の場合には民進党潰しではなく、Xグループ潰(つぶ)しか何かで…あろう。与謝野馨氏の場合には(安倍晋三氏による)蓮舫さん攻撃で対談させられている。
安倍氏の権謀術数の戦略で志位和夫氏や与謝野馨氏とのテレビセッティングが事実である。


なお、志位和夫氏が以前「アメリカの国内政治と日本共産党の政策が類似していますね…」に似たようなことを言ったことがある。法人税率か何かのことであろう。
ここで明白にしておく。
私は志位和夫氏の本も政策も読んだことがない。
次に、Mr.バイデンには、彼の健康とCoronaの検査革命を進言しただけである。

想像では、Mr.サンダースが予備選のときに、降りてバイデン氏を推す見返りで、サンダースの政策の一部を国政に反映するように、協議したのではないかと思っているが、単なる想像にすぎない。ともかく、私は上記の如(ごと)く無関係である。

Mr.バイデン向けではないがアメリカの問題について催眠独り言で言った内容は全て公式Blogで公開している。下記のみである。
インフレの箇所では貨幣数量説を書いている。マネーサプライを増大させても物価が上がらない場合はV(貨幣の回転速度)を落とすか、T(商品の取引量)を増大させるかしかない、と。これはフィッシャーの貨幣数量説(MV=PT)の一般理論の応用でしかない。
当然、アメリカが中国商品の関税を下げる…とは無関係の話である。それも時期が違う。私が書いたのは本年1月12日である。独り言はもっと早い時期である。
全てガラス貼り公開しているため、私のBlogを見れば分かるだけの話である。

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2012年1月12日~18日公開
日本のフィクサーME・パート6:アメリカのBBB法案を巡る上院問題(2021年末~2022年初頭)
http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=34995
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2022年4月2日公開
政治経済を語る№47・ウクライナ・ロシア紛争への調停案:💁正式公開
http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=35841
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要するに、志位和夫氏は安倍氏の紹介というかセッティングで話をNHKで突如きかされたというだけの話である。勿論、暇があるときには、理論が深ければ、どの政党のどの議員で問題はない。悪用されぬ限りは…の話である。


《参考》我が家の政党支持類のデータ
長姉=石原慎太郎Only、旦那=自民党員
次姉=革新系、旦那も多分そう
私=党派中立40年
父=多分社会党、母=平沼赳夫にいれていたよう。

近隣の従兄弟
A=革新
B=保守
D=中立

近隣の親戚ボス=自民党員か

近隣の遠縁
公明党、保守系列様々。左派はいないと思うが。

(2022/08/01 8:13追記)
上記のXグループは潰されるのを恐れてか、2016年前半頃から安倍晋三氏の提灯持ちになったか、安倍晋三氏のゴマすり集団になったように見られ出した。ただし、それはXグループなのか、Xグループに似せた官僚類グループかは分からない状態に置かれている。後者の場合には税金の無駄遣い、税金を使用して国民の権利を侵すという大犯罪となる。



《◇―3・Mr. Putinと私の関係》

Mr. Putinとの対談及びその前後に言った内容は以下の通りである。
今回はその当時のブログの公開のみとする。
その頃の安倍氏の目を覆いたくなる行動は第4節で改めて記す。
アメリカ大統領選挙でトランプ氏が当選となると、Obama大統領在職中に、(安倍氏訪米中の警備責任がある)オバマ氏の自粛要請を無視して、トランプ大統領との会談、次に、Mr. Putin来日でObama氏との関係がギクシャクしだすと、真珠湾訪問となる。真珠湾訪問は問題ないが、稲田朋美氏を同伴し、彼女を自分に見立てさせ、真珠湾訪問の翌日に稲田氏を靖国参拝へ…。

私はアメリカの退役軍人が怒りの声を上げたらどうなるかとヒヤヒヤしていた。真珠湾訪問の翌日に靖国参拝をするのなら、真珠湾には行くべきではないし、若しくは、稲田氏は真珠湾訪問の後で期間を置き、夏以降に靖国参拝ならば、アメリカ退役軍人問題もなかろうが…。
安倍氏のオバマ氏対策の一貫としてか、それとも安倍氏の威信維持のためか、私とMr. Putinの対談が組まれていた。
そのときの印象は、Mr. Putinは紳士であった。
Ukraine紛争中の今日でも、事実と違うことを書くことはできない。
私はMr. Putinが常に紳士かどうかは知らない。私と対面した2016年の対面した時に限定すれば彼は紳士であったと事実のみを言っただけである。
事実を記すと各種挑発やいやがらせを受けるのが民主主義国家、言論の自由のある国なのだろうか。

当時の対談内容は以下
☆☆☆☆☆
政治経済を語るNo.15・プーチン大統領来日のときの私の発言(北方領土問題等)を公開。(2017年2月13日公式Blog公開)
http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=11509
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☆☆☆☆☆
政治経済を語るNo.16・プーチン大統領来日のときの私の発言(北方領土問題等)公開(続編)。(2017年2月20日公式Blog公開)
http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=11691
☆☆☆☆☆
☆☆☆☆☆
政治経済を語るNo.17・プーチン大統領来日のときの私の発言公開(付録編)(2017年2月27日公式Blog公開)
http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=11790
☆☆☆☆☆

 

 

