政経の世界№1・日本の役所手続きは何故難(むずか)しいのか。

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政経の世界№1・日本の役所手続きは何故難(むずか)しいのか。

 

 

(1)母が生前契約していた、冠婚葬祭業者との契約解除のため、母の除籍謄本(とうほん)が必要となった。

【参考メモ】に書いた理由で、役場へは行きづらくさせられていた。そこで、インタネット経由で手続きを考えた。

 

インタネットで戸籍謄本と亡き母の除籍謄本をとろうと、私の住んでいる市のHP(ホームページ)を見た。どちらとも解釈できる文言があり、記入不可能と思い、昨日役場に行った。

 

記入不可能箇所とは「どなたの証明が必要ですか……個人事項証明書は必要な方の氏名」とある。浜田隆政(私)が母の除籍謄本を必要としているため、必要な方は私である。だが、請求者氏名が別にあり、ここに私の名前は書いている。では、母の証明が必要なので必要な方の氏名は母の名前であろうか。
この箇所以外は、世田谷区の記入見本で記せたが、世田谷区役所ではこのような意味不明の記入事項がないため、見本にはない。ちなみに、我が市ではインタネット記入に際しては見本すらつけていなかった。

 

だから、私がそうした書類が苦手なのでできないのではない。私は米国に行くときには、ESTAの書類作成と手続きは自分でやった。しかも、すべて英語であった。また、米国アマゾン社とのKindle契約も自分でやった。こちらもすべて英語であった。

 

 

(2)では、なぜ、日本語にもかかわらず手続きを自分でできないのか。
一つは、文言(もんごん)がどちらとも解釈できる項目があった。(厳密には、どちらとも解釈できるし、どちらでもよいとなどの趣旨の但し書きがない限り、ミス書類となる)。
もう一つは、記入の仕方のマニュアルがなかったことである。米国領事館、あるいは米国アマゾン社では、分かりやすい記入の仕方のマニュアルがあった。大抵は解説のみではなく、幾つかの記入事例(サンプル)がついている。

 

ようするに、日本の役所手続き類は難しいのではなく、マニュアルなどが不備なのである。簡単に言えば、学校の数学教師は、教科書に載っている数学の問題が解けて当たり前である。だがそれでは何にもならない。問題は学生・生徒に数学に興味を持たせ、学生・生徒自身が自分で問題を解けるようにすることである。

 

役場も同様であり、職員が分ったで満足するのではなく、市民・国民が尋ねなくても分かる方法を実践することである。これが実践できたとき、ほとんどすべての書類はインタネット類で簡単に処理できるため、役場のコストも大きく削減できる。それ以上に、人民主権、文字通り民主主義の促進につながる。

 

 

(3)ただし、幾つかの壁がある。
日本の法律の条文が理解しにくい文言で書かれているという国民主権無視問題もある。次に、情報の独占問題がある。

 

市町村レベルではなく、官僚レベルでは、通常の人が分からぬ文言で書かれているため、それを理解したという優越感が存在してくる。その精神は官尊民卑に繋(つな)がることはいうまでもない。それ以上に、情報の独占という側面もある。日本の官僚が政治家に対抗するのが、情報の独占である。民主党が政権をとったときにはこれで泣かされたようである。

 

私は菅さん菅直人第94代総理大臣、救済依頼などを送付した人物。もっとも小泉総理や小渕総理などにも救済依頼は送付済み)も野田君も野田佳彦第95代総理大臣、私が早大大学院政治学研究科時代に試験監督をしたときの政経学部の学生)、この官僚の壁でやられたと分析している。そのくらい大変な壁である。

 

政治学者・田口富久治氏は「政治家は財界に弱い、財界は官僚に弱い、官僚は政治家に弱い」と指摘していたが、実際は政治家は官僚の壁にぶつかっている。官僚は天下りで財界に、かなりの高級官僚は事実上政党経由の天下りで政治家(国会議員・都道府県知事等など)になる。更に結婚などを通じて網の目の如(ごと)くに官僚支配が貫徹されているのが実情である。

 

だから、米国では猟官(りょうかん)主義となっている。政権政党が変われば役人も代わるというシステムである。

 

