(💁正式公開)駿台真相編―02ゼノンの詭弁と駿台事件の手口・駿台女性事件

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(💁正式公開)駿台真相編―02ゼノンの詭弁と駿台事件の手口・駿台女性事件(まだ本文は途中です。追記があります)

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【更新履歴】

2024/05/20 1:30 ゼノンの詭弁と駿台女性の話を駿台真相編―01に追記。

2024/05/20 9:55 ゼノンの詭弁は沖縄電文漏洩事件同様に話題を置き換える手口と判明して、次ページ駿台事件真相編ー02に移動。

なお、この件を書くきっかけは簡単に以前掲載した解説を添付しようとするとそのブログのこの箇所が紛失していたことを契機に催眠で誘導されたものである。起床後に、例の煙に巻く一連の手口と判明して移動。なお、昨日上川外務大臣の「女性が子供をうまねば…」発言が起こった日であった。移動作業中、Z家に黄色若しくは金色の車がとまっていた。正確にはZ家横の旧皆木家の前にとまっていた。

10:16 駿台真相編―2として添付。2024/05/24 構想を追加。2024/05/29 23:23 追記。

2024/05/31 5/30の催眠により大幅追記。2024/05/31 11:00頃から12:50まで準清書作業。2024/05/31 18:51準清書ほぼ終了。2024/06/01昼すぎに正式公開予定でいる。23:33修正。

2024/06/01 13:51 正式公開 (正式公開直前に、犬の件で、知人が苦情に見えるが有益な情報を提供され、掲載時間が遅延→これらも全てガラス張り公開。世界の人も自動翻訳機能でご覧を。)X.com 24-153番台参照


【駿台事件全体構想】

駿台事件真相編―1・催眠

駿台事件真相編―2・ゼノンの詭弁と駿台事件の手口・女性編

駿台事件真相編―3・企業と私―駿台大CM戦略編

駿台事件真相編―4・駿台CM作戦―女性刺客四人組活用編(その1~続く)

駿台事件真相編―5・駿台CM作戦―超多忙時代のあえぎ(岡山予備校。能開大との因果関係)

駿台事件真相編―6・駿台CM作戦―業務妨害から刑事犯罪被害へ

駿台事件真相編―7・駿台CMと🎬映画説が共同で☠グループ絡め作戦

駿台事件真相編―8・駿台から能開大への移行


実名表記の理由は下記事件(拉致被害・殺人未遂被害を含む刑事犯罪被害、更に関連での死者が多数でている関係からである。)

個人情報公開理由(上記の648-5の場所には2024年5月頃から浜田正典氏以外の人がお住まいなので注意ください。)

2024年5月下旬、浜田正典家は売却され、他の人が入られた可能性が高い。しかし、約70年我が家の住所番地を使用され続けたため、人間違い被害がまだ終了していない可能性があり、今しばらく上記の但し書きを掲載する。

尚、新住居人の名前は個人情報のため、非公開とする。(少なくとも、私が被害を受けない限り、非公開とする。)


表紙の写真

2002年催眠強制による撮影(撮影前も撮影中も撮影後も怒りまくっていた)―写真番号02-008-00A-f■怒った理由は最後に添付。
自主的撮影ならばこんなに下手には撮らない

 

(1)ゼノンの詭弁(きべん:逆説)と駿台事件。(2024/05/20 1:10 追記:微修正)

駿台事件で女性問題と幾つもの罠(わな)を強調してきたのは、ゼノンの詭弁のまねごと論理であった。
ゼノンの詭弁とは、足の遅い人を少し前に置き(例えば百メートル前に置き)、後ろにいる足の速い人と同時にスタートしても、いつまでたっても、足の速い人は自分の前にいる足の遅い人を抜けないという理論である。
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何故ならば、幾ら足が遅くとも足の速い人が、遅い人が出発した位置についたときには、足が遅い人は彼(足の速い人)がかかった時間だけ前に進んでいる。更に、足の速い人が遅い人のその位置にいけば、そのかかった時間だけ更に遅い人は前に進んでいる…となり、いつまでたっても前の人を抜けないという論理である。
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この論理を駿台に適用され、駿台事件を女性問題と誤魔化(ごまか)されたのである。どのようにして誤魔化したかは、骨子の中でいずれ分かるであろう。この論理の否定は、この論理から抜け出して、全体から見ればよい。駿台事件も同様である。
私と駿台の契約は授業をするであり、女性を絡めたドタバタ劇に参加する意思は一切ない。
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安らぎ文庫の中の母の服の話を思い出せばよい。
2024年4月から6月はBlogは今月のまとめ以外は何も書かないとした。例外として母の服の逸話を書こうとするや→催眠で写真・レンズ関連で価格ドットコムに掲載を記述させられた→(後に写真に名があるので写真を削除したと)価格ドットコムからE-mailが来る。そして、催眠で、写真には著作権対策で名前を書いているのだから正当と主張しろ、と。こうして著作権対策で写真に名前を掲載するのは正当か、それともCM該当とみなし正当ではないという議論にまきこもうとされた。これと同じ論理が駿台の女性問題論争である。
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先の母の話に戻せば、価格ドットコムにカメラ・レンズ関連の原稿などは書く予定はなかった。ましてや写真などは掲載する予定はなかった。よって写真に名前つけて投稿する正当性の論争に加わる必要はない。駿台も同様であり、駿台には授業をしに行ったのであり、同時に写芸楽に書いたように、伴侶は社会・教育・人権に関心を持ち、可能な限り共稼ぎ志向の人のため、駿台講師室係は除外した覚えがある。

