公式Blog15-86:夢か現か-25ーDear Mr. Gregory Peck(①2014年再録、②2015年資料、③追記、ペック登場の本当の訳)

 

 

【今回の構成】

(A)書込No.14-011. 『夢か現実かーDear Mr. Gregory Peck』(2014/4/6Facebook再録)
(B)グレゴリーペックについて、今回収録している動画。(アンダーラインをクリック)
(C)何故、グレゴリーペックが突然出てきたか
――拙著「視聴覚教材・ローマの休日」(1997年)の中で、グレゴリーペックについて書いていた。しかも、(グレゴリーペック主演)『アラバマ物語』は、1990年頃から97年まで、毎年授業で活用してもいた。そこで、ペックが突如テレビから登場したのであろう。
なお、拙著『視聴覚教材・ローマの休日』はプリントと、アナログビデオを我が家で二台のビデオデッキで35分程度に編集し、それに私が書いた文字を挿入した。まだパソコンが発達しておらず、ソフトもほとんどなく、しかもアナログビデオの編集は大変であった。今回は、この教材のプリント部分からごく一部だけを紹介する。

 
(A)書込No.14-011. 『夢か現実かーDear Mr. Gregory Peck』(2014/4/6Facebook再録)

グレゴリーペック(Gregory Peck)との出会いは、2001~03年の間だと思う。私がブッシュ政権の批判をし続け、反米的な烙印(らくいん)を押されたときだったと思う。そこで、私は米国を批判しているのではない、単にブッシュ・アドミニストレーション、要するに、ブッシュ政権(the administration of President Bush )批判をしただけだと弁明をした。
私が理想としているのは 『To Kill a Mockingbird』(日本語訳『アラバマ物語』 )という小説・映画に出てくる、Atticus Finch(アティカス・フィンチ)をアメリカに求めており、彼の姿がアメリカでなければならない、と何度か言った。ちなみに、この映画は授業で使用した関係で、合計五十回以上見ている。また小説では英語版(原作)で軽く三度以上読み、後に日本語訳では一度読んでいる。内容はDVD化されているので、各人で見てほしい。
この映画・『アラバマ物語』でフインチ役を演じたのがグレゴリー・ペックであった。本当に素晴らしい演技であった。『ローマの休日』(『Roman Holiday』)での、ジョー・ブラッドレー(Joe Bradley)役のときとは別人としか思えなかった。

2001~2003年頃、最近の映画は面白くないと言い続けていた。
そうした、ある日、グレゴリーペックが、TVに登場し、私の方を見て、にっこり笑った。その笑顔は私を包み込みような笑顔であった。寛容力・包容力とか、年の功とかを感じさせた。その頃、TVの中の人物と私が対談できるなどとは半信半疑であった。どちらかと言えば、あり得ないに近かった。だから、余計に思い切ったことが言えた。「最近の映画は面白くない。特に日本映画はもう駄目だ」と、私は言った。すると、ペックが、「日本には周防がいるじゃないか。Shall We danceはいいよ」と言った。

 

その後も、私は何かに付け、アメリカは映画アラバマ物語の中のアティカス・フィンチたらねばならないと言い続けた。それから暫(しばら)くして、彼は死んだ(2003年6月12日)。同時に、その年にアメリカ映画協会が選んだ「映画の登場人物ヒーローベスト五十」の第一位に『アラバマ物語』のフィンチ弁護士が選ばれた。更に、翌年、周防正行監督の『Shall We Dance?』がアメリカでリメイク制作された。
その一部を、相当後に、徹子の部屋に周防・草刈夫妻が登場したとき(多分2011年4月8日)に、TVに向かって話すと、草刈氏の方が大変驚いていた。

 

私の好きな映画を三本あげれば、黒沢明の『七人の侍』、チャップリンの『ライムライト』、そしてこの『アラバマ物語』である。なお、ライムライトは制作に至る動機や当時のチャップリンの置かれた状況を考えると、更にこの映画が好きになった。おまけにこの映画作成過程の一部を、私が大変興味を持っていたカメラマン・ユージンスミスが写していた。その写真を見ると舞台裏の方にも大変興味を持った。置かれた状況とは、言うまでもなくマッカーシズム(McCarthyism)問題である。ちなみに、ペックが出演した映画『ローマの休日』の原作者ダルトン・トランボ(Dalton Trumbo)もマッカーシズム被害に遭う。グレゴリーペックは、マッカーシズムへの反対運動をしていたことも付け加えておく。

 

