(💁正式公開)日本のフィクサーME・Part 3・第4章安倍政権とFieldwork・第1節野麦峠への旅とFieldworkの死滅(中)
【更新履歴】
2025/08/10 20:27概略の貼り付け
2025/08/17 から記述再開。なお、本来は8月18日前後に正式公開予定でいたが、2025年8月11日から各種妨害で、原稿記述を完全ストップさせられていた。8月11日とは2014年野麦行き妨害が熾烈さをまし始めた日である。
8/11-12コスモス薬品で千円問題から独り言催眠と内容記述で20H(時間)ロス
8/15姉からの電話(8/14の電話)→(8/14-15にかけて)Yガレージ関連で10時間ロス
8/16犬か警察を見たか→独り言催眠→Nガレージで10時間ロス
8/17 同上まとめで6時間ロス
2025/08/18 12:18~貼り付け作業
2025/08/19 9:00~追加作業
2025/08/20 20:16 清書一歩前(可能ならば明日正式公開を検討している)2025/08/21 15:59 正式公開
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「旅に心を求めて・上」→2015年5月撮影後に置き換えた表紙。
電子書籍は表紙で売れ行きが決まると言っても過言ではない。そこで、出版日(2015年1月30日)までに野麦峠へ行く必要があったが、今回記す、熾烈を極める妨害で出版後に野麦峠行きとなった。
尚、写真は全てClickでパソコン画面大、二度Clickで巨大。
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第四章第1節の構想
◇―1・第四章全体の流れ
◇―2・「安らぎ文庫有限会社」創設のための野麦峠の旅の必要性と概要
◇―3・野麦峠の旅と萩の旅の天秤問題(干渉問題)
以上までが(上)
◇―4・2014年野麦峠への旅の徹底した妨害
◇―5・2015年野麦峠行きに追加させられた幾多の旅(世界遺産利用疑惑)
◇―6・野麦峠の旅先での徹底した妨害と事実上のFieldworkの終焉(死滅)
以上までが(中)
◇―7・謎のXの私への攻撃と安倍晋三の私への接近
◇―8・安倍晋三と同一住所二軒問題と部落問題
◇―9・安倍晋三とは一体何者か
以上までが(下)と三分割予定でいる。
【登場人物と関連地域等】
安部晋三 安倍昭恵 Michelle Obama、オバマ 天皇 上皇 田原総一郎 田上長崎市長 菅義偉 プーチン大統領 田中正造 星野仙一 エプソンダイレクト マウスコンピューター 米朝首脳会談 民進党解党
野麦峠 野麦峠祭り 松本市 松本市役所 奈川観光協会 松本市民タイムズ 富岡製紙工場 世界遺産 中津川 ミネ 辰二郎 川浦 中津川 長野 東山魁夷
塩尻 松代大本営跡 黒部ダム 五箇山白川 黒部ダム殉教者慰霊碑 富山城 イタイイタイ病
日光 足尾銅山 佐野 館林
青春18 広島原爆 原爆ドーム ベトナム 訪米 長崎平和祈念像
安らぎ文庫有限会社 『旅に心を求めて―不条理編』姫路 大浦天主堂
耕三寺 宮島 久美浜 豊岡 宮津 天橋立 美作市 湯郷 棚田 萩市、
今月の歌 世界の歌
蜂攻撃、蜂アレルギー、野麦付近で熊出没 遭難 偽者・浜田隆政 ハッカー攻撃 人身売買、強制労働、奴隷労働 詐欺 裏金 チャップリンキッド
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◇―4・2014年野麦峠への旅の徹底した妨害
2014年萩市に行ったのだから、もう野麦峠行きの妨害はないと考えていた。ところが、まず先に書いたように我が家の墓での蜂攻撃である。
前年度も蜂に刺され、2014年度は一瞬にして三か所を蜂に刺され、蜂アレルギーの危険もあったため青山医院に行った。
2014年8月12日のTwitter に以下の記載をしている。
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🐝蜂攻撃(2014/8/11)
☆☆☆☆☆
2014/08/12
▼14-102-1。8月11日墓掃除。(親戚の家の墓もと何故か思い掃除しかけるや)蜂に数秒で三箇所を刺される。病院で注射。
昨年の墓掃除は一日目は蜂に刺され、二日目は長靴に何か入れられたか足が腫れ、三日目は腕の肘がばい菌?原因で腫れ上がり病院で点滴。こんな偶然があろうか
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14-102-2。墓では62年中(墓掃除含め多い年度は20度行き)、蜂に刺されたのは去年と今年のみ。たかだか蜂?蜂アレルギーになると大変。今や、蜂アレルギーで死ぬ人は蛇で死ぬ人の4倍。
海老はおいしいが海老アレルギーの人は命がかかる。蜂も同じ。蜂アレルギーになる事が危険
☆☆☆☆☆
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蜂アレルギー
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2014/08/27
14-106-1。蜂の危険性。
①蜂に刺されアレルギーになるのは10人に1人。(HPで調査)
②その内、100人に2人が放置すれば命に関わる。(HPで調査)
③上記の内、死亡者は8人に1人。他は病院で救済(私の推測)
④実際の蜂による死者数→年30~50人。(HPで調査)
14-106-2。応用2。
○日本人1億2千万人が毎年蚊に刺されるのと同じ数、蜂に刺された時。
②千数百万人が病院に行かねば命に関わる症状。
④死亡者は年150万人。
◎これが蜂アレルギー、抗原抗体反応の怖さである。
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14-119-2。盆墓掃除時例外無しの2年連続毎回危害。
2013年8月8日→蜂刺され。
同年8月9日→長靴の中に何か入れられ→足が幾つも腫れる。写真。
同年8月11日→左腕の肘が腫れ始める(写真)→腫れが悪化8月17日病院で点滴と薬
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後の、このときの被害を撮った写真を2018年のTwitterに掲載したため、その模様を紹介する。
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2018年9/6
浜田隆政@Takamasa_Hamada
18-246-2【私事】
主な物を写真付きで
①2013年8月9日→長靴に蟻を入れられた疑惑→一番左
②同年8月11日蜂に刺される→左から二番目(Nikon文字のあるの)
③2014年早朝、蜂三匹に刺される→同三番目
④2018年7月31日墓の一部に異常「家の文字の一部」→一番右
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https://x.com/Takamasa_Hamada/status/1037375932455997440
上記の写真を拡大しよう。(気際)写真は原則、Clickでパソコンモニター大、クリック二回で巨大。
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即座に、点滴をされた。これは常識的には当然の措置である。
蛇で死ぬ人よりも蜂アレルギーで一年間に死ぬ人の方が日本でははるかに多い。
すなわち蜂の毒というよりもアレルギーの方である。
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だが、奇妙なことがあった。
、墓掃除に入る前に、何故か隣の「フジオ君」の家の墓にはえていた草をとってあげようと手を伸ばした。その瞬間に一度に蜂が三匹、私をさした。
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それも、私が払おうとしても、腕にくい込み離れない。力尽くで一匹ずつ、はがしていった。即座に家に戻り、思い切り刺された所を絞り、水で洗い、更に絞り、そして青山医院まで自転車で行った。
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奇妙な事というのは、私は我が家の墓横のフジオ君の家の墓には指一本触れない方針でいた。というのは、誰かが、我が家の墓とフジオ君の家の墓にいたずらをしている気配がでてきていたため、もう除草剤が余っても、彼の家の墓には指一本触れない方針をだしていた。
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ところが、この日は夢遊病の如く、墓につくや、彼の家の草をとろうとしたのである。完璧に催眠行動であった。寝ているときに、誰かが、私にその種の催眠をかけ、彼の家の墓の草をとるようにインプットされていた。
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ちなみに、この日は早朝であり、薄暗い時間に墓掃除に行った。蜂は薄暗い時間は余り活動しない。だが、一気に来た。その後、村人の何人かが、蜂アレルギー問題を知り、かなり木にしていたようであった。まず、村人の何人かがこの催眠に関与していたと思われた。
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14-123-3。蜂(14-119)の件。
蜂は蜂の縄張り以外では人を原則刺さない。墓掃除何度もの下見時に蜂おらず。その一週間後早朝突然、三匹に。考えられるは、蜂の巣を墓付近につくり、その蜂を下見時には誰かが箱に入れ疎開させ、8月の墓掃除時に戻したのでは。
前年度毎回被害では尚更
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動機は、私が墓に行くのを何等かの理由で阻止する目的程度と考えていた。だが、本年、分析すると、2016年長崎行きとの対比上、安倍晋三か誰かの政治家の利権が絡んでいたとしか分析出来なくなっている。その根拠は後で触れる。
勿論、村人が安倍晋三のそうした何等かの利権絡み工作を知っていたか、知らずに、別の形で誘導され催眠関与かは不明である。
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だが、私の方も人生がかかっておりまだ2014年度中に野麦峠へ行く予定でいた。
蜂に刺された場合に備えて、蜂の毒を吸引する器具を買ったり、ステロイド等の薬も揃え、場合によれば夏であっても厚着をして行くことにしていた。
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🐻熊(2014/8/20)
2014年野麦行き阻止工作・攻撃はそれだけではすまなかった。次に、熊問題が生じてくる。
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当初の予定では、青春18を使って鈍行で行く。
そして長野県松本市に夜に着けば早朝に松本市市営バスで野麦峠の付近の手前に止まるバスがあるので、そのバス停からあとは歩いて登る予定でいた。
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ところが、私が降りる予定のバス停(川浦)から1から2m先で熊が出たという報道が流れる。