よって、2024年4月~6月は、例外として書く母の件以外は、ブログは書かない…を催眠で崩(くず)された場合には、催眠で当初の予定を崩されたことを抗議すれば良いだけとなる。

なお、同年4月から6月の間に他のBlogも書いているではないか。催眠で崩され、今回の如く挑発され、更に催眠で書かされたのである。私が「こうする」と決めると催眠でその逆をやらされることは余りに多い(視聴率稼ぎか)。

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1997年の美作市巨勢の校通事故も同様である。私がここは徐行すると決め、当時あった燕急便の箇所に車をとめ、後ろに見えた車全てに抜かせてカーブに行くや、🚚トラックを契機に催眠状態で、逆にスピードをあげさせられ事故となる。アクセルとブレーキの踏み違いではない。何故ならば、再出発してすぐそばのカーブのため、スピードはでておらず、ブレーキも踏む必要はない。更に、旧式の車であり、アクセル、ブレーキの間にクラッチもあった。

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写芸楽―№8・母の日が語る「価格ドットコム」関連4月投稿事件の落とし前―これが催眠だ
http://h-takamasa.com/Blog/?p=33083
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この本当の話を貫いた上で、駿台四人組をはじめとする何人かが仕組み、ふざけていたゲームを傍観者的に解説をしてあげよう、程度でよい。本来は、解説する必要すらない。それも損害賠償・慰謝料前提が筋でもある。加害者と被害者が逆となっている。
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家に泥棒に入った人間の説教(「お前の家、余りにも戸締まりがわるいぞ…だから、おれはつられて泥棒に入ったのだ。誰が悪いのか…」的な説教)を聞く必要は本当はない。刑務所に入れるだけでよい。気が向いたならば外から見た傍観者として事実を記してあげよう程度の話であった。
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資料ゼノンのパラドックス

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アキレスと亀
走ることの最も遅いものですら最も速いものによって決して追い着かれないであろう。なぜなら、追うものは、追い着く以前に、逃げるものが走りはじめた点に着かなければならず、したがって、より遅いものは常にいくらかずつ先んじていなければならないからである、という議論である[8]。

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あるところにアキレスと亀がいて、2人は徒競走をすることとなった。しかしアキレスの方が足が速いのは明らか[10]なので亀がハンディキャップをもらって、いくらか進んだ地点(地点Aとする)からスタートすることとなった。

スタート後、アキレスが地点Aに達した時には、亀はアキレスがそこに達するまでの時間分だけ先に進んでいる(地点B)。アキレスが今度は地点Bに達したときには、亀はまたその時間分だけ先へ進む(地点C)。同様にアキレスが地点Cの時には、亀はさらにその先にいることになる。この考えはいくらでも続けることができ、結果、いつまでたってもアキレスは亀に追いつけない。
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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BC%E3%83%8E%E3%83%B3%E3%81%AE%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%89%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9
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もっとも駿台事件の女性の話はゼノンの詭弁(きべん)よりは、駄々っ子の難癖(なんくせ)でしかない。
簡単に言えば、先の写芸楽解説と同様である。即ち、以下である。

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A:(2024年)4-6月は超多忙で価格ドットコムにもBlogにも何も書かない:
A:駿台=授業の契約で授業・プレゼンテーションをしに行った。同時にそのための準備をしたいため超多忙である。また、伴侶は(人権を含め)half-betterたる人で駿台講師室は除外した(1983年夏前にはっきりとさせていた。岡山の予備校も同様であった)。
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B:催眠で価格ドットコムに文書を書かされる。

駿台B=催眠で西山熱:川の鯉のぼり型で幾らノーと言っても約一年に亘(わた)りしつこい催眠強要であった。抗議無視催眠。
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C:文書は書かされたが写真は面倒なので掲載しない。催眠で「『神戸ルミナリエ―鎮魂の灯火』ならば印もあるし写真を簡単に掲載可能だろう」と強制掲載被害。

