「日本のフィクサーME・パート3」第2章世界連邦と起業を目指して ・第5節―1・オバマ広島への道: 2023/04/20 14:00追記等して正式公開

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「日本のフィクサーME・パート3」第2章世界連邦と起業を目指して

・第5節―1・オバマ広島への道

 

(1)著作は、原則として、十二回の見直しをして作成しているが、このBlog等は正式公開段階でも(著作・文献への)下書き・メモ段階に該当するため、数度しか見直しはしていない
(2)この文書は、故意に嘘(うそ)を5~10パーセント程度いれている。

(3)『日本のフィクサーME』登場人物のキャラクターなどは以下を参照願いたい。

※日本のフィクサーMEシリーズの注意点全文の雛形は下記参照。
http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=36999

 


2023/04/18 7:53下書き掲載(ただし、後半の付録部分2023/19以前の下書き)

2023/04/19 15:35 本文に該当する長い追記記載。写真の一部追加。20:00から清書開始。23:36 一応終了。2023/04/20 11:46微修正。12:31 但し書き追加。

2023/04/20 13:50 かなりの修正・追記をして正式公開。14:00 民団文書引用の下に朝鮮総連も一部追加。


《◇―1・私は何者か―表の私と裏の私》

表(おもて)の私は、1952年の生誕から1988年までは大半表と思っていた。裏の世界とは「永久の世の映画かテレビ類の主人公役」の世界である。私自身が裏の世界を意識し始めたのが1988年駿台講師辞職後からである。

表とは、親戚・近所、学校、職場で皆さんが見ている姿である。そこで、皆様が見ている表の姿は1952年から2015年までである。中には、未だに(2023年4月現在でも)相当数の人が私の表の姿しか知らないかもしれない。

私が裏の世界を意識し始めたのは、1995年頃からであろうか。最初は政治抜きであった。2000年頃から政治の世界でも裏の世界を徐々に意識し始めた。
政治家も暗黙のルールの下で、私に関心を持ち始めた。暗黙のルールとは、政治目的でも私に近づくが、私以外の人、一般の人にはばれない、最低でも証拠を残さない形で近づくという身勝手なルールである。
その裏のルールを無視して、証拠を一部残す形で近づいてきた最初の政治家がミスター・オバマである。うれしかった。そこで、ミスター・オバマは私にとっては特別な存在となった。

私が政治家を選ぶ基準は、思想などではない。私自身の人権回復への寄与である。これが95%を占める。保守・革新、右翼・左翼という枠組ではない。
残りの5%は私自身の生活に関する政策類(例:国民年金…)がトップ…その後憲法9条等が続く。これら全部入れても5%程度である。
1988年から新たな知人を完全遮断された私にとって、ミスター・オバマは1988年以降の重要な知人として位置づけられるため、私の記録に残さなければならない。そこで日本のフィクサーME のパート3の大きな位置を占める。

なお、ミスター・オバマの前に暗黙のルールを紙一重まで守った上で、要するにギリギリのところまで思い切って近づいてきた政治家もいた。それが小泉純一郎氏であり、菅直人氏であった。いずれも、私の救済依頼文を送付した関係であろう。

またこの両者は潔かった。

《◇―2:次の総理…次の天皇》

布袋(ほてい):
ボン、危険だから、詳細は言うなよ。
小泉総理などは、極論すれば、次のことをボンに聞いたのだろう。
次の総理を誰にしようか。
それ以上に、事実上、結果として次の天皇はどなた様が…っと。
ここまで来るとすごいね。


はかせ:
物騒ですな。
次の天皇について、幾ら何でもボン様に相談される訳がないですがな。
こういうことでしょう。
今ならば、女系天皇をいつから実現しようか、でしょうか。
この種の相談でしようがな。


明神:
それでもサー、今ならば、その種の諮問への回答は事実上、天皇を決めることになるよ。
だってサー、女系天皇を今認めれば、愛子さんの系譜が天皇になるということだ。
もし、秋篠宮悠仁氏が天皇になってから、女系天皇を認めると、秋篠宮家がずっと今後も天皇になるということだ。
するとサー、その種の相談というと事実上サー、天皇が今後どの系譜となるかの相談ということだ。

しかし、小泉さんが、ボンちゃんに相談した時にはサー、秋篠宮悠仁氏が生まれる前だ。ボンちゃん、よかったね。もしそうだとすれば誰にも恨まれることはないからサー。


布袋:
明神君、ちょと注意をしておく。
秋篠宮悠仁氏ではなく、悠仁親王(ひさひとしんのう、2006年〈平成18年〉9月6日 – )だ。
まあ仕方ないか。
ボンにいわせれば、明神君は左翼の闘士、僕は保守の権現、時には右翼の布袋だからね。
博士は右翼・左翼を超越した仙人、ボンは昔は左翼だけれども、この40年間は完全党派中立を宣言し、無色だからね。それが証拠にボンは長期無職だ。


ボン:
しかし、先に結論ありきで、小泉さんが結論をだした後で僕に相談というパターンが多かった。菅直人氏のときには、温家宝首相と菅直人首相の間に入った。
例の尖閣の問題だ。
しかし、この時も結論が先にありきだった。
双方仲良くするという条件で僕に諮問だ。
結果はうまくいった。

彼らが僕に調停を求めてくるのは、長年の対立問題で折り合うときは、双方がともに少なからずの妥協をする。その結果、下手をすると双方支持率が低下する。だが、僕が間にはいっていれば、支持率低下が幾分緩和される。
実際に菅直人氏の支持率はこの後飛躍的に大きく上昇した。
それが下降するのは別要因だけれども、今回は話がそれるので、その話はおいておこう。