しかし、こちらも決死の覚悟のため熊よけの鈴を二つか三つ購入し、蜂の毒を吸収する注射器のようなものを揃えてまだ行く予定でいた。
さらに日本中で熊の出没と事件が相次いだ。
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🥴独り言攻撃。
2014年中に行く予定でいると、今度は独り言攻撃を仕掛けられる。拷問型の独り言攻撃は、母が死亡して、私が家で一人になると極端に激増してくる。戦前の特高が拷問に使用できるような苦痛を伴う攻撃である。それも、10時間程度、独り言続きなどはこの頃から頻繁に起こり始める。
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2014/09/27
14-117-3。これでは、Fieldwork野麦峠検討中も準備が出来ず。
更に9/20以降、催眠としか思えぬような形で独り言止まず、仕事支障。
熊問題、原稿記載写真構想等から、近々行くか延期か迷い中。
今度は新幹線利用で、経費が通常の人近くになる。失敗は許されず、尚更慎重になる
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✋中止
これらの攻撃を受け続けてもまだ断念していなかった。すると、今度は長野県界隈で遭難事故・行方不明事故が相次ぐ。そして、救援隊の苦労や二次災害を考えると、地元の消防隊・消防団への迷惑を考え、もう、延期しか手がなくなっていった。その時の模様を当時の、Twitterから抜粋する。
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2014/10/02
▼14-118-1。野麦峠再訪中止。
『旅に心を求めて―不条理編』掲載予定写真が1989年撮影、しかもコンパクトカメラ撮影のため、再撮影の必要性があった。その後(国内外で激安)改訂版を検討中であった。
だが、予定コースに本年8月20日熊がでたため、9月29日に中止決定とした。
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2014/10/02
14-118-2。
生計たてる上で重要な旅であったが、自家用車を運転できない状態におかれ、旧街道を一人で5時間以上歩かねばならない。それは何ともないし、熊よけ鈴も準備したが、万一、何かあれば消防隊・警察等々に迷惑をかけるため、松本市役所と相談した後、自粛とした。
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14-118-3。一人旅・携帯所有せず、熊が出た道…で。
姉を含む近隣は何も(生計たてる上での活動とも)知らず喜んでいた。尚、私の全ての旅に彼らは興味持っているようだが、本年3月以降はTwitterとFacebookで全て、国内外に向けてガラス張り全面公開しているのに。今更…
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取りあえず、万一何かあったときに地元の消防団・消防隊の人に迷惑をかけることも懸念して松本市役所に連絡をした。
それ以前にも、松本市民タイムズや奈川観光協会等々に連絡をしていたが、とりあえず松本市役所の山岳課か何かに電話をして相談をした。
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市役所の職員が言うには、可能ならば2015年度に野麦峠祭りがあるので、そのときにしてもらったほうがありがたいということであった。
そこで、何かあった場合の地元への迷惑を考えて2014年度は中止にした
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なぜ野麦行きを潰したのか現時点では分析できない。
何故ならば、もはや萩に行ったので、その後で野麦峠に行ったとしても、安倍晋三氏が困るわけではなかろう。
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萩に行く前に野麦に行くならば、萩に行くことは不可能である。その場合は萩は延期したと思う。だが、もう萩に行っているから妨害までする必要がないにもかかわらず、執拗に妨害された。
萩に行く前に野麦に行っていれば、野麦に行って、即、萩に行くということは不可能であり、萩は延期しただろう。だが、萩には2014年春に行かされているから野麦の妨害までする必要がないにもかかわらず執拗に妨害された謎がある。
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ちなみに野麦峠に関しては、2014年に野麦峠行きを模索している途中で富岡製糸工場が世界遺産になってしまった。
※「富岡製糸工場…2014年6月21日の第38回世界遺産委員会(ドーハ)で正式に世界遺産登録されました。」(https://www.joshin-dentetsu.co.jp/guide/431/)
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ともかく安らぎ文庫有限会社創設、そのための最初の本『旅に心を求めて―不条理編(上巻)』の関係で野麦峠行きは2014年には絶対に必要であった。だが2015年5月の野麦峠祭りに限定されることになる。
熊の関係で集団行動を選んだからである。
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全体の流れを写真物語Blog[の「旅に心を求めて№6-2・中津川~松本まで」から抜粋する。
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(2017年12月9日記述)
野麦峠再訪は、私の再復帰の鍵を握る旅といっても過言ではなかった。
2014年は電子書籍での起業を目指していた。
最初の出版本は2014年末か2015年初頭発売予定でいた。
最終的には2015年1月30日発売となる。
それにあわせ、HP体制も構築していった。
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この最初の出版本は『旅に心を求めて―不条理編(上)』(Kindle、Kobo各百円で発売中)であった。この本は野麦峠(工女の物語)と広島原爆をテーマとしたものである。
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この最初の本に、私の運命を相当かけていた。そして、この本の表紙が野麦峠の写真である。
野麦峠の「ミネと辰二郎の像」の写真は1989年にコンパクトカメラで撮ったものしかなかったため、死活問題として野麦峠に2014年に行く必要があった。
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そして、2014年夏か秋には必ず訪問予定でいた。
尚、金欠のため、可能な限り安価に松本に行き、松本からは市営バスで川浦というバス停留所におり、そこから一キロ余り歩く予定でいた。
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ところが、行く直前に、この川浦というバス停付近で熊がでたというニュースが全国的に報道された。
熊は怖いし、それ以上に迷惑を人にかけてはいけない。何かあった場合での、私の捜索隊派遣などを避けなければならない。
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そこで、松本市役所や奈川観光協会などに問合せをした。
「2014年秋に行ってもかまわないか、安全を期して、人に迷惑をかけないように翌年の野麦祭りにした方がよいか」と問合せをした。
その結果、松本市役所の方で、「野麦峠祭りに行けるならば、人が大勢のときの方を勧める」とアドバイスがあった。
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本の出版までには間に合わないが、人に迷惑をかけることを恐れ、2015年5月24日(日曜日)の野麦峠祭りに行くことにした。
そして1989年の旅を追ってのフィールドワークをすることを決定した。
本の表紙は取りあえず、古い写真で作成し、後に入れ替えるしかないと判断した。
こうして、問合せ各地にその趣旨の連絡をした。
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満を持して、2015年5月22日に我が家を出発することになる。
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長野:松本:撮影日2015年5月22日等:旅に心を求めて№6-2・中津川~松本まで→2017年12月9日掲載
http://takachan1.xsrv.jp/photoblog/?p=2698
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◇―5・2015年野麦峠行きに追加させられた幾多の旅(世界遺産利用疑惑)
野麦峠行きは、拙著『旅に心を求めて―不条理編(上)』(Kindle、百円){第1章野麦、第2章広島}発売日(2015年1月30日)には間に合わない状況に追い込まれた。だが、野麦峠行きを模索し、各方面に問い合わせや依頼をした関係で野麦峠行きは譲れない状況になっていた。
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本は出した後になったにもかかわらず、野麦峠行きを中止できないのは松本市役所だけでも幾つかの課に電話をして、対応の相談をしていたからである。
(現地で観光バスを出すことになっていた)松本市民タイムス(新聞社)には電話・手紙・E-mailと連絡をしてもいた。
奈川観光協会にも同じように手紙・E-Mailを送っており、もはや信用問題から中止は不可能な状態になっていた。
下記【資料―1】には後のSNS関連の簡単な礼状Blog類を掲載しているが、問い合わせや打ち合わせの日本郵便、電話、E-mail等はこのようなレベレルではなかった。
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【資料―1】
☆☆☆☆☆
御礼―松本ツーリストホテル様
http://yasuragiblog.h-takamasa.com/?real_estate=12772
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御礼:野麦峠・奈川観光協会への礼状
http://yasuragiblog.h-takamasa.com/?real_estate=15-07%e3%83%bb%e5%a5%88%e5%b7%9d%e8%a6%b3%e5%85%89%e5%8d%94%e4%bc%9a%e6%a7%98%e3%80%82%e9%87%8e%e9%ba%a6%e5%b3%a0%e3%81%ae%e4%bb%b6%e3%81%a7%e3%81%ae%e5%95%8f%e3%81%84%e5%90%88%e3%82%8f%e3%81%9b