駿台C=①催眠で🚺横家に「まってくれ」と言わされた。②同時に1985年頃の西山・横家、カミ、平野師絡みのゲームも催眠強制であった。

①は全く言う予定がなく、言った私ですら未だに目的語が分からずに意味不明である。(突如型催眠言動:過去前例が幾つかあり)

②は説得型催眠で最終的に拒否し、何もしないを、タケウチ🚺のコピーみるや突然言わされ驚いた。(美作市巨勢のトラック見るやの交通事故同様型催眠)

②は下記参照。

気が向けば一言【徒然・私事】№140:長期危害連続―心当たりなし。友は人間違いと言う(6)

http://h-takamasa.com/Blog-2/a-01/news/1126/

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D:「写真に名前を打つことは著作権対策で正しいか・それとも価格ドットコムのCM利用お断りの言い分が正しいか」論争に催眠で巻き込まれそうになった。だがそれはAに更に反する。超多忙を更に多忙とする。価格ドットコムが催眠加担ならば原稿料払えだけでよい。
駿台D=催眠悪用のドタバタ劇に強制参加させた賠償金と慰謝料払えだけでよい。それ以上は「超多忙で他にすることを優先したい」の真逆となり、当初の目的に反する。🚺関連…の被害者は私でしかない。その逆では一切ない。🚺駿台事件の解説させられることは二重被害でしかなく、Aに反する。
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論理を元に戻し、価格ドットコム掲載時に写真に名前を打つことが正しいか否かの論争に加わる必要はない。当初の目的に反するだけである。
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駿台も話を元に戻し、駿台には拙著『求め続けて』の如く、授業を求めて教壇に立ったのである(契約も結んでいる)。催眠の証明はもはや随所でした。更に骨子でも何回も登場するであろう。(催眠[=傷害罪]利用の強制労働という)刑事犯罪事件でしかない。駿台事件の骨子を書く途中で誰もが分かるであろう。本来は🚺女性論争に加わることは当初の目的に反するだけである。余りにしつこいので外から見た形で事実を書いてあげなければならないかでしかない。

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更に、女性陣に(お金に限らず)何等かの代価などが支払われていたり、ドタバタ劇を前提に駿台が雇用していたことが証明されれば、もはや何の解説もいらぬであろう。女性四人組は代価の方は?としておくが、代価が支払われて駿台内で各種工作をしていた人間はかなりいたと分析される。その証明は骨子の中でなされるであろう。お金・仕事・便益…の利益の存在があったとしか分析できない。

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ちなみに、写真問題も類似の手口であった。

Ⅰ:【私の決定】写真・カメラは商売道具で私的撮影はしない。例外はカメラメンテナンスと(絞り=被写界深度、手ぶれが起こるスピード確認…ストロボ…)実験撮影だけとする。明白に宣言した。例えば、うしろの小母さんには1995年うしろの家の庭で明言している。我が家でも言っている。

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Ⅱ:【催眠強要で逆の行動】

①説得型催眠で能開大の器財費の一部を母が負担することとバーターで中田・位田アルバムを作製する契約へ誘導される。

②同アルバムが1999年完成したため、再度、絶対に村・位田は撮らない。にもかかわらず、各種催眠で何度も強制的に撮影させられた。その典型例が川の鯉のぼりである。川の鯉のぼりは拒否無視型強要催眠であった。類似が駿台の西山氏への催眠熱である。

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1999年以降は雇用促進事業団との賠償交渉が難航した場合には裁判を検討しており、撮影は裁判費用の関係でできぬし、賠償交渉・裁判・再起(再就職or開業)のための時間が重要でもあった。

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Ⅲ:挑発と催眠問答。

何故、あの家は撮って、我が家は撮らぬ。何故、あの人には渡して私には渡さぬ…論争により、多大な時間を失う。回答は簡単である。撮影は催眠で強要されたのである。渡す件もほぼ同様である。私が決めたのではない。私が決めたのは、仕事以外の私的撮影はしないのみである。また再起と闘争のための時間を重視するであった。更に、1999年以降撮らされた撮影費用は裁判や弁護士、更には国会議員などへの陳情用費用であった。それを枯渇へと導かれる。

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よって、駿台真相編-01に記したように、催眠問題抜きでは、解説は不可能である。