結論先にありき相談の典型例が、次の総理問題だ。
小泉さんの後継には、僕は「先に福田康夫氏、どうしてもというならば、その後で安倍晋三氏」と返答したが、先に安倍晋三氏が総理となり、僕の予想通りに約1年で潰れた。
僕は諮問に対しては没価値型に返答する。僕の好き嫌いではない。
小泉純一郎氏が剛速球投手ならば、安倍晋三も速球派だ。
これでは安倍晋三氏が見劣りし、安倍氏自身の能力がいかせない。
だから先に福田康夫=変化球(中国問題の解決)、その後で安倍晋三氏が正論と言っただけだ。この話が一部の野党議員に漏れたときに、議員の一部からずいぶんにらまれた。

しかし、予測は当たっていた。おまけに後の小泉🆚安倍という図式の土台まで作ってしまった。
順番が違うとこうなるときもある。
似ているようでも違う。


明神:
ボンちゃんサー、米朝首脳会談でも動いたね。
ボンちゃんがサー、動いたのは2017年夏からだ。まだ世界が信用していなかった頃だ。
でもサー、世界の首脳が絡みだしてから、ボンちゃんは蚊帳(かや)の外に出ると言って出てしまった。その途端に行き詰まりだ。
ボンちゃんが遠慮せずに、粘っていたらサー、何らかの合意までこぎ着けたのではないかな。


ボン:
無理だろうね。
鶏(核放棄)が先か、卵(制裁解除)が先かというジレンマに陥っていたからね。
その話は『日本のフィクサーME:Part-5 』でしよう。
今回は、ミスター・オバマの広島訪問への道と、「世界連邦」樹立の構想を訪米の際に持って行くことにしていたことを紹介しよう。
当初の構想は、世界連邦の青写真を訪米の際に持参し、故意にホテルに置いて帰るという計画だった。

2015年1月に入ると、ものすごい激しい妨害に遭遇し、没となった計画があった。第2章第5節では、『世界連邦』の青写真だけを紹介しよう。
訪米については第3章で記すことにしよう。
第5節を読めば、訪米への道は通常の人が思うレベルを超えた激しい道だったことがわかろう。猛烈な逆風の中でというよりは、まさに、竜巻の中でもがくような状況であった。
同時に、2015年から旗揚げ予定だった「安らぎ文庫有限会社」創設への想像を超えた妨害があったこともわかろう。

なお、菅直人首相が総理を退くときに、僕は岡田克也氏が総理になると思っていたし、その種の言動をしたかもしれない。しかし、岡田氏は菅直人氏が総理のときの幹事長のため、共同責任をとると言って出馬すらしなかった。情勢問題もあっただろうけれども、もったいない話であった。野田義彦君については、情報を持っていなかったけれども、総理になった後でみると良い性格をしていると思ったことは随所に記している。また、野田君が早大政経学部の学生だった頃、僕は早大大学院政治学研究科にいたので、彼の試験監督をしていたことになるという話も記したと思う。

それでは次に、ミスターオバマ広島への道の話をしよう。

《◇―3・ミスタ―・オバマ広島訪問は誰の影響か》

先に断っておく。
ミスターオバマの広島への道について、自分が勧めたからだと言う人が何人もいる。

ケネディ大使(当時の駐日アメリカ大使:: Caroline Bouvier Kennedy)は「私がオバマ大統領に広島行きを勧めたのだ」と言う。
ケリー国務長官(当時の肩書き: John Forbes Kerry:2023年現在の気候問題担当大統領特使)も同様である。
ミスター・オバマの妹さんのマヤ・ストロ (Maya Kassandra Soetoro-Ng)さんは、「私が兄に進言した」という。
どこかの子は「僕が願ったおかげだ」という。

どこかの子を除けば、後は私自身が彼ら・彼女から直に聞いた話である。
誰の言動が決定打かの分析は必要あるまい。
ただし、蓮舫さんが「安倍総理のおかげで…」と言っていたが、それだけは違っていよう。

上記を前置きして、私自身のこの件に関する動きをここでは紹介しよう。
私の動きが影響を与えたか・どうかの愚問(ぐもん)を無視して、あくまで私の行動の紹介のみとする。

《◇―4・ミスタ―オバマ広島への道》

広島と言えば、奇妙なことが幾つかある。
少し回りくどい話から、解説をする。
私が小渕恵三総理に救済依頼の手紙(2000年4月3日書留送付:4月2日に送付を考えたが日曜のため翌日に手紙)を書留送付した。すると即、その夜に小渕総理緊急入院のニュースが流れた。
ちなみに、小渕総理は早大大学院政治学研究科の先輩に当たる。

私は、小渕総理に手紙を出したのが日本のフィクサーへの道と考えていた。
ところが、それ以前から奇妙なことが幾つもあった。
その一つが広島関連である。

私は奇妙な病気で4年間にわたり、事実上意識を失っていたに等しい状態にあった(1990年初頭から93年末の期間である)。今考えると躁鬱病の鬱(うつ)状態を激しくした状態かと思うこともある。兎(と)も角(かく)、脳が機能せず、文献を1頁読むのにも10時間以上かかる上に、頭に入らない状態にあった。💻(パソコン)も事実上4年間は使用できない状態でもあった。
93年の大吐血を経て奇跡的に意識を取り戻した。

