◇―8・安倍晋三と同一住所二軒問題と部落問題
安倍昭恵氏が美作市(私の実家であり、今住んでいる場所)に来たのは2013年春と記憶している。彼女が来た場所は、私が昔憩いの地としていた大芦高原近くの棚田である。
ここには深い意味があった。どうも、安倍昭恵氏が美作市に来る以前から、安倍晋三氏は私の被害原因を人間違いと知っていたのいみか、人間違い相手も知っていた可能性がある。
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我が村(岡山県英田郡美作町位田:平成の大合併以降は岡山県美作市位田)には同姓同名の人物が余りにも多い。
我が家の住所番地を70年使用し続けたZ家を例にとろう。
2002年まで、世帯主は稔氏(2002年死亡)であった。浜田稔という名の人物は、美作町位田(世帯数約100軒)には最低でも三人いる。それも同一漢字でもある。ちなみに、旧美作町では火災が余りに強調されたが、火災の権威は浜田稔東大名誉教授である。これまた同姓同名、同一漢字である。
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稔氏には息子が三人いた。一番上をZ1、二番目をZ2、三番目をZ3としておこう。Z1と同姓同名の人物は数百メートル先にいる。仮にKとしておこう。
このKさんが何かの弾みで大芦高原で何かの事柄で新聞に掲載されることがあった。このKさんとZ1は同姓同名であったが、漢字が違っていた。新聞社は誤って、KさんをZ1さんの漢字で報道をしてしまったことがあった。
要するに、人間違いのメッカの地である。安倍昭恵が来たのがこの場所界隈であった。既に、誰と誰かとの人間違いを知った上で、美作市に来たと思われる。
ちなみにKさんの妹さんは、私の二番目の姉と同姓同名である。ここまで来ると、映画・説顔負けである。
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なお、K2さんは後に、私が西宮市教育委員会時代にアパートとしていた西宮市櫨塚町に住居を移動された。1975年の私の住所付近である。
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ちなみに、林野高校時代の国語の道信先生の話をしていると、国語の道信先生と同じ村に住んでいた、社会科の道信先生が、地元湯郷の写真サークルに入られ一緒した。
先生の第一声は「お前は浜田正典だったな。」
私「違います。隆政です」
先生「嘘を言うな。お前は正典だ」
私「違います。私は浜田隆政です。」
先生「お前はまた嘘を言う。正典だ」。
多分20年ほど前の話だと思う。
このZ3の名前が正典氏であった。
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安倍晋三氏は、私の一連の被害の原因が人間違いにあることを既に知っていた可能性がある。今から、考えると、私と正典氏以外は相当数の村人や町の人が人間違いを知った上で、映画説かテレビ説に協力し、映画・視聴率をあげ、美作町・美作市の知名度、さらには視聴率を世界的に盛り上げ、世界に日本の知名度を上げるのに協力していた疑惑がでてきている。
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美作町時代に「火災」が強調されたが、火災の権威は浜田稔氏であった。
私の二番目の姉は、私が高校時代くらいに奇妙なことを言っていた。「AさんがBさんの名前を使って遊びまくっている」というような話である。ちなみに、AさんもBさんも私ではない。
更に、姉は我が家の墓の土地の名義は「江戸時代の浜田長蔵氏である…」を数度強調していた。長蔵氏の頃、Z家や裏のU家が我が家から分離したと思われる。その一世代くらい前に、美作町で町議(美作市で市議)をしていた人などが、同時に、近所のMさんが離脱したようである。なお、このMさんは後に、先のZ2氏の住まいのすぐ近くの娘さんの家に移動された。移動場所には私が西宮市教育委員会時代に担当した教え子が多数いる場所であった。
なお、Z家内にミナギ家があったが、Z家との問題で姫路に移動された。そして、Z家の横の多数生えていた木を誰かがきると、ミナギさん跡地がみえ、そのすぐ裏にU家が出現した。
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Blog:我が家の家系図添付予定
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ちなみに、上記の人達は全て遠縁である。10~18親等であろうか。私から見るとZ3も10~14親等程度と推定している。
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上記までを図示すれば次のようになる。
K1=Z1=同姓同名も漢字名は違うが人間違い大芦高原で=ここに安倍昭恵が訪問。
Kの妹=私の姉=同姓同名
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K家とZ家の混合が我が家へ飛び火
Z2が1975年頃の西宮市の私のアパート付近へ移動。
位田中田のMさんがZ2付近に移動。Zさんがなくなったとき香典を郵送。配達記録を見ると「湯郷→津山(Z3)の法務事務所所在地→尼崎中央郵便局(Z3の長年の住所が尼崎)→西宮中央郵便局(Z3の兄・Z2のすぐ近くで私が昔住んでいた場所付近)→教育委員会時代に担当した子供が大勢いる集合住宅。
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民学同という団体にいた親友に近い友人(尼崎在住)が「Faxの件で奥さんが私に怒った後で」、詫びの電話をしてきて「電話番号…市を間違えていました」と謝罪してきた。私はファックスは姉宛練習のみで1回しか使用したことがないが、友人宅に関学時代の恩師・後藤先生の件で電話をしたときの電話番号がディスプレーに残り勘違いをした疑惑が高い。