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写真追加

2002年川付近の鯉のぼり撮影の加工版。:写真番号02-009-10-f-1A

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(2)話題をそらす論法

もう一つはこの手口は話題をそらすという手法でもあった。

沖縄電文漏洩事件若しくは西山事件を思い出せばわかろう。

沖縄電文漏洩(ろうえい)事件とは密約問題が重要であったが、それを西山記者と外務省官僚の情事に話題をすり替えた事件である。

駿台の🚺女性問題事件とは、刑事犯罪被害、業務妨害…の駿台責任を、実態は何もない女性の件に置きかえる役割をしていた。ただし、西山記者と異なり、私は駿台講師室係🚺には指一本触れるどころか、駿台外では会ってもいない。

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方広寺鐘銘事件(ほうこうじしょうめいじけん)は言葉遊びで、大きな事件へと繋がったケースである。この手法をも意識させられたのが駿台事件である。

今回は、骨子を一気に記して、その後で能開大事件、次に住所二軒問題、それと枝葉である村のトラブル、…すべて骨格を記した後で、肉付けをする。

この数十年間で山ほど、実証できる材料は集まっている。

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なお、矢田事件は上記との関係はないが、私の駿台の模擬授業のときの試験官が表三郎氏、矢田祐三部長とあと一人東京から来た管理職であった。

意味はないのであるが、後に、意味不明の部落問題を臭わされた。そこで、何故か、矢田氏の名前が気になったので掲載しただけである。

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私を採用したときの関西地区最高責任者が矢田氏であった。なお、1984年に登場する女性で、催眠熱は西山であったが、私は抵抗に抵抗をして、昔、真備高校の教壇で一緒した木下先生に💌交際希望の手紙をだした。西山とは西山事件であり、木下とは矢田事件であり、方広寺は駿台京都校があった京都にある。ただ、それだけの話である。

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実名記述については、駿台真相編(3)で記すように、映画・テレビ関係者が(話題をつくるため・視聴率をあげるために)随所で語呂合わせで人名を活用しているため、実名でないと解説できない関係もある。

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その関係もあり、駿台女性陣(特に、1983年入社駿台京都校講師室係四人組)は実名にしないと意味が通じないこともある。例えばタケウチなる語は人間違い問題と大きな係わりを持つ名である。もし、その仮説があたっていれば、人間違いは、遅くとも1983年から開始しているとなる。それは後に記す。同時に、実証されれば犯罪(催眠共犯、明白には業務妨害・女性ドタバタ劇への強制労働)に加担していた疑惑があるため実名掲載に問題はないと考える。本来は裁判所での審議が望ましかった。

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上川発言は現時点では特に意味はないが、突如書かされたので後に意味を持つかもしれないための収録である。

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(2024/05/20)起床後に催眠類で頭にたたき込まれた語句(意味あるのかないのかは現時点では不明)

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方広寺鐘銘事件(ほうこうじしょうめいじけん)

(Wikipedia)→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B9%E5%BA%83%E5%AF%BA%E9%90%98%E9%8A%98%E4%BA%8B%E4%BB%B6

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沖縄電文漏洩事件

西山事件(Wikipedia)→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%B1%B1%E4%BA%8B%E4%BB%B6

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矢田事件(木下発言)

(Wikipedia)→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A2%E7%94%B0%E4%BA%8B%E4%BB%B6

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上川外務大臣発言

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24-140-5【🧐】句点か読点か
「一歩を踏み出したこの方を、私たち女性がうまずして何が女性でしょうか」
句点:…この方を。私たち女性が…→🙅
読点:…この方を、私たち女性が…=OSV→🙆
後者か
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#上川陽子 外相「うまずして何が女性か」静岡県知事選挙の応援演説でhttps://www3.nhk.or.jp/news/html/20240518/k10014453911000.html | NHK

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https://x.com/Takamasa_Hamada/status/1792109698583581047

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2024/05/20 今時点での感想。

上川氏の上記の言動は大CMとなったであろう。コストパフォーマンスの高いCMとも言える。

(2024/05/31 11:47追記)

駿台事件とは、駿台が🤡(私)を活用しての大CMが目的であれば、同様に🚺女性を絡めてのドタバタ劇は大変コストパフォーマンスの高い大CMとなっていた。ただし、私はそうした契約はしていないため、完全に、強制労働被害でしかない。そして、強制労働被害、また故意にやった以上、業務妨害、私の能力向上阻止という被害である。後にはこれに刑事犯罪被害が加わる。これが駿台事件の本質である。

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ここ以降は、当初記述予定がなかったが、2024/05/30起きるや催眠誘導で頭に埋め込まれた内容である。

なお、2024/05/30、今日(2024/05/31)、と駿台真相編(2)を上記の範囲内で清書し、追記はしないときめていたならば、突如催眠で追記を強要された。話題をそらす目的か、何度も書かせて時間をとらす、若(も)しくは既に上記は下書き掲載していたので新しい内容を追加させて視聴率稼ぎを狙うといういつもの手口の可能性が高い。