以上までが新第1節(本日はここまで)後見直しで多少修正する場合がある。2022/07/31 18:10記載



下記下書は「日本のフィクサーME・パート6」ではなく、「日本のフィクサーME・パート3」として、上記と別の箇所に掲載予定。

下記にあるのは本年1月頃の構想

 

第2章世界連邦と起業(安らぎ文庫創設)を目指しての奮闘と妨害の嵐

・第1節安倍晋三氏の謎の行動

 

 

第2章構想

(1)企業間戦争の恐さ―企業間戦争に巻き込まれ(2014年3月~夏)

(2)安倍晋三―ボン包囲網―安倍氏の勘違い

安倍昭恵と布袋登場。

(3)世界連邦を目指して―オバマ大統領広島訪問まで

2014年広島訪問、2015年広島訪問

(4)安倍晋三と朴槿恵

朝日新聞潰し

(5)安らぎ文庫創設を目指して―営業妨害の激しさ

(6)人間違い危害疑惑、Xなるグループの波状攻撃

奈良―鑑真和上

 

第3章・訪米

(1)訪米まで

(2)レイクパウエルの虹

(3)光るラスベガス

(4)This is the American.

(5)お嬢の謎。

第4章・

(1)野麦から黒部とフィールドワーク潰しの中で

(2)デマ攻撃―ロシアのシリア空爆

(3)Mr.プーチン訪日→2016年のためパート4へ

(4)日韓従軍慰安婦合意

(5)安倍晋三氏がME接近の謎

 

日本のフィクサーME・Part4へ。(2016年)

日本のフィクサーME・Part5へ(2017年)

嘘か本当か官邸🆚皇室に巻き込まれ上京、米朝首脳会談への道

天皇替え玉説…森友・加計・伊藤詩織事件・文書改ざん事件

日本のフィクサーME・Part6(2019年~今)でthe end

2019年4月二人のボンの謎。駿台事件を振り返って。Xなる人物群。

(2022/01/17 :13:23)東京都知事選。小泉・細川・菅直人🆚安倍晋三・舛添要一・自民党

2013年から2015年終わりまでは起業を目指してまっしぐらであった。

という訳で、政治からは遠ざかっていた。少なくとも、国内の政治はもはや何のことか分からなかった。

小泉政権、菅直人政権と違い、相談類もなかったこともある。

そこで、記憶もほとんどない。

それでも、事項の断片を辿ると、どうも、2014年夏の東京都知事選挙では、細川護熙・小泉純一郎連合が登場している。

細川さんと言えば、55年体制を壊したひとらしい。ひとらしいとは、細川政権も、後の村山政権も、打診や相談どころか、私の方もほとんど覚えていないのである。

1990年からの休眠期中は、ソ連崩壊も、ドイツの壁崩壊もほとんどか全く知らない。その少し前もトラブル続きで、天安門事件もほとんどに近く知らない。

私の国際政治時計は、アキノ政権樹立の頃までである。国政政治への登場は、主として菅直人政権のときの菅直人氏と温家首相の間にはいったときからであり、連続…としては2013年訪中からである。

国内政治の方は1981年頃から完全ストップに近い。国内政治で、無理矢理政治の世界に戻されたのが小渕恵三氏への書留手紙からであり、やや本格的には小泉政権からである。

そして、野田政権崩壊後からは政治の世界から再度遠ざかっていた。というのも、2012年11月27日に、私の母が死去した。

そこで、老後破綻対策で起業を考え、まっしぐらだったからである。

こうして、もはや国内政治については何も分からない状態になっていた。

それでも2014年夏の東京都知事選は覚えている。とは言っても、何年かは忘れており、本日、調べて2014年と分かった。

このときの印象は、安倍晋三氏と小泉純一郎氏の間で何があったかであった。

自民党は舛添要一氏を、ところが小泉氏は細川氏を支援した。更に、細川氏を民主党が支援していた。図式かすれば桝添・安倍・自民・公明🆚細川護熙・小泉純一郎・民主党の来ずである。当時はマサカと思った。

脱原発問題での対立からだそうである。

しかし、小泉政権時代を考えると、あの小泉氏とあの安倍氏が対立を…。何度か首をひねった。

小泉純一郎氏がしりぞくときに、「次の総理は誰がよいか」と私に尋ねた。「安倍晋三はどうか」、と。

私は「福田康夫氏が先がよい。どうしても安倍氏がと言う気持ちは分かるが、速球派が二人続くと、安倍氏はどうしても見劣りをしてしまう。そこで、変化球の福田康夫氏がよい。どうしても安倍氏と言うならば、福田氏の後で安倍氏を検討した方がよい」、と返答した。

ところが、小泉氏は「総理はなろうと思っていつでもなれるものではない」と言い、安倍氏に後を託した。

あの安倍氏と小泉氏が対立を…当初は信じられなかった。

それでも原発についてのみの限定対立と当時は解釈をした。

第一次安倍政権では、小泉氏は安倍氏を温かく見守っており、安倍氏も小泉氏に一目をおいているように見えた。

ところがところが、第二次安倍政権になると…その話は後で書こう。

勿論、この問題は、私は自分の起業で手一杯で関与しなかった。ただし、選挙後に一言だけ言った。

小泉氏が「街頭にでると有権者の反応がすごい。これで勝てると思った」と言ったときにである。

私は言った。

「それは分析ミスである。街頭で反応が良かったのは事実である。だが、それは小泉氏が登場したときではないのか。即ち、小泉人気であり、科学的には細川人気でなかったのだ。小泉氏自身が立候補していれば勝てたかもしれないが、そうではなかったのだ」、と。

