政経を語る№14・オバマ大統領・バイデン副大統領・ケリー国務長官への思い出メッセージ

政経を語る№14・オバマ大統領・バイデン副大統領・ケリー国務長官への思い出メッセージ

 

1)文の流れの関係で「です・ます調」ではなく、「である調」で記述している。
2)この文は祝いBlogにも(A)(B)(C)のみは「新たな出発への祝い」として三人に分けて併行保存している。



(序)私は実に奇妙な世界に舞い込んだ。

1980年代後半から、事実上、自宅監禁され、友も奪われていった。
そうしたとき、テレビに登場する人だけが、新しい出会いとなっていった。

それは、アリスインワンダーランド(Alice in Wonderland)の世界と言いたいが、オズの魔法使い(The Wonderful Wizard of Oz)の方に似ているかもしれない。

現実と夢が混じり合った世界である。
こうして、出会ったのが、米国のトップ三人であった。

そして、この三人が、2017年1月20日で公職を去ろうとしている。
夢が覚めぬうちに、この三人についてコメントする。





(A)ミスター・ケリー(国務長官)
Mr. John Forbes Kerry, United States Secretary of State.

ミスター・ケリーの思い出は、何と言っても、オバマ大統領の広島訪問のときである。オバマ大統領が、広島平和記念館内を三十分ほどで早足ででてきたとき、私が慌てて弁解をした。

すると、突然、ケリー国務長官がテレビに登場し、大笑いをした。
「あれは(オバマ大統領)のとった行動は、実は君(私=浜田隆政)の真似なんだ」と言わんばかりに。

また、私はテレビを見ながら独り言を言っていた。
「オバマ大統領に、習近平国家主席とよく話し合ってほしいと言ったことがある。そして、仲介的なことをしたような気もした。しかし、あの二人(オバマ大統領と習近平国家主席)は会えば喧嘩ばかりする。ケリー国務長官と李首相のときは温和な形で話が進むのに」と言うと、またもケリー国務長官がテレビに登場し大笑いをしていた。

歴史に、「もし」はないが、あえて「もし」が許されるならば、2003年のイラク戦争がなければ、もし2001年の9・11事件がなければ、ミスター・ケリーが2005年からアメリカ大統領となっていたのは間違いなかった。

ミスター・ケリーの大統領姿を見られなかったのは残念である。





(B)ミスター・バイデン。
Mr. Joseph Robinette “Joe” Biden, Jr. Vice president of the United Sateted of America.

アメリカ副大統領でこれほど穏健な人を見たことがなかった。
私は、ミスター・バイデンは、大変家族思いであり、世界の子供に関して優しい目をしているという感じをうけ続けてきた。

特に、お孫さんと一緒のときは、何ともいえない表情をみせていたことを覚えている。
昨年の大統領民主党予備選挙では、バイデン氏とヒラリー氏の争いとなるだろうと、考えていた。まだサンダース氏などが登場してくる前である。

しかし、ミスター・バイデンが立候補することはなかった。

バイデン氏が思い出したくないことを書くことをお許しいただきたい。
私の想像では、恐らく、お子さん――子どもの権利のために、献身的行動を行った、ジョセフ・ロビネット 「ボー」 バイデン3世( Joseph Robinette “Beau” Biden III)――の不幸が大きな打撃となり、大統領選挙どころではなくなったのではないかと想像している。
あれほど、子供、家族好きならば、そうとしか考えられなかった。

バイデン氏の、世界の子供への、暖かいまなざしは多くの世界の人が知っているであろう。
同時に、〝大統領自由勲章おめでとうございます〟。


最後に、つらい思いでを思い起こさせる文章を掲載することを重ねてお許し願いたい。
息子さん、ミスター・ボー・バイデンの言葉をウィキペディアから引用する。

《私の最も幼い頃の記憶では“パパ”はいつも入院中の私たちに付き添ってくれました。彼は上院には目もくれず、私たちのことしか頭にありませんでした。・・・彼は就任の宣誓をしないことに決めました。「デラウェアの上院議員には代わりがいるが、“坊や”の父親は私しかいないからね」と言っていました。》

この文章を掲載した目的は、ミスター・バイデンと(ご子息)ミスタ―・ボー・バイデンのことを世界中の人の記憶に残したかったからである。

★(日本人用参考脚注)大統領自由勲章(だいとうりょうじゆうくんしょう:Presidential Medal of Freedom)はアメリカ合衆国の勲章で、議会名誉黄金勲章と並んで文民に贈られる最高位の勲章である。





