(💁正式公開)新夢か現か№1:【幸福】とは何か―🥋柔道・阿倍詩の敗戦号泣を見て兄妹愛の中で幸せについて考える。

(💁正式公開)新夢か現か№1:【幸福】とは何か―🥋柔道・阿倍詩の敗戦号泣を見て兄妹愛の中で幸せについて考える。


下記原稿は新一言№106にも整理上収録
新一言№106【幸福】とは何か―柔道・阿倍詩の敗戦号泣を見て兄妹愛の中で考える。

【更新履歴】

2024/07/31 9:26記述終了、レイアウト後に、即、公開予定。10:57、正式公開 .11:12微修正

 


【表紙の写真】(クリックで拡大可能:二度クリックで巨大)

宮島にて:2015年8月7日撮影:写真番号15-028-154

阿倍詩、「パリ五輪・柔道女子52キロ級・2回戦」(28日、シャンドマルス・アリーナ)の試合直前に、ロンドンオリンピックのときの、杉本美香が脳裏をよぎった。

私の目からは、彼女(杉本美香)は絶好調に思えた。
これならば、確実に金メダルである、と確信していた。
ところが、決勝戦開始前の、彼女の「礼」を見た。
「これは危険だ」が、そのときの感想であった
準決勝までとは全く違っていた。
各種格闘技好きの私の目からは、彼女は意識朦朧(もうろう)としているように見えた。
(これは試合前に、場合に依れば直前に喝をいれた方が良いのではないか、と思った。)
決勝戦は魔物である。
金は危険である。
🥇金メダルが脳裏をよぎると魔物にとりつかられる。(💰金、お金も同様かもしれない。)
そして、実際に負けた。

試合が終わり、かなり経(た)ってから、「彼女が健闘しただろう」と笑顔で📺(テレビ)からでて、私に言ったように思えた。
私は「確かに、そうである。だが、君は準決勝までの勢い・リズムでは、本当は金メダルをとっていたのだよ」
すると、彼女は思い当たる節があったのか、「アッ、そうであった」と試合状況を思い返したようであった。
以下、彼女(杉本)のインタビューを引用する。

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金メダルを賭けた決勝の相手はイダリス・オルティス選手(キューバ)。

準決勝までと変わらない気持ちで畳の上に上がったつもりでしたが、やはり緊張してしまいました。

より正確に言えば、それまでよりも「勝ちたい」という気持ちが強すぎて慎重になりすぎてしまったという感じでしょうか。

「杉本美香」著名な柔道選手インタビュー – 柔道チャンネル
『ホームメイト・柔道チャンネル』インタビュー:2012年11月
https://www.judo-ch.jp/interview/sugimoto/
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この項目の関連として以下参照。
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夢か-16 ロンドンオリンピック女子柔道での、私の言動の言い訳(14年再録)
https://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=1503

Facebook書込No.14-014.『オリンピック、柔道に想う』( 2014/04/18)
https://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=1509
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阿倍詩選手の二回戦開始直前を見ると、何故か、杉本選手を思い出していた。
テレビを見ながら一言いった。
「かたい。…かたくなりすぎている」と。
後は書くまい。


だが、私のもう一つの専門である、「社会科学者」及び「プレゼンテーション専門家」の立場から阿倍詩をみてみよう。

彼女は試合で負けて号泣(ごうきゅう)した。
泣けるということは「幸せ」の裏返しの時もある。
ときには幸せである

まず、柔道が「五輪」にあった。
「五輪」に出られた。
X.comなどのSNSに掲載した通りである。

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24-211-2【🇫🇷#五輪】
🥋#阿部一二三 準々決勝 2分41秒
逃げ・長引いてたならば 鼻血3度で棄権も。
#虚脱感

🥋#阿部詩 よ
悲しみには上がある。虚脱感である。
🥋🤼#坂口征二 氏の🇲🇽五輪
(柔道は五輪から外れる)
🥋#山下泰裕 氏の🇷🇺モスクワ五輪
を思い出すがよい

その上は大病との戦いが
午前9:10 · 2024年7月29日

https://x.com/Takamasa_Hamada/status/1817714188665618932
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君には泣ける場所があった。
泣ける場所がないときには、泣くこと以上の虚脱感に覆(おお)われる。
無人島に一人でいて、一生を過ごすが如しである。


さらに、「負けた」ことを別の角度から振り返り、私の新一言Blogでは№105にまとめている。

☆☆☆☆☆
【🇫🇷#五輪】
🥋#阿部一二三 準々決勝 2分41秒
逃げ・長引いていたならば 鼻血3度で棄権も。
#虚脱感

🥋#阿部詩 よ
悲しみには上がある。虚脱感である。
🥋🤼#坂口征二 氏の🇲🇽(メキシコ)五輪
(柔道は五輪から外れる)
🥋#山下泰裕 氏の🇷🇺モスクワ五輪
(🎌政府がオリンピックをボイコット)
を思い出すがよい

その上は大病との戦いが
■ 
【🇫🇷#五輪】
🥋#阿部詩 は二つのことを学んだはずである。
①君は負けて泣いた。
君が勝ったときには、相手はいつも同様であったことを。