。かといって小泉氏が立候補することは、彼の性格からはできない。

自民党が下野したときに、小泉再出馬を押す声は大きかった。

そのときに私は言い切っていた。

「小泉純一郎氏は絶対に再出馬はしない。総理に再度なれるかもしれないと思ってもでない」、と。

それは小泉氏の性格である。

特に、そのときに、小泉氏が中曽根康弘氏に引退を迫ったシーンを思い出した。

自民党の顔、正当保守本流の中曽根氏がにがりきっていた。

あの紳士の中曽根氏がである。

小泉氏はあのとき苦渋の選択というか、かなりの決意のもとでいったはずである。

その手前、彼は絶対に立候補しないと私は思っていた。

同時に、この種の問題は約束事である。自分が中曽根氏や宮沢喜一氏に年齢問題などから引導を渡して、自分のだけはオメオメとでることは彼の性格ではできないと思っていた。

彼は良い悪いは別にして、まっしぐらな、昔の青年将校に近い性格をしている所がある。

靖国参拝も、自民党員向けへの、選挙ときの公約というか約束遵守という側面もあったであろう。

勿論、小泉氏と総理の靖国参拝で論争したときの勢いからは、根底には自分の心の問題だ、その思いがどうして実現したら駄目なのだ、という感情もあった。

このときの小泉純一郎氏とボンとの論争は『日本のフィクサーME』参照。

ともかく、私の目からは、小泉純一郎氏と安倍晋三氏の決別が開始したと感じたときであった。

この年には更に三つの事件があった。

安保法制

特定秘密保護法案

朝日新聞従軍慰安婦事件。

全二者は、起業にかけていたため、関与する時間がなかった。その前に、もう日本政治にはかかわりたくない思いもあった。そこで未だに(2022/01/17 13:18)内容はほとんどか全く知らない。だが、整理上、後で関連日時だけは収録しておこう。ただし、内容につていはノーコメント予定でいる。

最後の、朝日新聞従軍慰安婦事件では、このままでは朝日新聞が潰れる、それ以上に、強制徴用や慰安婦問題での被害者が窮地に陥る、更には日韓関係がガタガタになるということで、朝日擁護に走った覚えがある。橋下徹事件では、出自問題…は憲法13条幸福追求権違反や差別の温床になると、朝日批判を真っ先にしたのであるが。従軍慰安婦報道は本質が違っていた。

 

(1月11日のメモと思う)

(1)安倍昭恵氏と🤡と美作市

①安倍昭恵さんが美作市に来られてにしき園に泊まられたのは、
2013年6月30日の「上山集楽」ヘリポート開設記念前夜祭のあったときの事です。
「上山集楽」とは、
岡山県北部の中山間地に位置した美作市(旧英田町)上山地区の棚田再生を通じた、都市農村交流や、外部人材の定住に向けた新たな事業の構築などを通じて限界集落を活性化させ、耕作放棄地再生においては全国から注目されるモデル地域となっている集落のことです。
https://mazba.com/49516/

上記に、私が何度か掲載した、真木山、長福寺、周匝(赤磐市:西山美千代社長の西山ファーム事件が起こった市)などの地名がある。また、大芦高原への道中では姉・甥・姪・母などを撮影。大芦高原の上では、それ以外に母・従兄弟・祖母などを案内した場所。また、日本のフィクサーME登場の「おじょう」も案内した地である。ここに、2013年安倍昭恵氏が登場した。

2015年3月31日 安倍昭恵さんに功労表彰
上山神社前で再会
上山神社前で再会
素敵な笑顔での表彰となりました
素敵な笑顔での表彰となりました
美作市上山地区に安倍昭恵さんが来訪され、功労表彰を行いました。これは、市制施行10周年記念顕彰として、上山地区の地域活性化や美作市の知名度を高めることに尽力されたことによる表彰です。
美作市HP
http://www.city.mimasaka.lg.jp/shisei/shicho/nisshi/kakonissi/2014nendo/1491899795001.html#a3

平成26年3月から平成30年3月:美作市長(1期目)

小泉純一郎childrenかとおもっていたならば、安倍晋三氏がスカウトしたという噂も聞いた。

「森友」だけじゃない“忖度”案件 アッキーは「利用されてもいいの…」
https://dot.asahi.com/wa/2017040300012.html?page=2

これはトヨタのモバイル基金の話である。この「アエラ」の中に、私と来よう能力開発機構との立会人となっていただいた新免昌和議員が登場してくる。

新免氏は、トヨタモバイル基金は美作市長との関係で、トヨタが忖度をしたと言っていた。しかし、豊田社長はテレビから、あれはボン、浜田隆政との関係で…である…と臭わせていた。後に調べると動機は中国市場で出遅れた豊田が中国市場で巻き返しを図るために、…である。

だが双方ややこしい…すると、後に副社長は英田サーキットとの関係にしようと…である。

 

 

(2)企業間競争にまきこまれたか。

どのように企業間戦争に巻き込まれたかは徐々に記載していく。

 

ニコン株価
https://www.nikkei.com/smartchart/?code=7731&timeframe=10y&interval=1Month&upperIndicators=sma&lowerIndicators=volume&eventsShow=0

 