(C)そして、最後がオバマ大統領である。
Mr. Barack Hussein Obama Jr. President of the United States of America

ミスター・オバマが大統領になったのは、2009年1月20日。そのとき日本の総理大臣は麻生太郎氏であった。

この年は、私は村の役職に就き、同時に認知症・脳梗塞・心臓病を抱えた母との生活で、世界の政治には見向きもできないころであった。

もし、この頃、今の如く、親しくなっていれば、2010年9月の菅総理のときなどに、間に入れたであろう。この頃は尖閣問題などで菅直人氏と温家宝首相の間に入っていたこともあった。

私は党派中立・宗派中立の立場であるが、菅直人氏は市川房枝さんとの関係でつながりがゼロではなかった。
思えば、二十代で怖い物知らずの頃、市川房枝氏にアポイントメントなしで、いきなり会いにいったことがある。その頃、市川房枝氏の選挙参謀が菅直人氏であったと思う。

2011年から野田佳彦君が総理大臣になる。野田君は、私が早大大学院時代に大学生の試験監督をしていた頃の早大政経学部政治学科の学生であった。しかし、この頃は、母の危篤続きなどで身動きがとれない状態にあった。


母が死亡した2012年11月頃からオバマ大統領とは親しくなり始めたような気がする。2012年末から2013年前半は激動の年であった。

2012年11月オバマ大統領再選、12月第二次安倍内閣発足、同月韓国では朴槿恵氏が大統領に選出。2013年3月には習近平氏が国家主席となり、…という状況にあった。プーチン大統領も2012年初頭の再選から再登場していた。

2013年5月の中国訪問から、一気にオバマ大統領との距離が近くなったように思われた。

しかし、二期政権はアッという間であった。
思い出も多い。幾つかの思い出を列挙しよう。

2013年訪中をし、その際、中国のホテルで徹夜で演説をした。中国指導部にオバマ大統領が任期の間に米中接近をするよう促した。すると、オバマ大統領が即座に動き、電撃的に米中会談が行われた。もっとも、会談の状況から、途中で、一部頭を抱えることもあった。

②オバマ大統領韓国訪問時でのアドバイス、③私の訪米、④再度の米中会談、⑤日本でのサミット、⑥オバマ大統領広島訪問、⑦オバマ大統領長崎訪問?

②は公式HPをご覧いただきたい。
政経主張―1・『オバマ来日で、オバマ大統領へ。更に日本の外務省に告ぐ』
http://takahama-chan.sakura.ne.jp/politics/custom13.html

③私は訪米の条件として三つをだしていた。西海岸、金がないため安価に、シグナルを。
2014年原稿の関係でベトナム訪問を検討していると、突如、アメリカが舞い込んだ。場所はラスベガス~ペイジ(西海岸)、料金はホテル・飛行機代・現地移動費・食事の一部込み、添乗員が大阪から同行で5万円台、シグナルは重要な数値に私の誕生日が入っていた。こうしてベトナムではなく、米国となった。

だが、想像を絶する強行軍・死の日程の如くであった。三泊五日の日程で寝たのは正味合計5時間程度であろうか。五日間合計の数値である。まだまだあったが、それらは後日「日本のフィクサー〝ME〟パート3」か「旅に心を求めて」で記そう。

しかし、ネィティブアメリカン、アフリカンアメリカン、ヒスパニック、アジア系アメリカンの人達との接触が大半であり、それは大変歓迎すべきことでもあった。
訪米のときの話、特に中継点のカナダの話(トイレの話と大立周りの話)をすると、ケリー国務長官がテレビから大笑いをしていた。

だが、アメリカ滞在中は(悲惨というよりも過酷すぎる日程・何も出来ぬ日程・自由見学は一切できぬ日程・ホテル含めてすべて裏口Onlyと諸トラブル、更にすさまじきこと《カナダの項目参照》などから、私を見るととばっちりを食うと考え、逃げるが勝ちの如く形で)三人の姿が見えず、私が「President of United Satets is missing」とか「President Obama is missing」と言うと、帰国後に即Ms. Obama氏(Mrs Obama: ミッシェル夫人)が来日し、何も知らぬ世間は驚いた。

このあたりから、私とミスターオバマとの関係は、ジョーク共通項路線となっていた。日本で行われたサミットのときも、オバマ大統領の広島訪問の件でも。

⑦長崎・水俣の大フィールドワークの話に入る。
計画は2015年夏頃からあり、長崎市長には2016年初頭に手紙をだしていた。オバマ大統領広島訪問の話が持ち上がるずっと前であった。