▽
御礼:市民タイムス様
http://yasuragiblog.h-takamasa.com/?real_estate=15-09%e3%80%82%e5%b8%82%e6%b0%91%e3%82%bf%e3%82%a4%e3%83%a0%e3%82%b9%e6%a7%98%e3%80%82%e9%87%8e%e9%ba%a6%e7%a5%ad%e3%82%8a%e3%81%ae%e4%bb%b6%e3%81%a7%e3%81%af%e5%a4%a7%e5%a4%89%e3%81%8a%e4%b8%96
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御礼:松本市役所山岳課及び観光課様
http://yasuragiblog.h-takamasa.com/?real_estate=15-08%e3%83%bb%e6%9d%be%e6%9c%ac%e5%b8%82%e5%bd%b9%e6%89%80%e5%b1%b1%e5%b2%b3%e8%aa%b2%e5%8f%8a%e3%81%b3%e8%a6%b3%e5%85%89%e8%aa%b2%e6%a7%98%e3%80%82%e9%87%8e%e9%ba%a6%e5%b3%a0%e3%81%ae%e4%bb%b6
☆☆☆☆☆
▽
▽
ただし、今調べると2014年と同様に2015年野麦峠行きも、現地での条件を変更され、目的が果たせない可能性がでてきたため、直前キャンセルに意思は傾いていた。下の【資料―2】参照。
旅行ではなく、仕事であり、仕事の目的が果たせなくなる危険がでた以上、2015年5月上旬前後、2014年に続いてキャンセルを検討していた。その頃の覚書がでたため掲載しておく。
▽
それでも、思い直し、一部の可能性にかけて行くことにした。
その上、上記の如く、松本市役所、奈川観光協会、松本市民タイムズ…と問いあわせを何度もしていたため、中止は難しい状態となっていたこともある。
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【資料―2:直前にキャンセルを考えたときの覚書】
(S社とは松本市民タイムズと思う)。
▽
☆☆☆☆☆☆
(2)本年、この旅をキャンセルしようと思っていた理由
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S社に電話で重要点を確認
「撮影の関係があるので聞きたい。野麦峠を出発するのは何時か」
「2時(14時)」頃と返答があった。
到着が11時頃、よって3時間しかないが、昼飯抜きで何とかなるかで、行くことにした。
▽
後に案内所が来る→5月1日到着。(返答期日・金銭振込期日は5月1日。5月2日は土曜日、5月3日~5月6日は休日と祝日。)
この案内書を見ると野麦峠発は13時半と変更されていた記憶あり。現在、同文書不明。
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S社の案内HPを見る。
なんと、出発は午後1時に変更されていた。
これでは、野麦峠に2時間しかいないことになる。トイレや出発前10分前に集合と考えると、昼食抜きでも撮影は困難。
▽
特に、辰二郎とみねの碑は平凡かつ、光線具合から撮影が難しいと想像される。平凡なものを光線状況が悪い中で、作品にするには現地で像と対峙(たいじ)して思考する時間が相当いる。特に像は角度が難しい。
▽
ちなみに、本年2月の世界平和連邦像撮影は、一つの像のみで、撮影時間は2時間近くかかった。長崎平和祈念像も同様。教師と子どもの碑も1995年は同様。野麦では別に正井ミネの碑、観音像など撮影もあり、現地二時間では昼食抜きでも目的がはたせぬ危険性が大である。
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また、S社のおかしな対応もあり、野麦祭の前日に行き、市営バスで一人で野麦峠撮影をし、市民タイムスのツアーはキャンセルしようかとも思った。ただし、成り行き上、キャンセルは難しいので、当日、中止として料金のみ支払い、不参加も検討。
▽
されど、かなり前にHPで調べると、川浦から下車する(昨年まであった)夕方の市営バスがなくなっていた。昨日(2015年5月16日)再確認したが同様であった。
▽
なお、前日でも、野麦峠付近で催しがあるため、熊問題は5月23日でもクリアできるため、考えたものである。
▽
▽
以下、拙著「野麦再訪に関する覚書」(2015年5月17日記述)
まだ催行決定の通知はきていない。現時点では、催行中止となることを願っている。私の方からのキャンセルは気分的に難しい。気分的にとは、松本市役所に昨年と本年で合計3度問い合わせ(電話・送付文書・E-mail合計で4度)、奈川観光協会には二度問い合わせ(送付文書はE-mail入れて三度)、S社には電話二度、文書二度である。よって、S社のみではなく、何度もの問い合わせしているため、キャンセルは気分的にはしにくい。誰でもそう感ずる。
▽
なお、近所で葬祭類あれば、原則として、今回はFiledworkは中止とし、葬儀の受付に出る予定でいる。
▽
また、何か口実などがあればキャンセルを現時点では強く希望している。行っても、目的が果たせなければ、費用対効果はないからである。
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また、昨年と事情が大きく異なる。
■昨年→不条理編を年末電子書籍で発売予定。だが、掲載する写真がない。そこで野麦行きは再就職運動上絶対不可欠であった。
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■本年→不条理編をもう発売してしまった。その上、現在の科学技術では、電子書籍に写真を多投できない。すくなくとも、固定型ではなくリフルート型では。固定型は現時点ではしない方針。
▽
更に、売れ行き上疑問があり、現時点では写真掲載はしないと方針変更している。よって、この本の全面改定は、電子書籍の技術進歩迄・本の売れ行きで不自然さがなくなる迄行わないため、相当期間があり、急ぐ必要がなくなってしまっている。
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将来、自家用者〈車〉に乗れだしてからか、友人類との縁が戻ってから、友人類と一緒に行った方が良いと情勢は変化してきている。
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▽
これらもあり、現時点では、松本市役所、奈川観光教会などとしこりをのこさぬ形でキャンセルできないかとも考えている。
▽
一言で言えば、今回は、行きたくないである。行っても対費用効果が野麦峠に限定していえば期待できなくなったからである(特にS社のやり方では、しかも、電話で問い合わせ時と話が違っている。野麦峠発の時間が違っている。これはときには致命的問題。)
▽
記す必要も無いがアトラクションには全く興味はない。それどころか、当初の如く14時発でも時間不足から昼食は抜きと考えていた。
今回の条件では昼食抜きでも、目的が果たせそうにない。その原因はS社(永田氏担当)の方針変更にある(野麦峠発14時が13時に変更される危険が高いこと)
ここはシビアにキャンセルすることが賢明と思うが、上記の問合せ問題等々から、人の良さから、キャンセルできぬ状態でいる。
ここは当然キャンセルが妥当。
▽
アメリカへ行く前は、日程を見ると、私が「死の日程」と記した如く、大変で尻込みをした。だが、大変でも目的を果たせる可能性はあった。今回は、大変かどうかは不明、計画上は相当厳しい日程であるが、訪米と比べれば問題外である。しかし、目的を達成できぬ可能性が現時点では極めて高い。
▽
訪米は目的は達成できる可能性があるが、日程上死の日程で尻込み。今回は、場合によれば困難度は低いかもしれないが、目的を達成できぬ危険性が極めて大である。よって、キャンセルが理論上は妥当となる。
▽
(主要目的→野麦峠の各種記念碑撮影、松代大本営跡、黒部殉教者の碑の撮影、この三つが主要目的である。
その中でも最大のポイントが野麦峠の碑群であった。現時点では昼食抜きでも不可能に近い。
その点での協力要請で松本S社にはチラシをつけて送付した。松本市役所、奈川観光協会も類似。
謂(い)わば、核廃絶の運動で、広島に行くと宣言したのと同様。女工問題をクローズアップさせ、労働哀史と労基法問題などを全面に出す大義があった。
当然、まともな新聞社ならば、あのチラシで協力してくると思ったが、現時点では、使命・大義の妨害をされているのが実情である。後に社会告発までは行かぬがこの間の経緯は作品に書かざるを得ないであろう)
2015年5月17日記述
☆☆☆☆☆
▽
【資料―3】
もっとも同社の営業に支障を来さぬため、帰宅後の次のコメントも掲載しておく。
▽
【2015年5月27日追記】(Fieldworkから帰宅後記述)
S社・N氏は野麦祭の日はまともであった。また、バスの窓がぴかぴかに清掃されていた。このおかげで、バス中からの撮影も可能となった。なお、時間はギリギリ足りたように思われるが不明である。
▽
一例を挙げれば、辰二郎とミネの碑をあらゆる角度から撮ったし、子供などをオブジェとして入れてもいたし、これだけ撮れば良いかと思った。ただし、満足のいく写真はなかった。
▽
しかし、もうよかろうという気になっていた。そこで、取り敢(あ)えず食事券を渡されていたので食事をすることにした。このときに座った箇所からカメラを覗(のぞ)くと実によい角度であった。そこで、この角度から何枚か追加で撮ることになった。これは実に大きかった。
▽
同様に、もうお終(しま)いと思った後で、良いアイデアが浮かぶことがある。長崎平和祈念像撮影もそうであったし、1995年の耕三寺はもうこれだけ撮ればよかろうと門を出た後で、こう撮るべきだと思い直し、再度入り撮り直した経緯がある。当時はフィルム写真であったが、シミュレーションをした結果、駄目と分析して撮り直した。
▽
ちなみに、再度の入場に際して再度料金を支払うと申し出たが、受付の人は(入場料を支払い入った後で出た直後の場合には)料金は不必要と言われた。
▽
よって時間があればどうなったかは不明である。あの日のあの時点ではこれでよかろうと思っただけである。粘っていれば結果はどうなっていたかは不明である。
▽
なお、同ツアーのバスは毎年最後までがら空(あ)きなので心配しなくて良いといわれていたが、この日はバス二台となっており、しかも、私の乗ったバスは超満員で補助席まで使用しなければならないほどであった。これだけでも疲れる。おまけに前夜は一睡もしていないのだから。
▽
前日は野麦祭のとき以上に重い物持ち歩き回り、祭りのとき以上に歩き、体力を消耗していたのだから。 (送付された案内書には25人+添乗員=26名となっていたが、この日は40名以上+1名であった。)
▽
私が野麦に行く件は、今回は姉も含めて、誰にも秘密としていた。理由はアメリカ行きでこりていたから(超満員の飛行機等々)。
行った場所を姉に言ったのは昨日・2015年5月26日である。Twitterに掲載したのも昨日(5月26日)である。
なお、通常ならばS社は良い会社と思われる。 結果としても良い会社であった。
※【2015年6月1日追記】会社名は(松本)市民タイムスである。お世話になりました!