ニコン 図表(日経)
https://www.nikkei.com/nkd/company/history/yprice/?scode=7731

☆ニコンに問う。安倍晋三氏がニコンのD5を首にしたときに、ニコンの利益は増大したか・否か。図からは大きく後退している。

他方、私と蜜月時代(1995年~2013年5月)にはどうなったか。私が中国に行く前にニコンサービスステーションでニコンのロゴ入りカメラマンベストを着て中国にいくと、ニコンの株は3千円を簡単に超過した。

その後、ニコンの株価が下がったのは、当時、新免議員に解説していた通りである。私の機材とシグマレンズ(105 f2.8と150-500)問題などの可能性がある。当時は知らなかった。ニコン自体に問題はないかもしれないし、私も気がつかなかったが価格ドットコムその他を見ていて数年後に分かった。

安倍首相がニコンの一眼レフカメラ?!を使った!(FNN)
2018年12月27日 You 0件のコメント Z7、Z6
https://www.dmaniax.com/2018/12/27/abe-nikon-z/

これが原因ではないが、ニコンの株価や売れ行きなどは大きく落ち込むことになる。営業不振の原因ではないが、安倍氏がニコンならばニコンの商品をさわっても、ほんのわずかな期間を除けば、利益にはならないことは証明されたであろう。安倍昭恵氏の湯郷、美作市訪問も同様である。これにより、長期、観光客が増え、旅館・ホテルが儲かることはない。いずれ分かるかもう分かったであろう。

 

また、2014年4月の上海市場でのD600関連回収は、多分、ソニーと縁のある人と想像では、私とニコンとの関係(2014年3月のセンサー問題…)も一因と言っていたが定かではない。当時、私は勘違いをし、ソニー…の悪戯かと思い、一喝するとソニーの株価は長期2000円前後で停滞した。後に誤解が解けた後は、ソニーのゲーム機か何かがあたったこともあり、一気に株価は上昇していく。もっとも、ここまで上昇すると、バブルかとも思う。

ニコンと蜜月(WinWin)時代はニコンの売れ行きが一眼レフ部門では世界ナンバー1になったり…であった。ニコン自体に問題はなかったが、キャノンの御手洗富士夫氏が経団連会長になったため、ニコン蜜月では日本のフィクサーME…との関連でまずいと、少し距離をおくとニコン株価は低迷した。その後で、(2011年から情報を発売つかんでいた)D800購入前からニコンに行き出すと再度株価は上昇し、訪中の頃にはピークとなった。私と二胡んとの付き合いは1995年頃から開始したが、参考までに1999年頃ニコンの株価をみると900円の頃であった。その後は原則として売れ行き・株価も順調に推移していた。

また、一時関係を改善しかけて数年前に疎遠となると…である。

偶然ではないのは、ニコンのみならず、ベネッセ、ベスト電器、…で同現象が起こっている。多分、楽天、ポリテクカレッジグループ、も同様である。過去にもダイイチ、カメラのナニワ…などもそうであった。恐らくヨドバシカメラも同様となっていると思う。また、駿台でも今後そうした問題が起こる確率は極めて高い。

 

2005 年 3 月期は過去最高の売上と当期利益を達成
当期には、ニコングループの業績回復を実現するため
に以下の施策を積極的に展開しました。
• 市場の上昇局面を確実に捉え、デジタルカメ
ラや液晶露光装置などを中心に積極的に拡販
するとともに、競争力のある新製品の開発
• 財務体質の改善を目的に、棚卸資産の削減、
売上債権の圧縮等による有利子負債の削減
• 業務プロセスの改革と、事業活動のさらなる
迅速化と効率化により、変化の激しい事
https://www.nikon.co.jp/ir/ir_library/ar/pdf/2005/05annual_j.pdf

ソニー
https://www.nikkei.com/smartchart/?code=6758&timeframe=10y&interval=1Month&upperIndicators=sma&lowerIndicators=volume&eventsShow=0

 

ベネッセ
https://www.nikkei.com/smartchart/?code=9783&timeframe=10y&interval=1Month&upperIndicators=sma&lowerIndicators=volume&eventsShow=0

ベネッセとは福武書店時代の1981年頃から1987年頃は蜜月に近かった。その頃は福武書店は急成長であった。ボーナス12かげつとか、女性の人気起業では常時10位以内に入っていた。やや関係がおかしくなるのが1992年か93年頃である。そして2002年頃に炒めにあった。だが、暫く、遠慮をして、2017年~2018年に社会告発をし始めるや株価は一気にさがった。

私が覚えているのはベネッセの株価が4700円を超えた頃である。

世界遺産請負人の話は既に記した。それだけではない。『日本のフィクサーME』に登場する居酒屋・「徒然草」を大阪の某場所に設定した。この本のペーパー版が2011年頃である。するとタイムラグを置き、どんどん、海外から観光客が大阪に殺到し、私自身が大阪では宿がとれないか、少なくとも、安い宿は取れなくなった。それが尼崎へ移動の理由であった。

日本政府の観光政策だけではなかろう。何故ならば、東京よりも先に大阪がパンク状態になったからである。関西でも、本来は、京都が先のはずであるが、記憶では先に大阪から満杯となっていった。ちなみに、大阪光の饗宴参加も、大阪が一千万人動員がどうしてもできないと言っていたので、それでは応援するといって、大阪行きの一月以上前から大阪のCMをHP等で流し続け、参加すると即座に一千万人を超えた。2015年師走の参加である。