「カーター大統領までは、大統領は閣僚を指名したものの、それより下の人事については閣僚が選んだ。しかし、レーガン大統領からは、大統領の側(がわ)で局長級まで直接指名している。……大統領が任命するポジションの数は3,500程度であるといわれる」{久保文明「アメリカにおける政権交代-日本との比較 ~権力分立制、政治任用制、及び分極化した政党制のもとで~」(東京財団のHP所収)より }

 

このアメリカの制度を猟官(りょうかん)制度という。日本の官僚の選び方をメリットシステムという。猟官制度にも、情実任用であり、能力のない者を選ぶなどのデメリットもある。しかし、日本の如く、ややこしい官僚言葉と手続きで縛り上げ、更に情報を独占し、一部しか政治家に伝えず、政治家が官僚に身を任そうと仕向けるのでは問題が多い。長妻氏なども、猟官制度があれば、別の形となっていたであろう。

 

 

(4)私は全官僚の人間性を否定しているのではない。

官僚にも、水俣病問題で苦闘し、自らの命を絶った人物など良心的人物がいた。また、私のつかんでいる情報では、ブッシュ大統領が「私も靖国参拝をしてみようか」と言ったのを止めたのも官僚と聞いている。だから、全官僚の人間性を否定してはいない。しかし、制度と結びつき、さらには親方日の丸体質と結びついている以上、官僚の個人の性格を無視して、流れが構築されるのである。{拙著『親方日の丸』(Kindle版)参照}。だから、日本も、猟官制度や情実任用制度の弊害も考慮した上で、それらのメリットも取り入れた新たな組織・制度を構築する時期にきている。ましてやIT革命もあり、その科学・技術革命を考慮すると尚更、新たな国家制度の構築を検討する時期である。

 

勿論(もちろん)、お役所言葉なるものも死語とならなければならない。官僚言葉で日本語がねじ曲げられている。たとえば「遺憾(いかん)」という言葉である。これは反省ではなく、残念なという意味である。多くの勘違いをうみ、加害者が事件を振り返り、被害者に向かい、「遺憾です」などという。盗人猛々(ぬすっとたけだけ)しい。

 

また「施行(しこう)令を〝せこう〟令」と官僚が読めば、全員が右へならえと、「施行(しこう)」を「せこう」と読み出した。泣く子と地頭には勝てぬではなく、泣く子と官僚には勝てぬ。終(しま)いには広辞苑にすら「せこう」とも読むと書かれる始末である。辞書に至っては「法律用語としては〝せこう〟」と書くなど、もはや何をか況(いわ)んやである

 

私の調べた範囲では、施行(しこう)と言うと、試行錯誤の試行、思考中の思考、何かを志向するとか、嗜好・指向すると勘違いされると困るため、化学を科学と区別するときに「ばけがく」と言うのと同様な感覚で使ったのが最初だそうである。

 

ひょっとすると最初に言った官僚が歯医者で歯垢を除去する日で紛らわしいので「せこう」と言ったのかもしれない。勿論、最後のは冗談である。私も近々、歯垢除去に歯医者に行かねばならぬと思っていたので、書いたジョークにすぎない。でも、施工(せこう)はどうなるか。土建国家が泣くであろう。せめて、「せぎょう」と読んで、その通りにしたらどうであろうか。

 

※なお、ディケンズのクリスマスキャロルを英語で読んでいると、「I, too」なる語がでてくる。当然、文法的に正しい。ところが今の米語などでは「Me, too」となっている。だが、これは官僚指導ではあるまい。OKの解説と誰が間違えたかは省くが、本来はAC(All correct)だったのではあるまいか。

 

※追記。一部の都道府県市町村では、分かりやすい書類づくりや、記入マニュアルを丁寧(ていねい)に作成しようとする試みが始まっていることも記しておく。
(5)手続きなどが複雑な理由及び複雑さの効能として、私は以下を考えている。みなさんも複雑な理由を考えてみませんか。
《複雑な理由》
①戦前に複雑に作られたが、その手直しが面倒でしていない。
②難しければ、自分らに対する尊厳が確保できるため。俗に言う官尊民卑。
③官僚・役場の人間が分かればよく、それで自分らの責任は果たせたとなる。国民・市民が分かろうと分かるまいと、責任は問われない。ましてや企業の如(ごと)く倒産はない。親方日の丸主義。
④職員一人・自分一人で、立ち向かっても、役所全体の抵抗が大きくてできない。事なかれ主義。
⑤風のおもむくままに。無責任主義。
⑥わかりにくくしておけば、政治家を意のままに動かせる。特に国家官僚。日本の民主党はこれで泣かされたというよりも下野させられたともいえる。官僚国家。
※この問題を解決すれば民主主義の促進のみか、コストの大削減に繋(つな)がるであろう。