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再度、出発前に話を戻し、次に、裏金関連で野麦行き2014年を2015年に変更された疑惑と同じ手口疑惑問題について記す。
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2014年11月から2015年野麦行きの間には更に奇妙なことが多発してくる。既に訪米前の箇所に記載しているが、幾つか重要点を再度記しておく。
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まず、安らぎ文庫有限会社創設に向けて、起爆剤である『同上書』の発売日の少し前に私と同姓同名の浜田隆政氏が約5000円の本を2015年1月30日に発売するというCMがなされる。
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次に、インタネットを中止に起業する予定でいたが、ハッカー攻撃でインタネットが遮断される被害に遭う。一種の脅し的な雰囲気であった。そして、浜田隆政の偽者がインタネット上に大量に登場してくる。これらは既に記した通りである。
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次に、私の主要なFieldwork候補地の一つであったベトナムが積極的に私をかなり前から誘致し続けているように思われていた。そこで、野麦の前にベトナム行きを考え、申し込みまでしていた。
ところが、奇妙な形でアメリカ行きに置き換えられたのである。
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2014/09/24 Twitter
14-116-3。
新国際秩序問題提起を兼ねて、ベトナム戦争跡地視察でいつかベトナムへ。世界はベトナム戦争の教訓を忘れてはならぬ。
人間の原点を求めて絆=野麦峠、不条理=松代大本営跡、科学と人間=黒部へ。
当面、後者を検討中も、熊出現の噂で参っている所。詳細は後日記入。
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今まで、我が友・Mr.オバマが「来い」という意味であろうと考え、この問題は深く分析をしてこなかった。
だが、今回の原稿を書いている際に、安倍晋三などによる私の人身売買疑惑が浮上してきている。
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万一、Obamaではなく、Mr.安倍が仕組んだベトナム中止、訪米への転換ならば、彼による私の人権侵害被害として明白にしておいた方がよかろう。
というのも、下記を見ればわかるように、安倍晋三等による私の旅行、及び今月の歌(世界の歌)介入事例が余りに多いからである。
極論すれば、大型Fieldworkはほぼ全て安倍晋三が催眠類を使い、私をその地に行かせ、利権を得ている疑惑が浮上してきたからである。
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もし、Mr.オバマが「私に訪米してくれ」と言えば、当時でも即座に訪米したであろう。ちなみに、もし、Mr.オバマが2015年2月末~3月上旬のときと同様の形で、再度、今、訪米してくれ、と言えば、私は次のように答えるであろう。
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トイレ問題も前回同様ならば、二週間考えさせてくれ、と。
あの死の行進に近いスケジュールならば、当時は62歳であり、今は72歳である。そこで今の私には危険すぎる。だがObamaが言うならば、姉に一言いって検討しよう。「姉にもいろいろ世話になった面もある。そこで、私に(死亡時の受取額の大きい)生命保険を思い切りかけておけ」と、姉が思いきりかけたのを見届けて訪米を検討することになる。
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だが、もし、あの訪米はMr.安倍がベトナム行きを中断させ、訪米させたとしていたならば人身売買、強制労働、詐欺となる。今回の原稿を書いている最中、その「もし」を一応疑った方が良いと考えつつある。
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同様に、『日本のフィクサーME』(Part 5)の上京の際に日光行き催眠が多発していた。
もし、天皇(今の上皇)が望んでいたならば、私は幾つかの候補値を削っても日光に行っていたであろう。だが、もし、安倍晋三が世界遺産関連で私を行かそうとしていたならば、東京そのものに行っていなかったかもしれない。
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というのは、安倍晋三の利権に絡めて、幾重にも、私は強制労働被害に遭ったとしか思えぬ事項が多数でてきたからである。
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誤解がないように記すが、私は天皇崇拝主義者ではない。私の天皇観は以下の図式となる。私=護憲派=憲法の最初にある憲法1条は尊重する=象徴天皇は日本国憲法がある限り尊重する。
次に、田原総一郎氏であったと思うが、彼により天皇(今の上皇)とテレビ対面したことがある。私がそうした知り合いを大変大事にする。
この二点から、天皇(今の上皇)の疎開地は栃木県日光市であったことを2019年頃かそれ以降頃に知った。
ちなみに、日光の近くの足尾銅山が疎開遺産に立候補していたことは本年(2025年)に知った。
別に世界遺産候補地でも良いのであるが、安倍晋三や一部の政治家の裏金や利権に繋がるような形での、私の悪用(強制労働)に激しい抵抗を感じているだけである。
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更に、『日本のフィクサーME・Part 5』で記すが、2017年上京前に執拗に日光に行け催眠があった。
私は天皇の疎開地とは知らなかったため、拒否をし続けていた。だが、執拗な催眠にまけ、日光に行く予定でスケジュールを組んだ。
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本来ならば2017年に日光に行っていた。だが、東京に行くと野麦でやられた手口の一部を使い、行動を阻止され、日光行きは同じく催眠による(睡眠時間を無視しての)独り言連続攻撃で阻止されたのが事実である。
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要するに催眠で日光行きを決定させられ、催眠で日光行きを潰されたのである。ここから出る解答は、私に催眠をかけている人間・グループは二種類以上いるということである。
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ともかく、安倍晋三及び☠(謎のXグループ)による、強制労働・契約無視労働・貢ぎ労働には怒り続けていた。
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【資料4:長崎行きと安倍晋三の利権疑惑】
布袋:
野麦峠行きと同一ならば、田上長崎市長は喜んでいると思う。
何しろボンの代名詞が「世界遺産請負人」だからね。
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野麦峠も行くと決めた年に、富岡製糸工場が世界遺産、ボンが2014年に行った萩も即世界遺産。
広島原爆ドームと宮島をセットで1994年と95年に訪問し、歴史的文書「旅に心を求めて不条理編」第二章を書いた95年の翌年に原爆ドームと宮島が世界遺産。1988年から何回も行き続けた石見銀山も世界遺産、1989年に行き、珍しい屋根の家と言っていた五箇山・白川も世界遺産。姫路、奈良、京都は言うまでもないけれどね。
▽
ともかく、万一、長崎の大浦天主堂などが世界遺産になれば、日本の将軍様がボンに「世界遺産請負人感謝状」贈呈の検討を迫られ、やけになるだろうね。
ボンと日本の将軍様はCold War(冷たい戦争)状態だからね。
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はかせ:
ボンさんが言っているのはCold Warではなく、Gold War(金戦争)ですな。
ボンさんの言い分は、改憲か護憲かではなく、ボンさんを無断で、(サミット協賛今月の歌などで)半拷問で、利用したならば賃金や日当を支払えでしょう。
特に、お礼どころか、その逆の態度をとられては何をか況(いわ)んや、と。
それが駄目ならば慰謝料と損害賠償を支払えと言い続けていられますな。
▽
だからGold Warですな。
実際に、店で物を買えばお金を支払わなければならない。
江戸時代の将軍様がお忍びで街にでて、物を食べても、支払うことを知らずに騒動になったという話を水戸黄門でやっていましたな。
▽
日本の将軍様も同様ですな。
食堂でも言っているのではないですかな。
相手がお勘定というと、金を払わずに「苦しゅうない、後片付けをせよ」と。
ボンさんが無料でもやると、自主的に合意したものならば別ですが、半拷問・強制となると支払い義務は生じますな。その上、口頭のお礼どころか、その逆の態度では常識を疑いますな。
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公式Blog 2017年10月17日 公開
日本のフィクサー〝ME〟続編メモ(五)・オバマ大統領の思い出と秘話:6・長崎訪問
https://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=16550
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最近では次のようなことを思うことが多い。
私の人身売買疑惑である。
企業、Fieldwork、今月の歌・世界の歌、原稿…で私の人身売買疑惑がある。
企業関連は相当前からあったと推測されるが、1994年からはチャップリンキッド型被害も付け加わる。
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Fieldworkと歌関連は、主として2013年安倍政権からしばしば感じるようになる。
それも、同一場所でも☠(or👺)が設定した日付でないと、様々な干渉被害に遭うことが多い。
その謎も含めてFieldwork悪用疑惑は徐々に検討していくことにする。
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また、原稿の穴あき問題も、タブーのようで、原稿がない場合には各種工作で何かを書かせて穴埋めをしようとしている気配がある。
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まるで、某新聞社などが無料で私をこき使っているが如しである。ただし、Fieldwork悪用類は安倍晋三を連想することが多い。
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それに見かねて、?が裏金問題をリークしてくれたのではないか、と思ったことがある。