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(3)何もないことを「ある」と言われれば、その反論は大変難しいという論理。(2024/05/30起床するや、就寝中に思わされた論理)

「何もないことをある」と言われればその反論は大変難しいときがある。

例えば、中田地区の組合長が配りものをしていたとしよう。そのときに、我が家の郵便受けにあった何かが紛失したとしよう。

向かいの老婆は、中田地区の組合長が我が家の郵便受けに来ているのを見たと言ったとしよう。

そこで、👵老婆が中田組合長が犯人と思い、それを近所に言いふらした。

我が家には防犯カメラはない。他に目撃者もいない。そのときに中田地区の組合長が犯人ではないことを証明するのは大変なことになる。

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それどころか、組合長は多忙で、我が家へは来るのを忘れていても同様である。

我が家にきていないことを証明するのは至難の業である。老婆の見間違いか嘘でも同様である。

だが、その嘘か誤解を解かない限り、風評被害は蔓延する。

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更に、ややこしいケースでは、我が家の郵便受け配達はなく、何も入ってなくても私が何かを失った振りをすれば、同様となる。

あるいは、同上で、老婆が見たと言えば大変なことになる。実は最初からはいっていなくて、更に、私も何かをとられたとは言わずに、その雰囲気を醸(かも)し出しただけで、老婆が勝手に言っていても、中田地区の組合長は反論せざるを得なくなる。

しかし、その反論は大変難しい。防犯カメラもない。目撃者も他にいない。アリバイも、実際に中田地区の他の家に配り物をしているため難しい。大変なことになる。その反論のために膨大な時間を失うことになる。

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しかも、私が中田組合長に「お前がとったのだろう」と言えば、中田地区の組合長も反論はできよう。だが、私はあえて何も言わずにおく。

単に、その雰囲気を醸(かも)し出しただけである。

だが、組合長は反論せざるを得ない。彼が開業しているならば自分の仕事をする時間はなくなり、客は来なくなる。

即ち、何もないことをあると言われれば(もしくはその振りをされれば)、その反論をするには、何かあったとき以上に困難なこともある。

以上を本日(2024/05/30)突然、催眠で吹き込まれ書かされた。

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その後、催眠は続く。

実は、(我が家の住所番地を70年使い続けた)Z家と我が家の人間違い疑惑と駿台の関連も同様ではないか、と。

要するに、駿台での危害は人間違いとは無関係ではないか、と。

人間違いを出されれば誰とて弁解したくなる。その弁解で、私の時間を奪う。

即ち、私の時間を奪う(開業を阻止するのが)目的だったのではないか、と言うのである。

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私も自分の時間を失いたくないため、人間違い問題、同一住所二軒問題の謎をとくのは何度も中止しかけたし、当初は無視をしていた。

ところが、意味不明の「部落問題」若しくは「部落差別」を臭わされたのである。

これでは、高校時代に部落問題研究活動をしていた私は無視はできなくなった。

ところが、部落差別、部落問題も実はなく、印象操作であり、人間違いも存在していないのではないか、と。

要するに、映画説で、私の苦闘模様で、視聴率を上げるための嘘の風評被害操作ではないかというのである。

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部落差別や部落問題については、駿台やZ家関連で何があったか、あるいは何もなかったかは不明である。言えることは、私は差別反対主義者であり、当然、そうした犯罪行為はしたことはないだけである。

しかしながら、人間違いについては以下の情報があった。その情報だけを羅列しておく。

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駿台事件に何の関係があるのか不明も、催眠が書いておけと。人間違いがあろうと・なかろうと賠償問題には何の関係もないと思うのだが。(解決とは賠償での合意のみである。)

(4)人間違いの示唆

(ここは本来能開大事件の真相の後で記載予定でいた)女性事件と同様に煙(けむ)に巻く疑惑もある箇所である。

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人間違いが原因と明確に言ったのは松江の友人である。

①1988年2月に駿台を辞めるや、松江の友人の結婚式(1988年3月)があり、招待され参加した。そのときに友人の叔父さん(税理士)が別人と入れ替わっていた。{弁護士に対応する語句が公認会計士ならば、税理士に対応する語句は司法書士である。}

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②1988年~89年、駿台の川端三郎先生そっくりの声の人間に何度もであった。

同様に(京都強調のための京大にすぎないが)京大出身の岡山の予備校講師そっくりの声の偽者に何度もであった。

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③1988年度:岡山の予備校の日本史の授業で、駿台京都校の教え子(島根県出身)そっくりの生徒が登場した。