 

 

(6)【参考】
★☆以下は「政経の世界」から少し外れる事項。★☆

《役場にいきにくくされた理由の一つ》
母が死亡したときに、役場で①「筆頭者氏名がちがうでしょう」としかられ、私を怒らせる形で「浜田さん」と言わずに②(あなたではなく〝あ・な・た〟と)「あ・な・たは」を強調され、手続上二通必要と書かれている物を③「同じだから一通でよい」と突っ張られ、……で母が死亡直後で多数の手続きを別に必要としており、また四十九日準備やその他で多忙のときに、まさかと思った役場で挑発され……のため、役場に行けなくさせられていた。
おまけに死んだ母は死んではいないと私を詐欺と思わせる形で対応された。これは犯罪では。

 

①については世田谷区役所などは丁寧に説明が事前に記入様式に書いてある。だが、我が市ではない。

 

②については、社会常識上、相手の名前が分かるときは「浜田さん」などと呼び、「あなた」「彼」は使用しないことがエチケットである。まして、あなたではなく「あ・な・た」は問題が多い。なお、店では店員が上司に客を前に聞くときには「彼(He)やShe(彼女)ではなく、This customer(こちらのお客様)が……」と言うものである。

 

③手続き相手によれば同一若しくは同一類の書類を複数要求する場合がある。相手の事務手続きの関係である。よって、もし、「一通でよい」と言うならば、違っていた場合にはその責任をとるのかと言いたい。責任とは支払われるべきものが得られなかったときにその損害賠償と慰謝料である。あるいは再度出直すときの交通費や日当問題である。昔ならば、職員はこう言っていた。「これは一通でよいと思いますが、念のために相手先に電話して確認してあげましょうか」、と。これならば分かる。願書類などは、写真を始め、一つで分かる物を幾つも請求することがある。

 

④母は2012年に93才で死亡している。生きているならば今98才である。母が死亡しても生きているだろう、と、このままでは十年以上私は迫害されることになる。
ちなみに、2012年に母の姉(私の伯母)も103才で死亡したが、そのときも死んだのは嘘(うそ)だという挑発がしきりになされた。生きていれば今108才。だが、2012年以降に再度死亡したという話はきかぬ。
母の死亡については死亡診断書、死後硬直をみたこと、デスマスクの代わりに二、三十枚写真を撮っている。死亡写真(3600万画素のカメラで撮影)を拡大すると毛穴までみられるため、本物の死亡した人間である  にも拘(かか)わらず、長期に私を詐欺扱いにされた。自分の母親が死亡したときに、これでは明白な刑事関係の犯罪ではないか。当時、私が怒ったのは当然である。

 

この件以外にも、幾十にも役場の嫌がらせを受けていた。いやがらせ類は最近ようやくなくなりつつある。特に、私の知人が市長になって(2013年)から嫌がらせ類はなくなりかけた。ただ残念ながらその市長は途中で死亡した。今の市長も、現時点では、いやがらせ類はしていないと思う。

 

⑤(参考記述)何故か、我が市では暴力団絡みの事件が多い。ただし、私は暴力団に恨まれる覚えはない。
同じく参考記述。我が市では、光ファイバー関連で約60億円の金が動き、また下水工事を一気に促進したことで膨大な金が別に動いている。更に高速道路が建設されている最中である。そうした時期と私への危害が一部重なっている。私は公正・公平な行政、ガラス張り行政を常時主張していたので、それが災いしたのであろうか

 

 

自分の親が死亡したときに、その手続きで挑発されて、怒(いか)らぬ人間はいない。またそうした挑発をするのは人道に反してもいる。その前に、役場類となれば、幾つもの法律違反である。最低でも憲法15条違反である。
私が生まれた1952年から2006年頃までは、市の行政は「親切な」に分類される行政であった。何があったのであろうか。ただし、親切であっても、お役所問題は制度として残っている。それは国家に起因しているのだから。