要するに、私を催眠誘導で特定の場所に行かせ、該当場所からお金か票か…利権を得ている、と。私の方は賃金も手当も支払われず、ただ単にホテル代か交通費がときには幾分安いという奴隷労働である。
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さて、再度、野麦行きに話を戻す。
今、述べた催眠が野麦峠行き前に幾つも起こってきた。そして、この催眠により、野麦峠再訪の際の訪問地がいくつも付け加えられていく。
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当初は野麦峠だけであった。その前提には、青春18(当時は乗車券5枚綴りで約1万円。一枚につき、一日に限定して鈍行限定で乗り放題の券)使用予定でいた。そこで、JRと無関係な黒部などは全く頭になかった。
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ところが、催眠で幾つも候補地が付け加えられていく。
松代大本営跡を(催眠が)言ってくる。これはオーケーだした。
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その後で、黒部ダムを言ってくる。
黒部ダムはこれは富山県になり、さらに路線の関係で青春18では無理である。
そこで迷った。
だが相当しつこい催眠で、もう行かざるを得ないと観念した。
黒部ダムはJRから外れ、青春18がつかえないのみか、関連費用が大変高くつくため(黒部ダム内での乗り物等だけでも一万円は超えるため)行く気は当初は全くなかった地である。
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この黒部ダムに行ったときには中国か台湾から来た人がしきりに私に対して何か合図をしていた。
すなわち、政府か何かは野麦峠よりも黒部ダムに私を行かせたかったのではなかったのか、という状況が随所で見られた。
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その後、日数が増え、JR以外が入るならば新幹線利用と変更した。すると「他にも行け」ということで催眠で、全く予定外であった地が幾つも入る。
はっきり言って興味が全くなかった善光寺などである。
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私の興味は長野に行くならば一番が野麦峠、二番が松代大本営跡、三番は原稿の関係で姥捨て山であり、後はなしであった。
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結局、松本城にも行かされるようになる。
ちなみに【資料―5】世界遺産との関係で言えば松本城や善光寺は立候補しているようである。黒部ダムは世界遺産の関係か観光客を膨大に誘致するためか、どちらか不明であるが、当時の雰囲気では政府関係者か誰かが(野麦峠よりも)黒部ダムを目的としたような匂いがしていた。
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【資料―5】世界遺産候補地(色をつけたのが催眠などで行かされたか、いきかけた地である。尚、青色は今回の野麦の旅関連地である。)
文化庁
別紙8
世界遺産暫定一覧表候補の文化資産
○ 「北海道東部の窪みで残る大規模竪穴住居跡群」
○ 「最上川の文化的景観-舟運と水が育んだ農と祈り,豊饒な大地-」
○ 「松島-貝塚群に見る縄文の原風景」
○ 「水戸藩の学問・教育遺産群」
○ 「足尾銅山-日本の近代化・産業化と公害対策の起点-」
○ 「足利学校と足利氏の遺産」
○ 「埼玉古墳群-古代東アジア古墳文化の終着点-」
○ 「近世高岡の文化遺産群」
○ 「立山・黒部~防災大国日本のモデル-信仰・砂防・発電-~」
○ 「城下町金沢の文化遺産群と文化的景観」
○ 「霊峰白山と山麓の文化的景観-自然・生業・信仰-」
○ 「若狭の社寺建造物群と文化的景観-神仏習合を基調とした中世景観」
○ 「日本製糸業近代化遺産~日本の近代化をリードし,世界に羽ばたいた糸都岡谷の製糸資産~」
○ 「善光寺と門前町」
○ 「松本城」
○ 「妻籠宿・馬籠宿と中山道-『夜明け前』の世界-」
○ 「飛騨高山の町並みと祭礼の場-伝統的な町並みと屋台祭礼の文化的景観-」
○ 「天橋立-日本の文化景観の原点」
○ 「近世岡山の文化・土木遺産群-岡山藩郡代津田永忠の事績-」
○ 「三徳山-信仰の山と文化的景観-」
○ 「萩-日本の近世社会を切り拓いた城下町の顕著な都市遺産」
○ 「錦帯橋と岩国の町割」
○ 「山口に花開いた大内文化の遺産-京都文化と大陸文化の受容と融合による国際性豊かな独自の文化-」
○ 「四国八十八箇所霊場と遍路道」
○ 「宇佐・国東-「神仏習合」の原風景」
○ 「阿蘇-火山との共生とその文化的景観」
○ 「竹富島・波照間島の文化的景観~黒潮に育まれた亜熱帯海域の小島~」
(https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/bunkazai/sekaitokubetsu/shingi_kekka/besshi_8.html )
▽
※ちなみに、私が久美浜・豊岡に行く予定でいたのを、宮津に変更させられたことがあった。そこで、久美浜で目的が果たせず、行き直しとなった。それを言うと当時の管官房長官が顔を赤らめていた。何故、宮津か、本年分かった。宮津のホテルから常時天の橋立が見えた。天の橋立CMでの催眠誘導であったと本年分かった。
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【資料―6】出発直前の候補地
5月22日(金)我が家→大阪→松本→松本城視察(宿・松本市)
5月23日(土)松代大本営跡→善光寺(宿・塩尻市)
5月24日(日)野麦峠祭り参加→:松本宿
5月25日(月)松本界隈:下記が候補地:宿=松本市
5月26日(火)黒部ダム殉教者慰霊碑→富山城など撮影(富山市で宿)
5月27日(水)富山市と帰路
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※野麦の旅(5月25日)の候補
【A・絶対的なもの】→万一、野麦峠・松代大本営跡を取り損ねたとき、相当な覚悟で再撮影をする
Aの必要性がないとき、以下を検討する。
【B・候補―1】自転車で松本の宿→姥捨山→松本城
【c・候補―2】 自転車で松本の宿→安曇野・岩崎ちひろ美術館→松本城
【D・候補―3】自転車で松本の宿→姥捨山→安曇野・岩崎ちひろ美術館
【E・候補―4】汽車で善光寺再訪→東山魁夷美術館→姥捨山→松本城夕方撮影
【F・候補―5】その他
▽
【資料―7】実際の結果
5月22日(金)我が家→大阪→松本→松本城視察(宿・松本市)
5月23日(土)松代大本営跡→善光寺(宿・塩尻市)
5月24日(日)野麦峠祭り参加→(前日の徹夜と日程変更手続で松本城撮影中止):松本宿
5月25日(月)黒部ダム殉教者慰霊碑→富山城など撮影(富山市で宿)
5月26日(火)前日の半徹夜のため、帰路どこにも寄られず、何もできず。
▽
ともかく、こうして2015年5月22日に旅に出る。
正確には、2015年3月アメリカから戻る、この記録の途中でジョークを記すと、Michelle Obamaさんが来日する。その際に、安倍昭恵と3月20日頃にあったようである。安倍昭恵が3月30日と31日美作市の棚田と湯郷に来る。
4月からは上記の如く、関係箇所に連絡をし続ける。これらの流れの中で、5月に野麦峠行きとなる。
■
■
◇―6・野麦峠の旅先での徹底した妨害と事実上のFieldworkの終焉(死滅)
それでは1996年の長崎の旅みたいにフル回転できたか、といえば全く逆であった。完璧な妨害三昧で過去例のない激しい催眠攻撃をしかけられた。
一睡もできない日が何日も続き、私の意思を超えて肉体上不可能と判断して一日分のキャンセル料を捨ててでも予定を切り上げて帰ることにせざるをえなくなった。
▽
☆☆☆(2015年当時のTwitterから抜粋)☆☆☆
15-100-6。
徹夜が多く参った。a)21~22日、b)23~24日にかけて完全徹夜、c)25日~26日にかけて2~3時間……。
aは仕事のため。
bはホテルの部屋説明箇所にアウトバスの記載がないため、部屋にバスあるはずが、ない。
本来ならば数分独り言で文句か数行記載するレベル。
▽
15-100-7。
だが、以下をお経の如(ごと)く言い続ける。
「このレベルで、何故(なぜ)、私が徹夜で言い続けさせられるのか。
催眠はかけられると疲れし時間ロス多大。
催眠を止めてくれ、翌日野麦峠を歩いて登るのでもう寝かせてくれ」。
野麦峠ツアーに合流するまで独り言が止(や)まずに徹夜で言い続ける
☆☆☆(抜粋終了)☆☆☆
▽
具体的な当時の写真は以下、写真物語Blog参照。
【当時の実際の日程】
5月22日(金)我が家→大阪→松本→松本城視察(宿・松本市)
5月23日(土)松代大本営跡→善光寺(宿・塩尻市)
5月24日(日)野麦峠祭り参加→(前日の徹夜と日程変更手続で松本城撮影中止):松本宿
5月25日(月)黒部ダム殉教者慰霊碑→富山城など撮影(富山市で宿)
5月26日(火)前日の半徹夜のため、帰路どこにも寄られず、何もできず。
【写真物語Blogに当時の写真を掲載中】
☟
【旅に心を求めて・野麦の旅掲載目次】ピンククリックで該当ページへ。
(序)旅に心を求めて№6-1:1989年野麦の旅の概要→2017年5月25日掲載
http://takachan1.xsrv.jp/photoblog/?p=1688
◎野麦再訪
(1)旅に心を求めて№6-2・松本まで[2015/5/22等]→2017年12月9日掲載
http://takachan1.xsrv.jp/photoblog/?p=2698
(2)旅に心を求めて№6-3・松代大本営跡[2015/5/23]→2017年12月16日掲載
http://takachan1.xsrv.jp/photoblog/?p=2732
(3)旅に心を求めて№6-4・善光寺[2015/5/23]→2017年12月23日掲載
http://takachan1.xsrv.jp/photoblog/?p=2759
(4)旅に心を求めて№6-5・野麦峠祭り―1・登山[2015/5/24]→2017年5月26日掲載。
http://takachan1.xsrv.jp/photoblog/?p=1721
(5)旅に心を求めて№6-6・野麦峠祭り―2・祭り模様[2015/5/24]→2017年5月26日掲載。
http://takachan1.xsrv.jp/photoblog/?p=1779
(6)旅に心を求めて№6-7・黒部ダム[2015/5/25]→2018年1月5日掲載
http://takachan1.xsrv.jp/photoblog/?p=2762
(7)旅に心を求めて№6-8・立山・富山[2015/5/25]→2018/01/17掲載
http://takachan1.xsrv.jp/photoblog/?p=2768
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【現地での😴睡眠時間と重い器財を持っての🚶徒歩時間を掲載しておく】
21(出発前夜)~22日(出発日)=😴睡眠時間0時間
22日~23日=🏨ホテル着23時着(撮影や整理・諸作業で就寝は?)で23日起床は6時前=(当時の写真おおよび諸作業から分析し)😴2~3時間か?
23~24日(野麦峠登山日)←😴0時間(単なる睡眠時間ゼロではなく、独り言を終始言い続けるという大変なエネルギーとストレスが溜まった上での睡眠時間ゼロ。たいしたことないと思うならば、24時間連続で講演会などで喋ってみるがよい。)