こうしてゲームの如く、人間違いごっこと各種謎解きがゲーム感覚か、映画羅生門型でおこなわれつつある。ただし、私には無関係であり、迷惑千万である。40年を超える被害となると人生を一つ損をした状態になっている。だが、私には全て心当たりがなく、何がなにやらさっぱり分からない状態が未だに続いている。
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我が家界隈での身内は、親戚のボス(私の曾祖父の代に分家:我が家からでは、通称「新家(しんや)」と呼んでいる)と、近隣の従兄弟(祖父の代に分離:我が家からでは「分かれ家」と呼んでいる)の二軒のみである。それと、我が家内にあった伯母の家(同一住所二世帯であり、娘さんは今は神戸に嫁いでおり、消滅している)だけである。
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安倍晋三が臭わさせ続けたのはZ家と我が家、更にはZ3と私との人間違いとしか思えなかった。それでは、安倍晋三様は、私の救世主なのか。
本来ならば、そうなるのであるが、下記の如く、無理矢理、私の被害がZ家に及んだという印象操作や各種工作をし続けたようにしか思えなかった。その理由は何故か。これらを、この(下)で語ろう。
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その前に、私とZ3はどちらの性格がよいか・悪いかではなく、真逆の性格をしており、私は常時頭を抱えている。
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ここでは後、三点触れる。
(A)野麦峠行きと関係していた、拙著『旅に心を求めて―不条理編(上)』と安らぎ文庫はどうなったかの結論。
(B)安倍晋三も、何か臭わしているように思える部落問題印象操作について。
(C)その後の安倍晋三と私の関係
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(A)野麦峠と拙著『旅に心を求めて―不条理編(上)』の結末。
とにかく、野麦峠行きは、本来は、私の生涯・老後がかかった旅だった。
安らぎ文庫有限会社が創設まで持っていけるか・どうか。
どんなことがあっても最低でも開業届けまでは出したいという思いがあった頃である。
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「会社ではなく開業届けの方は簡単だから出したらいいのではないか」といえば、私もそう思う。
出しておけば、他の人間も今度は営業妨害やっているという意思が働いてあからさまな妨害を阻止できるという意図もあった。しかし、先手を打って今度は出版妨害が激しく行われ、防衛上、開業届けすら出すのを阻止されていく。
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一つ目はハッカー攻撃である。
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二つ目が私と同姓同名同一漢字の浜田隆政氏が同一日別本発売のCMが突如登場する。
私が本を出すのは2015年1月30日と決めてKindleに届け出た。一種の見本本という形で100円(海外では一ドル)での販売であった。
買うという約束してくれた友人もいた。
ところが、発売日を決めた直後に、今度は2015年1月30日に5000円前後の本を出す人が現れてくる。翻訳者名の一人が浜田隆政であった。漢字もまったく同姓同名同一漢字である。
友人にすれば浜田隆政の漢字で全く同じ日に突如出た別の本を買ってしまうかもしれない危険が生じてくる。
5000円は高いと言わないけれど、私の本と間違えて買われたら困る。
こういう形でまず出版妨害が出現してくる。
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三つ目が私の偽者の膨大な登場したことである
それだけではなく、私のホームページに掲載しているように、私の偽物がどんどん登場してくる。一時は検索サイトで浜田隆政で調べると1万人近い偽者が登場してくる。
アダルトサイトが何かのところに感想ってことで、浜田隆政という漢字が書いてある。すると浜田隆政で検索すると、上記の膨大な偽者の方に誘導される訳である。
これらから開業すると、妨害が余計に激しくなるという脅しを感じて、開業届を出すのを延期した次第である。
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現時点で、この野麦峠行きの妨害は何故行われたかわまだ分からない。
言えることは、その数ヶ月後の広島行きはもっと激しい妨害があったことだけである。こちらの方もかなり深い意味を持っている可能性がある。
この件に関連して、約2兆円以上の金が世界で動くことになる。
後は野麦峠の旅の記録(当時の記録)を流すだけにしたい、と考えている。
次回(『日本のフィクサーME・Part3』第4章第2説)は、人間違え問題も絡めて広島行き(2015年夏)を振り返ることにする。
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(B)安倍晋三も、何か臭わしているように思える部落問題印象操作について。意味不明の部落問題が臭わされるが、誰が匂わしているのかは不明である。
同時に部落問題とは無縁であろうが「橋」「箸」とか「川」が強調される。
他方、私が部落問題関係の法律を紹介しても人は全く関心を持たない。あるいは世界の差別を取り上げても全く関心を持たない
さらには部落解放同盟の一丁目一番地である狭山事件について記してもまったく無反応である。
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石川一雄氏が亡くなられたときに追悼文を書いた。
Twitter若しくはX.comのインプレッションは全くに近くでなかった
