Blog16-005・夢か現(うつつ)か―32『親愛なる室伏広治君へ届けの手紙』

このエントリーをはてなブックマークに追加

Blog16-005・夢か現(うつつ)か―32『親愛なる室伏広治君へ届けの手紙』

以下の文書は2014年5月9日にFacebookに投稿したもの(Facebook書込№21)を記録の整理上公式Blogに掲載したものである。なお、この続きに該当する2016年執筆の原稿は本日(2016年1月26日)午前7時を過ぎても下書きの一部しか書けなかったため、明日か明後日に公式Blogに掲載予定でいる。タイトルは「夢か現か・最終回(33回)『親愛なる室伏広治君へ届けの手紙からスポーツ選手への手紙』である。この中には、モンゴル出身の相撲取りの件なども記載している。

 

 

君が喜べば、私も嬉しい。
君が肩を落としたように見えると、私も少し憂う。
君が天を見上げたとき、私は君に何かあったのだろうかと不安に想う。
空。それは、怪我(けが)をしたマラソン選手か何かをさして、私が言った言葉である。君もその言葉を聞いて同調してくれたようであった。私の言葉、それは次の通りである。
「体調不良で、絶望の中で走るのは、周りのプレッシャーの中で大変であろう。だが、空を見るが良い。夜ならば空の星を。この大宇宙で人間などは些細(ささい)な存在にすぎない。まして、メダル云々(うんぬん)は大問題と思っているであろうが、広い宇宙に比べれば、更に些細な事でしかない。」
「絶不調・故障のときは空を見れば良い。空を見ながら、他人からの期待へ応えるなどは忘れ、マラソンならば怪我のときなどは、空とともに楽しみながら走れば良いのでは」、と。

だから、君が空を見上げたとき、何かあったのだろうかと思うことがある。だが、私は何も言うことはできない。

室伏君、イチロー君、北島康介選手…。こうした道を究めた人間に、部外者の私は何も言えない。否(いな)、部外者でなくても、誰も君らにアドバイスはできないであろう。

私は単なる君の鏡でしかない。

 

私が君を最初にいつ見たかは覚えていない。だが、君の父・室伏重信氏を初めて見たときは覚えている。それは1966年バンコクアジア大会のときだったと思う。私が、中学2年のときである。それから、君の父の勇姿は見続けてきた。
月日が経ち、テレビを見ていると、君が出ていた。重信氏の息子と知り、興味を抱いた。そしてアテネオリンピックの頃から君の勇姿を見続けた。

 

北京オリンピックのときは残念な結果に終わった。その後で、TVに向かって「次も」か何かの声をかけた。そのときに、君はロンドンも出ると言いきった。
事実上監禁下の私でも、北京オリンピックから4年もすれば解放されているだろう、と思っていた。では、そのときに、私もロンドンへ行こう。そして、君の試合と女子レスリングは会場に足を運んで見よう、と決心していた。

だが、私の期待に反して、私の自由はより少なくなっていった。さらに、諸挑発だらけの日々に追い込まれていた。そこで、ロンドンオリンピックは一切見ないことにした。だが、ハンマー投げと腐れ縁を感じていた女子レスリングだけは例外として見ると決めていた。

 

 

しかし、この二つのスポーツにおいて、誰かの陰謀のせいか、不自然な対応が見受けられた。私が、近所やその他の人に親切にしたり・手助けをしたりすれば、その人から恨まれるか、喧嘩となるように誰かに仕組まれ続けたときと同様に。下手人は確実にいる。

 

ロンドンオリンピックのとき、君の試合は必ず見るつもりでいた。だが、新聞を取っていない私は、君がいつテレビで放映されるか知らなかった。そして、疲労から布団も敷かず、ついうっかりとテレビも付け放しで眠り込んでいた。突然、何かに起こされた。すると君がテレビに出ていた。だが、完全に目覚めていない状態のため、そのときの事はよく覚えていない。ただ、君が試合前に空を見上げていたことだけを覚えている。

 

君との思い出は幾つもある。特に徹子の部屋を見ていたときは面白かった(2011年11月15日)。君が大学で女子クラブの監督かコーチをしていると言った。徹子さんが、「選手の中にいい人(女)はいますか」と尋ねた。君は真顔で「いい子(選手)はいます。ただ練習で…」と言い、君と徹子さんの話がチンプンカンプンとなったときがあった。そこで、私が通訳をした。「徹子さんが言っているのは、君の伴侶としていい子はいますか、と言ったのだよ」、と。いい子とは、有望性のある選手のことと勘違いしていた君は、私が通訳した後で、テレビでの私と面談ということも忘れて、手をたたいて大喜びをしていた。懐かしい思い出である。

 

私は、これから私の人生をかけた大仕事に取り組まなければならない。それは地球の運命を左右することになるかもしれない。そのくらいの大仕事である。ただ、黒子的な形となる可能性が高いため、表に出ることはないかもしれない。
だから、君と再び和気藹々(わきあいあい)となるための努力をする時間は私にはない。そこで、昔の状態には戻れない可能性が高い。

 

それでも、君がIOC理事選に立候補し、当選した後で不正があったとされた件だけは何とかしなければならないと考えていた。Wikipediaなどには君の不祥事と記載されている。今は日本人の多くが君のことを知っているから良いが、将来、人は、君のメダルと(それ以上に)君の努力のことを忘れ、不祥事をした選手という事だけを文書で読み、そして悪評だけが一人歩きをすることを、私は警戒した。そこで執拗にスポーツ仲裁裁判所などへ提訴することを言い続けた。そして、仲裁裁判所が室伏君には責任はなく、過剰な選挙活動で違反を犯したJOCの「犠牲者だった」という、JOCの責任を厳しく指摘した内容だけは、しっかりと見届けた。(英文でも)。「この件で室伏君の名誉に傷がつくことはない」、という文言も確認しておいた。

 

こうした事情のため、しばらくか、かなりの間かは不明であるが、君どころか、スポーツ自体を原則として見ないかもしれない。だが、その期間が過ぎれば、再び君と和気藹々となることを確信している。それどころか、もし、私が自由と人権を取り戻していれば、何らかの形で君と直(じか)に出会うことがあるかもしれない。
そのときは握手!

以上Facebook書込№21(2014年5月9日)

 

 

 

【2014年5月9日追記】

スポーツ仲裁裁判所の裁定文の一部を追記する。なお、室伏君のIOC理事選での得票は2368票でトップであった。

….the Candidate was a victim of an overzealous NOC and that his own actions were neither motivated by a desire to cheat nor can they be equated to dishonesty…