=ここでドクター👐Field中止決定(ただし黒部・富山経由~林野という切符・購入済みで出発していた関係で完全打ちきりは不可能で一日キャンセルのみ)
24~25日(黒部行き)と富山撮影=(🥴催眠独り言連続により)😴4時間
25~26日(富山)帰路=(🥴独り言連続ストレスの中で)😴2~3時間。
▽
🚶徒歩時間
22日(我が家発・松本まで)=(18㍑の灯油の重さ2/3以上の機材バックとリュックなど)重いカメラ器財などを持ち🚶徒歩185分:
別に電車等6時間、その内で名古屋から立ちっぱなしで乗り換えたがやはり駄目等の立ち時間合計が約180分弱か。
23日=(重い器財を持ち)🚶約360分:乗り物時間はまだ計算していない。
24日=(重い器財を持ち登山を含めて)🚶180分。別に自転車約60分か。乗り物時間はまだ計算していない。
25日=(重い器財を持ち)🚶330分:乗り物=松本から富山市と黒部ダムの中の乗り物時間
26日=帰路(周遊券の関係か金沢回りでの帰路となっている)
▽
▽
このうち、24日の野麦峠に登る日だけを取り上げる。
登山前日(23日)ですら一睡もできなかった。更に、前々日も睡眠時間は0時間である。
当地ではバスで目的値についても、まだ途中からかなり歩く(登山する)ようになっていた。
だから、よく寝ておかなければいけないのだが、何でもないことから独り言が始まり、朝までただの1分どころか1秒も寝られずに喋りっぱなしにさせられた。
まったく1秒たりとも寝ずに独り言の連続である。
▽
年齢と登山を考えると、危険というようなものではなかった。
野麦峠を終えた後は、催眠はやむかと思えば、その後でも類似状況は続いた。
ほとんど寝られないように喋っている内容は、記録を見れば分かるように、まったく意味のないことである。
全く意味ないことで大半が次のような言葉である。
上記のTwitter15-100-7の如く「私は何も思っていないし、何も言いたくないので喋るのを止めてくれ」。
「とにかく喋るのを止めてくれ」と言うことを24時間言い続けている。
▽
FieldWork中止を決定した後の、帰路途中での富山でもこの危害を受けている。
☆☆☆(当時のTwitterから抜粋)☆☆☆
15-100-8。
c)も同様。ぼやく理由がないのに。1997年の交通事故と同様。後者はセンターラインオーバーのトラックを見て…である。
今回は富山市の噴水を見て、次に後ろにいた二人の男性の反応、最後にこの二人が去るのを契機に催眠が完璧にかかる。
▽
15-100-9。
理由なしに喋(しゃべ)り続けるのは催眠としか考えられず。
特に25日。
「もう喋るの止めて寝かせてくれ」を百回程度と言い続ける。
まるで戦前の特高による自由主義者・民主主義者の監禁・取調べと如何(いか)に類似しているか。
妨害も多かった。
本日、疲れで、ここまでとする。
▽
拙著Twitter(Takamasa) @Takamasa_Hamada · 5月26日
▽
15-008に至っては、富山市のホテルには一切問題はなかった。
逆に親切であった。
にも拘わらず、独り言を半徹夜で言わされた。
部屋が悪い訳ではない。
楽天レビューに次の記載をしている。
▽
①アメニティは良い。
②交通の利便性が高い。JR、富山電鉄、市営電車全て近い。
③食事も良さそうかつ値段もリーズナブルに思えたが、富山の街を味わうため外食とした。
⑤繁華街にも近い。
⑥Wi-Fiも快適に機能していた。
⑦職員の対応も良い。
⑧部屋の大きさも適切である。
⑨いつもこうならば、当然、お勧めできるホテルです。
▽
これで何故、独り言を言うのであろうか。
ホテルにすればなんで愚痴(ぐち)るんだろうと思うだろう。
日本のフィクサーME・続編メモ:(二)・党派中立宣言と伊勢志摩サミット協賛の裏話―3(忖度)
https://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=15148
(参照 公式Blog 2017/08/26)
▽
楽天レビュー記載箇所は、まだ楽天に文書保存があるか、最低でも、富山のホテル(富山地鉄ホテル)の人が覚えていよう。
▽
▽
もう完璧な拷問であった。ここで味をしめてか、この攻撃は随所で行われることになる。
2016年伊勢志摩サミット共催で「今月の歌をしてくれ」については、当初はOKしたが、後に約束の材料が提供されないため、中止とした。
すると、やると言うまで独り言を言い続けて寝かせないという拷問をやられた。なお、このとき、何故か「竹田の子守唄」と部落解放同盟京都府連が強調された。
安倍氏の絡むカムフラージョと分析していた。何故ならば、部落解放同盟が安倍氏と手を組んで、人身売買・強制連行に加わることはなかろう、と。
▽
解放同盟による、人身売買、強制連行などの前例は知らない。それらは、今日では一般に反社会的勢力などに限定されよう。昔では戦前の日本…(政府)…。現代ではそのDNAを持っているグループや政治家に限定されよう。
▽
☆☆☆☆☆
参照:公式Blog 2017年8月18日公開
日本のフィクサーME・続編メモ:(二)・党派中立宣言と伊勢志摩サミット協賛の裏話―1
https://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=14976
☆☆☆☆☆
▽
2017年東京では、この手口で、日光行きを潰された。ちなみに、私は日光へは当初行く予定はなかった。
それどころか東京すら予算の関係でノーと言い続けたのを「営業で、早大同窓100万人を無視するのは怠慢である」と半年程度、就寝中に説得され行かされた。
だが、日光は早大とは関係あるまいということで拒否していた。だが余りに催眠誘導が多いため、それでは東京で予定の行動が上手くいけば行くとして、日光に行けるように当初は佐野周辺でも宿(キャンセル後は館林に宿)をとっていた。これは日光シフトであった。
▽
ところが、東京のホテル等で独り言三昧で寝られず、予定の行動が長引き、中断を余儀なくされた。催眠で説得し、催眠で日光行きを潰すとは奇妙な話とずっと思っていた。
すると、数年前に、日光は天皇(今の上皇)の疎開地であることを知った。
▽
ちなみに、それを事前に聞いていれば、予定を最初から一日追加し、こうした妨害あっても100%日光に行けるようにしていたのであるが。
私の方も西日光に行くくらいであるから興味がないはずはない。そうした大義があれば喜んで行っていたのであるが。だが、仕事でいくときに観光地は悪魔で時間が余った時に限定され、全ての仕事をした後で行くとしていただけである。
兎も角、2017年の話は日本のフィサーME Part 5で行う。ここでは米朝首脳会談、民主党(民進党)解党の裏話も登場する、同シリーズ最大のハイライトとなろう。
▽
すると、こういうことになる。🎬映画説グループが催眠で日光を説得し、👺(日本の将軍様グループ)が催眠で阻止したとなる。
要するに官邸🆚皇室の結果となる。同時に、私に催眠をかけているグループは複数以上となる。
▽
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2017年FieldWork長崎でも、8月に行かなかったため、安倍政権は大変機嫌が悪くなった。そのせいか、長崎でも夜中などに催眠独り言攻撃を受ける。
▽
☆☆☆☆☆
そして、独り言の内容は「もう独り言を止めて、寝かせてくれ」、大半がこの繰り返しであった。
原因は、催眠を含むリモートコントロールとしか思えない。
しかし、1989年に宿泊して世話になった、松本ツーリズムホテルなどでは感謝のコメントを残している。
そこで、私の性格や機嫌のせいではない。
▽
▽
長崎の旅も同様で、貴重な時間を、特に言う必要のない独り言で大半潰(つぶ)された。
確かに目覚まし問題はあったが、長時間独り言を言う次元ではない。
せいぜい、フロントに一言程度か、後日簡単にホテルに言えば十分である。
まして、目覚ましがなる前に目覚めていたのだから。
(目覚ましは午前6時頃セットであり、私は21日が徹夜、22日は午前1時頃寝ても、不思議と午前5時頃目覚めていた。)
▽
勿論、私の意思ではない。
熊本県に入るや突然独り言は止まる。
その逆も然りで、オレンジ鉄道からJRに乗るか、熊本駅をでるや突如独り言が始まり、疲れた。
帰路の独り言の理由は特にない。
少なくとも、長時間しゃべり続ける原因はない。
ホテルでのこうした現象も加えれば、
要するに、安倍政権以前と比べて総論として、更にコストパフォーマンスは落ちた。
☟
参照公式Blog 2017/08/26公開
日本のフィクサーME・続編メモ:(二)・党派中立宣言と伊勢志摩サミット協賛の裏話―3(忖度)
https://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=1514
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2016年8月の長崎行き日程を変えて同年11月に長崎に行ったことで、麻生氏は不機嫌となり、駿台大阪校斡旋のホテル問題で私が不正をした如く印象操作(デマ)を以下の如く徹底してやられた。
他方、Mr.オバマはにっこりと笑っていた。日本🆚アメリカとかけば、読者は喜ぶであろうが、安倍氏の強制連行型人権侵害🆚人権擁護者グループと当面は書いておこう。
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政治経済を語るNo.17・プーチン大統領来日のときの私の発言公開(付録編)
https://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=11790
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なお、この手口は第二次安倍政権以前に数度やられている。
これは我が家の住所番地を70年使用し続けたZ家とミナギ家絡みの話である。
この件は次回の『日本のフィクサーME・Part3』4章1節(下)で記すことにする。
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▽
本題にもどろう。
野麦の旅では、他人の目に見えない夜の独り言攻撃を除けば、目に見える所では、確かに私の受け入れ態勢は良かった。
▽
長野の善光寺行きもそうであった。
私は外出すれば分単位で動いていた。
バスが20分に一本のはずが目前で出て行ったことがあった。すると別のバスかすぐに来る。バスがタクシー代わりに来たりした。
▽
そういう意味では、確かにいたせり・つくせりではあった。しかし、寝られない・独り言が止まらないということでドクターストップと予定を変更し、途中中断して帰らざるを得なかった。
▽
なお、記録を精査すると、村で何かあるという趣旨の催眠を当時のTwitterに記載している。そして、その通りに帰宅するや、近所のボス(祖父の代からの分家。曾祖父は同一)の家の嫁さんがなくなった。これも、松本市で暗に知らされるという奇妙なことがあった。
☆☆☆☆☆
15-100-4。必要なければ松本城再撮影と安曇野等。
26日→黒部、27日富山撮影後帰路に変更。
結果は、野麦も松代もOK。松本城撮影や安曇野か、東山魁夷美術館及び岩崎ちひろ美術館も検討したが、田舎のことが気になり、日程を早めて本日帰宅。
☆☆☆☆☆
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たしか、このとき、親戚のボス宅の件で気になる催眠があったような記憶がある。すると、帰宅して数日後、親戚のボスの奥さんがなくなられたと💈組合長から電話があった。時間は午前4時か5時か…。どちらの数値かは後に意味を持つかもしれない。