意識を取り戻した私の最初のFieldWorkが奈良の鑑真和上像(1994/6/5)であり、次が津山市の(朝日訴訟で有名な)朝日茂氏の墓(1994/6/20)であった。その次が広島となる。広島訪問は1994年7月19日鈍行での日帰り旅である。

1994年に広島に行き思ったことは、原爆ドームの世界遺産は単独では無理である。それではどうしたら世界遺産にできるか。
私はいろいろな角度から考えて、宮島の厳島神社とペアではどうだろうかという結論に達した。
そこでその趣旨の発言をいくつかの場所で行った。
その関係で宮島にも行くことにした。

1995年4月3日に再度平和記念公園に行き、6/11にようやく宮島である。どちらも、鈍行での日帰り旅のため、田舎の美作市からでは簡単ではなく、一日では無理であった。

すると、翌年原爆ドームの世界遺産が決まる。
「平成8年(1996年)12月5日に登録が決定し、7日に世界遺産一覧表に登録されました」(下記参照。)
https://www.city.hiroshima.lg.jp/site/faq/9545.html#:~:text=%E5%B9%B3%E6%88%908%E5%B9%B4(1996%E5%B9%B4)12%E6%9C%88%E3%80%81%E5%8E%9F%E7%88%86%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%A0,%E3%81%AB%E7%99%BB%E9%8C%B2%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82

また、1994年から、韓国人原爆犠牲者慰霊碑だけが何故、広島平和公園の外にあるのかという疑問にぶつかった。
その件はポリテクカレッジ岡山で教材プリントにして配布してもいる。
すると、韓国人原爆犠牲者慰霊碑「1999(平成11)年7月公園内に移設されました」となる。
抜粋原稿のアドレスは下記参照。


http://www.pcf.city.hiroshima.jp/virtual/map/irei/tour_11.html

関連(1999.07.28 民団新聞)
https://www.mindan.org/old/shinbun/990728/topic/topic_g.html

朝鮮総連の見解も入手できれば平等に掲載します。私は双方のどちらの側でもありませんが、日韓、日朝の心からの交流・親睦は常時願っています。

(以前の位置):写真はいずれもクリックでパソコン画面大、二度クリックで巨大。

95-040-05A-f:1995年4月3日撮影:広島平和公園の外にある、韓国人原爆犠牲者慰霊碑

(今の位置)この写真は人物が一部写っているため、一度クリックしかできない。

14-031-031:2014年9月2日。平和公園内の韓国人原爆犠牲者慰霊碑

それでは、アメリカ大統領の広島か長崎訪問に一役買おうと思ったのが2013年である。その延長には(強力な世界統一軍を持つ)世界連邦樹立構想があった。まだ、いまほどMr.オバマとは親しくないときである。
Mr.オバマとの接触の契機は2013年5月の訪中のあたりからである。
広島か長崎にアメリカ大統領が来ればと思い、広島行きを2013年10月6日に決行した。

今ほど、Mr.オバマと親しかったならば、オバマ大統領の立場を考えて、こうした主張類は表だってはしなかったであろう。

そして、広島平和公園内の広島平和記念資料館に次のメッセージの書き込みを行った。

13-058-044:2013年10月6日撮影

2013年撮影

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政経―2:オバマに届け私の手紙

【政経主張―第2回】
『戦争と平和と人間に想う』・第四話「オバマ大統領に届け、私の手紙」(その6)より。

【概略】
★気迫で撮った一枚の写真とオバマ大統領への手紙の公開★。
 
【本文】「オバマ大統領に届け、私の手紙」

 昨年(2013年)10月に、広島平和記念館内で、オバマ宛メッセージを記帳した。〈 〉のみ今回付け加えた。それを今回公開する。

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  Mr. U.S. President Obama….
  I hope that you do come to Hiroshima or Nagasaki, in order to see and know the miserable devastation of an atomic bomb by all means, leaving the issue of right and wrong of the atomic bombing 〈on Hiroshima or Nagasaki〉 on the peaceful table.
  We Japanese pray you might be the messenger for the 〈a great peace〉 of mind.
  May the world be peace!
  From Takamasa Hamada   
  October 6, 2013.

 
 「合衆国大統領オバマ様へ。
 〈広島・長崎への〉原爆投下の是非は平和のテーブルの上に棚上げし、原爆投下の悲惨さを、是非、その目で見て、知っていただきたいのです。そのためには大統領が広島か長崎に是が非でもおいでいただくことを、私は希望しております。
 我々、日本人はあなたが(世界の人々の)大いなる心の安らぎへの伝令者となることを願っております。
 世界が平和になりますように!
浜田隆政から。  
 二〇一三年十月六日」

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※なお、下記の写真は、三脚禁止・ストロボ禁止の中で手持ちで撮影した。しかも、修学旅行の学生が多く、彼ら・彼女らの集団とぶつからぬように配慮して撮った。
  この写真だけは絶対に決めると、数十枚撮った。そしてほぼ全部、手振れせずに撮れていた。今回のは1/30秒であるが、1/10秒などの写真も全てきっちりと撮れていた。気迫の撮影、気迫の勝利であった。

http://takahama-chan.sakura.ne.jp/politics/custom38.html

 

13-055-064:2013年10月6日撮影

13-055-061:2013年10月6日撮影


更に翌・2014年Mr.オバマ来日の際には次のメッセージをSNS等に掲載した。

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『オバマ来日で、オバマ大統領へ。更に、日本外務省に告ぐ』
by 浜田隆政(TAKAMASA HAMADA)
……

