政治・経済を語る№1・議員の定年制の是非について―「アメリカ大統領候補者へ」も兼用

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政治・経済を語る№1・議員の定年制の是非について―「アメリカ大統領候補者へ」も兼用

 本日、NHK午後五時台のニュースで、「女性議員を多くするためには、各政党が定年制を導入すべきである」と某女性解説者が言った。問題を取り間違えている。この問題に関する、私のコメントを記す前に、本日(2016年3月2日)行われた、アメリカのスーパーチューズデーの結果を記す。

(1)本日のスーパーチューズデーの結果。

共和党
ドナルド・トランプ氏(69)→7州を制す。
テッド・クルーズ上院議員(45)→3州を制す。
マルコ・ルビオ上院議員(44)→1州を制す
民主党
ヒラリー・クリントン前国務長官(68)→7州を制す。
バーニー・サンダース上院議員(74)→4州を制す。
 もし、NHKの解説員が言った定年制を65才とか70才とすれば、任期から考えて、トランプ、サンダース、ヒラリーは選挙に出られない。さらに、本命と目されているヒラリーが出られないのでは、アメリカ初・女性大統領は実現されないであろう。これが、「政治家に定年を設ければ女性の活躍の場が広がる」ことなのだろうか。

(2)定年制のあるべき姿。

 今後の社会において定年制は不必要と考えている。ではいつが定年か。それは米国同様に、「本人がここが仕事の潮時」もしくは「もう、ここらで仕事への気力がなくなった」と考えたときか、使用者が公正な基準で「労働力商品価値がない」と判断したときである。
 後者について言えば、プロ野球を考えればよい。打率3割、ホームラン30本以上打っていれば、40代でも、50代でも、年齢に無関係に現役である。逆に、20代でも打率1割、ホームラン0、……ならば解雇である。本来議員なども同様でなければならない。

(3)(政党内で)議員定年が導入され始めた本当の原因。

 議員定年が導入され始めた本当の原因は、三つあった。
 一つは、アメリカ大統領三選禁止に見られるごとく、長期権力の座にいると腐敗の危険性があるためである
 二番目は、「長老支配」の如(ごと)く、若い議員が萎縮して、自分らの「新しい意見・政策」を提言しにくい状況を打破するためである。
  三番目は、先の(2)に該当する議員がいても、その議員が政党幹部の大半よりも年上のため、辞職勧告をしにくいからである。つまり、70才のAとBという議員がいるとしよう。Aはもう議員としての能力が欠如している。Bという議員は議員としての能力がまだある。Aという議員だけに辞職を求めればよい。だが、Aという議員は自分らよりも目上である。「あなたの議員としての資質が欠如していますから、次の選挙では公認しません」とは言いにくい。そこで、「次年度から70才定年としますので、ご了承ください」という言い方は大変都合がよい。そのためには定年をもうけよう、となったのであろう。すると、(仕事をする気でいたときには)Bはたまったものではない。また社会にとっての損失でもある。
(4)アメリカの候補者への言葉。
 私よりも年齢が上の候補者に特に言いたい。
 50才を超えたならば年齢は自分がつくるものである。要するに、実質年齢はまちまちである。日本の日野原重明氏(104才)を見るがよい。「実質年齢は自分がつくるものであるから、そのための努力をせよ」、と。
 私は「健康であれば、死ぬときには、突然死・安楽死ができる」という信念から、体を再度きたえ始めた。私の公式Blogの全更新一覧箇所(日記兼用箇所)をみれば分かる。また食事にも注意をはらいだした。後は規則正しい生活である。金があれば、週二度程度温水プールにもいきたい。
 アメリカの大統領候補者たちは金があると思われる。ならば、自分の実質年齢を若くする努力をすることを勧める。
 拙著、『求め続けて』(第1章)で、「いかに老いるか」を取り上げた。この項目に上記の内容の一部を追記することにする。