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「はしだのりひこ」への追悼文を書くとあっという間に8000以上のインプレッションがあり、石川一雄氏へのツイートを書くと、全くに近くインプレッションがない。ということは部落解放運動関係の団体が関与しているとは分析できない。
「橋」とか「川」を強調するのは主として位田の人間であり、これははっきり言えば差別への拡大を意味する不埒な行為にしか私には思えない。
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部落解放同盟の諸君が石川一雄氏を無視することは心情上できるはずがない。
ちなみにこの「カズオ」(石川一雄氏の「一雄」)という言葉が実は先の大芦高原での人間違いに絡んでいた言葉である。
そして、安倍昭恵が安倍政権が発足するや即座に大芦高原近くに来たのである。
要するに安倍昭恵は人間違え問題にからめて岡山県美作市に来たとしか分析できない。
なお安倍晋三氏は2014年萩に行った時には人間違いを私に教えるような形で人間違い若しくは偽物を強調していた。
ところが2015年になるとZ家と結びついた可能性が高く、今度は私が人間違い問題を解決しようとすると激しい妨害に遭うことになる。
さらに2017年になると今度は人間違え問題の責任を私に展開しようとする工作がなされていく。
しかも私が人間違いを誘導したかのようであるな印象操作があったが、私はZ3の名前も使ったことなければZ家の住所も一度も使ったことはない。
その逆は山ほどやられている。
かなり卑劣な行動をされることになる。
その分岐点が2015年の夏である。
この2015年の夏にはインドネシアの新幹線問題まで絡んできて大きなダメージが政府に与えられることになる。これらも次回話をすることにする。
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★(回想:2025/08/30小泉純一郎氏のこと。
自民党議員で、河野洋平氏などは、大昔から一目をおいていた。俗に言う鳩派の代表格である。同時に、私の恩師・内田満先生(早大政治学研究科教授)とも知り合いである。実際に小選挙区制になる前の選挙制度審議会の中心メンバーの一人が内田満先生であった。河野氏が官房長官頃の話である。
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タカ派については違和感があった。ところが二人の例外者が登場する。一人は中曽根康弘氏である。いっとき、大江健三郎氏と中曽根康弘氏、それに司会を加えて、📺を見ている私との四者対談となったときがあった。このとき中曽根康弘氏の姿勢に感心をした。当時、50前後の私に対してすら、非常に丁寧に対応された。正に紳士そのものであった。人(私)の言うこともよく聞く。
このときは軍事問題関連の話題であり、私はどちらかと言うと大江健三郎氏に近いかもしれない。だが、大江さんは幾分短気(良い言い方をすれば一本気)であり、中曽根康弘氏は慣用力があり、自分と対立する人の意見にも声をあらたげず、その上丁寧に聞く人であり、びっくりした覚えがある。中曽根氏が亡くなったときには追悼文を書いた。中曽根さんの話は後日に譲ろう。
▽
小泉純一郎氏とは『日本のフィクサーME・Part1』(発売中)の中で書いた通りでり、よく言い合いはしたが、けろっとしており、一部馬があっていた。正(まさ)か、私が自民党のタカ派と馬が合うとは思いもせず、この出会いが自民党タカ派にたいしても、私の見方がかわるきっかけとなった。
だが、小泉純一郎氏の評価は、彼が総理を辞めた後でどんどん加速していった。詳細は別原稿で記すが、人権問題との関わりでは以下のみを記しておく。
☞【資料】首相在任期間 2001年4月26日 – 2006年9月26日
小泉純一郎氏の在任期間中に、同和対策特別特措法の延長はしない、ハンナン事件が火を噴く、飛鳥会事件が火を噴く、小泉氏訪朝と拉致問題を北朝鮮が認める…である。
具体的には以下の通りである。
▽
部落問題特別措置法がきれた(延期をしなかった)のは小泉内閣のときである。
☞【資料】同和対策特別措置法は、1969年に制定され、2002年3月31日に失効しました。
この法律は、同和地区の生活環境改善や部落差別の解消を目的としたもので、10年間の時限立法として制定されました。その後、数回の延長や名称変更を経て、2002年に「地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律(地対財特法)」が失効したことで、特別対策としての同和対策事業はすべて終了しました。(「同和対策特別措置法 失効」のAI回答から抜粋)
ハンナン事件が火を噴いたのは小泉内閣のときである。
☞【資料】ハンナン牛肉偽装事件
2001年から2002年にかけて、BSE対策事業の一環として行われた国産牛肉買い取り事業を悪用して、計約50億3000万円の詐欺や補助金適正化法違反(不正受給)などの罪に問われた事件。
…
2004年(平成16年)4月17日、BSEに関する農林水産省の補助金制度を悪用し不正受給を行ったとして、浅田満社長らが詐欺罪など複数の容疑で逮捕された(Wikipediaより)。
飛鳥会事件が火を噴いたのは小泉内閣のときである。
☞【資料】飛鳥会事件…このため、2006年5月8日、小西邦彦は業務上横領の容疑により逮捕された(同年5月27日、詐欺容疑で再逮捕)(Wikipediaより)
拉致家族問題で北朝鮮が拉致を認めたのは小泉内閣のときである。もし、小泉氏の決断がなければ、拉致家族を一部の日本人などは詐欺師と思い続けていたかもしれない。
☞【資料】拉致家族帰還
2002年
3月 – 有本恵子の拉致が法廷で明らかに。小泉純一郎首相が「拉致問題を棚上げして正常化交渉はありえない」と言明。
4月 – 国会が全会一致で日本人拉致疑惑の早期解決を求める決議を採択。
8月 – 小泉首相の訪朝発表。