朝日新聞報道の問題。

朝日新聞の慰安婦報道問題(あさひしんぶんのいあんふほうどうもんだい)は、朝日新聞による慰安婦報道に関する問題。

私は橋下君とは、誰かの謀略か何かでいっとき関係がこじれたことがある。しかし、その最中でも、橋下君の出自問題報道では「公共の福祉」「プライバシー権」「幸福追求の権利」問題から、朝日グループの問題が大きいと朝日新聞グループを批判したことがある。

それにヒントを得たのか、私と朝日新聞をぶつけて、朝日新聞潰しに私が悪用された疑惑がゼロではない。その検証も兼ねて、朝日新聞問題を検討する。

なお、この従軍慰安婦問題では、橋下君のときとは異なり、朝日新聞の擁護に入った。

だが、後に、Xグループか?により朝日新聞グループが騙されたのか、マスコミ権力に溺れたのか、私への新聞を利用して悪質な印象操作をやられた疑惑がある(ときには新聞のヒトラー化ではないが、新聞のスターリン化の感じすら受けた。民主主義には民主主義独裁という語があるように、リベラルには似非リベラル独裁という現象が起こる)。その結果、朝日新聞は、今や、大幅なリストラをしたり、赤字の垂れ流しをしたり、新聞の中でも発行部数減少率が大きい企業となってしまった。

朝日新聞慰安婦報道問題では、私は朝日新聞の擁護に入ったのであるが、この問題から検証するのは、朝日新聞潰しにはネットうよ(ネット◎◎盲従隊)が絡んでいたと思われる。

そこで、この手口を分析すれば、私と朝日の対立を仕組んだグループがある程度判明する可能性があるからである。

当面、下記の原稿を少し分析参考にする予定でいる。

慰安婦「捏造」=朝日新聞攻撃に抗う ~植村 隆

ジャーナリスト 西村 秀樹

http://gendainoriron.jp/vol.04/serial/se01.php

民主主義社会である以上、るーるに基づいた論争は重要である。しかし、それは私を巻き込まず、該当者同士でやってくれとなる。

植村隆

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A4%8D%E6%9D%91%E9%9A%86

西岡力

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%B2%A1%E5%8A%9B

中山武敏

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%B1%B1%E6%AD%A6%E6%95%8F

 

 



冗長になるため、可能な限り、これ以降は、現代の政経関連の情報公開のみを頭にいれて作業を進めたい。

なお、2014年頃、私は超多忙のみか、党派中立・宗派中立を貫くため、安倍晋三批判はしたことがない。正確には2017年頃までしたことがなかった(それも安倍氏が政治に登場の頃からである)。起業目指して超多忙なため、2016年までは安倍内閣支持率すら見ていなかった。ちなみに、安保法制・特定秘密保護法案は反対どころか、未だに内容すら知らない。

2013年頃から安倍晋三氏がボン対策でちょこちょこ動きだしたことを後に(多分、2018年か19年頃)知ったが、それは安倍晋三氏が誰かに騙(だま)されたのが原因であろうと一貫して思っている。

もはや、善し悪しを別にして、彼との縁がないことを願っているが、彼が疑心暗鬼から妄想にとらわれたか、誰かに誤情報をつかまされたか、騙(だま)されたとしか思えない。

私自身の考えは不必要な、余分な対立は時間の無駄と思っている。しかし、降りかかった火の粉は払わなければ仕方がない

 


 

帰りは萩~長門~新山口~岩国~光~(宮島)~広島~岡山~津山~林野~我が家迄を当初は予定していた。旅費は、青春18のため、全部で2180円程度である。

だが、予想もしなかった大雨に出会う。同時に岩国で…そこで、我が家へ電話。留守電確認、何かあれば即座に家へ。なければ福山で宿をとることにした。

それでも萩~長門~新山口~岩国~光~宮島~広島~福山までで、2180円程度のため、安価である。それも宮島までの往復フェリー料金を含んでの額である。


帰路からは大2章で記す。

2022/02/15 20:21 メモ


母が亡くなる前に大阪で良い寿司(すし)屋にいった。それも大阪を味わうためである。大いに飲み食いし、上等なトロ(一皿二千円かと思うような見事なトロ…)などを何回も食べて、ビールも飲んで、勘定時まっさおで…かと思えば、勘定は三千円台でびっくり。
「安いですな」と言えば「おおきに」と返事が来て、帰り際に「おいしかったで」と言えば「まいど」と声がした。大阪を味わっていたのである。その辻褄あわせは高くついた。朝食・昼食抜き、帰宅後もアルコールなどは正月待ち、更に、靴下含む生活用品は一切買わずに裸足(はだし)…となる。
トータルすると、母死亡後よりも金は使っていない。第一、無収入であり、使途限定の金で生活用品を購入せずに…浮かしてであった。しかも、こうした大阪での飲み食いのときの雰囲気と会話が『日本のフィクサーME』舞台の居酒屋『徒然草(つれづれぐさ)』に反映してくるため必要不可欠でもあった。更に、それも年に1~3度である。
要するに、三千円、四千円一回の食事でつかっても、3日間食事も含めて全く金を使わねば、四日間合計では一日当たり三食で合計千円程度となる。
無収入であり母からの金の配分である以上、他につけがくるのは必至であった。特別費用としてフィールドワークの支給金はゼロであった。何故、フィールドワークをするかは徐々に分かろう。開業・起業のためであった。