…やはり、一言書いてしまう。もし、オバマが日本の神社やお寺に興味があるならば、外国人受けする一番の神社は宮島にある厳島神社である(海の中に鳥居がある)。また、芸術的大型彫刻とすれば北村西望の大作がある。何かは略す。今回は、いずれも無理と思われるので、いつの日か、オバマ大統領にとっての〝My better half〟と、オバマの小さな宝物(いずれ大きくなる宝物)を連れて、観光見学で厳島神社へ行かれることを勧める。
現在、超多忙でFacebookは休止予定であったが、本日、上記を知って書かざるを得なくなった。

【2014年12月7日補足】上記文書で、オバマや日本への来賓に紹介神社として、宮島・厳島神社の名をあげた。そこで、2014年9月広島平和公園に行った際に、来賓達への紹介もかねて宮島にも行く予定であった。ところが、Twitterに記載した如く、睡眠薬でも入れられた如く形で宮島ではなく尾道に行かされる羽目となった。

http://takahama-chan.sakura.ne.jp/politics/custom13.html

☆☆☆☆☆☆


(2023/04/19解説追記)

厳島神社の世界遺産のペアが広島の原爆ドームであり、芸術的大型彫刻とは北村西望昨・長崎原爆犠牲者慰霊碑のことである。

もう一つ、おまけの追記。
本文に《オバマの小さな宝物(いずれ大きくなる宝物)を連れて》と記載しているが、Mr.オバマよ、私の書いた通り、大きくなったでしょう。大きくとは身長などではなく、「成人…と立派な大人になったでしょう」という意味である。

13-057-204:2013年10月6日撮影

島原:16-040-185:2016年11月24日:北村西望記念館内:長崎原爆犠牲者慰霊碑製作過程

長崎:16-036-272:2016年11月23日撮影

《◇―5・Mr.オバマ広島・長崎訪問への妨害の開始》


こうして、アメリカ大統領の広島か長崎訪問に尽力をしていた。
ところが、私が広島平和公園で2013年にオバマ広島訪問へのメッセージを残すや、私の広島訪問妨害が開始する。更に、2016年に長崎に行くと長崎でも各種工作があった。だが、長崎をはずれ、水俣に行くや各種工作は一気になくなった。
ただし、誤解ないように記すが、広島市民・長崎市民一般はやはり親切であった。
犯人類は謎のXグループとしておこう。
具体的な経緯を引き続く広島訪問から記そう。

2013年に続けて、2014年には原爆投下の日・8月6日の広島行きを目指した。
所が、謎の妨害で三原付近(尾道だったかもしれないと思わされたが、当時の写真では三原駅が移っている。後日どこかに写真掲載予定)で汽車を止められ、広島には8月6日には行けなかった。
だが、気を取り直し、2014年9月2日に再度行き直した。
しかし、この時には、謎の形でレンズ落下事故に遭う(鞄のチャックが…でまさかと思ったレンズSP24-70(f2.8)という十万円を超えるレンズが落下し壊れる。後に2万円前後の修理で何とかなったが当時は真っ青となった。

なお、2013年・2014年・2015年の広島訪問では、北朝鮮原爆犠牲者慰霊碑を見て考えるところがあった。

北朝鮮原爆犠牲者慰霊碑:15-024-047:2015
年8月6日撮影

北朝鮮原爆犠牲者慰霊碑:14-032-099:2014年9月2日撮影

北朝鮮原爆犠牲者慰霊碑:14-031-047:2014年9月2日撮影


さらに、2015年8月6日の広島行きを決行すると、今度は行けたが、奇妙な謀略で家に戻られなくなる。そこで津山駅で徹夜で夜を明かす羽目となる。
この件からは次回記す。
そして、これらは、次の三つの流れの予告となっていた。
①2015年訪米前の各種妨害工作、②2015年1月安らぎ文庫を正式に立ち上げる(有限会社は延期も、当面開業、自営業としての開業)を偽者・ハッカー攻撃で阻止、更に、③(私との)人間違い問題が事実か否かの調査開始を阻止するという2015年の波状攻撃の布告となっていた。

今回正式公開は以上まで(下記は参考記述。なお、無効と記述部分は削除が妥当も一度書いたものは原則消去しない方針から掲載のみしておくが無効。要するに責任は持てない。)


《◇―6・オバマ広島訪問に際して、言い忘れた話:この箇所は途中から本年保留とし無効》

アメリカの首脳が広島・長崎を訪問すれば、世界は喜ぶか。
日本の現職総理は喜ぶ。
自分の業績だ。
支持率が上がる、と。
だが、世界全体から見ると、答えは残念ながら半分はノーである。

アメリカ本土のことはアメリカ人の方が詳しかろう。
だが、日本の植民地被害に遭(あ)ったアジア国民の心理感情の問題があった。

その対策というか処方箋を言うのを忘れたのである。

それ抜きでは、暴動に遭うことはないが、各種の嫌がらせか、Mr.オバマに民主主義失格の烙印(らくいん)をおそうとする輩(やから)がでてくる可能性がある。

おそらく日本の外務省は、ミスター・オバマを呼べば、自分らの業績があがるとしか考えていなかったであろう。安倍晋三氏ならば自分の支持率が上がるとしか思っていなかったであろう。そこで彼らがミスター・オバマに重要な助言をしなかったと思う。