9月17日 – 小泉純一郎首相が北朝鮮の金正日総書記と会談。日本人13人を拉致したことを北朝鮮が認め、謝罪。5人生存、8人死亡、1人入国せずと伝えられる。
9月 – 飯塚繁雄が家族会に参加。
10月15日 – 蓮池薫、奥土祐木子、地村保志、浜本富貴恵、曽我ひとみの5人の拉致被害者が帰国。
…
2004年
5月22日 – 小泉首相の再訪朝。蓮池・地村夫妻の子供たちが日本へ帰国。
7月 – 曽我ひとみが夫のチャールズ・ジェンキンスや娘とジャカルタで再会、帰国。(Wikipedia)
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ただし、日本の人権状況に関して、彼は自分がなした貢献を十分認識していないかもしれない。
総理の靖国参拝、郵政改革、供給サイドの経済学のみが強調されるが、彼は日本の民主主義の発展に、上記以外でも幾つかの貢献をなしていた。ちなみに、こわもて総理であったが、小泉内閣のときの報道自由度は40位台であったと記憶する。安倍内閣が50台後半から72であり、岸田内閣も何度か70位台を記録している。
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ちなみに、小泉氏とは総理の靖国参拝を巡って激しい論争をしたが、彼は私の発言を封じることは一切なかった。その他でも、ときには📺から顔を真っ赤にして怒ったこともあったが、同様に私の言論の事前検閲や言論封じは一切しなかった。もっとも、顔を真っ赤にして怒っているときに、冗談のつもりではなかったが、彼が冗談と勘違いすると、起こりながら途中からケラケラ笑い出したことがあった。そこで、私が見かねて「これはテレビだぞ」というと、小泉氏は笑いを抑えたいが我慢できずに弱ったことがあった。ジェスキンス氏の件などである。
話はそれるので、小泉氏の話は別の機会に追加する。
ちなみに、安倍総理と小泉総理のときの警察官の警備は一部は類似しているが、途中から違っていた。
警察官「みなさん、これ以上ちかづかないでください」。ここまでは一緒。
小泉純一郎氏のとき、👮「みなさんの、小泉総理の側に行きたい気持ちはわかりますが、我慢してください。みなさんの気持ちはわかります…」(要するに、有名な人気歌手などの警備と同様の対応であった。)
▽
安倍晋三総理のとき同じ事をいうと意味がちがってくるため、少しでも近づこうとすると、穏健そうな夫人も警察官が一斉に取り囲み、脅し、排除をした。西側諸国の大物元首がその映像を私がHPでながすと一言いった。「チャイナか」と。
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そして、この相違が、小泉氏と安倍氏のしっくりいかなくなる遠因の一つであると私は分析している。俗語で言えば、潜在的な嫉妬とでもいおうか。
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(C)その後の安倍晋三と私の関係
2015年3月以降を振り返ってみよう
2015年2月下旬から3月上旬にかけてアメリカに行っていた
既に述べた如(ごと)く、トイレ問題等々があった。それ抜きでも、ジョークも兼ねてではあるが私はかなりぼやいた。
▽
次のような独り言を英語で言った
「The president of the United States of America is missing.」
掛詞(かけことば)である。
「アメリカ大統領は行方不明である」と「アメリカの大統領はミス(Ms.)である」という洒落である。
するとジョーク好きのミスター・オバマが即座にMichelle夫人を日本に派遣してきた。
2015年の3月中旬である。
安倍昭恵のフェイスブックを見ていると、Michelle夫人と2015年の3月20日頃に会談したようである。
それが原因ではなかろうがその10日後に安倍昭恵が、再度、湯郷温泉(岡山県美作市)に来る。たしか、3月30日と3月31日である。
▽
「まあ、彼女のことだからどちらの道か詳細には調べないが、岡山市から湯郷へは、我が家の前の道を通ったか、川向こうの道を通ったかは調べていない。川向こうの方は1997年交通事故現場の道であり、こちら側は我が家のすぐ前の道である。湯郷とは我が家から2キロくらい先である。うしろの小母ちゃん(故人)が勤めていた旅館か、その隣に行ったようである。」などを何度か当時も後にも独り言で言っている。
▽
こうして2015年が始まり、そして先に記した野麦峠に行き、次に次回記す2015年の夏の広島(その延長の長崎)が続くことになる。
安倍晋三が絡んでいた可能性もあるが、今度はガラッと変わって「住所2件問題を解く」のを激しく妨害されることになる。
かなり激しい妨害で組織だった妨害としか思えなかった。
Z家の老婆の力では無理である。あれは相当な大組織とか人が動いていた。
▽
安倍晋三の行動は2015年から大きく変化する。大きな流れを記すと以下の通りとなる。
▽
第一次安倍政権:小泉純一郎内閣の件もあり、私に対しては従順とも言える如く、丁寧であった。
▽
第二次安倍政権
:2013年は様子見か、何等かの謀略の下準備(安倍昭恵を美作市へ派遣)
○
:2014年人間違い問題の示唆。私へのヒントを出してきたようにも思えた。敵か味方か不明の時期(安倍昭恵を我が家近くの湯郷へ派遣。美作市長に安倍氏がスカウトした萩原氏をもってくる;私の悪用が激しくなる)
○
:2015年一連の攻撃の裏に安倍晋三が絡んだ疑惑(野麦事件・広島訪問事件・長崎行き謀略)。
更に住所二軒問題解決妨害と一連の国際問題に絡むデマ(ロシアシリア空爆、TPP、16年前半の丸山和也氏発言)。
○
:2016年→前年(2015年)の安倍内閣支持率低下を受けて、逆に、私との友好ムードを装いながら私に急接近(G7と今月の歌の共催:オバマとの関係の接着剤…この間11ヶ月に亘り高い安倍内閣支持率となる。ただし、利権疑惑もある各種謀略への私の活用・悪用も併行して行っていたとしか思えない事項が多数ある。)
○