小さい話であるが事実である。だが、母死亡後は、寿司はコンビニで五百円のものすら買う気力が起こらない。年に1~2度ほどコンビニで、店は回転寿司レベルが3年に一度となっている。仕事上はよくなく、前のパターンの方がよいが健康に悪い。
やはり昔型で必要なときは年に一度地元を食い、その後始末で、キャベツと豆腐を大量に購入し、家で三日間ほどキャベツと豆腐をゆでて食べて辻褄をあわそうかである。三日間合計600円などで、豪華な1回三千円を加えても4日間で約4000円、一日平均三食千円以下となる。
金欠下でのフィールドワークは大変である。

交通費は帰りは萩~長門~新山口~岩国~光~(宮島)~広島~岡山~津山~林野~我が家迄を当初は予定していた。旅費は、青春18のため、全部で2180円程度としていた。
その代わりに、時間は東京大阪間の二往復分程度かかる。12時間余りである。それも乗り換えで中学生・高校生が登下校でのってくれば立ちっぱなしとなる。この旅に拘わらず、何度、何時間いつも立ちっぱなしがあったであろうか。連続3時間立ちっぱなしなどはざらであった。大変であった。

なお、この旅は、予定を変更して岩国下車として、(万一に備えてとっていた)福山泊となるが、その話は第2章でしよう。それでも萩から福山まで、それも宮島往復のフェリー代金をいれても2180円が交通費であった。資本主義の世の中で、この金での移動は楽な訳がない。ずぶ濡(ぬ)れとなった話なども次回としよう。

 

 

第3章は訪米である。

岩国

 

宮島

への目的などは第2章で書こう。

岩国・宮島・広島、これが「日本のフィクサーME・パート4」に繋がっていく。重要なキーワードの一つである。

ミスター・オバマの広島行きを願っての行動であった。

 

福山

 

帰路

 

メモ

2014年安倍昭恵氏湯郷へ。

2015年安倍昭恵氏、布袋💏キス騒動。

布袋とは、私の友人NTさんをモデルにした、拙著「日本のフィクサーME」シリーズで登場する人物である。

珍しい名なので、同姓の人は登場すまいと考え名付けたのである。だが、安倍昭恵氏がキス騒動を起こす。

ちなみに、この布袋さんのモデルが、2012年4月に、私に「浜田さんの被害は勘違いや誤解ではない。人間違いが原因」ときっぱりと言い切った人間である。その話は『日本のフィクサーME・パート6』ですることになる。

2014年安倍晋三→朝日新聞・従軍慰安婦

2015年Mr.プーチンのシリア空爆で、私が介入のデマが飛ぶ。


2022年1月20日
零時頃~翌日3:00頃まで催眠独り言。契機は望家の電灯を見てか、1/19の日程表に深夜すべきことのメモを書いたあたり。


内容→能開大:
ポイントは私への専任確約招聘は最初から専任にする気なしに騙したか否か
専任に本当にする気で専任を言ったか、嘘か。専任確率は最初はほぼ100%明言→それは本当だったか。
専任延期時→専任になれるよう最大限の努力をする明言も実行されていたか否か。

世取山清氏などの契約違反・労基法違反は、ミスからか故意にやったか否か。
故意の場合には何を目的か=病気にすること、辞職させること等など。
また故意の場合には誰に頼まれたか。なお、違反は弱い・強いではない。弱くても長期ならば雨しずくでも岩をも砕く。
偽学生乱入などは学校は合意の上か否か。

もう一つは今月の歌・日本に関する秘話

駿台も??、温度調整…故意は間違いないが、何を目的か。病気、辞職…何を目的としてやったか、それを自発的に全て明白にすることが重要。


 

 

 

(4)野坂参三の墓参り(15:59~16:36)。
逆に野坂参三の墓は方向音痴の私では、ちょっとたどり着くのが難しいのではと危惧していた。地図を見ても大変わかりにくいのである。ところが、野坂参三の墓のある泉福寺(浜崎町)を目指して歩いていると、押し車の人や、車が誘導してくれるかの如く形で、意外と簡単にたどり着けた。しかし、道は大変ややこしく、もう一度行くとなると着けるかどうか不明である。
なお、泉福寺で野坂参三の墓を探すが、どうしても見つからず弱り果てる。そこでやむなく本堂の方に進むとお寺の娘さんらしき人がおり、その人に尋ねると野坂参三の墓へ案内してもらえた。感じの良い若い(知的雰囲気の)女性であった。
何枚も写真を撮っているのでそれを見ること。ただし、平凡な形で撮っており、芸術的に撮れば良かったと後日思った。たとえば多重露出を入れるなど。
なお、この寺は浄土真宗であり、吉田松陰関連の寺であった。
野坂参三の文字の横の野坂竜の文字を見て、私の単なる直感の政党防衛論を墓の前で喋ると、遠くて船の汽笛が〝そうです〟の如く形でなった。なお、私のこの仮説が当たっておれば、不条理編Part2は第1章が安重根と伊藤博文、第2章が苦悩の中で、野坂参三(氷点型で記す)、第3章がベトナム戦争と韓国で構成する。

 

 

【経路】

 

以下Twitterから引用。
浜田隆政 (Takamasa)‏@Takamasa_Hamada·3月31日
●「不条理編・Part2」という原稿のためフィールドワークをせねばならないのだが、持って行くカメラ・レンズ器財にトラブル連続で足止め状態で頭が痛い。数本のレンズが突如画質劣化かつ球面収差か何か?では。