その結果、私の理論分析では、広島訪問などでMr.オバマかアメリカの要人の何人かは何か嫌な思いをした可能性がある。この件について、ミスター・オバマは何も言わないので、私の単なる分析結果であり、実際の話は何も知らない。

日本の植民地主義に苦しんだアジアの国の一部には、原爆問題をクローズアップされると、日本が加害者から被害者になるという激しい反発がある。いわば、極度のアレルギーである。

それに対する対応策を延々と解説しなかったことの悔いがある。
もっとも、私はそのアレルギー対策の見本を今月の歌(2015年)でみせていたので良かろうと考えたこともある。

私が世界の歌・前身の今月の歌8月(2015年)特集で、原爆関連の歌を特集したことがある。この時は当然、二つの対策をとっていた。
一つは、今月の歌8月A面(公式HPで今週の歌)では原爆の歌特集を行い、今月の歌8月B面(安らぎ文庫HP)では日本による侵略戦争に苦しんだ人達の歌特集を行っている。

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  • 2015年8月の歌―A・広島・長崎原爆の歌

8月の歌-A・原爆 | 今月の歌・浜田隆政 (sakura.ne.jp)

http://takahama-chan.sakura.ne.jp/song/menu1.html

  • 2015年8月【侵略戦争に苦しんだ人達の歌】

8月の歌-B・侵略被害 | 今月の歌・浜田隆政 (sakura.ne.jp)

http://takahama-chan.sakura.ne.jp/song/menu4.html

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後者の延長上と(2015年)9月の歌中国の関係で《中国 「抗日戦争勝利70年」軍事パレード各国・地域の反応(上)と(下)》も公式Blogで組んでおいた。

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Blog15-083・中国 「抗日戦争勝利70年」軍事パレード各国・地域の反応(上)

http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=1880

Blog15-083・中国 「抗日戦争勝利70年」軍事パレード各国・地域の反応(上)

Blog15-084・中国 「抗日戦争勝利70年」軍事パレード各国・地域の反応(下)

http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=1887

Blog15-084・中国 「抗日戦争勝利70年」軍事パレード各国・地域の反応(下)

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原爆特集をするときには、そのくらい、日本の侵略に苦しんだ国の人たちの一部からの反感が強いことがある。
その問題を、オバマ広島訪問前に、日本政府とアメリカ政府で何らかの対策を練る必要を言うのを忘れたのである。




ここ以降、当面無効。特に※注は催眠記述の疑惑あり、無効とする(催眠誘導が一部あった疑惑があり記述内容に責任は持てない。)。

ましてや、日本政府が歴史認識を覆し、河野談話・村山談話などの否定と同時に、アメリカ大統領広島訪問などではどのような動きが出てくるか、後に気になった次第である。
まだ河野談話・村山談話否定まではしていないため、杞憂かと言われれば、外国政府としての動きはなくても、何らかのグループがゲリラ的な戦術で動く危険はあった。
しかも他の流れと結びついてである。

アメリカ大統領原爆投下地訪問については流れをまとめれば以下がある。

一つ目は、アメリカ大統領に何が何でも謝罪させるという動きである。
二つ目は、侵略国である日本が、被害者国になるという、幾つかの国の不満である。
三つ目は、排外主義的な感情からの動きである。
更に、別カテゴリーでは、次の問題もあった。
四つ目に原爆肯定論者の動きである。今後、なんとか原爆を実際に使用できるようにしようとする流れである。

四つ目については、アメリカ政府自体でなんとかできようが、二つ目の流れが、一つ目と結合して現れてくる危険性があった。これらは、原則として、日本政府・外務省が抜本的な対策をとらなければならない。
 単に、排除の論理だけでは、一番目とか三番目と結びつき、行われるとアメリカ政府の方からでは対応が難しい面がある。
今回は言葉を濁しているため、わかりにくいであろう。
しばらく、この問題は、催眠での罠の危険があり、保留して次の項目に進むことにしよう。

なお、五つ目として、私が2013年に広島平和記念館内で、オバマ大統領広島・長崎訪問へのメッセージを記帳したため、その実現を阻止するための動きもあった可能性がある。否(いな)、2016年オバマ大統領広島訪問の後でも、私が長崎に行ったときにやはり各種嫌がらせがあったため、その種の問題ではないかもしれない。

現時点では、またも、何かの画策の疑惑があり、今回この問題は記述するのをパスし、一年ほど寝かせて記述をすることを今回の方針とする(2023/04/19 23:05決定)。

今回保留を決定したが、アメリカ大統領が原爆投下地に行けない何かがあった可能性があるとだけ記しておこう。バイデン大統領はバイデン大統領自身がミドル(中道)と言っている。だが、もし、バイデン大統領が左派に近づいても、今、アメリカ大統領が広島や長崎の原爆投下地に行けない状況となっている匂いを、私は感じている。
それを承知の上で、本年日本政府はバイデン大統領の長崎訪問を打診したのではなかろうか。
もはや(※注)を記述しているとき、催眠状態と一部なっていたと約10時間後に判定したため、この箇所は本年は無効とする。数年後に検証しよう。


★★★(※注)ここは催眠下記述のためしばらく無効★★★
 ※(2023/04/19 13:59)今下書きというよりも殴り書きのため、誤字脱字のみか名称のミスがあっても、それを逆手にとっての攻撃は遠慮願いたい。超多忙な上に、世界の差別その他を特集しており、広島だけを特別扱いしていないからである(ロマ族、サーミ人、モン族、先住民の権利、人種差別、日本でも水俣被害…と。)