:2017年トランプ政権の誕生から私への一連の攻撃疑惑(住所間違いは私の責任の如くデマ流布疑惑:突如Z家庇いとZ家経由での各種工作→上皇と私の鉢合わせ阻止等)
○
:2018年一連の謎の事件(『日本のフィクサーME・Part5』で掲載)
○
:2019年住所二軒問題を公にすることに拍車か?(トランプ大統領頼みでの最後の支持率向上作戦:ただし、私と袂を分かった2017年6月頃から辞任までNHK世論調査では一度も50%を超えることはなくなる)
▽
以降は『日本のフィクサーME・Part6』で記す。
▽
▽
再度、『日本のフィクサーME・Part3』の世界に戻ろう。
2015年9月頃:今度は安倍昭恵が布袋さんとのキス事件を起こす。
布袋とは布袋寅泰氏であるが、私の『日本のフィクサーME』シリーズで登場してくる「布袋さん」(モデルは故友人のタカハシさん)をもじって登場したのではないかと思っている。
この頃、激しい「キス騒動」挑発が勃発する。
布袋(タカハシさん)が同一住所番地二軒問題が(駿台事件も含む)一連のトラブルの原因と最初に言い切った人物である。2012年4月のことである。ただし、彼は人間違い問題でZ3ではなく、Z家の小父さん(稔さん)を暗示するが如く糖尿強調していた謎がある。
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この布袋さんをもじって、安倍昭恵と布袋さんがキス事件を起こす訳である。
この直後くらいから、国際政治経済を舞台としたデマが横行してくる。
▽
2015年後半のロシアのシリア空爆、野田政権時でのTPPをめぐってのデマ、その延長に2016年2月の丸山和也事件が絡んでのMr Obama失礼発言が出てくる。この事件に2016年長崎行き工作が絡むことになる。最後にいたっては証明できれば完全な人身売買疑惑があった。
他方で、安倍晋三にとって2015年は大きな転機になる。
2015年に安倍氏の支持率と不支持率が逆転が起こる。それまで順調な支持率が30%台をつけることもでてくる。安倍氏にすれば第一安倍政権の悪夢が頭をよぎったようである。
そこから今度は🤡対策で方向転換の模索が開始したようである。
今度は🤡MEとミスター・オバマに乗っかり、支持率を向上させるという政策に転換してくる。
確か、テレビでも安倍晋三は言ってきたと思うが、「君(🤡)はオバマ、オバマというけれども日本はどうなってもいいのか」という形で、私に2016年のサミット(G7)での協力を申し込んでくる。安倍氏は2016年度から、私にかなり今度は丁寧に対応し始める。
こうして、私も安倍晋三氏をどう評価して良いか、分からなくなってくる。いつか、安倍晋三論をテーマに分析しないと、安倍晋三の浜田隆政対策はわからないであろう。
ともかく、安倍晋三というのは敵か味方かわからない人物となっていく。
尤も、ここ数年以上は、各種部落問題に絡めたように思える形で挑発があるときには、部落問題関係者なのか安倍晋三がその種の団体のふりをして工作をし、私とその団体とをいがみ合わせようとしているのか区別がつかないことが多い。むしろ、後者を疑うことが多い。
▽
なお、2015年今月の歌・日本を材料不足で中止を決定したときに、中止を破棄し、やるような拷問を受けた。徹夜連続で検討させられ、体が持たないとなれば半日程度休みが与えられ、再度徹夜での検討と独り言催眠攻撃をうけた。
この件は、今月の歌の後の解説に書いたように、「材料がないのでもう手を引くと言った訳ですね…安倍晋三にすれば…もうすでに何らかの目的で何かをやっていたんでしょう。それは困る」ということでやると言うまで徹夜で独り言言わされる。
「徹夜も参るけれども独り言の徹夜、それも内容のない徹夜の独り言は疲れるというもんじゃない。精神的にも、ものすごくストレスが溜まる訳ですね。そして野麦峠でやって味を占めたのか、徹夜で延々とあれをやられてしまうと…それも何日も何回も長時間やられると…もうやむを得ずにせざるを得なくなっていった。この種の拷問的な暴力を何度も受けております…」
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この徹夜拷問の際に、京都の「竹田の子守歌」と京都の部落解放同盟関連の女性が登場した。偶然かもしれないし、そうではないかもしれない。他方、安倍晋三の謀略で、この種の団体と私とをいがみ合わす目的での演出であったのかもしれない。歴史がいずれ裁くであろう。
世界のメディアと世界の大勢の国民・市民が裁くであろう。
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▽
安倍晋三が私にしがみつきかけたのは何が目的やら分からない。
一つは安倍晋三が政権に固執するために私を悪用しようとしてしがみついたのか。
安倍氏は2015年に支持率と不支持率が逆転して30%台にもなったのが、私とミスター・オバマにしがみついてから11ヶ月間に亘ってNHKの世論調査では支持率が50%から59%の間で推移する。この間、ただの一度も50%を割ったことはなかった。
▽
安倍氏の没落は、トランプ大統領登場と共に、私をきろうとした(というよりも、私への各種攻撃を開始した)ことにある。その瞬間から今度安倍氏が辞めるまで三年半に亘り、NHKの世論調査で一度も50%を超えることはなくなった。
それとも安倍氏は、いつか📺(テレビ)で臭わしていたが、「僕(安倍晋三)も映画類に出たかっただけなのだ」という、そういった素朴な形で絡んできたのかもしれない。
若しくは、裏金利権に絡めて私は催眠悪用して、その関係で業者か誰かから票の取りまとめを頼んでいるか、あるいはお金を得ているのか不明である。
この三つのどれが真実か不明状態であり、安倍晋三をどう評価してよいのか分からない状態となっている。いずれ安倍氏についての分析をやらざるを得ないであろう。
そこで、安倍氏について分析をいつかやらざるを得ないだろう
その時に気になる事件として、「下関火炎瓶投擲事件」がある。この事件をもう1回掘り起こしてみるしか仕方がないかもしれない。