私は映画は最近全く見ない。おまけに米国どころか日本の最近の俳優も知らない。同時に映画界に興味がほとんどない。しかし、既述のように、『アラバマ物語』には熱中した。そして、ある日、突然のペックとの出会いの中での、ペックの笑顔が忘れられないのである。この文章は、ペックの生誕日の4月5日に記す予定であったが、Fieldworkに行っていたため一日遅れで記した。

 

(B)私が今回の対話に当たって、私のHPで動画などで紹介している部分。

(1)Gregory Peck Interview with Jimmy Carter
収録場所⇒浜田隆政公式HP>お勧め情報>①世界のNEWSと動画
http://takahama-chan.sakura.ne.jp/custom6.html

 

(2)臨時版:to kill a mockingbird full movie. (『アラバマ物語』) の映画全文
{ただし、著作権抵触を避けるためか、画像に緑などの色がついていたり、かなり画像が変形したりしています。興味のある方は御購入をお勧めします}
収録場所⇒安らぎ文庫HP>安らぎ英語>C-懐かしき英語
http://h-takamasa.com/conversation/custom4.html

※アンダーラインをクリックすればいずれもリンクします
また、安らぎ英語の背景大型写真は本日入れ替えています。更に、安らぎ英語のトップに掲載の箴言(しんげん)も本日更新しました。是非、御覧を。

 

 

(C)拙著『視聴覚教材・ローマの休日』(1997年1月9日作)より一部抜粋する。

( 1)解説:「ローマの休日」教材化の意味
《◇-1:ローマの休日教材化に当たって》
映画「ローマの休日」については、知らない学生はいないと思うし、またこのプリントの各シーンや編集したビデオを見るため、解説は省く。したがって、ここでは、何故「ローマの休日」を教材化するのか、その理由を記すことにする。
私が「ローマの休日」を教材化しようと考えたのは、私が教材にしたい映画と学生が見たい映画の集合が交わる範囲の限界の作品だからである。もっと、はっきり言えば、私が本当に教材にしたかったのは、映画「アラバマ物語」(To kill a Mocking bird)(*1)である。ここには、私が教材にしたいアメリカの心があった。だが、この映画は現代の学生達若い世代に受けいられるかという不安と、それ以上に英文原作等(*2)は入手したものの、映画の英文シナリオほか、その他の材料が手に入らぬという物理的条件のため教材にできなかったのである。

 

アラバマ物語については、◇-2で記すが、この映画「アラバマ物語」の主人公はグレゴリーペック、即(すなわ)ち「ローマの休日」の主人公であり、オードリ・ヘップバーンの相手役であった。私はこの「アラバマ物語」を見て強く惹(ひ)かれると同時に、アラバマ物語の主役を演じたペックにも強い興味を持った。

だが、このアラバマ物語が教材化できないため、その代替教材として、この「ローマの休日」(*3)の教材化を思いついた訳である。「ローマの休日」にも、「アラバマ物語」ほどではないとはいえ、「アラバマ物語」と共通する要素-“アメリカの心”、正確には、“古き懐かしきのアメリカの心”があるからである。これについては、◇-3で触れることにする。(私は個人的には、ヘップバーンではなくグレコリーペック、それも「アラバマ物語」を演じた頃のペックに興味があったのである)。

 

《◇-2:『アラバマ物語』とアメリカの心・“愛”》
私が思う懐かしきの“日本の心”は“義理・人情”である。人情は、義理と強く結びつき、時には相対し展開していく。では、私が描くアメリカの懐かしきの心とは何か。それは、“愛”若しくは“愛情”である。特に、家族、友など広い意味でのThe family circle (仲間)への愛である。……
《以下次回へ続く。グレゴリーペックに関する部分だけを次回紹介する》

 

【2015年9月16日追記】

拙著『視聴覚教材・ローマの休日』は三つから構成していた。一つはビデオ編集し、しかも一部私が文字をビデオにいれた編集版ビデオ、二つ目が該当部分の英文と英文法解説、三つ目がこの作品の意味を私が書いた部分である。今回は、三つ目のごく一部だけを紹介している。
ペックが登場してきたのは、今から考えると、この教材の関係だったのかもしれない。この教材のペック関連は次回公式Blogで紹介する。また、英語部分を除き、教材全部を安らぎ文庫Blogで紹介するかもしれない。(検討中である。)

「夢か現(うつつ)か」シリーズは、本当は室伏広治君の番であったが、彼がIOCの理事選挙に出馬するという噂(うわさ)を聞いたため、IOCの理事選が終了するまで、私のHPで彼について触れるのは延期することにした。
 公正・公平という観点のみではなく、それが室伏君のためになるのである。室伏君もいつかその意味が分かるときが来るであろう