②縁(えん) 物事の繋がり
君が負けた→🥋#阿部一二三 「決勝戦は魔物」からの逸脱を促進。
他への影響

試合の結果よりも重要なこと
「道」= #礼に始まり礼に終わる
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「礼に始まり礼に終わる」実用日本語辞典
※主に、剣道をはじめとする武道の精神・あり方について、試合においては作法を守り、また相手への敬意を示すことが、何よりも重んじられるべきである、ということを述べる表現。礼儀・礼節をもって試合に臨むことは勝敗よりも重要であるという考え方を伴う。

【🇫🇷#五輪】№105・阿倍兄妹の柔道の試合をみて、「道」について思う
http://h-takamasa.com/Blog-2/a-01/2024/07/29/3880/
☆☆☆☆☆


もう一つ付け加えよう。
拙著『旅に心を求めて―不条理編・上』(Kindle、Kobo各百円)からの抜粋である。

☆☆☆☆☆☆

2・野麦峠へ

…ミネが病気になり工場で捨てられるように扱われ、そこで兄・辰次郎がミネを引き取りに何日もかけてその工場に歩いて行き、病気のミネを背負って再度歩いて一六七二メートルの野麦峠を越えていくという実話である。…

……近づくと、お助け小屋の標識である。あわてて周りを見ると少し広い所に像が見える。急いで像に近づきミネの顔を、次に脚を見る。

 言い知れぬ想いが胸をよぎる。しんどかったであろう、辛(つら)かったであろうと思いながら、もう一度ミネの表情を見る。次に兄・辰次郎の足と顔を見る。よくこの坂を背負ってきたなと思う。すごい兄妹(きようだい)愛だと感心する。

 〝美〟は悲しみの中にだけあるとは思わないが、その中に力強く存在していると実感がわく。
……

 5・天武・持統陵を前にして――野麦の旅を振り返る
……
尚、天武天皇の妃(きさき)の内、皇后を含め四人が対立していた兄・天智天皇の娘であった。……憩いの場であり、様々な人生の傷を癒(いや)す場である家族こそが、天武天皇にとっては悩みの場所だったからである。彼は権力と引き替えに、(父母ともに同一の)実の兄に対して身の危険を感じねばならず、また後に実の兄の子・大友皇子を討った(自害させた)。しかもこの大友皇子の妻は自分(即ち・天武天皇)の娘であった。また、(対立している)実の兄の娘四人と結婚し、そして、彼の悩みはその自分の子供たちのもめごとにあったからである。

……だが、権力者の悲劇は続く。……

私の旅には目的がある。私はこの旅を通じて言いたい。我々は歴史から何を学ばなければならないのか。いや、人生・社会の中で、生きている内に何を学ばなければならないのか。教壇を離れた今、もはや教壇で声を張り上げて、まくしたてることはできない。この書物を通じて訴えることしかできない。

 私は言いたい。数学で百点を取ることは、多少難しいかもしれないが、さほど難しくはない。だが、兄弟姉妹が全員生涯に亘(わた)り、仲良くし続けることは大変なことである。歴史は、それを物語っている。我々は歴史の中から、それを、学ばなければならない。学問とは、本来、そうしたものである。

(無料見本ページから続ける)
ちなみに、富豪や権力を持っている人物の子供たちが、生涯に亘り、全員仲良く過ごしたという事例を、私はほとんど知らない。数学で満点を取ることよりも、英語で高得点を取ることよりも、もし、あなた方の子供たちが互いに仲良くしていたならば、それにまさる教育はない。兄弟姉妹でなくても、小さな子供たちが、友達同士で手をつないで歩いている姿を見たとき、私は道の上で宝石を見た想いがすることがある。

 野麦峠の旅とコントラストを描いた、天武・持統陵への旅は、それを強く訴えていた。野麦の美、それをどのようにして実現できるか、それが本来の学問である。不条理の柵(しがらみ)に苦悶(くもん)した私には、それが、殊更(ことさら)に意識されるのである。

私たちは、この複雑な社会の中でどこへ行こうとしているのか。

 ある人は貧困の中で、ある人は孤独の中で、ある人は多忙の中で、あるいは日常生活に埋没し、どこへ行くあてもなく、昨日を生き、今日を生き、明日を生きようとしている。

 一人一人の行く道が集まり大きな流れとなり、時には予期せぬ悲劇を生み出すこともある。

 私たちは立ち止まり、私たちがどこへ行こうとしているのかを考えなければならない。私たちは「どこへ行くのか」を問う前に、「どこから来たのか」を問わなければならない。

「安らぎ文庫HP」:『1-3旅に心を求めて―不条理編・上見本』→特に「5・天武・持統陵を前にして――野麦の旅を振り返る」を参照。
http://h-takamasa.com/book-01/custom35.html
※なお、私のライフワークは「幸福」「人間」を求め続ける『旅に心を求めて』シリーズであったが完全に妨害された。
☆☆☆☆☆☆