▽
こうしてFieldwork妨害は激しくなっており、松本市から長野市に行く途中で姥捨て山の近くを通ったときも、電車の中から写真を撮っただけとなっている。本来は小泉八雲との関係で必ず登らねばならない山だった。だが、体がもたないということで断念している。
▽
本来の計画通りの日数であれば、姥捨て山にも行けた。
いわさきちひろ記念館にもレンタサイクルで行っていた。
それ以外にも松本城も丁寧に見られたであろう。
それらは全部ご破算となる。
▽
とにかく睡眠不足で、それ以上に喋りっぱなしで喉が嗄れるし、喋る言葉が止まらずにストレスが溜まる。要するに、理屈抜きで体がもたないため、ドクターストップと考えて打ち切った。
▽
このホテルでは現在(2025/07/28)のキャンセルポリシーは以下となっていた。
「当日のキャンセルは宿泊料の80%をいただきます。
前日のキャンセルは宿泊料の50%をいただきます。」
▽
そこで、キャンセル料を払うと言ったが、ホテル側が事情を聞いて(独り言問題は丁寧に言えないので、何か近所で不幸がある趣旨を催眠でおわされた件を言ったか、それとも疲労問題を言ったのか忘れたが)「いや、それならばよろしい」ホテル側の好意で「キャンセル料を取らない」であった。
ホテル名は松本ツーリストホテルである。
▽
▽
当然、予定が一日変更されるため、その後の別のホテルもキャンセルをすることになる。その上で、切符が黒部回りの周遊券のため、富山で別のホテルをとることになる。要するに、日程を一日短縮すれば、残りのホテルもキャンセルと一日前倒しの予約し直しとなる。
もう、長野県松本市は打ち切って今度は黒部に向かうことになる。
黒部は写真を見たら分かる通りだが、黒部の時もほとんど寝ていないため、フラフラですぐに富山に向かう。
▽
帰宅後に思い出したが、富山と言えばイタイイタイ病問題が起こった地である。
本来ならば、イタイイタイ病関連の場所に必ず行くのであるが、脳が機能不全で帰路についている。
▽
その時の記録はあるので見たらわかるが、一日中ホテルの中でもぼやいている。
もう最後はフラフラ状態であるが、アメリカの時(5日間合計で睡眠5時間)よりは睡眠時間が多いが、アメリカのときと異なり喋りっぱなし(独り言三昧)であり、これが予想外に堪(こた)える。
▽
富山での独り言の件は既に記した通りである。
「私にとって、このホテルは一切問題がない。このホテルは良いホテルである。それなのに、何故、このホテルで愚痴を言わなければならないといけないのか」
「私はホテルに文句はないのだからホテル関連で喋るの止めてくれ」
「誰か、喋るを止めてくれ」という言動を朝まで言い続けている。
▽
ということで、通所の人の旅ではなく、一日中喋らされるため、「誰か喋るの止めてくれ」と言い続けているだけである。
昼間の外では人が多いため、さすがにあの延々と大きな声でしゃべることはなかったが、小声でやはり喋りっぱなしであった。
▽
喋りっぱなし状態で、野麦峠で、もはや今後のフィールドワークは不可能と観念せざるを得なくなっていた。(せいぜい自転車程度で…と。)
すなわち、今後の大型フィールドワークはもはや物理的に無理であると、思わざるを得なかった。こういう状況が続くならば大型フィールドワークはしないし・できないという方針に変更せざるをえなくなった。
▽
それではその後も大型フィールドワークをしたのは何故か。正確にはさせられたのは何故か。それらは次の(下)で記そう。
▽
■
追記:松本市での星野仙一氏との対面。
ちなみに、野麦峠の旅の道中、松本市の食堂に入るとテレビをつけていた。
▽
そのテレビに星野仙一氏が登場していた。星野氏とも、最近はTVでも会話はしないが、お互いに顔をみるだけで、心が安らぐときがある。星野氏も、私もお互いににんまりと笑うときである。会話はなくても、会話を十分した気になる。
▽
この星野氏も、その後、TVで見たときには、私が星野氏の現役姿を見たいのを承知しているのか、TVの最後に「さあ、孫にもこのビデオを見せよう」と孫を強調してきた。だが、星野氏はまだ68才のためどうなるかは不明である。
▽
お互いに、やや貧乏な家に生まれた関係で、余計に心が安まるときがある。
▽
そう言えば、大昔、私の母が生きていた頃(2012年に93才で死亡)に、星野氏の母親に感心したことがある。星野氏も母親を誇りに思っていたようであった。
▽
そこで、私が「母親をトレードしようか」とTVに向かって言うと、TVから身を乗り出して「何を言っているんだ」と言わんばかりに叱られたことがある。
▽
勿論、私の方は冗談で言ったのであり、星野氏もそれを承知で冗談で反応したのであるが。
こうした最近の思い出も含めて、昨年Facebookに収録した内容を私のBlogでデータベース化するため、再度、紹介する。
☟
Blog15-071・王さんの笑顔(2015年)と昨年『夢か現(うつつ)かー王さん、そして野球界』の再録
https://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=1776
■
(2025/08/21)追記:起業と私
この旅で、塩尻泊をしている。当時、かなり商談をしていたエプソンダイレクトがあったため、表敬訪問をし、名刺交換をしようかとも思ったが、トラブル回避などで中止した。
エプソンとの取引は、1986年同社のワープロ専用機、1988年同社ドットプリンタ、後に休眠期…1994年以降はMJ-700V2cからは頻繁となっていた。
更にエプソンダイレクトでパソコン購入後から同社パソコンが主流を占めた。
特に アンケートでつくってほしいPCスペックを送りまくりできた、MR2700HTVはエプソンダイレクトの方もソールドアウトの連続であったと記憶する。
▽
後にエプソン本社のパソコン部門とエプソンダイレクトが合併をすると聞いて、大きく不安がよぎった。その理由は省略するが、実際にその後の同社パソコンは必要スペック記入では高くなりすぎ、手がでなくなり、マウスコンピューターに移動した。
▽
エプソンと取引をしていた頃の同社の株価が4800円(日経平均2万円前後の頃)だったが、今や1908円(日経平気株価4万3000円の頃)となってしまった。
他法、パソコンをマウスコンピューターで購入(2017年初頭)すると、マウスコンピューターの株価は2016年末検討段階が300円台、今(2025/08/21)や1400円超過状態となっている。▽
エプソン株価の下の方は、🤡家での(誰かの工作による)不可解なプリンタートラブルの時期と一致している。
私はエプソンと喧嘩をしたわけではなく、ただ単に、金欠から縁が薄らいだだけである。
また、Win winの形を築ける日を願っている。
▽
▽
■
■
今回は以上まで
■
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(下記はどこかで使用するか、既に使用したメモ―後日消去)
(以下はどの単元に掲載するか迷っている参考資料)
日本のフィクサー〝ME〟続編メモ(五)・オバマ大統領の思い出と秘話:6・長崎訪問
(https://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=16550 参照 2017年10月17日)
□
はかせ:
それは困ったではなく、熊(くま)っただ。
野麦峠行きのときもそう言われていましたね。
2014年の夏か10月に野麦峠に行くのに、確か、松本市から市営バスに乗り、川浦のバス停留所で降りて、それから歩いていかれる予定でしたな。
すると、まさにその川浦で熊がでたというニュースが流れましたな。
だから、バスには熊(くま)ったものです。
□
□
ボン:
本当に、その後は野麦峠行きと同じとなった。
野麦峠へのフィールドで参ったのは独り言催眠だ。
これで、スケジュールはガタガタとなった。野麦峠への登山前日は、某ホテルで、徹夜で独り言だ。一睡もせずにだ。
しかも独り言の内容が「たいしたトラブルではないので、二分も愚痴ったら十分であろう。もう寝かせてくれ、催眠を止めてくれ」を徹夜で言い続け、そして、野麦峠へ登ることになる。おまけに、松本行きの当日も徹夜だ。
▽
野麦峠、松本、松代、黒部、立山の旅では富山のホテルなどの独り言は悲壮だった。泊まったホテルに何一つ問題はない。むしろ親切ですらあった。
ところが、延々と独り言でほとんど徹夜だ。
独り言の内容の大半が「このホテルには問題はないので、もう、独り言を止めて寝かせてくれ」これを半徹夜で言い続けた。
□
□
布袋:
野麦峠行きと同一ならば、田上長崎市長は喜んでいると思う。
何しろボンの代名詞が「世界遺産請負人」だからね。
▽
野麦峠も行くと決めた年に、富岡製糸工場が世界遺産、ボンが2014年に行った萩も即世界遺産。
広島原爆ドームと宮島をセットで1994年と95年に訪問し、歴史的文書「旅に心を求めて不条理編」第二章を書いた95年の翌年に原爆ドームと宮島が世界遺産。1988年から何回も行き続けた石見銀山も世界遺産、1989年に行き、珍しい屋根の家と言っていた五箇山・白川も世界遺産。姫路、奈良、京都は言うまでもないけれどね。
▽
ともかく、万一、長崎の大浦天主堂などが世界遺産になれば、日本の将軍様がボンに「世界遺産請負人感謝状」贈呈の検討を迫られ、やけになるだろうね。
ボンと日本の将軍様はCold War(冷たい戦争)状態だからね。
□
□
はかせ:
ボンさんが言っているのはCold Warではなく、Gold War(金戦争)ですな。
ボンさんの言い分は、改憲か護憲かではなく、ボンさんを無断で、(サミット協賛今月の歌などで)半拷問で、利用したならば賃金や日当を支払えでしょう。
特に、お礼どころか、その逆の態度をとられては何をか況(いわ)んや、と。
それが駄目ならば慰謝料と損害賠償を支払えと言い続けていられますな。
▽
だからGold Warですな。
実際に、店で物を買えばお金を支払わなければならない。
江戸時代の将軍様がお忍びで街にでて、物を食べても、支払うことを知らずに騒動になったという話を水戸黄門でやっていましたな。
▽
日本の将軍様も同様ですな。
食堂でも言っているのではないですかな。
相手がお勘定というと、金を払わずに「苦しゅうない、後片付けをせよ」と。
ボンさんが無料でもやると、自主的に合意したものならば別ですが、半拷問・強制となると支払い義務は生じますな。その上、口頭のお礼どころか、その逆の態度では常識を疑いますな。
■
■
こうしてボン(浜田)包囲網が築かれていく。《2019/08/21 18:33追記・この箇所は以下に修正予定でいる。→いや、包囲網ではないかもしれない。私が議員や政治家になるどころか、(安倍政権以前から長期に亘り)身動きできない状態に置かれている以上、包囲する動機が思い当たらない。そこで、ボン(浜田)への奇妙な接近が開始すると訂正した方がよいかもしれない。あるいは、安倍昭恵氏の単独行動かもしれない。それらは、いつか分かる日がくるかもしれない。ともかく、今回は解釈を抜いて、起こった事実のみを記載しよう。》
▽
ちなみに、安倍晋三氏とは小泉内閣のときの腐れ縁で、双方、不戦協定があるものと私は解釈していた。実際に2001年頃の第一次小泉内閣から2017年3月までは、そのように思っていた。いや、森内閣の頃からかもしれない。しかし、今から考えると、2015年には…が開始されていたかもしれない。
▽
2015年訪米をする。
ここから、徹底して、私のフィールドワーク妨害が開始する。ミスター・オバマと私が接近したのを牽制(けんせい)する形で妨害は激しくなっていく。ただし、安倍晋三氏が犯人かどうかは不明としておく。