駿台をやめるや即、至る所で偽者が大量に登場した。

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④1991年頃、ポリテクカレッジ岡山(現能開大・中国)の職場で契約違反により4年×50万円の損失をした。このときの課長・世取山清氏のミスは人間違いが原因と臭(にお)わされた。名古屋の浜田と私(=浜田隆政)の人間違いからの二重契約を、私に被害を与えて乗り切ったという雰囲気であった。この事件は雇用促進事業団(後の雇用能力開発機構)に調査を依頼したがはぐらされ、その上で世取山氏は異例の出世を遂げた謎もある。

なお、後に彼の写真を見ると入れ歯を強調していた。

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⑤1995年3月:今度はポリテクカレッジ岡山の藤井光生氏により同様の被害に遭(あ)いかける。これも人間違いが原因だったようである。

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⑥1997年1月:岡山県美作市巨勢下倉敷で催眠を絡(から)めて交通事故に遭う。勝英警察署(現・美作警察署)に事故届にいった。このときに、警察官が何故か、相手の広瀬氏の件で人間違いを臭わせて終わった謎がある。恰(あたか)も広瀬氏が人間違いをして事故を誘導…の如(ごと)しであった。

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⑦1990年代から何年にも亘(わた)って、岡山県英田郡美作町で火災が強調された。火災の権威はZ家の小父さんと同姓同名である。火災・防災・コンクリートの権威は浜田稔東大名誉教授である。

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⑧2000年代前半頃:母校・林野高校で習った道信先生と写真サークルで一緒する。先生が私に言った言葉は「お前は正典だったな」。私が違います「隆政です」と何度言っても、「嘘をつくな。お前は正典だ」と何度も言われた謎がある。ちなみに、我が家の住所番地を70年使い続けたZ家の三男(私よりも一才上)が正典氏である。

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⑨2012年4月:松江の友人が私のトラブルの原因は「人待ちが原因」と言い切った謎がある。同時に糖尿病を強調した。Z家の小父さんは糖尿病であった。

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⑩2014年:山口県光市・萩市の旅で、偽者が随所で強調された。光市は岸家の選挙地盤であり、萩は安倍晋三氏の選挙地盤である。

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⑪2015年:私が処女出版・『旅に心を求めて―不条理編』をKindleから発売しようとすると、全く同一の日(確か2015年1月30日)に私と同姓同名の浜田隆政という人物が本を出版しており、友人関係が間違えて本を購入しないかと不安となった。

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⑫2015年から数年間:私の偽者が多数インタネットに登場した。

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⑬2017年(11月):東京への旅でも随所で偽者が強調された。

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⑭2019年;三つの出来事が起こった。

以前、梓みちよの名をだして「福岡県のみちよ」を調べてほしいと世界に要請していた。

すると、次の三つが起こる。

1:4月に世界数カ国、約10人の指導者から「住所二軒注意」のシグナルがだされた。

2:この同じ4月に私もカード詐欺に遭う。正に、その日に「一連のトラブルは人間違いが原因」と言い切っていた友人が糖尿病で死亡する。(私はこの時点で多分、正典氏は死亡したということになるorすると漠然と想像した。)

3:同時に、この4月には、カード詐欺事件で西山ファーム事件が私のパソコンに飛び込んできた。西山ファームの社長名は西山美千代であり、駿台事件の発端となった講師室係女性と同姓同名であった。それも、私が岡山県赤磐市周匝に自転車で行きだしていた頃である。西山ファームも岡山県赤磐市にある。

ここから住所二軒問題と人間違い解消に動き出すことなる。世界の首脳が言うのならば、これは動くしかないと決定したのである。

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まだまだ続くが、これらは駿台事件、能開大事件、その後で、謎の住所二軒問題の箇所でより丁寧に記すことにする。

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なお、2000年にZ家内にあった皆木さんの家が強調された。皆木さんはZ家との問題(確執)で姫路に移動された人である。この家の前に姫路ナンバー40の車が止まってから車関連の挑発が村で開始する。

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2009年に、祖父の名義の自治会の土地問題が起こり振り回された。そのときの岡山県民局の担当者名が皆木とタケウチであった。

タケウチというのは、駿台講師室係で1983年入社の四人組(西山の相棒)である。

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このタケウチという女性が、私の駿台講師時代に何度か、彼女の父が銀行員であると言っていた。それも、具体的な銀行名と支店まで言っていた。私は彼女と親しくはなく、まだ駿台での西山事件が起こる前だった気もする。なぜ、自分の父親の職業を具体的な銀行名までだして言ったのであろうか。私は彼女の父の職業などはプライバシー事項のため、聞くはずがない。ちなみに、皆木の小父さんが、姫路に移動したときに就いた仕事が金融機関の宿直である。