この間、こうした問題でも(人権とか平和を主張する人の中で)揚(あ)げ足とりがあり、辟易(へきえき)しているからである。第一、1994年などはこちらは生活保護以下の金で鈍行での移動であり(特に当時は。年収が40万円台の頃である。広島平和公園でも1994年ならば真夏でもコンビにで買ったパンを日の当たる公園内という外で、パンかじりの昼食のみであった。)、揚げ足をとる人は正月も盆もある。老後保証もある(私は雇用能力開発機構で詐欺にあい、今は国民年金年間70万円のみである。1994年頃は年金もなく年収40万円台のみであった)。私には事実上、それら(盆・正月・その他の休み)は数十年返上である。
 冷房・暖房の効いた部屋で、揚げ足のみとり、「我、たらふく食ってるが、…」と揚げ足取りは分断対立のみか、現状分析を間違えているとはっきりと記載しておく。

何故、こうした激しい言葉を記すかは、上記のような揚げ足とりとか、同じ志をもっていても、何が目的か不明も攻撃をしてくる輩がいたならば、世界平和前進のためにはマイナスだからである。よりはっきり言えば、Mr.オバマの広島訪問でも、その亜流の流れがあったのではないかと危惧しているからである。
 そうした問題が続く限り、アメリカ大統領などの広島・長崎訪問は今後はしばらく遠のくであろう。行かないというよりも行けないであろう。平和への逆行の動きへの牽制(けんせい)である。この問題は次回記そう。
バイデン大統領は中道であるが、もし、もう少し左がかった大統領でも、本年の広島・長崎訪問はないと私は思っていた。実際に、岸田総理か日本政府がバイデン大統領にお願いしても無理だったという情報も入っている。もう少し書ける範囲で次回追記をするかもしれないが保証はできない。

再度言えば、私はオバマ大統領、バイデン大統領、何人かの国務長官などから何も聞いていない。オバマ政権下でも何も聞いていない。私の直感にすぎない。それらも次回記そう。
もっとも、今後アメリカ大統領が、Mr.浜田との差異を示そうと逆に予定外に広島・長崎にいくことはあるかもしれない。それは正にひょうたんから駒である。私はそうした事態でも👏(拍手)を送る。あるいは、この一連の流れを知らぬ大統領が登場し、広島訪問をしても、…となり、その後しばらくは広島・長崎訪問はなくなる可能性が高い。
そこで、底に沈む問題をなくしてから、広島・長崎訪問が筋であろう。もう少し具体的に、理論面から次回検討するかもしれない。

私はあくまで直感であるが、2016年オバマ広島訪問の際に、各種問題があったと想像している。その原因の一つが、本質ではないが、外務省の配慮不足問題もある。
ただし、2015年8月6日でも広島市民には大変温かく親切にしてもらっている。これは今でも感謝をしている。言葉を濁(にご)して書いているため誤解ないようにお願いします。市民全体ではなく、ヘドロの一種がどこかにたまっているということなのです。
 後で柔らかい言葉に修正も検討。
★★★(※注終了)★★★(10時間後判定、この注箇所は催眠記述疑惑あり当面無効


上記箇所は一年以上、記述途中で催眠がはいったため保留とする。次回書き直しはしない。ただし、2015年8月6日でも広島市民には親切にしてもらったことは事実である。長崎も総論としては同様である。ともかく、この問題を巡っては不可思議な輩が暗躍しているようである。
この後は、私自身の話に限定して記そう。
《◇―7・2015年広島訪問妨害熾烈化の謎》
《◇―8・世界連邦構想》
《◇―9・訪米前の攻撃の嵐》

次回は◇―7から記載。



《◇―7・2015年広島訪問妨害熾烈化の謎》


2014年からは、私の広島行きに各種妨害が激化していった。
特に原爆投下の日に広島へ行こうとすると、妨害は熾烈を極めた。
2014年8月6日は途中で電車が止まり広島にはいけなくなる。
自然災害の関係と解説されたが違う。
私がやむを得ず、尾道から瀬戸田に向かい、戻ると、電車は遅れなして通常に動いていた。更に、2015年8月6日は、広島には行けたが家には戻れなくなった。

私は何者かは私自身不明である。
そして、その力は、私が小渕総理に救済依頼文を出す前から備わっていたようである。少なくとも、駿台予備学校講師やポリテクカレッジ岡山講師になる以前から。
そこで両者は、私を利用してのCMを計ったのが、駿台事件の本質であり、能開大での甚大な被害の本質と相当前から分析している。

駿台講師時代の問題は女性問題などでは一切なく、駿台事件である(少なくとも1982年には着々と準備されていた。工作に関与した🚺は全て1982年度採用試験で採用され、1983年入社の4人であり、その年次以外の🚺は一切ない。指一本触れず、下記のひな形状態のため、各種デマねつ造するための工作にすぎない)。下記ひな形を読めばわかるように、人が思う女性問題など、赤子でも分かる如く、実際には一切存在していなかったからである。
なお、1985年広島の原爆禁止世界大会を見学に行った際かその前後の広島訪問で購入した5千円相当のパネルが駿台内で謎の紛失をしたことも参考までに記述しておく。多分1985年頃の駿台京都校内と思われる。