ところが、どう考えてもオバマ大統領の方から11月XX日としてくれとの伝言があったとしか思えぬことがおこった。しかも、日にちは当日まで言わないという彼の方針に従い、私も事実上宿は当日まで探さなかった。

時期が時期だけに、長崎などは宿は一件もない覚悟でいた。インタネット喫茶か、駅に頼んで駅で夜をふかすか、長崎平和祈念像を夜から明け方まで見て過ごすか、雨がふったならばどうなるか、当日まで不明であった。もっとも当日には長崎どころか、島原まで良さそうなホテルがものすごくあり驚いた。だが、それは当日まで分からなかった。

私は国会議員・地方議員になる予定はないので、ミスターオバマと同一の日に同一の場所に必ずしも行く必要はない。
しかし、我が友・オバマが11月××日と言うのならばそれを尊重しよう。さらに『朋有り、遠方より来る、亦悦しからずや』(ともあり、えんぽうよりきたる、またたのしからずや)。

 この二点で、私の日程を調整したにすぎなかった

もっとも、日程を指定した意味は将来分かるかもしれない。

オバマ大統領との話は、ミスター・オバマが大統領を辞めて、約1年後頃に、10%ほど嘘を交えて、どこが事実かどこが嘘が分からぬ形で『日本のフィクサー〝ME〟パート3』で記すことにする。この文献が日本のフィクサーシリーズの最後とする予定でいる。

ただ、残念なのは、気が向けば戯言№26に記したように、ミスター・オバマが大統領を去るときに、Obama Job Approvalが六十パーセントを超えることを夢見ていたが、その夢は叶わなかったようである。(現時点では本年に入ってからの最高が58パーセント、現在が57パーセントである。いずれもGallup調査。)
※気が向けば戯言№26・オバマ大統領へのメッセージ掲載時期問題と、支持率60パーセント達成願掛け問題の謎
http://h-takamasa.com/Blog-2/a-01/news/280/

親しくなりかけたと思えば、ミスター・オバマはもう職を去ることになる。もっとも、アッという間とは言っても、2009年頃のお子さんの姿、そして2013年のお子さんの姿を思い出すと、随分長い月日だったのかもしれない。


私は、人がどう言おうと、米国戦後史の中で、オバマ大統領がもっとも平和愛好的な大統領であった、と思っている。そして戦後の米国大統領の中で人権をもっとも強調した大統領であった。
 また、オバマ大統領のジョーク類は忘れることがないであろう。ただし、ジョークは大変おもしろいが、ときには大変疲れる。ミスターオバマはHeroである。Heroは日本語ではヒーローと読み、漢字では疲労と似ている。よって、私はときには疲労(Tired)したことも多い。

ただ一つ問題があるとすれば、私の語学力が向上しなかった責任問題である。私はあるとき、オバマ大統領に言った。私の英語の家庭教師をオバマ大統領としよう。彼の英語を可能な限りきく。そして、もし、英語力があがれば、彼は立派な家庭教師であると言おう。もし、私の英語力が上がらねば、それはすべてオバマ大統領の責任である。
そして、今、私の英語力は相変わらずひどい物である。この一点のみが気になる。
(@^▽^@)

政治家としての生活をまだされるならば、大統領をやめてからの方が自分の意思を貫き易いと思う。カーター大統領などがその典型例である。

アメリカ大統領が1月20日に交替する。私自身も、それを境に、オズの魔法使いの如く、夢から目が覚め現実世界に舞い戻れるかもしれない。

もし、様々な干渉がなく、職業選択・経済の自由も回復すれば、私は芸術・プレゼンテーションの世界で生きたいと考えている
そのときに、オバマ大統領・バイデン副大統領・ケリー国務長官との出会いは、現実か夢だったのか分からなくなるであろう。

2016年11月から12月にかけて、今月の歌でアメリカ特集をした。聖者の行進とアメイジンググレイスである。アメイジンググレイスの作曲は英国か米国かで見解が分かれているため、2016年12月31日からアメイジンググレイスを今月の歌・英国特集でも実施している。同時に、イギリス特集では、もう一曲を蛍の光(Auld lang Syne)とした。