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もし、駿台京都校講師室係女性4人組が…ならば、それは私とZ家の三男正典氏との人間違いの暗示だった可能性がある。それに気づいたのは、2023年夢遊病状態で姫路を歩いていたときに二つの建物だけが目に入った。後は覚えていないという奇妙な事件であった。最初が114銀行、次が播州信用金庫であった。

前者がタケウチが言った銀行名、後者は皆木の小父さんが宿直をした金融機関の可能性が高い。もし、これが事実ならば、後に記す私の想像は確定に近く、同時に、人間違いは遅くとも1983年には起こっていたとなる。

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最後に奇妙な話を記す。(同一場所で電話帳住所表記突如変更の謎)

2009年催眠(確か2009年1月1日か2008年12月31日の催眠と記憶している)指示で中田組合の住所録を作らされた。

私は同年1月9日頃に鳥取大学の教員公募用原稿があったため、催眠抜きではつくるはずがない。実際にガラス不法投棄を始めとして中田組合に足を引っ張られて、鳥取大学の応募はできない羽目となった。

そのときの中田組合の住所録には電話帳を見て、Z家の住所を(過去70年使用され、私の母が訂正を求めても喧嘩になりそうであきらめたという経緯がある)「美作市位田646」と記載し、Z家の小母さんの確認をとった。小母さんは間違っていると言わなかった。そこで住所録に掲載した。

ちなみに、「美作市位田646」とは我が家の住所と番地である。(なお母は行政のミスで同一住所番地が二軒できたと私に解説をしており、私は信じ切っていた。)

更に不思議なのは、それを掲載するや否や、Z家の小母さん(=千代子さん)は、電話帳掲載の住所を即座に「美作市位田646-2」に変更された謎がある。位田646-2は岡山県の土地であり、県道の一部である。

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Z家の三男が実家に戻るや、年は違っているが全く同じ(2011年)12月31日か(2012年)1月1日に催眠があり、「Z家の住所番地は昔、美作市の地図をみただろう。そこには違う番地だっただろう」という催眠がかかった。起きるや調べるとZ家の住所番地は「美作市位田648-5」と記載があった。その後、慌てて、Z家の正典氏(職業は司法書士)にその趣旨を伝えた(2012年1月2日のことである)。中田組合には、私が後に二度修正をして後始末をした。一回は手紙で全家に郵送した。ただし、正典家の住所は三つ使われているため、「位田646ではないが、後はZ家・正典氏に直に聞いてくれ」としか書けなかった。何か隠したい秘密でもあるのか・否か不明だったからである。

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詳細は住所二軒問題の箇所で記す。

問題は、ここ数年、私がZ家の住所を勝手に「位田646」にしたという印象操作の雰囲気である。赤子の戯言(たわごと)なので相手にできないため簡単に記す。

正典氏が死亡したというときの死亡届けは「美作市位田646」となっていると葬儀屋が言っていた。住民票も同様である、と。正典家の住民票を私が、自由に申請することは不可能である。役場で聞け。他方、正典氏などは自分の現住所を好きなように書ける。特に、実存していれば簡単である。しかも、彼の職業は司法書士である。

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要するに、(司法書士)正典氏は正典・稔・千代子家の現住所変更は簡単にできても、私の方は正典家の(実印などや身分証明証のある)委任状抜きでは、正典家の住民票記載の住所を変えることは不可能である。それが全てである。もはや、ここまでくると赤子の挑発でしかない。法の仕組みを考えれば簡単に分かろう。

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また、私はただの一度も私の名が「正典」と言ったこともなく、我が家の住所を「位田648-5」と書いたこともない。

正典・千代子・稔家は何度も我が家の住所番地「位田646」を使用していた。これが全てである。これ以上は別の箇所で記そう。また、確か昨年だったと思うが、総務省の調査票に回答する際に、参考記載として、住所二軒問題を記載しておいた。多分、総務省にも到着しているであろう。

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なお、一週間ほど前に、正典・千代子・稔家は別人に売ったということで、新しい住所の方が我が家へ来られた。

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そこで、今後は、個人情報の関係で、住所問題は登記簿類を掲載して解説することになる。登記簿は個人情報問題には抵触しない。何故ならば領土と同様に、権利の主張であり、誰が見ても・書いても問題がないからである。ちなみに、電話帳は解釈がややこしいが個人や店のCMとみなされる場合には掲載は可能である。それが中田組合の住所録作製させられたときに電話帳からの引用とした理由である。

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Z家の新住人の名は個人情報となり、書くことはしない。例外は本人の許可や、何等かの被害に遭(あ)ったり、人命がかかっていたりするときだけである。