2015年から、駿台事件、能開大被害事件、村での工作の世界(拙著『閉じた窓にも日は昇る』)と、拙著『日本のフィクサーME』の世界が融合を開始する。

2015年広島訪問と妨害の嵐からは次回記載する。
その流れを激しくしたのが、訪米前の激しい攻撃嵐であった(私のHP見るや💻連続フリーズ…更に村人使用しての各種攻撃)。外務省職員に似た雰囲気の人間達による訪米往復での隠れた攻撃。…と続く。
世界連邦樹立に向けての、私の動きを封じられる攻防と、起業・開業を巡っての攻防からが次回の話となる。


私は何者かは私自身不明である。
そして、その力は、私が小渕総理に救済依頼文を出す前から備わっていたようである。少なくとも、駿台予備学校講師やポリテクカレッジ岡山講師になる以前から。
そこで両者は、私を利用してのCMを計ったのが、駿台事件の本質であり、能開大での甚大な被害の本質と相当前から分析している。

駿台講師時代の問題は女性問題などでは一切なく、駿台事件である(少なくとも1982年には着々と準備されていた。工作に関与した🚺は全て1982年度採用試験で採用され、1983年入社の4人であり、その年次以外の🚺は一切ない。指一本触れず、下記のひな形状態のため、各種デマねつ造するための工作にすぎない)。下記ひな形を読めばわかるように、人が思う女性問題など、赤子でも分かる如く、実際には一切存在していなかったからである。
なお、1985年広島の原爆禁止世界大会を見学に行った際かその前後の広島訪問で購入した5千円相当のパネルが駿台内で謎の紛失をしたことも参考までに記述しておく。多分1985年頃の駿台京都校内と思われる。

2015年から、駿台事件、能開大被害事件、村での工作の世界(拙著『閉じた窓にも日は昇る』)と、拙著『日本のフィクサーME』の世界が融合を開始する。

2015年広島訪問と妨害の嵐からは次回記載する。
その流れを激しくしたのが、訪米前の激しい攻撃嵐であった(私のHP見るや💻連続フリーズ…更に村人使用しての各種攻撃)。外務省職員に似た雰囲気の人間達による訪米往復での隠れた攻撃。…と続く。
世界連邦樹立に向けての、私の動きを封じられる攻防と、起業・開業を巡っての攻防からが次回の話となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

2013年広島

 

 

2014年広島

 

 

 

2015年広島

 

 


 

2023/01/09メモ

 

第二次安倍政権になると権謀術数の安倍政策が開始。

①対立政策

②分断政策。

③メディア攻撃。脅しのみならず、まず、社員の買収や、攪乱スパイをメディアに忍び混ませる政策が開始。

この種の政策で安倍晋三氏のブレーンは誰かがは不明。安倍氏の

だが、下記に政策は行われていなかった。

即ち身を切らせて骨を切る政策である。

これは2017年のトランプ政権から開始した戦術に思えた。

このメモを書いている本日(2023/01/09)気になる記事を見た。

下記である。

 

23-009-4【🇧🇷議会】
#ブラジル連邦議会侵入 事件で
今回のバノン 氏の名が.🇬🇧BBCに「臭う」と掲載されていた。
🇺🇸#SteveBannon 🧐
それ以前に🤡は下記で流れを指摘
「🎌FixerME・Part3第2章3節…」
http://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=37695
図式化すれば
2021 🇺🇸議会乱入…
2022🇨🇦🚚→🇫🇷🗳️→🇯🇵嘘の🔫→🇮🇹🗳️→🇺🇸🗳️
2023 🇺🇸 下院議長選出⚔ → 🇧🇷暴動

BBCの方の重要部分の内容を🤡Facebookから抜粋する。

☆☆☆☆☆

Dec 9-② 【🇧🇷Riot】
How the Brazilian riot was stoked by Trump’s election-denying allies.

The scenes in Brasilia looked eerily similar to events at the US Capitol on 6 January two years ago – and there are deeper connections as well.

“The whole thing smells,” said a guest on Steve Bannon’s podcast, one day after the first round of voting in the Brazilian election in October last year.

The race was heading towards a run-off and the final result was not even close to being known. Yet Mr Bannon, as he had been doing for weeks, spread baseless rumours about election fraud.
From 🇬🇧#BBC

https://www.bbc.com/news/world-us-canada-64206484

☆☆☆☆☆

骨を切らせて肉を切る戦術はバノン氏のアイデアであろうか。

その戦術が安倍氏を撃ったとされる(実際には②発目は空砲であった…)山上容疑者は統一教会への恨みとの動機であった。すると、当然、安倍氏は生きていれば不利になる。逆に言えば、安倍銃撃事件は信憑性を帯びる。この手口である。

それでは、統一教会と自民党癒着を強調して安倍氏にプラスはあるか。

私は現時点ではあると思う。

それも二重に。この話は少し長くなるので次回とする。

この手口に見えるのが森友問題である。

伊藤詩織事件は?としておこう。

バノン氏の戦略についてWikipediaには次の記述がある。

☆☆☆☆☆

バノンは20世紀初頭のフランスのエゾテリスム思想家ルネ・ゲノンに傾倒しており、伝統主義を信奉している[92]。彼は、西洋が没落した現代は間違っており、もっと古い時代の伝統に戻るべきだと考えているとされる。具体的には、1314年のテンプル騎士団の壊滅と、1648年のウェストファリア条約が西洋の精神的な没落の始りだと考えているという。そして「ヨーロッパや日本、そしてアメリカにいたる世界中で、伝統への回帰を先取りする動きとして、国粋主義者の台頭がある」と彼は考えているという[23]。