確かに、安倍晋三は一つの天才的な側面を持っていた。自分が相手にとって敵か・味方がさっぱり分からないようにしてしまう。その種の天才的な能力である。
これらも徐々にどこかで触れていきたい。
『日本のフィクサーME・Part3』はなるべく簡単に終わらせて、『日本のフィクサーME・Part5』に入りたい。最後に言えば安倍晋三が私に紹介した2人の人物がいる。
志位和夫氏とMr. プーチンである。
何故なのかは十分には分からない。
なお、私のトラブルで「川」と「橋」が強調され続けている。
意味不明である。
▽
話をかえて部落問題関係を記す。
「はしだのりひこ」の追悼文を記すと、Twitterのimpression数は一気に8千を超えた。他方、石川一雄氏の追悼文を書いても人はほとんど来ない。
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狭山事件の石川一雄氏は部落解放同盟関係者にとっては一丁目一番地である。それを無視することはできないはずである。「河」「川」の文字が出ると一気に人がリアクションする。
それらから、私には安倍晋三氏が部落解放運動団体と私とを対立させ、後者の一部を潰そうとしているとしか思えない(即ち、彼がバイトか何かを雇って部落解放同盟の同盟員にみせかけて、誰かを動かした疑惑である)。
ちなみに、安倍晋三氏銃撃事件時にはTwitter(X.com)の一コマのみでも、インプレッション数はあっという間に11万を超えた。
ここからも工作を疑う始末である。
安倍晋三>川・橋>……狭山事件や部落問題関連立法のCMが、私のTwitter(X.com)から見た読者の動向である。
▽
部落問題が絡む理由は人間違いしか100%考えられないが、Z家もしくはZ3がからんでいたらどうかは、何回も書いたように(言ったように)、私はZ家の人間ではないし、ましてやZ3ではないため、何一つ分からないし、言うことはできない。
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(以下はどの単元に掲載するか迷っている参考資料)
日本のフィクサー〝ME〟続編メモ(五)・オバマ大統領の思い出と秘話:6・長崎訪問
(https://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=16550 参照 2017年10月17日)
□
はかせ:
それは困ったではなく、熊(くま)っただ。
野麦峠行きのときもそう言われていましたね。
2014年の夏か10月に野麦峠に行くのに、確か、松本市から市営バスに乗り、川浦のバス停留所で降りて、それから歩いていかれる予定でしたな。
すると、まさにその川浦で熊がでたというニュースが流れましたな。
だから、バスには熊(くま)ったものです。
□
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ボン:
本当に、その後は野麦峠行きと同じとなった。
野麦峠へのフィールドで参ったのは独り言催眠だ。
これで、スケジュールはガタガタとなった。野麦峠への登山前日は、某ホテルで、徹夜で独り言だ。一睡もせずにだ。
しかも独り言の内容が「たいしたトラブルではないので、二分も愚痴ったら十分であろう。もう寝かせてくれ、催眠を止めてくれ」を徹夜で言い続け、そして、野麦峠へ登ることになる。おまけに、松本行きの当日も徹夜だ。
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野麦峠、松本、松代、黒部、立山の旅では富山のホテルなどの独り言は悲壮だった。泊まったホテルに何一つ問題はない。むしろ親切ですらあった。
ところが、延々と独り言でほとんど徹夜だ。
独り言の内容の大半が「このホテルには問題はないので、もう、独り言を止めて寝かせてくれ」これを半徹夜で言い続けた。
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布袋:
野麦峠行きと同一ならば、田上長崎市長は喜んでいると思う。
何しろボンの代名詞が「世界遺産請負人」だからね。
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野麦峠も行くと決めた年に、富岡製糸工場が世界遺産、ボンが2014年に行った萩も即世界遺産。
広島原爆ドームと宮島をセットで1994年と95年に訪問し、歴史的文書「旅に心を求めて不条理編」第二章を書いた95年の翌年に原爆ドームと宮島が世界遺産。1988年から何回も行き続けた石見銀山も世界遺産、1989年に行き、珍しい屋根の家と言っていた五箇山・白川も世界遺産。姫路、奈良、京都は言うまでもないけれどね。
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ともかく、万一、長崎の大浦天主堂などが世界遺産になれば、日本の将軍様がボンに「世界遺産請負人感謝状」贈呈の検討を迫られ、やけになるだろうね。
ボンと日本の将軍様はCold War(冷たい戦争)状態だからね。
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はかせ:
ボンさんが言っているのはCold Warではなく、Gold War(金戦争)ですな。
ボンさんの言い分は、改憲か護憲かではなく、ボンさんを無断で、(サミット協賛今月の歌などで)半拷問で、利用したならば賃金や日当を支払えでしょう。
特に、お礼どころか、その逆の態度をとられては何をか況(いわ)んや、と。
それが駄目ならば慰謝料と損害賠償を支払えと言い続けていられますな。
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だからGold Warですな。
実際に、店で物を買えばお金を支払わなければならない。
江戸時代の将軍様がお忍びで街にでて、物を食べても、支払うことを知らずに騒動になったという話を水戸黄門でやっていましたな。
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日本の将軍様も同様ですな。