浜田隆政 (Takamasa)‏@Takamasa_Hamada·3月31日
撮影失敗すれば再度行かねばならぬが、そんな時間がないため、半年延期か一か八かで行くか迷い中。器財が正常ならば、30日から行っていたのだが。この原稿は世界の絆を目的に書くつもりも、こう妨害だらけでは。

浜田隆政 (Takamasa)‏@Takamasa_Hamada·3月31日
もし、私の原稿「旅に心を求めてー不条理編」(Part1)が出版できればすべての誤解は解けるのだが。これが本となり、私の姿勢をすべての人が知ったならば、凡人に戻れるのに!ただ、凡人に戻れる前に、平和への土台だけを作らねばならない。凡人、それは夢の、また夢?正夢もあろう!

浜田隆政 (Takamasa)‏@Takamasa_Hamada·3月31日
●Facebookへの書込は、伯母の四九日や、カメラの相談で価格ドットコムへの書込対応の関係などで中断中。万一、フィールドワークに行けば、4月5頃から書込再開か?何せ精神hero、否、精神疲労で、掃除さえできぬ状況故、やむなし。
次からTwitterにも整理番号記述予定。

浜田隆政 (Takamasa)‏@Takamasa_Hamada·4月6日
●14-010-1。本日Fieldworkから帰る。Fieldworkの一日目は雨、二日目は暴風と寒波、それに雨と晴れの交互、三日目は豪雨、このため二泊三日を三泊四日とした。光・萩まですべて鈍行での旅であった。一日中電車中か、一日八時間歩くか、で、疲れた。

浜田隆政 (Takamasa)‏@Takamasa_Hamada·4月6日
14-10-2。旅の目的は人間模様を追う事であった。光市は伊藤博文、松岡洋佑、左は宮本顕治。萩は伊藤・高杉・桂から田中義一まで、左は野坂参三、志賀義雄とくる。同時に、東大・京大vs松下村塾・適々斎塾である。当然後者であろう。今の教育は狂っていると再度痛感。

浜田隆政 (Takamasa)‏@Takamasa_Hamada·4月6日
14-10-3。野坂氏の墓参りもしてきた。彼と山本懸蔵問題も謎である。山本氏が野坂氏の妻を撃とうとした時、野坂氏が山本氏を撃てば正当防衛である。ピストルはスターリンである。考えすぎかどうか、再度考える。

浜田隆政 (Takamasa)‏@Takamasa_Hamada·4月6日
14-10-4。野坂氏はスパイと聞く。では戦後のそれの動機は。新党を作るとか、自分で事業を興しその資金のため、豪遊のため等の動機がない。生活するだけならば、彼の知名度では本でも書けば印税で十分。議員年金もある。戦後の動機に関しては全く分からない。

浜田隆政 (Takamasa)‏@Takamasa_Hamada·4月6日
14-10-5。本題は野坂問題よりも、伊藤博文と安重根である。これで両方の記念碑に行けた。予告通り、両者について何も調べずに行く、を実践した。今は両者について何も知らない。これから調べて作品化を行う予定である。当然、主眼は現代との対話である。

浜田隆政 (Takamasa)‏@Takamasa_Hamada·4月6日
14-10-6。悪魔で、現代の生活・生き方に還元できて初めて意味を持つ。知識はアクセされーではない。実用主義すぎても問題であるが、現代との対話抜きの著作は、パチンコ類と同様の時間つぶしでしかない。悪いとは言わないが、私の世界ではない。知は飾りであってはならない。

浜田隆政 (Takamasa)‏@Takamasa_Hamada·4月6日
●14-11-1。4月6日、Faceebookに漸く、グレゴリーペックとの出会いを書けた。

なお、野坂問題に関しては、多くの諸情報が私に提供されることを願い、敢えて今回書込をした。ソ連の公開文書だけでは!動機が分からねば、正当防衛論すらありうるので。過去の前例では解けぬ!

浜田隆政 (Takamasa)‏@Takamasa_Hamada·4月6日
14-13-1。野坂関連情報(14-11-1)について。私のFacebookやTwitterには書込禁止。私はfollwもその逆もしない。情報はインタネット上のどこでもよいし、TVでも良い。過去、彼のようなタイプでのスパイ関連の前例がないため、分析不可能となっている。

浜田隆政 (Takamasa)‏@Takamasa_Hamada·4月6日
14-13-2。ソ連公開情報だけでは。まして動機の解明がなされていない。本人に確認したと言っても100歳頃である。しかも一日意識が2時間程度しかない時もあるとの事。これでは何も分からない。常識で考えれば誰でもそう思う。

兎も角、本題は伊藤と安重根のため、野坂関連では援軍求める。

浜田隆政 (Takamasa)‏@Takamasa_Hamada·4月7日
●14-14-1。今回のFieldworkの目的。
①不条理編2用・安重根と伊藤博文のため伊藤博文を追う。
②教育論:東大・京大vs適塾・松下村塾のため松下村塾を調べる。
③広島・平和の旅補強用で厳島神社の写真撮影。
④その他。野坂参三の墓参り等。