蛍の光は、周知の如く、出発の歌でもある。そこで、蛍の光だけは分離して2017年1月1日から開始している。この曲に乗り、オバマ大統領は新たな、次の人生へと進むであろう。もちろん、蛍の光は旧友との篤い友情を大事にし・再会の誓いの下での、新たな出発の、お目出度い歌である。

恐らく、ミッシェル(Michelle)夫人・マリア(Malia)さん、ナターシャ(Natasha、「サーシャ(Sasha)」と呼ばれることが多い)さんも、この日が来るのを心待ちしていたかもしれない。

2017年1月20日から、ミスター・オバマの新たな世界が始まる。同時に、その日を境に、私も夢から覚めたい。Dorothyが夢から覚めたときのように。



2017年1月20日
浜田隆政(TAKAMASA HAMADA)




追伸。
私がオバマ大統領との関係で望んでいたに近い(実際にそうだったのかもしれない)、動画を一つこの下に掲載します。

Sesame Street: Bert and Ernie Exchange Gifts

□https://www.youtube.com/watch?v=cExeSvmSXMA

公式ブログ思い出メッセージの訂正。(2017年1月20日15:42修正項目)。


18:42①のみ再々追記(以下訂正箇所の太字部分のみ)

→今回の思い出メッセージ妨害の告発。 記述前の一週間あまりに五つの妨害で五十時間近く失い、英語記述を不可能に。

また、本日、日本文記述後、目覚めるや催眠型で思い出メッセージに泥を! 記述後も幾つもの謀略が?軽い①のみ今再修正。

①バイデン副大統領のご子息の表記訂正。
(15:42修正)ジョー・バイデン(”Joe” Biden)→ボー・バイデン (“Beau” Biden)。

(16:45再修正)上記ミスはしていない。

ボー・バイデン氏をジョー・バイデン氏とは最初から書いていない。
ジョセフ バイデン(Joseph Biden )→ボー・バイデン (“Beau” Biden)に念のため一カ所のみ変更。

他は最初からボー・バイデンと記述。

なお、本文は既に修正済み。


本日(2017年1月20日)起きるや催眠誘導で…詳細は後日にでも、他の妨害とあわせて記述。

また下記「追伸 ミスター・オバマへ」の箇所は当初記述予定がなかったもの。催眠型誘導で記述。

追伸箇所は、結果として、私の厳重なチェック見直し後で問題ないが、何らかの謀略の臭いがする

《以上、訂正箇所の太字部分のみ2017年1月20日19:42再追記。他は15時42分修正箇所》

②思い出メッセージは日本語と英語両方で記述予定でいたが、諸トラブルより、時間がなくなり日本語のみとなった。

追伸。ミスター・オバマへ。
ミスター・オバマ大統領にもう一つ言い忘れたことがあった。
オバマ大統領の家族を列挙した際、Boを書き忘れた。〝Bo〟 にもよろしく。
ちなみに、アメリカの犬は”Bow-wow!”という。日本の犬は数学が得意なのでOne Oneという。実話。

尚、思い出メッセージをアメリカ時間の1月20日ではなく、日本時間の1月20日としたのは、次期大統領の就任演説と同時刻となることを避けたためである。

(2017年1月31日追記:英文)


本日、以下のメッセージをオバマ前大統領、バイデン前副大統領、ケリー前国務長官にTwitterとFacebookで英語で送付しました。

オバマ前大統領日本文メッセージの記述は、日本時間1月20日(米国時間1月19日)に行ったが、英文記述が妨害が多くできなませんでした。1月中に、ごくわずかですが、英文メッセージを送信し、永久保存することにした。本当は、日本語部分も全部英文に先の日までにする予定でいたのですが。

 


Mr. Obama.
You should change your name.
Rightness Justice Clever Jokeful Obama!
Delightful days for me during the Obama years!

(Facebookには以下追加)
Sometimes a little too much.(*^▽^*)

□(TwitterはミスでSaverを小文字saverとしていた)
Mr. Child -Life-SAVER.
Congratulations on the Presidential Medal of Freedom.
If possible, I would give you a Child Peace Monger Medal.

(Facebookでは以下)
Congratulations on the Presidential Medal of Freedom.
If permitted, I also would give you a Child Peace Monger Medal on behalf of Children-Lives-Saver.
From Takamasa Hamada


(日本語掲載文)

Mr. Kerry
Were the world normal, you must have become the President in 2005.
But the world and I don’t forget your name. Forever and ever.
From Takamasa Hamada.


Mr. Obama, Mr. Biden, Mr Kerry.
Thank you very much for everything!(@^▽^@)
You are real Americans.