食堂でも言っているのではないですかな。
相手がお勘定というと、金を払わずに「苦しゅうない、後片付けをせよ」と。
ボンさんが無料でもやると、自主的に合意したものならば別ですが、半拷問・強制となると支払い義務は生じますな。その上、口頭のお礼どころか、その逆の態度では常識を疑いますな。
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こうしてボン(浜田)包囲網が築かれていく。《2019/08/21 18:33追記・この箇所は以下に修正予定でいる。→いや、包囲網ではないかもしれない。私が議員や政治家になるどころか、(安倍政権以前から長期に亘り)身動きできない状態に置かれている以上、包囲する動機が思い当たらない。そこで、ボン(浜田)への奇妙な接近が開始すると訂正した方がよいかもしれない。あるいは、安倍昭恵氏の単独行動かもしれない。それらは、いつか分かる日がくるかもしれない。ともかく、今回は解釈を抜いて、起こった事実のみを記載しよう。》
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ちなみに、安倍晋三氏とは小泉内閣のときの腐れ縁で、双方、不戦協定があるものと私は解釈していた。実際に2001年頃の第一次小泉内閣から2017年3月までは、そのように思っていた。いや、森内閣の頃からかもしれない。しかし、今から考えると、2015年には…が開始されていたかもしれない。
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2015年訪米をする。
ここから、徹底して、私のフィールドワーク妨害が開始する。ミスター・オバマと私が接近したのを牽制(けんせい)する形で妨害は激しくなっていく。ただし、安倍晋三氏が犯人かどうかは不明としておく。
2015年5月に野麦峠へのフィールドワークにいたっては、催眠型独り言で徹夜三昧させられ、もうこの時点でフィールドワークは不可能と思わされた。もっとも、訪米でも、既に書いた如(ごと)く5日間合計で五時間程度の睡眠しかとれぬという状態に追い込まれていた。
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そして、2015年後半に前回記した、ロシアのシリア空爆問題で私に絡めたデマが飛び交う。年があけた2016年2月17日には丸山和也議員発言問題が起こる。私は何のことか不明のため無視していたならば、NHKの番組か何かで私と絡められた印象を何度も受ける。私には全く心当たりがないため無視していた。
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やがて、ミスター・ケリー(当時のアメリカ国務長官)が怪訝(けげん)な顔で私をのぞきこむ。さらにオバマ夫妻も何かおかしい。やがて、私が書きかけていた原稿「徒然なるままに№2・全解連初代委員長・岡映(おか・あきら)氏との出会い(1)」との関連を誰かが臭わす。内容は全く違うのだが。
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(メモ)
2015年2月訪米
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2015年5月野麦峠→(理由もなく徹夜独り言など)完璧なフィールドワーク妨害が開始し、事実上、フィールドワークが不可能となる。
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2015年秋頃、ロシアのシリア空爆を巡っての(私に絡めた)デマ。
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2015年9月安倍昭恵氏→布袋(ほてい)氏とのキス事件
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2016年初頭→今月の歌」日本サミット共催を寝ている間に何度も迫られる。TVでも安倍氏が登場し、「君はオバマオバマというけれども、日本は…」と。
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2016年2月丸山和也事件(同一日長崎市長宛手紙送付した後で、数日後に丸山和也の件を知る)
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2016年5月頃、突如、「催眠型で、昔の行政を巡って諸団体の間で様々な政治的事件があったことを思い出させられた。もう一つは政治と暴力団の問題である。…」
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寝ている間に、催眠型で、上記に関してオクターブを高くさせられ、独り言で喋(しゃべ)らされる。それまではこの件は完全に忘却していた。
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類似の手口は、1997年交通事故の件がある。この件は1999年頃から完全に忘却していた。ところが、2015年頃か16年頃に、寝ている間に思い出さされ、その上催眠型でオクターブを高くし、突如喋り出さされたことがある。2ヶ月ほど続く。15年ほど忘却していたことを突如である。ちなみに、この交通事故の件に絡む話は本年(2019年)7月末頃から、再度突如催眠型で1週間ほど喋らされる。
(https://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=25331 参照 2019年8月11日)
日本のフィクサーME・臨時編④―2016年丸山和也氏のオバマ大統領挑発発言
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日本のフィクサーME・続編メモ:(二)・党派中立宣言と伊勢志摩サミット協賛の裏話―3(忖度)