野麦峠の像:兄弟姉妹が仲が良いことはあたり前ではない。どのようにして仲良くなれるかを知ることも重要な勉学であり教育である。野麦峠行きと撮影はそれが目的であった。なお、下記二人・兄妹は…

写真はいずれも、一度クリックでパソコン画面大、二度クリックで巨大。なお1989年は(Film式)コンパクトカメラのため、ストロボでは無理であり、車のライトで照らして漸く少し写り、それをレタッチで少し見えるようにしたものである。

1989年6月27日撮影。到着していた時は暗くなっており、写らなかった。レタッチで何とか誤魔化して掲載。当時はコンパクトカメラである。:89-005-20-f2

(1989年写真は暗いため、2015年1月30日に拙著『旅に心を求めて―不条理編上』発売前に、2014年中には野麦峠に再撮影に行かねばならなかったが、後に記す👺日本の将軍様の謀略類で、先に萩市・安倍晋三の選挙区に2014年行かされる。萩市は翌2015年世界遺産へ。詳細は拙著『日本のフィクサーME Part 3』第4章で記す。)

2015年5月24日再撮影:写真番号15-016-069

2015年5月24日撮影。1672㍍の山を数日かけて越える。

🆚

天武天皇・(妻の)持統天皇の墓:天武天皇の実の兄、更に持統天皇の実の父は天智天皇、その両者の争い。だが、骨肉の争いはそれに留まらず…更なる怨念(おんねん)が…。私のライフワークであった『旅に心を求めて』シリーズは「幸福とは何か」を求めて、各地を旅することであった。それにより、人生の目的・出発点を間違わないように啓発することにあった。所が妨害だらけで挫折。カメラはそのための商売道具であった。

2014年11月19日撮影:天武天皇・持統天皇陵:天武天皇の実の兄であり、(天武天皇の妻)持統天皇の実の父である天智天皇陵撮影を試みるも2022年2023年妨害で行けず。日本人ならば天武天皇と天智天皇の争いは知っていよう。だが、更に複雑な骨肉の争いが…:写真番号14-039-076_DSC_9303




人間は自分が持っているものはあたり前と考え、自分にないもののみを求める傾向がある。
だが、ときには、自分が持っている、あたり前と思っているものにこそ、実は幸福があるときが多い。

もし、兄弟姉妹が一生涯に亘(わた)り、強い絆や「愛」で結ばれていたならば、それは五輪で金メダルを取る以上に価値があるのみか、更に難しいことである。(ときには、このことは親子にも当てはまる。)


君ら(阿倍兄妹)はまだ若いため、そういう意味では、人生の金メダル候補にはなったが、まだ確定はしていない。
同時に、今回の敗北から、人生で生きる上での多くのことを学ばなければならない。その絶好の機会でもある。
私の好んで使う諺は「若いうちの苦労は買ってでもしろ」である。
同時に、大変、残念なことではあるが、「美は悲しみの中にある(Beauty exists in sadness.)」でもある。
これはチャップリンの言葉であり、彼も(特に幼少の頃に)それを痛いほど経験したであろう。ちなみに、チャップリンは兄とは父が違っていたが、兄弟仲は良かった。それは、若いときの苦労の産物である。

天武・天智天皇は実の母・実の父を持ちながらも、その逆の見本例でもあった


(参考資料)

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阿部 一二三(あべ ひふみ、1997年〈平成9年〉8月9日 – )は、日本の柔道家。兵庫県神戸市出身。階級は66kg級[2][3][4]。身長167cm。血液型はO型。組み手は右組み。得意技は背負投、袖釣込腰。兄が一人おり、3歳年下の妹である阿部詩も52kg級で活躍している。2018年の世界選手権では兄妹同時に世界チャンピオンとなり[2][5]、2021年開催の東京オリンピックでも同日に兄妹で金メダルを獲得した(Wikipediaより抜粋)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E9%83%A8%E4%B8%80%E4%BA%8C%E4%B8%89
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阿部 詩(あべ うた、2000年〈平成12年〉7月14日 – )は、兵庫県神戸市出身の日本の女子柔道家。階級は52kg級。身長158cm。握力は右48kg、左46kg。血液型はB型。段位は四段。組み手は右組み。得意技は内股、袖釣込腰。夙川中学校・高等学校、日本体育大学を卒業した。兄が二人おり、次兄は66kg級の阿部一二三[1][2]。2018年の世界選手権では兄妹同時に世界チャンピオンとなり[3][4]、2021年開催の東京オリンピックでは同日に兄妹で金メダルを獲得した[5](Wikipediaより抜粋)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E9%83%A8%E8%A9%A9
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杉本 美香(すぎもと みか、1984年8月27日 – )は、日本の柔道家である。階級は78kg超級。現役時代は身長166cm、体重97kg。握力は右50kg、左51kg。バスト119cm。リーチ166cm。血液型はA型。組み手は右組み。段位は六段。得意技は払腰[1][2]。筑波大学体育専門学群卒業[3]。現在はコマツ女子柔道部でコーチを務めている。(Wikipediaより抜粋)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%89%E6%9C%AC%E7%BE%8E%E9%A6%99
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