2015年5月に野麦峠へのフィールドワークにいたっては、催眠型独り言で徹夜三昧させられ、もうこの時点でフィールドワークは不可能と思わされた。もっとも、訪米でも、既に書いた如(ごと)く5日間合計で五時間程度の睡眠しかとれぬという状態に追い込まれていた。
▽
そして、2015年後半に前回記した、ロシアのシリア空爆問題で私に絡めたデマが飛び交う。年があけた2016年2月17日には丸山和也議員発言問題が起こる。私は何のことか不明のため無視していたならば、NHKの番組か何かで私と絡められた印象を何度も受ける。私には全く心当たりがないため無視していた。
▽
やがて、ミスター・ケリー(当時のアメリカ国務長官)が怪訝(けげん)な顔で私をのぞきこむ。さらにオバマ夫妻も何かおかしい。やがて、私が書きかけていた原稿「徒然なるままに№2・全解連初代委員長・岡映(おか・あきら)氏との出会い(1)」との関連を誰かが臭わす。内容は全く違うのだが。
……
■
(メモ)
2015年2月訪米
▽
2015年5月野麦峠→(理由もなく徹夜独り言など)完璧なフィールドワーク妨害が開始し、事実上、フィールドワークが不可能となる。
▽
2015年秋頃、ロシアのシリア空爆を巡っての(私に絡めた)デマ。
▽
2015年9月安倍昭恵氏→布袋(ほてい)氏とのキス事件
▽
2016年初頭→今月の歌」日本サミット共催を寝ている間に何度も迫られる。TVでも安倍氏が登場し、「君はオバマオバマというけれども、日本は…」と。
▽
2016年2月丸山和也事件(同一日長崎市長宛手紙送付した後で、数日後に丸山和也の件を知る)
▽
2016年5月頃、突如、「催眠型で、昔の行政を巡って諸団体の間で様々な政治的事件があったことを思い出させられた。もう一つは政治と暴力団の問題である。…」
☟
寝ている間に、催眠型で、上記に関してオクターブを高くさせられ、独り言で喋(しゃべ)らされる。それまではこの件は完全に忘却していた。
▽
類似の手口は、1997年交通事故の件がある。この件は1999年頃から完全に忘却していた。ところが、2015年頃か16年頃に、寝ている間に思い出さされ、その上催眠型でオクターブを高くし、突如喋り出さされたことがある。2ヶ月ほど続く。15年ほど忘却していたことを突如である。ちなみに、この交通事故の件に絡む話は本年(2019年)7月末頃から、再度突如催眠型で1週間ほど喋らされる。
(https://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=25331 参照 2019年8月11日)
日本のフィクサーME・臨時編④―2016年丸山和也氏のオバマ大統領挑発発言
■
日本のフィクサーME・続編メモ:(二)・党派中立宣言と伊勢志摩サミット協賛の裏話―3(忖度)
https://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=15148
(https://hamatakachan.uh-oh.jp/?p=15148 参照 2017/08/26)
(3)2013年以降は催眠型での独り言で潰す時間が大幅に増加。
▽
これにより、分単位、秒単位での行動が不可能となった。
Twitterに書き込んだ一部のみを引用する。
この場所を契機に催眠がかかるようにインプットされていたのである。
詳細は拙著Twitter(2015年5月26日)から抜粋する。
尚、下記は2015年野麦の旅の様子である。
▽
15-100-6。
徹夜が多く参った。a)21~22日、b)23~24日にかけて完全徹夜、c)25日~26日にかけて2~3時間……。
aは仕事のため。
bはホテルの部屋説明箇所にアウトバスの記載がないため、部屋にバスあるはずが、ない。
本来ならば数分独り言で文句か数行記載するレベル。
▽
15-100-7。
だが、以下をお経の如(ごと)く言い続ける。
「このレベルで、何故(なぜ)、私が徹夜で言い続けさせられるのか。
催眠はかけられると疲れし時間ロス多大。
催眠を止めてくれ、翌日野麦峠を歩いて登るのでもう寝かせてくれ」。
野麦峠ツアーに合流するまで独り言が止(や)まずに徹夜で言い続ける
▽
15-100-8。
c)も同様。ぼやく理由がないのに。1997年の交通事故と同様。後者はセンターラインオーバーのトラックを見て…である。
今回は富山市の噴水を見て、次に後ろにいた二人の男性の反応、最後にこの二人が去るのを契機に催眠が完璧にかかる。
▽
15-100-9。
理由なしに喋(しゃべ)り続けるのは催眠としか考えられず。
特に25日。
「もう喋るの止めて寝かせてくれ」を百回程度と言い続ける。
まるで戦前の特高による自由主義者・民主主義者の監禁・取調べと如何(いか)に類似しているか。
妨害も多かった。
本日、疲れで、ここまでとする。
▽
拙著Twitter(Takamasa) @Takamasa_Hamada · 5月26日
▽
15-008に至っては、富山市のホテルには一切問題はなかった。
逆に親切であった。
にも拘わらず、独り言を半徹夜で言わされた。
部屋が悪い訳ではない。
楽天レビューに次の記載をしている。
▽
①アメニティは良い。
②交通の利便性が高い。JR、富山電鉄、市営電車全て近い。
③食事も良さそうかつ値段もリーズナブルに思えたが、富山の街を味わうため外食とした。
⑤繁華街にも近い。
⑥Wi-Fiも快適に機能していた。
⑦職員の対応も良い。
⑧部屋の大きさも適切である。
⑨いつもこうならば、当然、お勧めできるホテルです。
▽
これで何故、独り言を言うのであろうか。
ホテルにすればなんで愚痴(ぐち)るんだろうと思うだろう。
▽
そして、独り言の内容は「もう独り言を止めて、寝かせてくれ」、大半がこの繰り返しであった。
原因は、催眠を含むリモートコントロールとしか思えない。
しかし、1989年に宿泊して世話になった、松本ツーリズムホテルなどでは感謝のコメントを残している。
そこで、私の性格や機嫌のせいではない。
▽
▽
長崎の旅も同様で、貴重な時間を、特に言う必要のない独り言で大半潰(つぶ)された。
確かに目覚まし問題はあったが、長時間独り言を言う次元ではない。
せいぜい、フロントに一言程度か、後日簡単にホテルに言えば十分である。
まして、目覚ましがなる前に目覚めていたのだから。
(目覚ましは午前6時頃セットであり、私は21日が徹夜、22日は午前1時頃寝ても、不思議と午前5時頃目覚めていた。)
▽
勿論、私の意思ではない。
熊本県に入るや突然独り言は止まる。
その逆も然りで、オレンジ鉄道からJRに乗るか、熊本駅をでるや突如独り言が始まり、疲れた。
帰路の独り言の理由は特にない。
少なくとも、長時間しゃべり続ける原因はない。
ホテルでのこうした現象も加えれば、
要するに、安倍政権以前と比べて総論として、更にコストパフォーマンスは落ちた。
(以下は掲載できなかった参考資料)
14-119-3。2014年8月11日墓掃除。早朝薄暗く蜂が一番活動しない時間に、蜂三匹に一度に三カ所刺される(写真)。病院で注射・アレルギー用飲み薬・軟膏。
盆用墓掃除全て危害では偶然でなし。犯人は誰か。傷害罪。
関連14-106
2015/11/05
15-162-2.なお、錦帯橋などは昨年行く前に何度も錦帯橋関連のHPで確認したが修理の記事は見つけられなかった。
昨年10月に野麦峠に行こうと思うと峠行きバス最終停留所で熊出没のNEWS。そこで問合せとなった。交通費・宿代など諸費用かかるため問い合わせ
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18-211-1【私事】昨日墓掃除。一番新しい、重要な墓の一部が破損で驚く。
帰宅後、完全催眠状態で不必要インタネットを長時間閲覧強要され、本日は早朝から写真問題の独り言。脳が機能せず。墓→数年前は長靴に蟻を入れられ、翌年は蜂に刺され、更に翌年は蜂に一度に三匹に刺され。再度墓掃除の続きを
18-211-1【私事】昨日墓掃除。一番新しい、重要な墓の一部が破損で驚く。
帰宅後、完全催眠状態で不必要インタネットを長時間閲覧強要され、本日は早朝から写真問題の独り言。脳が機能せず。墓→数年前は長靴に蟻を入れられ、翌年は蜂に刺され、更に翌年は蜂に一度に三匹に刺され。再度墓掃除の続きを— 浜田隆政 (@Takamasa_Hamada) August 1, 2018
2018/8/19
18-246-1【私事】
器物紛失、履き物や、蟻・蜂トラブルは畑以外でも墓掃除で連続やられている。
主なメモでも下記。
最初の数字はTwitter番号で最初の二文字年。14-…なら2014年
以下、Twitterより抜粋
その後で主なものを写真付きでまとめて掲示 pic.twitter.com/EHZkakrN6p
18-246-1【私事】
器物紛失、履き物や、蟻・蜂トラブルは畑以外でも墓掃除で連続やられている。
主なメモでも下記。
最初の数字はTwitter番号で最初の二文字年。14-…なら2014年
以下、Twitterより抜粋
その後で主なものを写真付きでまとめて掲示 pic.twitter.com/EHZkakrN6p— 浜田隆政 (@Takamasa_Hamada) September 5, 2018
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0
長崎半島沖にある軍艦島(正式名、端島)は島の大半が埋め立てによってできた小さな島です。2015年に文化遺産として世界遺産に登録されたこの島は現在無人島で、島にあるのは崩壊した鉄筋コンクリートの住宅やその他の建物だけです。
8-211-1【私事】昨日墓掃除。一番新しい、重要な墓の一部が破損で驚く。
帰宅後、完全催眠状態で不必要インタネットを長時間閲覧強要され、本日は早朝から写真問題の独り言。脳が機能せず。墓→数年前は長靴に蟻を入れられ、翌年は蜂に刺され、更に翌年は蜂に一度に三匹に刺され。再度墓掃除の続きを
18-211-1【私事】昨日墓掃除。一番新しい、重要な墓の一部が破損で驚く。
帰宅後、完全催眠状態で不必要インタネットを長時間閲覧強要され、本日は早朝から写真問題の独り言。脳が機能せず。墓→数年前は長靴に蟻を入れられ、翌年は蜂に刺され、更に翌年は蜂に一度に三匹に刺され。再度墓掃除の続きを— 浜田隆政 (@Takamasa_Hamada) August 1, 2018
2018/8/19
18-246-1【私事】
器物紛失、履き物や、蟻・蜂トラブルは畑以外でも墓掃除で連続やられている。
主なメモでも下記。
最初の数字はTwitter番号で最初の二文字年。14-…なら2014年
以下、Twitterより抜粋
その後で主なものを写真付きでまとめて掲示 pic.twitter.com/EHZkakrN6p
18-246-1【私事】
器物紛失、履き物や、蟻・蜂トラブルは畑以外でも墓掃除で連続やられている。
主なメモでも下記。
最初の数字はTwitter番号で最初の二文字年。14-…なら2014年
以下、Twitterより抜粋
その後で主なものを写真付きでまとめて掲示 pic.twitter.com/EHZkakrN6p— 浜田隆政 (@Takamasa_Hamada) September 5, 2018
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長崎半島沖にある軍艦島(正式名、端島)は島の大半が埋め立てによってできた小さな島です。2015年に文化遺産として世界遺産に登録されたこの島は現在無人島で、島にあるのは崩壊した鉄筋コンクリートの住宅やその他の建物だけです