https://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=15148
(https://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=15148 参照 2017/08/26)
(3)2013年以降は催眠型での独り言で潰す時間が大幅に増加。
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これにより、分単位、秒単位での行動が不可能となった。
Twitterに書き込んだ一部のみを引用する。
この場所を契機に催眠がかかるようにインプットされていたのである。
詳細は拙著Twitter(2015年5月26日)から抜粋する。
尚、下記は2015年野麦の旅の様子である。
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15-100-6。
徹夜が多く参った。a)21~22日、b)23~24日にかけて完全徹夜、c)25日~26日にかけて2~3時間……。
aは仕事のため。
bはホテルの部屋説明箇所にアウトバスの記載がないため、部屋にバスあるはずが、ない。
本来ならば数分独り言で文句か数行記載するレベル。
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15-100-7。
だが、以下をお経の如(ごと)く言い続ける。
「このレベルで、何故(なぜ)、私が徹夜で言い続けさせられるのか。
催眠はかけられると疲れし時間ロス多大。
催眠を止めてくれ、翌日野麦峠を歩いて登るのでもう寝かせてくれ」。
野麦峠ツアーに合流するまで独り言が止(や)まずに徹夜で言い続ける
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15-100-8。
c)も同様。ぼやく理由がないのに。1997年の交通事故と同様。後者はセンターラインオーバーのトラックを見て…である。
今回は富山市の噴水を見て、次に後ろにいた二人の男性の反応、最後にこの二人が去るのを契機に催眠が完璧にかかる。
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15-100-9。
理由なしに喋(しゃべ)り続けるのは催眠としか考えられず。
特に25日。
「もう喋るの止めて寝かせてくれ」を百回程度と言い続ける。
まるで戦前の特高による自由主義者・民主主義者の監禁・取調べと如何(いか)に類似しているか。
妨害も多かった。
本日、疲れで、ここまでとする。
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拙著Twitter(Takamasa) @Takamasa_Hamada · 5月26日
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15-008に至っては、富山市のホテルには一切問題はなかった。
逆に親切であった。
にも拘わらず、独り言を半徹夜で言わされた。
部屋が悪い訳ではない。
楽天レビューに次の記載をしている。
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①アメニティは良い。
②交通の利便性が高い。JR、富山電鉄、市営電車全て近い。
③食事も良さそうかつ値段もリーズナブルに思えたが、富山の街を味わうため外食とした。
⑤繁華街にも近い。
⑥Wi-Fiも快適に機能していた。
⑦職員の対応も良い。
⑧部屋の大きさも適切である。
⑨いつもこうならば、当然、お勧めできるホテルです。
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これで何故、独り言を言うのであろうか。
ホテルにすればなんで愚痴(ぐち)るんだろうと思うだろう。
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そして、独り言の内容は「もう独り言を止めて、寝かせてくれ」、大半がこの繰り返しであった。
原因は、催眠を含むリモートコントロールとしか思えない。
しかし、1989年に宿泊して世話になった、松本ツーリズムホテルなどでは感謝のコメントを残している。
そこで、私の性格や機嫌のせいではない。
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長崎の旅も同様で、貴重な時間を、特に言う必要のない独り言で大半潰(つぶ)された。
確かに目覚まし問題はあったが、長時間独り言を言う次元ではない。
せいぜい、フロントに一言程度か、後日簡単にホテルに言えば十分である。
まして、目覚ましがなる前に目覚めていたのだから。
(目覚ましは午前6時頃セットであり、私は21日が徹夜、22日は午前1時頃寝ても、不思議と午前5時頃目覚めていた。)
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勿論、私の意思ではない。
熊本県に入るや突然独り言は止まる。
その逆も然りで、オレンジ鉄道からJRに乗るか、熊本駅をでるや突如独り言が始まり、疲れた。
帰路の独り言の理由は特にない。
少なくとも、長時間しゃべり続ける原因はない。
ホテルでのこうした現象も加えれば、
要するに、安倍政権以前と比べて総論として、更にコストパフォーマンスは落ちた。
【旅に心を求めて・野麦の旅掲載目次】ピンククリックで該当ページへ。
(序)旅に心を求めて№6-1:1989年野麦の旅の概要→2017年5月25日掲載
http://takachan1.xsrv.jp/photoblog/?p=1688
◎野麦再訪
(1)旅に心を求めて№6-2・松本まで[2015/5/22等]→2017年12月9日掲載
http://takachan1.xsrv.jp/photoblog/?p=2698