浜田隆政 (Takamasa)‏@Takamasa_Hamada·4月7日
14-14-2。①②が主目的。③④は可能ならばであったが、④が気になっている。野坂氏の共産党除名は同政党の問題であり、私には無関係かつ干渉する気はない。だが野坂氏は歴史の文献にも名は残る。依って、歴史学者等には正当・公正な評価を望む。

浜田隆政 (Takamasa)‏@Takamasa_Hamada·4月7日
14-14-3。再度一般論。戦前のソ連の幹部宛手紙とは、ヒトラーに親書を送るに該当し、文書は規定される。依って手紙類のみでは袴田事件の調書同様である。また14-10-3の如く正当防衛の可能性すらある。

浜田隆政 (Takamasa)‏@Takamasa_Hamada·4月7日
14-14-4。歴史学者へ。
野坂問題に関してのみか、現代との対話という視点から、スターリン時代の本格分析を願う。その後で、野坂問題を論じた方が良いであろう。
浜田隆政 (Takamasa)‏@Takamasa_Hamada·4月7日

14-14-5。政治学者へ。
スパイ問題に関する学術的研究を望む。国家の安全と情報公開の必要性などの倫理面のみではなく、科学的視点からの分析を願う。歴史における膨大なデータ収集から諸角度より分析を願う。オバマ・西欧も研究の必要性を感じているはずである。

浜田隆政 (Takamasa)‏@Takamasa_Hamada·4月7日
14-14-6。私自身は①~③の課題に手一杯であり、④の課題には十分取り組めぬため、学者諸君の援軍を求める次第である。
今回のFieldworkに関しては作品化して述べるが、諸妨害の一部のみを夕方に少し記すかもしれない。
追伸。袴田事件とは現在の再審決定の件である。

浜田隆政 (Takamasa)‏@Takamasa_Hamada·4月7日
●14-15-1。Filedworkの諸妨害。
開始前のカメラ・レンズトラブルは既述通り。
開始後は2日目→ホテル朝食時、ふたやコップでやけどの危機。
3日目→ホテル朝食時、食事込価格と食事付録感覚でのトラブル。
そして天気問題。意識危害・危害も。

浜田隆政 (Takamasa)‏@Takamasa_Hamada·4月7日
14-15-2。意識危害/催眠か?
岩国駅途中下車。改札口出て2mで切符場所完全忘却。

類似例。
昨年12月ソウル→関空でパスポートで同様。
昨年5月の中国→Y氏が最近健忘症と言うや、その数分後にバスを降りて、自分がどこにいるか分からなくなる。最たる例が14-16参照

 

 


ベッセルイン福山(朝食代別)
2900
JR青春18=2150円

(1)一気に林野か宮島寄るかで迷う。
ホテルが当日でもキャンセル可能なホテルであったため、家まで東萩から一気に家まで返るか、宮島により、福山泊にするか、出発前より迷う。理論上は、もう福山泊が望ましい。東萩から長門周りで林野では疲れが大きい。更に、宮島はFieldWorkで広島特集で使用するため尚更である。更に昨年の宮島撮りの時が夕方であったため、再度行く計画を立ててもいたため尚更行った方が良い。
問題は、我が家を長期間留守にすることへのためらいがあった。そこで、岩国で途中下車し、我が家へ電話し留守電に重要メッセージがあれば、ホテルをキャンセルし家へ直行するし、なければ福山泊で宮島行きとすることにした。
岩国から家に電話したが、留守電が入っていなかったため、予定の行動をとることにした。

(2)雨の宮島。
この日は激しい雨が降っていた。そこで、この雨と雨空を生かして撮影することにした。しかし、そのためには時には絞りがf16必要な時が多い。だが、現在の科学ではデジタルカメラはf8をピークに後は回折現象が起こることが多い。そのため、思い切った撮影やパンフォーカス撮影ができなかった。雨の日は撮影は大変であるが、情感は雨の日の方があることが多い。

(3)福山にて。
福山の夜も店が少なく店選びに苦労する。結局、お好み焼き屋でお好み焼きを食べる。なお、昼食は4日とも抜きであった。FieldWorkは常に強行軍であり、ツアーでない限り、まず昼食抜きとなる。そこで朝食をしっかりとなり、最近はホテルで朝食バイキングをとることが多い。更に多忙な時は夕食も抜きに近いケースがあるため尚更である。今回は夕食は食べられたが昼食は抜きか自動販売器でカロリーメイト程度であった。

【ホテル】
ホテル代金5400円-ポイント使用2500円=2900円。
朝食代は別途800円。
朝食は値段よりは若干良いと思う。千円あまりのバイキングであった。
ホテルはきっちりとしていた。ただし、部屋の窓の前は壁であり、訳あり部屋と言える。景観は外が壁のため、良くない。しかし、訳あり部屋という観点で借りたため、これでよしともいえる。また、日程が込んでおり、外を見るようなゆとりはないため、これで良いとなる。
なお、料金はこの日が土曜日ということを考えると安いとなる。
因みに、ホテルを広島市(平和公園再訪のため)を考えたが、土曜日のため相当高く断念。それならば東萩から岡山市まで行けば青春18で2150円のため、岡山市も検討した。しかも、笹寿司のママさんに久々に夜あいに行こうかとも思っていた。しかし、土曜日のため岡山市も値段が高かったり、リーズナブルなホテルは満室であった。そこで、福山市にした次第である。
春休みの土曜日となれば、格安ともいえる。日曜日と土曜日はアネックスの如く、昔は前者4800円、後者16700円と全く違うのであ