☆☆☆☆☆

彼が目をかけていたメンバーとは以下とWikipediaは書いている。

☆☆☆☆☆

そうした運動の中にはフランスの国民戦線、ハンガリーのフィデス=ハンガリー市民同盟、ドイツのための選択肢、スウェーデン民主党、オランダの自由党、イタリアの北部同盟、オーストリア自由党、スイス国民党、イギリス独立党、フランドルのフラームス・ベランフ、ベルギーの人民党、スペインのVox、真のフィンランド人そして汎ヨーロッパ・アイデンティタリアン運動も含まれていた。

バノンが考えるところによると、上記のヨーロッパにおけるさまざまな運動は、日本の安倍晋三、インドのナレンドラ・モディ、ロシアのウラジーミル・プーチン、中国の習近平、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアンそしてアメリカのドナルド・トランプと共に、そしてエジプト、フィリピン、ポーランド、そして韓国の同様のリーダーたちもが、ナショナリズムへと向かう地球規模の変化の一部であるとする[要出典]。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%96%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%8E%E3%83%B3

☆☆☆☆☆

誤解ないように言えば、上記の人物軍がバノン氏の言うように統一をしたのではなく、バノン氏がそれを目指していたということである。

だが、バノン氏の国際的影響力はしれていよう。

そこで、時にはMr.Trump経由とか、あるいは安倍晋三氏と絡めてがあったかもしれない。彼らをスピーカー役としてであろうか。

ちなみに、2017年~2020年の間に、あの対立している米中露が、対韓国政策の時に軍事的に同一の行動をとった日があったような気もするが、私の勘違いかもしれない。

これらは、何の資料ももっていない私の想像でしかない。

安倍晋三氏が死亡したことにするMeritは3つ以上あった。

一つは自分の支持率回復への大CMである。

二つ目は何らかの危険性から逃れるためである。(第三者による犯罪危害~下関事件を激しくした形の危害。若しくは、逮捕類の被害から逃れる司法取引に該当する視点からの利益である)

三つ目が上記のシナリオに沿い、一定の時期に復活をする気であったかもしれない。一番可能性が高いのがアメリカ大統領選挙後のときである。もし、自分の思う形で大統領が登場していれば…であうr。

 

※語句解説:国粋主義

国家主義の極端な一形態。
特に日本では1888年雑誌《日本人》に掲載された志賀重昂の論文《国粋保存旨義》以来用語として一般化。積極的な西洋文化の導入による近代化を図った明治政府の政策を欧化主義として非難し,日本国民本来の長所を重視することを主張した。のち建国精神に由来する国民的道徳の実践を主張する日本主義の影響を受け,伝統主義・排外主義・天皇制擁護の立場から右翼の行動原理ともなり,社会主義的大衆運動に対抗した。
狂信的愛国主義として批判的に用いられることが多く,ナチズムやファシズムをこう呼ぶこともある。

百科事典マイペディア「国粋主義」の解説
https://kotobank.jp/word/%E5%9B%BD%E7%B2%8B%E4%B8%BB%E7%BE%A9-64067

彼の安倍晋三氏評

☆☆☆☆☆

バノンは安倍晋三首相を尊敬し、「個人的な大ファン[63]」であるとし、安倍のナショナリズムは本当に素晴らしく、「(安倍は)“トランプが大統領に就任する前からいたトランプ”(Trump before Trump)ではないか」と称賛した[102]

前掲のwikipediaより

☆☆☆☆☆

ちなみに、彼の政治信条を英語版Wikipediaは下記のように書いている。赤字の箇所を意訳すれば、「民主党は問題ではない。本当の敵はメディアである。彼らへの対抗策の一番良い道はつまらぬ問題でふりまわしておくことだ」とあるが、正に安倍晋三氏が(Mr.オバマが退いた)2017年以降に多投したやり方である。偶然の一致であろうか。

☆☆☆☆☆

Political ideology
Bannon is a Reaganite[3][57] and has described himself as a populist.[332][333]

In an interview, Bannon told journalist Michael Lewis in February 2018, “We got elected on Drain the Swamp, Lock Her Up, Build a Wall. This was pure anger. Anger and fear is what gets people to the polls.” He added, “The Democrats don’t matter. The real opposition is the media. And the way to deal with them is to flood the zone with shit.”[334]

According to The Guardian in January 2018, Bannon’s ideology is substantially similar to that of Stephen Miller, Tucker Carlson, Benny Johnson, Raheem Kassam and Matthew Boyle, the latter two having been protégés of Bannon at Breitbart.[335]

https://en.wikipedia.org/wiki/Steve_Bannon

☆☆☆☆☆

私に言わせれば、安倍晋三氏は顔はポーカーフェイスであるが、トランプ氏よりもトランプ氏らしい。即ち、安倍晋三氏はトランプ氏の理念型モデルである。

再度言えば、私から見れば、バノン氏は安倍晋三やトランプ氏などの📢メガホン抜きでは世界が相手をしないかもしれない。

更にBBCが

新一言№25・世界の無頼漢統一戦線(国際的新KKK団)とアーダン首相 _ – Google Chrome01

新一言№25・世界の無頼漢統一戦線(国際的新KKK団)とアーダン首相

○http://h-takamasa.com/Blog-2/a-01/2023/01/25/2359/

 

 

 

《◇―4・原爆なき世をー広島・長崎訪問へ》

 

 

 

《◇―5・世界連邦構想を世界の首脳に説き続けて》

米中、米ロ首脳の密接な会談実現に向けての

2023年4月20日 | カテゴリー : 政治経済 | 投稿者 : TAKAMASA HAMADA