駿台は被害・人命両方に該当のため、実名記述は当然可能であるし、法的に無理と言われても超法規的措置で可能と解釈している。私は何度か拉致や殺されそうになったこともある。更に駿台校舎内で業務妨害被害に遭(あ)ってもいる。それでも堂々と公開するのは裁判所内としたかったが、訴訟妨害が激しく、やむを得ない。同じく、ポリテクカレッジ岡山も同様に可能である。

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《図表はいずれもクリックで拡大》

Ⓐ昔、電話帳に付録の地図には位田646が二軒掲載されていた。(下記は昔の番地の再現。646は両方とも分かり易いようにするために、私が今回は書いた)

昔の電話町住所昔の地図の再現図-M

 

電話番号は2008年版か2009年版でも以下だったと思う。

2008年か2009年の電話帳

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Ⓑ駿台事件の頃にはZ家の地図上の住所は白紙となった。

1987年電話町住所-M:ただし、電話帳の方には位田646・浜田稔(正典氏の父)と記載がある。別に位田646・浜田耕治(隆政の父)の記載もある。

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電話帳の記載は2008年版などの住所と同一(位田646・浜田稔)。

 

 

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Ⓒ2007年頃美作市の地図ではZ家の住所番地は位田648―5と記載されていた。その他の地図では一般的に白紙となっている。

位田大中田組合M:濱田良一は私の祖父の名。(私の父・耕治の父)

電話帳の記載は2008年版などの住所と同一(位田646・浜田稔)。

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Ⓓ私が催眠で(美作市位田)中田組合の住所録をつくるや、電話帳の掲載は以下に変化。(濵田=濱田=濱田→全く同一である。フォントの関係での表記問題にすぎず)。

浜田耕治は私の父の名

浜田と濱田は同一。稔は正典氏の父の名。2011年版電話帳より

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2020年頃の司法書士協会の住所録(正典家個人の電話は別に存在していた可能性が高い)

司法書士検索 _ 岡山県司法書士会 –

 

☆なお、数ヶ月前から突如Ⓐの地図が紛失(まず誰かが盗った)謎がある。旧美作町時代の人がまだかなりの数、その地図はもっているであろうし、NTTにもあろうし、隠しても仕方があるまいに。今回はやむを得ずに、1987年版電話帳付録の地図に、昔の電話帳付録の地図を私が再現したものを掲載している。紛失(多分、誰かが盗った)ものがでてくれば、正式なものを掲載する。

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更には電話帳付録の地図のため、電話帳に位田646とZ家(浜田稔・正典・千代子家)が記載している限り、付録の地図には位田646と印刷されるはずである。しかし、不思議なことには駿台事件の頃には電話帳にはZ家も我が家も「位田646」と記載されているが、電話帳付録の地図には我が家の所には「646・浜田耕治」となっているが、Z家の所は地図では番地は白紙で名前のみ「浜田稔」と印刷されていた。

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だが、これらよりも、駿台事件の骨格を一気に書いて、問題の本質は私の業務妨害被害と駿台での契約外労働・強制労働被害・刑事犯罪被害を明白にする方が意味がある。どういう意味かは駿台真相編(3)以降の骨子をみれば明白になるし、駿台側の動機(駿台大CM作戦)も分かろう。

住所二軒問題が本質ではない。ましてや意味不明の部落問題や部落差別も本質ではない。本質は上記の赤文字の箇所である。

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私の感想は、人間違いがあろうと・なかろうと、受けた被害の賠償等だけを求めている。それらは、本来、裁判所での裁判で決着をつけることが望ましいと考えている。しかし、催眠で揺り動かされ、弁護士は何故か一切動かないため、前に進まぬ状態で今日になっている。人間違い問題も、裁判が可能となっていれば、裁判の過程でより早い時期に明白となったであろう。(厚労省所管)能開大事件は、別に国会での審議が必要と考えている。

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なお、浜田正典・千代子・稔家は、稔氏が2002年頃死亡、千代子氏が2016年死亡(後に嘘に思えたが)、正典氏が2022年に死亡(嘘としか思えなかったが)…となっている。ちなみに、正典氏と安倍晋三氏は相似型で死亡した謎もある。私は安倍晋三氏の死亡も嘘と思っている。

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また、浜田正典家は売却されたそうで、2024年5月下旬頃、新住居人が挨拶に来られた。そこで、位田648-5には、浜田正典氏は現時点ではいないと考えていただきたい。新住居人の名前は新住居人から私は現時点までは危害を受けていない以上、公開はできない。住所問題は人命がかかっている以上、公開はやむをえない。ましてや、登記簿類からの添付の場合は問題はいっさいなくなる。登記簿は権利の主張であり、個人情報ではないからである。

 

 

 

 

 

 

2024年6月1日 | カテゴリー : 政治経済 | 投稿者 : TAKAMASA HAMADA